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二章:狼は赤頭巾を被る
第16話 雪に捧げるこの想い(3)
しおりを挟む美女と野獣はどんどん仲良くなっていく。
野獣は美女に図書館をプレゼントした。使用人達はそれぞれ仕事をしながら美女と野獣を見守る。野獣は美女に惹かれていく。美女は野獣に惹かれていく。
寂れた城で、舞踏会が行われる。野獣が踊る。美女が踊る。野獣が魔法の鏡を見せた。美女の父親が容態がよろしくない姿を目の当たりにする。しかし、野獣の正体は呪いを受けた王子様。薔薇が散る時、野獣の命も散ってしまう。美女が野獣とキスをすれば、野獣は助かる。このまま恋を実らせ、一度でもキスしてしまえば、野獣は助かる。けれど、野獣は恋を知った。彼女に恋をした。
野獣は、美女を解放した。一週間で戻るようにと、約束をして。
美女は父親に会いに行く。姉の二人は、幸せそうな三女を見て、それはそれは、深く嫉妬をした。カレンダーを隠し、美女が戻る日程をずらしてしまった。
美女は大慌てで戻った。野獣の息は、虫の息。もう時間はない。
美女は野獣に伝える。大切な言葉。
「愛してる」
美女と野獣はキスをした。その瞬間、薔薇が散った。野獣の呪いが散った。野獣は美女のキスにより、呪いから解放され、王子様に戻ることが出来た。
二人は結婚し、いつまでも幸せに暮らしました。
「家を継ぎたい?」
クロシェ先生の使っている部屋で、椅子に座り、向かいにいる先生に頷く。
「楽に仕事がしたいとか、そういうことじゃなくて、ママの手伝いがしたいんです」
ママの傍に居れば、ママが間違えた時に、あたしが修正できる。
あたしが間違えた時に、ママが修正してくれる。
「誰かがベックス家を継ぐことが出来れば、ママは安心して暮らせると思います」
そうすれば、ママが不幸になることは無い。あたしがママを守ることが出来る。
「将来の夢を描くだけなら、自由ですよね」
それがかなわない夢だとしても、
「思うのは自由だと思って」
「素敵な夢じゃない」
クロシェ先生が微笑む。
「すごいわね。テリー。自分のお母様のやっていることの跡を継ぎたいだなんて、なかなか言えないわよ」
そのためには、勉強しないとね。
「はい。勉強しないといけません」
沢山勉強して、沢山知識を植え付けないといけない。
「教えてください」
あたしはクロシェ先生を見つめる。
「先生の知ってる事、あたしに教えてください」
クロシェ先生は頷く。
「ええ。私に出来る限り、教えるわ。でも、それを活かすも殺すも、テリー次第よ」
将来の夢が叶うかも、それはテリー次第。
「それが貴女のやりたいことなら、私は応援します」
クロシェ先生があたしを見つめる。
「貴女が道を間違えないように、私が導くわ」
そのためには、
「さあ、テリー。明日も沢山宿題を出すわよ。覚悟だけしておいてね」
「……頑張ります……」
「ふふっ。声が暗いわよ」
クロシェ先生があたしが膝の上に乗せる本を見下ろした。
「その本はどうだった?」
「これは」
あたしは本を撫でる。
「そうですね。とても、…素敵な内容だと思いました」
愛溢れる物語。
「クロシェ先生」
「はい」
「質問があるんです」
「何ですか?」
「この物語には、悪役が出てきました」
三女の姉。長女と次女。
「意地悪な姉二人がいました」
クロシェ先生。
「どうしてこういう物語は、主人公はいつも末娘で、長女と次女が意地悪なんですか?」
他の本でも、そういう描写を見たことがあります。
「お姉ちゃんって、そんなに意地悪なものですか?」
確かに、アメリアヌは意地悪だわ。
確かに、あたしも意地悪だわ。
理解しているけど、
「なんでいつも、三女が幸せになるんですか?」
姉二人はどうなるんですか?
「なんでいつも、悪役なんですか?」
あたしは肩を落とす。
「姉の話があってはいけないんですか?」
「それはね」
クロシェ先生が答える。
「物語のルールだから」
クロシェ先生があたしの手の上に、手を重ねた。
「テリー、これは物語なの。物語ってね、ある程度、ルールが決まってるの。主人公がいて、相手がいて、その人たちの障害になる人が必ず必要なの」
都合がいいのが、姉ってだけなの。
「テリー、女っていうものはね、嫉妬深い生き物なのよ。だから、どうしても矛先が年下にいってしまうのでしょうね。ほら、後輩虐めとか、年下の子を虐めるって、よくある話じゃない」
年上って、どうしても優位な立場に見られがちなのよ。
「そんなことないのにね」
むしろ、
「そうよね。年上の方が、苦労していることも多いわよね」
末っ子って、可愛がってもらえる家が多い。長女は初めてだから可愛がってもらえる家が多い。
「間の子って、大変よね」
放っておかれるから、自分で歩くしかないのよ。だからふらふらしてて、ふわふわしてて、自由な人が多いってよく言われてるの。
「テリー、悪役って、物語には付き物なのよ。必要なの。そうしないと、主人公たちが試練を乗り越えたって描写が薄くなってしまうでしょう?」
現実って、嫌な事があって、良い事があるから、美しく感じるじゃない。
「長女と次女、次女と三女。そうね。次女って挟まれてるから、本当に悪役が多いわね」
クロシェ先生があたしの手を撫でた。
「でもね、テリー。これはただの物語。本の中だけのお話なの」
現実は違うわ。
「貴女達のように、仲の良い姉妹もたくさんいる」
これはただの物語。
「少なくとも、テリーはメニーの中ではいいお姉ちゃんよ」
ああ、そうだわ。
「テリー、最初の授業を覚えている?」
あたしは俯いたまま、頷く。
「絵を描いたやつですよね」
「そうよ。一番好きなものを、テリーとメニーは描いてくれたわね」
あたしは一番嫌いなものを描いた。
「テリー、あのね」
クロシェ先生の手が離れる。立ち上がる。棚から、ファイルを取り出す。
「これはメニーの絵なの」
紙をあたしに見せた。あたしは眉をひそめる。
「そうよ。これはテリー」
メニーがあたしの顔を、クレヨンで描いていた。
「ふふっ。この仏頂面なところなんて、貴女にそっくり」
クロシェ先生があたしと一緒に絵を眺める。
「ほらね。現実は違うでしょう? メニーからしたら、テリーは悪役なんかじゃなくて、一番大好きな存在なのよ」
クロシェ先生があたしの頭を撫でた。
「事件に巻き込まれた時も、そうだったわね。テリーはメニーを守って、メニーはさらわれたテリーを探しに行ってた」
クロシェ先生があたしの頬をつねった。
「ああいう時は、外に出ちゃ駄目よ。本当に危険だったんだから」
クロシェ先生があたしの頬を撫でた。
「でも、本当に何もなくて良かった」
クロシェ先生は生きている。あたしを見つめて、微笑み、首を傾げた。
「これは、答えになったかしら?」
「…物語の世界だけだから、気にするなってことですか?」
「そういうこと」
だって、テリーはとても優しい子じゃない。
「メニーの面倒を見てくれて、私とも沢山お喋りしてくれて、とても助かったのよ。おかげで屋敷での生活にも、慣れてきたわ」
でもこれからは、アメリアヌにも勉強を教えないと。
「忙しくなるわね」
クロシェ先生がメニーが描いた絵の紙を、再びファイルにしまった。
「アメリアヌも交えて、また絵を描いてみましょうか。意外とね、絵を見たら、その人がどういう感情を持ってる人か、何となくわかるのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。だから最初の授業で絵を描いてもらったの」
アメリアヌはどんな子かしら?
「私、三人も生徒を持てるなんて、幸せだわ。勉強を教えるのが、楽しみでしょうがないの。あ、でも、躓いたら、少しだけ助けてくれる? 私、不器用だから」
あたしは首を振った。
「クロシェ先生は、不器用じゃありません」
「うふふ。私はすごく不器用よ。本ばかり見ていたせいでしょうね。本以外の事に関しては、本当に不器用で」
だから、私には知識を教えることしか出来ないの。
「質問があったら何でも訊いてね。教えるだけなら、私にも出来ることだから」
クロシェ先生は教えてくれる。
彼女の知っていることを。彼女の見てきたことを。
それはきっとこの先、あたし達に役に立つことだから。
「はい。分からない事があれば、遠慮せず訊きます」
「よろしい」
クロシェ先生がくすりと笑い、ファイルを再び棚の中に押し入れた。あたしに振り向く。
「さ、他に訊きたいことは無い? 無ければお開きにするわよ」
「もう一つだけ」
「どうぞ」
あたしは質問する。
「花言葉って、ご存じですか?」
「花言葉?」
クロシェ先生が微笑む。
「ええ。花は大好き。花言葉もね」
「でしたら、クロシェ先生、テリーってどういう意味かわかりますか?」
「テリーの花言葉?」
クロシェ先生が頷いた。
「もちろん知ってるわよ。生徒の名前だもの。いつ訊かれてもいいように、事前学習をしていたわ」
クロシェ先生が棚から本を手に持った。花の図鑑。それを、あたしに差し出す。
「テリー、自分で調べてみて。Tのところを探せばあるはずよ」
あたしは図鑑を受け取り、Tのページをめくる。テリーを探す。花の絵が映っている。皆、綺麗に咲いている。
(…あ)
あった。
あたしは手を止める。
テリー。
この国に咲く、どこにでもある花。
(花言葉)
あたしは目を動かす。
(あった)
テリーの花言葉。
あたしは目を留める。
「……………………」
あたしは図鑑を握り締めた。
「素敵な言葉よね」
クロシェ先生がページを見て、微笑み、口を動かした。
「忘れない」
テリーの花言葉。
「いつまでもあなたを愛しています。どんなに遠くにいても、あなたの事を愛しています」
テリーの花よ。忘れておくれ。
「遠くにいる人を愛し続ける言葉なんて、素敵。とてもいい名前をつけてもらえたわね。テリー」
テリーの花よ。忘れておくれ。
忘れても、私はいつまでも愛しているよ。
遠くにいても、愛しているよ。
いつまでも、どんな時でも、遠くから、愛し続けるよ。
アーメンガード。
アメリアヌ。
「愛してるよ。可愛いテリー」
オルゴールが鳴る。
あたしは走る。
パパが本を読んでいる。
あたしはパパの膝によじ登る。
パパが笑って姿勢を崩す。
あたしはパパの膝に乗る。
パパがあたしの頭を撫でた。
あたしは笑った。
オルゴールが鳴る。
美しい歌が流れる。
きらきらしたメロディが流れる。
あたしはオルゴールを聴く。
パパと一緒に聴く。
あたしは思い出す。
大好きなパパに抱かれて、一緒に、オルゴールを聴いていた思い出を。
(パパ)
あたしは図鑑を閉じる。そして、抱きしめる。
(あたしも、愛してる)
もう帰ってこないけど、
もう、笑顔は見られないけど、
忘れなければいけないけど、
それでも、
(愛してるわ。パパ)
大丈夫よ。鍵はオルゴールに返しておいた。
あたしはまた忘れたふりをする。
(パパ)
(あたしがママを守る)
(あたしが絶対守るから)
(パパ、大丈夫よ)
あたしが、必ずこの家を守ってみせる。
あたしは図鑑を抱きしめて、抱きしめて、テリーという名前を、ぎゅっと抱きしめた。
(*'ω'*)
冬の夜。
さらに寒さが目立ち、暖炉の火がぱちんと跳ねた。
「ああ、暖かいねえ。暖炉っていいねえ。僕はつくづく暖炉に救われてるねえ。テリー、そこにあるクッション取って」
「自分で取りなさいよ」
「ケチ」
ドロシーがぱちんと指を鳴らす。あたしの横にあったクッションが、いつの間にかドロシーの枕になっていた。まるで本物の猫のように、暖炉の前で、ぬくぬくと体を温めている。
(…寒い)
ドロシーのせいで、体が冷える。
パパの書斎で、『パパっ子娘、実はモテる説』という本を読みながら、ドロシーを軽く蹴る。
「ねえ、さっきから寒いんだけど。ちょっと退いて」
「やだよ。僕は大の寒がりなんだ」
「魔法で暖かくすればいいじゃない」
「何でもかんでも魔法に頼れって? ああ、浅はかだね。テリーちゃん。僕はね、魔法の火よりも、自然の火に触れ合う方が好きなのさ」
「そのまま燃えてしまえ」
「なんてことを言うのさ」
「通り魔に襲われた時に助けにも来ない。メニーが足を捻挫させても知らんぷり。あんた、本当にメニーの親友なの? あたしの知り合いが来なければ、あたし達死んでたのよ」
ドロシーがむくりと起き上がり、あたしに振り向いた。
「何だよ。そうやって皮肉ばかり。言ってるだろ! ごめんってば!! 魔法使いの集会に行ってたんだよ!! 地下の洞くつでお菓子食べながら、近況を報告しあってたんだよ!! 最近寒くなってきて風邪とか気を付けてね。なんて話を皆でして外に出てみたら、時すでに遅し。雪が積もってるわ、帰ってきたらテリーもメニーもミス・クロシェもいなくて、通り魔に襲われてテリーが輸血しに病院に向かってるって使用人達が騒いでるから、もぉーう、ぼかぁの心臓はドキドキときめきメモリーマーチだったよ! どくんどくん心臓という名のハートの太鼓が鳴り響いてたよ!!」
このうるさい声も他の人たちに聞こえてないという事実が、あたしには信じられない。ふん、と鼻を鳴らして、あたしは本のページをめくった。
「本気で死ぬと思ったわ。吸血鬼に襲われることになるなんて、思わなかったもの」
「僕だって気づいてたら、すぐに魔法でちょちょってやってやったさ! もうね、もう一発だからね! 吸血鬼だか何だか知らないけどね、もうね、この杖でね、ちょちょいのちょいだべさって感じだからね!」
「……ちょちょいのちょいねえ……」
「な、何だよ。その目。信じてないね? 僕だって本気出せば、すごいんだよ。本気出せば」
じーーーと見てたら、ドロシーが星のついた杖を抱いて、あたしを上目で見上げてくる。
「そんな目で見てきても、可愛いとも思わないわよ。見るな。退けろ。さっきから寒いのよ」
「ああ、冷たい。君の心には、きっと氷の女王が住んでいるんだ。氷の女王なんて追い出して、もっと親切になったらどう? もっと温かみのある人間になったらどう?」
「何が氷の女王よ。あんたが来て何とかしてたら、あたしだって輸血するまで血を飲まれることは無かったのよ」
「何でもかんでも人のせいにしないでくれるかい?」
「来なかったのは事実じゃない」
あたしはページをめくる。
「本当に大変だったんだから」
「…子供の吸血鬼がいるなんてね、僕も知らなかったよ」
ドロシーがまたごろんとくつろぎ始める。
「でも確かに、君の証言からすると、ミス・クロシェを殺害した犯人は、間違いなくその吸血鬼だったんだろうね。変死体って言ってたもんね」
「そうよ。血を一滴残らず吸われた死体となって、見つかるのよ」
クロシェ先生は死ななかった。
「その合間に、あたしはメニーを使って、使用人達との距離を縮めた」
トラブルバスターで、使用人達と交流を深めた。
「使用人達と信頼関係を築く、クロシェ先生の死を回避させる。ミッションは成功したわ」
「そうだね。上出来だ」
「ただ」
一人だけ、
「馬係のデヴィッドが亡くなった」
あたし達を可愛がってくれてた使用人に、クロシェ先生の死が移った。
「ドロシー、これは、本当に成功なのかしら。デヴィッドは、本来なら、まだ生きていたはずよ。一度目の世界では、今日も、一生懸命、馬の面倒を見ていたはずだわ」
罪悪感が消えない。
「あたし、また罪を重ねたように思えるの」
「だから言ったんだ。死は移るよって。それでもミス・クロシェを助けたいと言ったのは、君だ」
決断した以上、揺れ動くな。
「テリー、運命を変えるってことはね、何かを犠牲にしないといけないんだ。未来は変わりつつある。何かが変わってきてるんだ。死ぬはずの人が変わって、生きるはずだった人の未来も変わる。全員を助けることは出来ない。限界があるんだ」
「……だからって、デヴィッドが死ぬ理由が分からないわ」
「死ぬことに理由なんかない」
だって、テリー、
「意味もなく命は誕生するんだよ。だから意味もなく命は無くなる。それがこの世界だ」
「どうしようも出来なかったの?」
「どうしようも出来ないさ」
「そういう運命だったの?」
「そういう運命になってしまったのさ」
「理不尽だわ」
「世界は理不尽の塊さ」
でも、それが生きるってことだ。
「…そもそも、通り魔さえいなければ、誰も死なずに済んだのよ」
あたしは小さな少女を思い出す。
あたしは気が触れていた男を思い出す。
「ドロシー」
「うん?」
「呪いの飴って知らない?」
ドロシーがもう一度あたしに振り向いた。不審な目であたしを見てくる。
「何、それ?」
「吸血鬼の子が言ってたの。元々人間だったけど、その飴を舐めたら、吸血鬼になったって」
あの子は確かに言っていた。
「魔法使いさんが現れたって」
「呪いを振りまく魔法使い?」
ドロシーが欠伸をした。
「悪い魔法使いでも現れたって?」
「ドロシー、真面目に言ってるのよ」
「考えてるよ。でも、僕、そんなの知らない」
「その子、変な事が出来た。唾をつけると、傷口が塞がるのよ。それを魔法だって言ってた」
「魔法の唾?」
「あたし、それで傷口を塞いでもらったの」
ドロシーがちらっとあたしを見た。あたしは首筋を押さえる。
「ここ、噛まれたわ。でも、もう痕もない」
「…魔力も見えないな」
ドロシーがごろんと体ごと振り向き、あたしの首筋を見つめる。
「魔法がかかると魔力が見える。でも、見えない。果たして本当に魔法だったのか、ちょっと分からないな」
「魔法以外、何があるわけ?」
「吸血鬼の特殊能力かもしれないよ」
「そもそも人間が吸血鬼になること自体がおかしいのよ」
「その吸血鬼の子、どこに行ったの?」
「キッドが連れてった」
ドロシーが眉をひそめた。
「誰、それ」
「誘拐事件の、あのガキ」
「ああ」
ドロシーが思い出す。
「キッドっていうんだ。あの子」
「ん」
「苗字は?」
「知らない」
「知らない?」
「聞いたことない」
聞きたくもない。
「あいつとは関わりたくないのよ。変なんだもん」
「変って?」
「会社建てたり、子供のあたしを口説いて来たり、変よ。あいつ変。病気」
「会社建てたり? 何それ。何の話?」
「ほら、雇用条件良いところ探すって、屋敷を飛び出した時あったじゃない。あの時に、その話聞いて、会社建てたのよ。あいつ」
「何の会社?」
「最近できた、ほら、あの、小人の家みたいなやつ。仕事案内紹介所っていうんだけど」
「あれ!?」
ドロシーが驚きのあまり、目を見開いて起き上がった。
「なんか見たことない建物建ってると思ったら、あれ、君達の仕業か!!」
「あたし、あそこの社長なのよ」
「え、何? 待って!? 話が追いつかないよ? え? どういうこと?」
「キッドが提案したのはあたしだからって。社長の肩書だけ貰ったのよ」
「君が提案したの?」
「そう。都合のいい職場を一瞬で紹介してくれる施設があればいいのにー、みたいなこと言ったら、キッドが勝手に建てたのよ」
「………その子、さ」
ドロシーが眉をひそめた。
「何者?」
「分からない」
「テリーのただの知り合いなの?」
「そうよ」
「実はお金持ちの御曹司だとか」
「それも考えてる」
だけど、そういう身振りも見せない。
「がさつだし、作法もなってないし、ただの一般人な気はするんだけど」
ただ、どこか違和感を感じるのよね。あいつ。
「生き残った命を謳歌してるわ。はあ。最悪。そうだわ。思い出した。そうだった。クリスマス・イブ、あいつの誕生日だった。誘われてるのよ」
「行くの?」
「どうかしら。暇だったら」
「吸血鬼の子、そのキッドって子がどこかに連れて行ったんだろ?」
ドロシーが唸る。
「…何者?」
「さあ?」
「吸血鬼の子はどうなったの?」
「毒を抜くって言ってた」
「毒?」
「キッドが、そういう人達を、中毒者って呼んでるって言ってた」
ドロシーが硬直した。
(……ん?)
「ドロシー?」
ドロシーが瞼を下ろす。
「…………飴だっけ?」
「ん?」
「飴を舐めて、吸血鬼になったんだっけ?」
「…って、言ってたけど」
「……………」
ドロシーが瞼を上げ、再び横になった。
「今度の集会で訊いてみるよ。変な魔法使いがいないか、見てないか」
「…そうね。それが魔法使いの仕業なら、あたし達じゃ、どうしようも出来ないもの」
「ああ。その通りだ」
ドロシーが緑の目を暖炉の火に向ける。
「人間は魔法に勝てないからね」
ドロシーが欠伸をした。
「それにしても、よく無事だったね」
「命からがらだったわ」
「メニーも捻挫してた。襲われたの?」
「あいつ、転んだのよ」
逃げてる最中に、転びやがって。
「おかげで死にかけたわ」
「一緒に逃げてたの?」
「よくわからないけど、急に吸血鬼の子が暴走したのよ。姿、形を変えて、まるで獣みたくなって、追いかけてきたのよ。あのままだったら殺されてたわ」
あたし、あんたの名前を呼んだのに。
「よくも来なかったわね。本当に死んでたわよ」
「君はその時走れたの?」
「当たり前でしょ。メニーを引っ張って立たせようとしたのに、あいつ、痛いって可愛く悲鳴なんかあげやがって! ああ、むかつく!」
「どうして?」
ドロシーが訊いた。
「どうして、逃げなかったの?」
あたしは本のページをめくった。
「メニーを置いて逃げれば、君は助かって、メニーが命を落としていたかも」
君は将来、死刑になる未来に怯えなくて済むことになったのに、
「どうして、メニーと逃げたの?」
「どうして、メニーは捻挫だけで済んだの?」
「君は血を飲まれたのに」
「吸血鬼に噛まれたのに」
「メニーだって襲われたんだろ?」
テリー、
「なんでメニーを助けたの?」
「ドロシー、あんた何か勘違いしてない?」
あたしがメニーを故意で助けたと思ってない?
「ねえ、このあたしがメニーを助けたと思う?」
あたしはじろりとドロシーを睨んだ。
「助けたんじゃない。そうするしかなかったのよ」
あたしは忌々しい記憶を思い出す。
「あたしの命がある限り、逃げる隙なんていくらでも作れるわ。あんただっているんだし。でもね、メニーを見捨てて逃げて、メニーが死ななかった場合、どうなると思う?」
その瞬間、死刑の未来は確定する。
「吸血鬼がメニーを捕らえた時に、殺してくれたらよかったのよ」
メニーは死ななかった。
「メニーが転んだ時、あたしには一つの選択しかなかった」
メニーを守るふりをすること。
「そうしないと、いざメニーが生き残った時に、あたしを見る目が変わるわ」
ドロシー、信頼ってね、一瞬の選択で崩れるのよ。もう修正できないほどに。
「助けたわけじゃない。あたしは、自分の未来を守るために、メニーを守らなければいけなかったのよ」
最悪な展開だ。
「ああ、もううんざりする。あのまま死んでくれたら良かったのに」
「…………」
「何よ。その目」
何か言いたげな緑の目が、あたしを見てくる。あたしはそれを睨む。
「ドロシー、あたしがメニーを好きになったとでも思った?」
ドロシーが不満げに呟いた。
「……少しでも心が洗われたのかと期待した僕が馬鹿だったよ」
「はっ! 残念だったわね!」
言ってるでしょ。
「この先、あたしがメニーを好きになることなんか、絶対にあり得ない」
誰が人を死刑にする女を好きになるか。
あたしの目線が本に戻ると、ドロシーが大きなため息をついた。
「ああ、この一ヶ月で、テリーは人を愛することを覚えてくれたのかと思ったのに」
愛し愛する。さすれば君は救われる。
「愛したじゃない」
あたしはメニーではなく、家族を愛した。パパへの愛に気付けた。
「使用人も、クロシェ先生のことも、あたしは愛したわ」
メニー以外の人は皆、愛してる。
「十分じゃない。今回のミッションも、コンプリートってことにする。デヴィッドの死は忘れない。あたし、もうしばらく動かないわよ。クロシェ先生も生きてる。アメリもママも戻ってきた。路線変更は確定された。未来が変わった」
「そうさ。未来は変わった」
ドロシーが呑気に欠伸をした。
「これが本当に、いい方向に行ってくれたらいいんだけどね」
ドロシーが再びくつろぎ始めた。
「はあ。眠い。そろそろメニーの部屋に戻ろうかな」
「ドロシー、メニーに構ってやってよ。トラブルバスターズが解散してから、あいつ、うるさいのよ」
―――お姉ちゃん、もう一回やらない? 今度は、お姉様も誘ってみようよ!
「もう二度とやらないわよ。あたしは。あんな面倒なこと、もう御免よ」
「そのおかげで使用人達の信頼を築けたんだ。よかったじゃないか」
「メニーがいなければ、さらに良かったわ」
あたしはうなだれる。
「ああ、生理は始まっちゃうし、生きるってしんどいわ」
「そうだよ。生きるってしんどいんだよ」
「体も寒いし、風邪ひいちゃう」
「君は少し体調崩して、大人しくした方がいいと思うんだ」
「ああ、本当に寒くなってきた」
あたしはソファーから下り、ドロシーの上に乗っかった。ドロシーが蛙のようなうめき声をあげた。
「ぐげっ」
「ああ、暖かい…。暖炉っていいわね…」
「重いよ…。退いてよ…。潰れちゃうよ…」
「潰れてしまえばいいわ。あたしに踏まれてぺちゃんこになってしまえばいいのよ」
ドロシーがあたしのお尻をつねった。あたしが悲鳴をあげる。
「痛い!」
「退いてよ!」
「寒いのよ!」
「僕だって寒いよ!」
「いいじゃない! お前は猫になってぶりっこしてメニーに暖めてもらえばいいのよ!」
「僕はここでごろごろしたいの!」
「あたしだってごろごろしたいわよ!」
「貴族令嬢が床でごろごろしていいのかい!? ほら、はしたないんじゃないの!?」
「ここには誰もいないのよ。いいじゃない。少しくらい。ほら、退いてよ」
「重いってば!」
「退け!」
「やだね!」
「退け! ドロシー!」
「嫌だよ! テリー!」
「ろくな魔法使わない魔法使いが!」
「テリィィィィ! 僕が! どれだけ君のドレスに魔法をかけて! まじないをかけて! 守ってあげたと、思ってるんだーーーーー!!!」
あたしとドロシーがもみくちゃで暴れ回る。暖炉の火が暖かい。外では雪が降る。雪が積もる。寒い冬が始まる。
クリスマスは目の前だ。
デヴィッドはもういない。けれど、クロシェ先生は生きている。
(学ばないと)
あたしは選択した。彼女から学ぶために、彼女の死を回避させると。
(クロシェ先生から、たくさん学ばないと)
これから、あたしの生きる道を、学ばないと。
あたしは勉強しよう。
ママを守るために。
立派に生きるために。
人生を謳歌するために。
誓いも、罪悪感も、疑問も、思い出も、雪と共に降り続く。
(メニーは生きてる。まだ死刑への道は消えてない)
あいつがいる限り、消えることはない。
(畜生)
ただ、あたしの選択は、きっと間違いではないだろう。
(あいつからの信頼は残ってる)
(死刑回避の未来は、消えたわけじゃない)
きっと、これが正しい道なのだ。
そう思うことにしよう。
過去には、戻れないのだから。
(あたしは、間違えてない)
体が冷える。
暖炉が暖かい。
またあたしの憎悪は積もっていく。
しかし、外では静かに雪が積もっていた。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
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主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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