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二章:狼は赤頭巾を被る
第13話 唯一の救世主(3)
しおりを挟む「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
すさまじい叫び声。
赤く飛び散る血。
腕を押さえる男。
クロシェ先生がメニーを抱きしめて、うずくまる。
あたしは二人に駆け寄った。
「クロシェ先生!」
「テリー!」
クロシェ先生があたしに怒鳴った。
「逃げなさい! ここは危険よ!」
「大丈夫です。もう、大丈夫ですから! でも、あの、しばらく、こっち見てた方がいいかと…」
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
あたしの声をかき消すように男が叫ぶ。
その叫び声に、クロシェ先生がはっとして、あたしを抱きしめた。
「来なさい、テリー!」
「ぎゃっ」
クロシェ先生があたしとメニーを守るように、叫ぶ男に背を向け、力強く抱きしめる。
「わ、私が、貴女達を守るから!」
「先生、大丈夫です」
あたしはクロシェ先生の背中を撫でる。
「もう大丈夫なんです」
あたしは腕を押さえる男を見る。
(どこかで見たことあると思ったら…)
昨日、紹介所でクレームを言っていた男。
彼こそ、通り魔の正体だ。
人気のない道に入り込んだクロシェ先生とメニーの前に現れ、突然、長くて太い包丁を見せてきた。これで幸せになれるとほざきながら。
(いかれてる)
「……お姉ちゃん……」
「大丈夫よ」
あたしはメニーの手を握り締める。
「もう大丈夫だから、あんたはそのまま目を瞑ってなさい」
見てはいけない。
「いい? メニー。絶対、もういいよってあたしが言うまで、目を開けちゃ駄目よ」
メニーが目を閉じたまま、あたしの手を強く握った。あたしはメニーの手を強く握った。
(頼んだわよ。キッド)
あたし達の前に、銃を持った大人が並び、あたし達を守る体制を取る。大人達が現場を囲む。その中心に、キッドが立つ。剣を手に持ち、いやらしく笑う。男は腕から血を流し、ぎょろぎょろと目を回す。
「赤、赤が、青にまじって、赤が、ああ、僕の腕から、赤が!!」
「あはっはぁっ! 通り魔なんて駄目じゃないか!」
笑うキッドが男に向けて返り血だらけの剣を構える。
「紳士なら紳士っぽい振る舞いをしないと、レディに嫌われてしまうよ?」
「赤、赤、青、赤、青が、赤…」
「赤とか青とかわからないけど、俺は少なくとも赤色は好きだよ。婚約者の髪の色なんだ。素敵だろう? まあ、お前のような奴に、あの珍しい色の赤を愛でることは出来ないんだろうけど、惚気話自慢話幸福話くらいなら聞かせてあげてもいいかな?」
「うううううう…! ううううううぐぐぐぐぐうううううう……!!」
男の体がぶるぶると震えだし、ぐっと体に力が入った、と同時に、切られた無くなった腕から肉の破片がぼこりと出てきた。
(え)
思わず、あたしの顔が引き攣った。
だって、これを見たら誰だって表情が引き攣るはずよ。
ぼこぼこと肉が塊として生えてきて、神経がきちんと通っていて、どくどく血管が震えていて、青筋を立てていて、腕が、腕じゃなくて、腕から肉と肉が絡み合い、とても人間の腕とは思えない歪んだ肉の塊が出来上がっていた。
キッドが平然と、口笛を鳴らす。
「再生するのか。それにしてもまたまたこれは不快な塊溜まりだね。思わずその騙し溜まりに黙り込んでしまうよ」
「あああああああああああああああああああああああ!!」
「あははは! そんな化け物みたいな声を出さないで、人間の声を出してくれるか? お前は人間なんだから、きちんと人間を全うしないと駄目だよ」
「あああああああああああああああああああああああ!!」
「何も通じないや。これはダメだね」
キッドが剣を構い直す。ふっとかがんだと思えば、足を滑らせ、男に走り込み、また滑らせ、体を切りつけ、男の背後に回り、また切りつけ、
「消毒!」
キッドが微笑みながら男に手を銃の形に似せて差すと、囲んでいた大人たちが一斉に銃を構え、男に向けて弾、ではなく、煙のようなものを出して射撃した。
「ひぁっ!!」
前から、
「やっ!」
横から、
「ひぇっ!」
後ろから、
「はへっ!」
左右前後上下から、攻撃をされる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
男が叫ぶ。抵抗するために、腕をぐるんぐるん回す。
キッドが下がった。
また男が腕をぐるぐる回す。
しかし攻撃は続く。
左右前後上下左右前後上下左右前後上下左右前後上下左右前後上下左右前後上下左右前後上下左右前後上下左右前後上下左右前後上下左右前後上下左右前後上下左右前後上下
↓↑→→←←↑↓↑↓→→↑↓↓↑←←←→→→→↑↑↑↑←↓↑→↑↑↓←
「ぎゃ」
←→←←→→←
「あ」
↑↑↓↑↓↓↑↑↓↑↑↓
「あ」
→→↓↓→←←↓→↓→←←
「あ」
ストップ。動かないで。
「あ」
→→↑↑↓↓←→↑↑↓←→
「あ」
→←←→↑↓←↑↓ストップ→
「あ」
~~~~~~~~~~♪
「あ」
最終コンボ。
「あ」
↑↑↓↑←←→↑↑→↑↓↑←↓↑→↑↑↓←↓←↓→↑↑↓ストップストップ↑↑↓スキップ←→↑↓ぐるんと回ってもう一回。↑↑↓↑←←→↑↑→↑↓↑←↓↑→↑↑↓←↓←↓→↑↑↓ストップストップ↑↑↓スキップ←→↑↓反対回ってもう一回。
↑↑↓↑←←→↑↑→↑↓↑←↓↑→↑↑↓←↓←↓→↑↑↓ストップストップ↑↑↓スキップ←→↑↓ほらほら回ってもう一回。
「もう無理だよ」
↑↑↓↑←←→↑↑→↑↓↑←↓↑→↑↑↓←↓←↓→↑↑↓ストップストップ↑↑↓スキップ←→↑↓
「痛い痛い痛い痛い」
↑→↓←→↑←↓簡単ステップくるりん回ってストップしながら↑↑↓↑↓↓↑↑↓↑↑↓→←→←→←→↑→↓←→↑←↓←→←→←→←→←↓↑↑↓↑↑
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
上。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
下。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
右。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」
左。
「あああああ痛いよ、痛いよ、痛い!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
「青が赤になったら幸せなんだって?」
キッドが微笑んだまま、男を覗き込む。
「じゃああんた、今すごく幸せなんだろうね。だって、赤まみれじゃないか。良かったじゃん」
男だったものに、キッドが拍手を送る。
再生が追い付かず、でも再生したそうに、ぼこぼこ肉が現れているが、キッドが注射器と取り出し、男だったものの胸に思いっきり刺した。
男だったものは小さく叫んだ。
「…イタイ…」
動かなくなった。
再生はぴたりと止まった。
もう、肉の塊は動かない。
血だらけの、男だった肉の塊が、そこに残った。
「はい、終了」
返り血にまみれたキッドが、肩をすくめてため息をついた。
「確保」
低い声で言ったと同時に、囲んでいた大人たちが男だったものに取り囲み、縄を使って回収を始める。
「クロシェ先生、もう大丈夫です。もう終わったみたいです」
クロシェ先生が瞼を上げた。あたしを見る。
「先生、もう大丈夫です」
「テリー…」
クロシェ先生があたしを見た。
「怪我は?」
「あたしは大丈夫です」
「メニー」
クロシェ先生がメニーを見下ろす。
「怪我は?」
「わ、わかりません…」
メニーが目を閉じ続ける。
「お姉ちゃん、もう開けていい?」
「メニー、こっち見てるならいいわ。後ろは絶対見ちゃ駄目」
「…はい」
メニーが目を開ける。あたしとクロシェ先生を見る。
「怪我はありません」
「ああ、良かった」
クロシェ先生があたしとメニーを抱きしめた。
「良かったわ。二人が無事で…」
「先生も無事でよかった」
あたしはクロシェ先生を、抱きしめる。
「本当に良かった。クロシェ先生…」
「一体何があったの?」
クロシェ先生が後ろを見ようとした。あたしは先生の手を引っ張った。
「クロシェ先生も、見ないでください」
「だけど…」
「通り魔が現れたんです」
タオルで返り血を拭くキッドが横から突然現れ、クロシェ先生がぎょっとした。
「っ」
クロシェ先生が慌ててあたしとメニーを抱きしめる。キッドが微笑んだ。
「初めまして。ミス・ローズ・リヴェ。通報がありまして、駆け付けました」
「…貴方は?」
「キッドと申します」
「…あたしの知り合いです。クロシェ先生…」
クロシェ先生が、ぽかんと返り血だらけのキッドを見る。キッドは何も言わず、微笑み続けるだけ。メニーがクロシェ先生の腕の中から、ちらっとキッドを見上げた。
メニーが眉をひそめた。
「……………」
「…ん?」
キッドがメニーを見つける。
「君がメニー?」
キッドがしゃがんで、メニーの顔を覗き込んだ。
メニーがじっとキッドを見つめた。
キッドがにこにことメニーを見つめた。
メニーが視線を逸らした。あたしに視線を逃がす。涙目でうるうると揺れている。
「……………」
「メニー、キッドよ。大丈夫。悪い人じゃないから」
「キッドだよ。メニー。初めまして。俺のテリーが世話になってるみたいだね」
にこにこしながらこいつはなんてことを言いだすんだ。ぎろりと睨めば、余計にキッドがにやける。あたしをからかってそんなに面白いわけ? あたしは何も楽しくないわよ。くたばれ。キッド。
キッドの微笑みに、メニーがじっとその笑みを見つめ、またあたしに視線を戻し、あたしの腕をぎゅっと掴む。
「お姉ちゃん…」
メニーがクロシェ先生の胸の中から出てきて、あたしに抱き着いた。
「怖かった…」
「もう大丈夫よ」
メニーの背中をぽんぽんと撫でる。
「でも、後ろは見ちゃ駄目よ」
「…あの人、誰?」
「……キッド」
「………」
あ。
「…もしかして、お姉ちゃんが友達って言ってた人? ほら、会いに行くって言ってた…」
「え? 大切な妹の前で会いに行くって堂々と言ってくれてるの? いやあ、照れるねえ。ねえ、メニー。教えてほしいんだ。テリーって家ではどんな感じなの?君にとっていいお姉ちゃんをやってるの? プレゼントの絵本、どうだった? 俺的には、ちょっと子供すぎるんじゃないかと思ったんだけど」
「あんた質問攻め止めなさい。メニーが怖がってるでしょ」
あたしの胸で縮こまるメニーを抱き止め、じっとキッドを睨むと、キッドがへらへらと笑った。
「嫌だなあ。俺は将来関わるかもしれないメニーと親睦を深めようとしただけだよ。ふーん。メニーか。可愛いね、君。彼氏はいるの? いないならどう? 俺と今度、お茶でも行かない? 君は今も十分可愛いけど、将来かなりの美人になると思うよ」
「………」
「ちょっとちょっと、テリー! あはは! そんなに睨まないでよ。それとも、やっとやきもち妬いてくれた? 安心して。俺にはお前だけだよ」
「……帰りましょう。メニー。疲れたでしょ」
メニーがぎゅっとあたしの腕に掴まる。
(……ほら、見なさいよ。キッド、お前のせいよ)
あたしはさっさとメニーを慰めて、この抱擁から解放されたかったのに。
(お前のせいで、抱擁続行じゃない! くそ!)
あたしはあえてメニーの頭を撫でた。
「メニー、ああ、可哀想に。よっぽど怖かったのね。あれだけ脅されて、よく頑張ったわ。でも、もう大丈夫よ。メニー」
「………」
「デヴィッドも無事よ。馬車、無かったでしょう? 危険だから、移動してもらってたの」
「ミス・クロシェー! メニーお嬢ちゃまー!!」
デヴィッドが馬を操って、駆けてくる。
「ご無事ですかー!!」
「ほらね、皆、無事よ」
あたしはメニーの背中を撫でた。
「もう大丈夫」
大丈夫。
「終わったのよ」
メニーがあたしを抱きしめ、体を震わせる。
「ああ、可哀想。クロシェ先生、メニーが心配だから、早く帰りましょう」
「ええ。そうね」
「というわけよ」
あたしはキッドに顔を向けた。
「帰るわ」
「うん。気を付けて帰るんだよ」
「……なんか、軽いわね」
「え?」
「あんたのことだから、別れ際に何かされるかと思った」
あまりの呆気なさに戸惑うと、キッドがあたしの言葉ににやつく。
「なぁに? 期待してるの?」
「してない」
「だったら、また家においで。ああ、半年待っても来なかったら出るとこ出るからね」
「………」
「また手紙出すよ。テリー」
「…いらない」
断わると、キッドがふふ、と笑った。
「素直じゃないんだから」
「行くわよ。メニー」
あたしはメニーを立たせる。血だらけの景色を背に、メニーを馬車へと連れて行く。
キッドがくすりと笑う。
くすり、と笑った。
くすくすと、笑った。
「だから言ってるでしょ」
「優しい人が襲われる」
ふふ、と、わらった。
「また会えたね。お姉ちゃん」
赤い瞳が、馬車を見つめていた。
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