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リトルルビィ
決意を決めたその背中
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(*'ω'*)反抗期ルビィを知らない方は八章参照。ネタバレ注意(*'ω'*)
ルビィ→→テリー
――――――――――――――――――――
コウモリが飛ぶ。
お兄ちゃんが見せる。
わたしはそれに手を伸ばす。
お兄ちゃんがコウモリを飛ばす。
わたしは笑う。
お兄ちゃんも笑う。
コウモリが飛んだ。
お兄ちゃん、コウモリが飛んでる。
そう言って横を見た。
お兄ちゃんはもういない。
わたしの血を飲んで、そのまま、
「入ってもいいですか?」
窓をノックする。
「入ってもいいですか?」
「リトルルビィ?」
すぐに窓が開いて、わたしを見たその人物が目を丸くした。
「……どうしたの、あんた」
「ふぇ……っく……」
「入りなさい。ホットミルクいる?」
「いらない!」
勢いのままその人に抱きつく。
「わたし、何もいらない!」
何もいらないから、
「お願い。……だっこして……」
「……怖い夢でも見たの?」
「っく……ふぃい……!」
「……あんたの年で、ひとり暮らしなんて寂しいわよね」
(あ……)
「今夜くらい、一緒に寝たって誰も怒らないわ」
テリーが、赤いマントごとわたしを抱きしめた。
(……あったかい……)
「おいで」
「……ぐすっ」
「やだ。手冷たいじゃない」
テリーが窓を閉めて、わたしを暖炉の前に座らせて、ネグリジェに着替えさせた。
「いい? サリアが起こしに来る前に帰るのよ」
「うんっ」
「ミルクはいい?」
「うん!」
「トイレは?」
「大丈夫!」
「じゃあ、ベッドに入って」
「うん!」
テリーの迷惑にならないように大人しく言うことを聞く。でも、もう迷惑になってるかもしれない。テリーは貴族のお嬢様だから、孤児のわたしなんかが関わっていい相手じゃないの。わたし、わかってるの。でも、どうしてもテリーに会いたかったの。
ちらって見たら、テリーがきょとんってして、ふふって笑って、わたしの胸が、きゅん! ってときめいたら、テリーがシーツを直してくれて、わたしの体を優しくなでてくれるの。
「落ち着いた?」
「……うんっ」
「誰に泣かされたの?」
「……お兄ちゃんの夢、見たの……」
「……そうだったの」
「まだ、お兄ちゃんが元気だった頃の夢。……中毒者には……なってたけど……」
「……そう」
「思い出したら、なんかね、すごく悲しくなってきてね……?」
わたしの目がどんどん潤んでくる。
「それでね、なんかね……」
「ん」
「なんかね、すごくね、あのね、胸がね、苦しくなって……」
「メニー、呼ぶ?」
「ううん。わたし、テリーといたいの!」
「……」
「……一緒に寝てもいい?」
「今夜くらいどうってことないわ」
今夜だけじゃない。
「また寂しくなったら、明日だって明後日だって来ていいわ。……見つからないようにね」
「……ほんとう?」
「もちろんよ。一緒に住むことは出来ないけど、寝るくらいなら毎日だって歓迎よ」
「そんなこと言われたら、わたし甘えちゃう!」
「甘えていいのよ。あんたはまだ小さな子どもなんだから」
テリーはそう言ってわたしの頭をなでてくれるの。
「あたしの可愛いリトルルビィ」
わたし、テリーが大好き。だから、テリーの胸に顔を埋めながら思ったの。わたし、何があっても、ずっとテリーといたいって。
「キッドに何か言われたらあたしに言いなさい。ぶっ飛ばしてあげるから」
テリーの手が暖かくて、だんだんうとうとしてくる。もったいない。もっとテリーといたい。もっとテリーを感じてたい。だからわたし、眠たいけど、我慢して必死に口を動かしたの。
「……テリー……」
「ん?」
「……だい……すき……」
「ええ」
テリーはね、そしたら、すごく素敵な笑顔になるの。
「あたしも大好きよ。ルビィ」
まどろみの中で考える。
ずっとテリーといたい。
テリーの胸で甘えていたい。
王子様はいらない。
テリーが欲しい。
テリーに甘えていられたら、それでいい。
それで満足。
永遠にテリーといられたら、わたし、すごく幸せ。
一人だと寂しいの。
でもテリーがいると暗闇の中でも、ぱって明るくなるの。
シャンデリアがついて、ダンスホールにいて、わたしとテリーが手を取って踊るの。いつまでも楽しんで、笑顔で笑い合うの。
テリー。大好き。愛してる。
テリー。わたしのテリー。
お願い。
妹で、終わらせないで。
(*'ω'*)
タバコに火をつけたところで、上から大量の水がルビィにかけられた。
「……」
びしょ濡れになったルビィが振り返ると、バケツを持ったキッドがにこにこしながら自分を見ていた。
「おい」
「チッ」
「何してるんだ。お前」
「るせーな……」
「騎士見習いとして、そして俺の右腕として、法律は守ってもらいたいね」
「国の王子様が仕事サボってこんなところで何してんだよ」
「ずっと城にいたんじゃ体に毒だ。散歩してたんだよ。お前こそ訓練サボってこんなところで何してるんだ?」
「はあ、うぜえ……」
裏商店を歩いてた輩から盗んだのに台無しになってしまった。ルビィはタバコを地面に捨て歩き出した。キッドが軽く息を吐き、タバコを拾って火がついてないことを確認し、捨てるべき場所へと捨て、ルビィを追いかける。
「ルビィ」
「戻ればいいんだろ。くそったれ」
「いいか。騎士になりたきゃ訓練を怠るな」
「何が訓練だよ。ただ筋トレしてるだけじゃん。はあ。だりい」
「お前が大事にしてきた協調性はどこに行ったんだ?」
「さあね。戦争にでも行ったんじゃない?」
「いい加減にしろよ」
「嫌ならクビにすれば?」
ルビィがくるんと回って木を避けた。
「右腕もトラブル処理も、ソフィアに頼めばいいだろ」
「あいつは俺の左腕なもんでな。左腕を右腕につけることはできないだろ?」
「意味わかんねーっつーの」
「ルビィ、今日は帰れ」
「ああ、そうさせていただくよ。てめえのせいで気分が台無しだ。せっかくのタバコもおじゃん。ああ、最っ低」
「いいか、うちではタバコは20歳からだ。20を過ぎたらいくらでも吸えばいい」
「ねえ、過保護すぎない? わたし、もう仮成人なんだけど。わかる? 結婚できる年齢なの」
「結婚できるだけだ。アルコール摂取もタバコも禁じられてる。いいか。法律は守れ」
「うるせえな! わたしの前から失せやがれ!」
ルビィが家のドアを開け、勢いよく閉めた。向こうからは盛大なため息を吐く音が聞こえ、その音にもルビィがイラつき、椅子を蹴った。
(くそっ)
騎士になんか志願するんじゃなかった。
(何が訓練だよ)
体力づくりのための筋トレも走り込みも、小さい頃から中毒者と戦ってきて、なおかつキッドに鍛えられているルビィからすれば、朝ご飯の準備をしているような感覚であった。
それに、どうも馴れ合い感が強くてたまらない。あの空気はすごく嫌だ。みんな強くなりたくて、何かを守るために騎士に志願したのではないのか。なぜあんなにも愚痴ばかりになるのだ。男は特にそうだ。自分が大したことないのに気がつくと、自分が抱いている自尊心を爆発させるように嫉妬が表に現れる。そしてこう言ってくるんだ。ルビィ・ピープル、俺と勝負しろと。仕方ないと思って、かなり手加減して戦っても弱い相手は病院行き。その戦いを見た周囲はルビィから離れ、こう囁いた。あいつは化け物だと。
(……何も知らないくせに)
吸血鬼の耳は、かなり遠くの音も聞こえる。小さな声も。
(……だる……)
気にしないふりをするのがしんどい。
(戻りたくねー……)
いらねえならさっさと上に上がらせてくれ。どこでもいい。どっかの部隊に入れさせたらいいじゃねえか。
(戦場でもどこでも行くからさ。……あー……まじだりぃー……)
ルビィがベッドに倒れ込んだ。
(……しんど……)
ほんの出来心だった。
カドリング島で、テリーに提案されたのだ。
『騎士』になることなど、考えたこともなかった。しかし、思ったのだ。騎士になれば、何があってもテリーを守れるのではないかと。
中毒者事件が終わる前でも、終わった後でも、騎士になることで、自分はテリーの側にいられるのではないかと。
(テリー)
あんたのこと、妹として好きよ。
(うわ、フラッシュバック)
ごめん。そういう風に見れない。
(まじ無理)
あんたは可愛いリトルルビィよ。……あたしの、可愛い妹よ。
(ああ、やだ)
黒いもやもやが胸に溜まっていく。
(テリー)
思い出したくないのに。
(テリー)
――ごめんね。
それでも愛してる。
ドアがノックされた。
「……」
いつもなら無視するが、気分を変えたかったのか否か、とにかくルビィがゆったりと起き上がった。またドアが叩かれた。
「……はあ……」
大きなため息を吐き、ルビィが地面に足をつけ、ドアを開けた。
「はい」
「あら、開けた」
「……あ?」
訪問客を見て、ルビィの額に青筋が立った。
「……なんでテリーがいんの?」
「クッキーいる?」
テリーが腕を見せた。お洒落なバスケットが下げられている。ルビィの赤い目玉がじろりとテリーを睨んだ。
「忙しいんじゃないの?」
「クッキーついでに話があるの。中に入れて」
「んだよ」
入ろうとしたテリーの邪魔をするように、ルビィがドアにもたれかかった。
「用があんならここで話せよ」
「……何よ。また部屋掃除してないの?」
「……話ならここでもできんだろ」
「どいて」
「あっ」
テリーが無理矢理ルビィを押しのけ、家の中へと侵入した。中に入れば、着替えは脱ぎっぱなし。皿は洗面器に放置されたまま。ルビィが慌てて声を上げる。
「ちょっ、勝手に入んなよ!」
「ちょっと、ブラジャーこんなところに置いて!」
「あっ」
「ネコちゃんぱんつも!!」
「ぐっ……!」
「座ってなさい! もう!!」
「や、やめろよ! 触んなよ!」
「うるさい! あんたがしていいのはあたしが持ってきたクッキーを食べることだけよ! ほら!!」
「や、やる!! 全部片付けるから触んなって!!」
「あんた、生理で汚れたぱんつをこんなところに放置しないの!!」
「見るなって!! ばかっ!!」
「もう! いつになっても世話がかかるんだから! あたしがやってあげるからあんたは座ってなさ……」
ルビィが瞬間移動を使った。突風が吹き荒れる。洗面所が一瞬で綺麗になった。洗濯物が一瞬で裏庭に干された。ベッドメイキングが一瞬で完了した。一瞬で部屋のホコリが一つもなくなった。紅茶を入れたポットと温められたカップがテーブルに置かれた。ルビィが不満そうな顔のテリーを椅子に座らせた。
「……」
「……んな顔すんなよ」
「……片付けられるならやりなさいよ。……はあ……」
(……なんで残念そうなんだよ)
「……テリー、これにクッキー入れて」
「……ん」
差し出された皿にテリーがクッキーを包みごと置き、開いてみせた。中から美味しそうなクッキーが姿を見せる。
「さ、どうぞ」
「……ん」
ルビィがクッキーを口に放り投げた。……甘い。
(……好きな味だ)
「……リトルルビィ」
(あ、……キッドからなんか聞いた感じだな)
いや、メニーだろうか。
(この切り出し方は、絶対そうだ)
「……さっき、歩いてたらキッドに会ってね」
「ああ、……そう」
「タバコ吸おうとしたの?」
「説教ならやめてくんない?」
「一週間連続で訓練もサボってるって」
「気分乗らないだけ」
「何かあったの?」
「何も?」
「……」
「……何。何もないよ。……気分乗らないだけ」
「……そのクッキー」
「ん?」
「誰が作ったと思う?」
「ベックス家おなじみのシェフだろ」
「ドロシーよ」
ルビィが固まった。
「嘘つきは爆発する魔法をかけたクッキーなんですって」
途端に、ルビィの額から滝のような汗がぶわっと出始めた。
「リトルルビィ、もう一度聞くわよ」
「……っ!」
「何かあったの?」
「……な……にも……」
爆発する? このまま、爆発するの? まじ? ドロシーが作ったの? 魔法をかけたの? 爆発するの? 嘘ついたら、わたし、爆発するのか? いや、でも、別に嘘付いてるわけじゃねえし。嘘付いてるわけじゃ……。
「……っ」
――ルビィは黙ることにした。余計なことは言わないに限る。
「ルビィ」
「……」
「黙ってたら爆発するわよ」
「……っ!?」
「わかるでしょう? ドロシーが魔法をかけたのよ。そのクッキー。あんた、食べたでしょ。一枚でも食べたら、もうおしまいよ。あんたはたちまち、どかん。ドロシーは今にも爆発させようとスタンバイしてるわ」
「……っ!!」
「正直におっしゃい」
テリーが肘をテーブルに乗せた。
「何かあったの?」
「……く、訓練……」
「ん?」
「……つまんない」
「……何が、つまらないの?」
「……。……やってること、昔とそんなに変わらねえし……中毒者くらい強い奴なんてキッドくらいしかいねえし……だから……」
「……だから?」
「嫉妬されて、……勝負挑まれて……勝ったら、みんなに引かれた」
「……」
「化け物だって」
テリーが目を見開いた。ルビィは俯き、面倒くさそうに頭を掻き、続ける。
「騎士にはなりたいけどさ、……引かれるなら、……別に訓練なんて参加しなくても良くない? そっちの方が、……協調性取れるだろうし」
「……あんた……それ、いつの話……?」
「ずっとそうだよ。コネで入ったとか、キッドに可愛がられてるからとか。……じゃあやってみろよってんだよ。あいつの相手、面倒くせえのに」
「……」
「……爆発しない……よな……?」
「……馬鹿ね。これはただのクッキーよ」
「……あ?」
「うちのシェフお手製のクッキーだから、爆発なんかしないから」
「……知ってたし」
「キッドはそのこと」
「言うなよ」
「でも」
「また可愛がられてるとか言われるから」
「そんなこと誰が言ったの? 教育係?」
「……さあーな? 誰だろう?」
「……バドルフに入ってもらいましょう」
「いいって」
「ルビィ、あんただけの問題じゃないのよ。ルビィみたいな人が同じような目に遭って、せっかくの逸材が消えてしまったら国にとって本末転倒なの」
「……」
「報告するわね。わかった?」
「……だから言いたくなかったんだよ。面倒くせえから」
「ええ。ありがとう。言ってくれて」
テリーの手がルビィの義手の上に重なり、その手を撫でた。
「辛かったでしょ」
「……別に」
「だったら、なんで今こうしてるの?」
「……気分乗らないだけ」
「馬鹿ね。もう。すぐチクればいいのに」
テリーが大切に大切に義手を撫でる。
「いい? 気に入らない奴がいたらもっとぶっ飛ばして偉さをわからせてやりなさい。悪い噂を流されたらそいつの弱みを握るために偵察して住所と顔を特定して街中に晒してやりなさい。悪口を言われたら強さでわからせてやりなさい。本人に直接言えないくせに影でこそこそ文句垂れるやつなんて逸材でもなんでもないの。ろくなやつじゃないから、殴っていいから。ね? あっ、いたた。あら、何これ。ブーメランがあたしの可愛い頭に刺さってる。誰よ。刺したやつ。くたばれ」
「言うのは簡単だよな」
「それで追い出されるなら今の時代の騎士に誰一人、目の良い人がいないってことだから」
「……」
「そしたらうちで雇ってあげるわ。ね、その方がいい。ルビィはうちが貰うわ」
(……貰うね)
捨てたのはどっちだか。
「あいつなんでそんな大事なこと気づいてないわけ? 灯台下暗し野郎が。仕事サボってぷらぷらうろついてるからそんなことになるのよ。最低」
テリーがGPSをいじり始める。
「ルビィがこんなに困ってるのに」
困ってるのは誰のせいだか。
「リトルルビィ、今度からちゃんと嫌なことあったらチクるのよ。恰好悪いとか見栄なんか張らないで」
テリーが顔を上げた。
「ちゃんと指名制で詳しく……」
首を傾げて、その愛おしい頬に唇を押し付けた。
「……」
ルビィがすぐに離れ、再びクッキーを食べ始める。
「……」
(……どうせ、可愛い子供だって思ってんだろ)
テリーにとっては自分はただの妹だ。
(……はーあ)
ルビィがもう一枚クッキーをつまんだ。
(甘い)
――……テリーの頬に触れた唇が、
(甘く感じる)
ちらっとテリーに目を向けた。
(……ん?)
リトルルビィがきょとんとした。テリーの頬が――赤らんでいるように見えて。
「テリー?」
「っ!」
テリーがビクッ、と肩を揺らし、目を見開いてリトルルビィに振り返った。
「な、何か!?」
「なんか、顔赤くない?」
「べ、別に!」
テリーがまだ熱いティーカップを掴んだ。
(あ)
リトルルビィが瞬時にテリーの次の反応がわかった。
「うぎゃっ! あっつ!!」
「っ」
カップがテリーの方に倒れたのを見て、瞬間移動でテリーを抱き上げ、テーブルから離れる。地面にティーカップが落ちて割れ、無傷のテリーは呆然とリトルルビィの腕の中で大人しくなった。
「……ご、ごめんなさい。ルビィ……」
「……いいよ。カップくらいまた買えばいいから」
リトルルビィが見下ろす。自分の腕に抱えられるテリーが、自分を見上げている。
(……変なの)
前までは、わたしがテリーを見上げていたのに。
「……掃除するわ。下ろしてくれる?」
テリーの言葉にリトルルビィが従おうとして――やめた。
「……? ルビィ?」
抱えたまま身を屈ませ、テリーの額にキスをした。
「! ちょっ……!」
(あ、やっぱり)
顔、赤くなってる。
(……)
「はいはい。下ろしますよー」
思ったことは胸に秘め、素直にテリーを地面に下ろし、部屋の隅に置かれた箒を手に掴む。
「テリー、片付けるからそこにいて」
「あ、あたしがやるから……!」
「また暴れてカップ壊されたらたまんねえよ」
「……」
(……んな、しゅんとすんなよ)
ガラスの破片拾って、指が傷ついたらどうするんだよ。
(そんなの見たら、わたしが耐えられない)
「……悪いわね」
「平気」
「新しいカップ、用意しておくわ」
「いいって」
「用意させて。……あたしが割ったんだから」
「……だったらさ」
リトルルビィが訊いてみた。
「カップはいらないから、キスさせてくんない?」
テリーがぽかんと目を丸くする。
「……一回だけ」
リトルルビィがそっと近づき、――テリーを壁に閉じ込める。
「キスさせてくれたら、……訓練も行くから」
「……本当?」
「……ん」
こくりと頷いてみる。そしたら、テリーとキスができる気がして。
(行くか行かないかは、さて置いて)
今は、
「……ちゃんと行くから」
「……わかった」
(えっ)
「……一回、だけよ」
ぎゅっとテリーが目を瞑り、唇をリトルルビィに向けた。
(……まじか)
肩、震えてるけど。
(まじか……)
赤らんだ頬。柔らかそうな唇。自分よりも小さなテリー。
(……馬鹿だよ。テリーは)
だから好きなんだよ。
リトルルビィが近づき、気配を感じたテリーがぎゅっと拳を固く握りしめ――頬に感じた唇の感触に、はっと目を開けた。
「……」
唇ではない。リトルルビィは頬にキスしただけ。
(……なんだ。ほっぺか……)
途端に、テリーは眉をひそめた。
(なんだ、って何よ。ほっぺにキス。当たり前じゃない。女の子同士なんだから)
リトルルビィが目を開け、テリーの頬から離れ、赤い瞳で愛しい人の目を見つめる。テリーも目を泳がしながらも、……成長したリトルルビィを見上げる。
「……訓練、行ける?」
「……ん。……明日、行ってみる」
「……無理はしちゃだめよ?」
テリーが両手を伸ばし、リトルルビィを優しく抱きしめた。今度はリトルルビィがぎょっとし、体に力を入れる番。
「辛かったら早退しなさい」
「……わかってる……」
(……駄目だな)
やっぱりテリーの腕は、温かくて、優しくて、やみつきになる。
(昔から、この温もりが好きなんだよな)
小さかった時は思う存分テリーの胸に顔を埋めて、甘えていたけれど。
(……今はどうかな)
手を伸ばす。
(テリーになら……少しくらい、甘えてもいいかな)
テリーを抱きしめ返す。ぬくもりを感じる。ほっとする。安心する。
(テリー……)
愛でなくてもいい。同情でもいい。情けでもいい。今だけは離れないで。
(ずっと、こうやってテリーに甘えたい)
吸血鬼の力で強く掴めば壊れてしまう。だから、絶対に壊さないように、大切に、とても大切にテリーを抱きしめる。
客は来ない。誰も来ない。家には、ルビィとテリーの二人だけ。
(*'ω'*)
翌日の早朝、リトルルビィに手紙が届いた。いつもと違う訓練所に行くようキッドが書いたものであった。リトルルビィは地図に書かれた場所に行くと、そこには見たことのない顔ぶれが揃っており、教育係の騎士がリトルルビィに近づいた。
「やあ。君がルビィ・ピープル?」
「……」
「キッド殿下から話は聞いてるよ。とんだ問題児だって」
騎士はふふっと笑い、腕を組んだ。
「ここにはな、問題児ばかりがやってくるんだ。誰にも認められず、実力を発揮できず、落ちぶれた奴らがな」
しかし、リトルルビィは思った。木刀を振る音は今まで聞いた中でも、まともなものだと。
「だからこそ、負けず嫌いが多い」
そこには、ボロボロになるまで対象の案山子に木刀を振る者たちが多くいた。
「アーロンだ」
リトルルビィがアーロンを睨んだ。それでも、アーロンは笑みを浮かべたままリトルルビィを見た。
「一つ聞きたい。……君はなぜ騎士になろうと思ったんだい?」
その答えは一つだ。
「守りたい人がいるから」
「ほう」
アーロンがにやりとした。
「それは、命を懸けてでもかい?」
「じゃないと、こんなところ来ない」
彼女は本気だ。本気で強さを求めている。
「わたし、すごく強いから、訓練なんてする必要もないと思う」
「ここに来る奴らはみんなそう言うんだ。でも、舐めてもらっちゃ困る。ここはその辺の優等生グループと違って、荒々しくて、暴力的で、……一生懸命だ」
努力することを忘れない。
「少しでも怠けたら強くはなれない。認められるはずもない。守りたい人を守れるわけもない。甘く見るな。あまり図に乗ってると……置いていかれるぞ」
ここは問題児が集まったとんでもない訓練グループ。
「歓迎するよ。問題児」
アーロンが手を差し出した。
リトルルビィは無言のまま、しかし目は既に覚悟を決めていて、彼の手を軽く握った。
(強くならなきゃいけない)
騎士になる。そして、
(絶対、わたしを振ったこと、テリーに後悔させてやる)
太陽が昇る方向に向かって、リトルルビィは歩き出した。リトルな甘えん坊の女の子はもういない。決意が固めたその背中は、とても大きく、たくましいものだった。
決意を決めたその背中 END
ルビィ→→テリー
――――――――――――――――――――
コウモリが飛ぶ。
お兄ちゃんが見せる。
わたしはそれに手を伸ばす。
お兄ちゃんがコウモリを飛ばす。
わたしは笑う。
お兄ちゃんも笑う。
コウモリが飛んだ。
お兄ちゃん、コウモリが飛んでる。
そう言って横を見た。
お兄ちゃんはもういない。
わたしの血を飲んで、そのまま、
「入ってもいいですか?」
窓をノックする。
「入ってもいいですか?」
「リトルルビィ?」
すぐに窓が開いて、わたしを見たその人物が目を丸くした。
「……どうしたの、あんた」
「ふぇ……っく……」
「入りなさい。ホットミルクいる?」
「いらない!」
勢いのままその人に抱きつく。
「わたし、何もいらない!」
何もいらないから、
「お願い。……だっこして……」
「……怖い夢でも見たの?」
「っく……ふぃい……!」
「……あんたの年で、ひとり暮らしなんて寂しいわよね」
(あ……)
「今夜くらい、一緒に寝たって誰も怒らないわ」
テリーが、赤いマントごとわたしを抱きしめた。
(……あったかい……)
「おいで」
「……ぐすっ」
「やだ。手冷たいじゃない」
テリーが窓を閉めて、わたしを暖炉の前に座らせて、ネグリジェに着替えさせた。
「いい? サリアが起こしに来る前に帰るのよ」
「うんっ」
「ミルクはいい?」
「うん!」
「トイレは?」
「大丈夫!」
「じゃあ、ベッドに入って」
「うん!」
テリーの迷惑にならないように大人しく言うことを聞く。でも、もう迷惑になってるかもしれない。テリーは貴族のお嬢様だから、孤児のわたしなんかが関わっていい相手じゃないの。わたし、わかってるの。でも、どうしてもテリーに会いたかったの。
ちらって見たら、テリーがきょとんってして、ふふって笑って、わたしの胸が、きゅん! ってときめいたら、テリーがシーツを直してくれて、わたしの体を優しくなでてくれるの。
「落ち着いた?」
「……うんっ」
「誰に泣かされたの?」
「……お兄ちゃんの夢、見たの……」
「……そうだったの」
「まだ、お兄ちゃんが元気だった頃の夢。……中毒者には……なってたけど……」
「……そう」
「思い出したら、なんかね、すごく悲しくなってきてね……?」
わたしの目がどんどん潤んでくる。
「それでね、なんかね……」
「ん」
「なんかね、すごくね、あのね、胸がね、苦しくなって……」
「メニー、呼ぶ?」
「ううん。わたし、テリーといたいの!」
「……」
「……一緒に寝てもいい?」
「今夜くらいどうってことないわ」
今夜だけじゃない。
「また寂しくなったら、明日だって明後日だって来ていいわ。……見つからないようにね」
「……ほんとう?」
「もちろんよ。一緒に住むことは出来ないけど、寝るくらいなら毎日だって歓迎よ」
「そんなこと言われたら、わたし甘えちゃう!」
「甘えていいのよ。あんたはまだ小さな子どもなんだから」
テリーはそう言ってわたしの頭をなでてくれるの。
「あたしの可愛いリトルルビィ」
わたし、テリーが大好き。だから、テリーの胸に顔を埋めながら思ったの。わたし、何があっても、ずっとテリーといたいって。
「キッドに何か言われたらあたしに言いなさい。ぶっ飛ばしてあげるから」
テリーの手が暖かくて、だんだんうとうとしてくる。もったいない。もっとテリーといたい。もっとテリーを感じてたい。だからわたし、眠たいけど、我慢して必死に口を動かしたの。
「……テリー……」
「ん?」
「……だい……すき……」
「ええ」
テリーはね、そしたら、すごく素敵な笑顔になるの。
「あたしも大好きよ。ルビィ」
まどろみの中で考える。
ずっとテリーといたい。
テリーの胸で甘えていたい。
王子様はいらない。
テリーが欲しい。
テリーに甘えていられたら、それでいい。
それで満足。
永遠にテリーといられたら、わたし、すごく幸せ。
一人だと寂しいの。
でもテリーがいると暗闇の中でも、ぱって明るくなるの。
シャンデリアがついて、ダンスホールにいて、わたしとテリーが手を取って踊るの。いつまでも楽しんで、笑顔で笑い合うの。
テリー。大好き。愛してる。
テリー。わたしのテリー。
お願い。
妹で、終わらせないで。
(*'ω'*)
タバコに火をつけたところで、上から大量の水がルビィにかけられた。
「……」
びしょ濡れになったルビィが振り返ると、バケツを持ったキッドがにこにこしながら自分を見ていた。
「おい」
「チッ」
「何してるんだ。お前」
「るせーな……」
「騎士見習いとして、そして俺の右腕として、法律は守ってもらいたいね」
「国の王子様が仕事サボってこんなところで何してんだよ」
「ずっと城にいたんじゃ体に毒だ。散歩してたんだよ。お前こそ訓練サボってこんなところで何してるんだ?」
「はあ、うぜえ……」
裏商店を歩いてた輩から盗んだのに台無しになってしまった。ルビィはタバコを地面に捨て歩き出した。キッドが軽く息を吐き、タバコを拾って火がついてないことを確認し、捨てるべき場所へと捨て、ルビィを追いかける。
「ルビィ」
「戻ればいいんだろ。くそったれ」
「いいか。騎士になりたきゃ訓練を怠るな」
「何が訓練だよ。ただ筋トレしてるだけじゃん。はあ。だりい」
「お前が大事にしてきた協調性はどこに行ったんだ?」
「さあね。戦争にでも行ったんじゃない?」
「いい加減にしろよ」
「嫌ならクビにすれば?」
ルビィがくるんと回って木を避けた。
「右腕もトラブル処理も、ソフィアに頼めばいいだろ」
「あいつは俺の左腕なもんでな。左腕を右腕につけることはできないだろ?」
「意味わかんねーっつーの」
「ルビィ、今日は帰れ」
「ああ、そうさせていただくよ。てめえのせいで気分が台無しだ。せっかくのタバコもおじゃん。ああ、最っ低」
「いいか、うちではタバコは20歳からだ。20を過ぎたらいくらでも吸えばいい」
「ねえ、過保護すぎない? わたし、もう仮成人なんだけど。わかる? 結婚できる年齢なの」
「結婚できるだけだ。アルコール摂取もタバコも禁じられてる。いいか。法律は守れ」
「うるせえな! わたしの前から失せやがれ!」
ルビィが家のドアを開け、勢いよく閉めた。向こうからは盛大なため息を吐く音が聞こえ、その音にもルビィがイラつき、椅子を蹴った。
(くそっ)
騎士になんか志願するんじゃなかった。
(何が訓練だよ)
体力づくりのための筋トレも走り込みも、小さい頃から中毒者と戦ってきて、なおかつキッドに鍛えられているルビィからすれば、朝ご飯の準備をしているような感覚であった。
それに、どうも馴れ合い感が強くてたまらない。あの空気はすごく嫌だ。みんな強くなりたくて、何かを守るために騎士に志願したのではないのか。なぜあんなにも愚痴ばかりになるのだ。男は特にそうだ。自分が大したことないのに気がつくと、自分が抱いている自尊心を爆発させるように嫉妬が表に現れる。そしてこう言ってくるんだ。ルビィ・ピープル、俺と勝負しろと。仕方ないと思って、かなり手加減して戦っても弱い相手は病院行き。その戦いを見た周囲はルビィから離れ、こう囁いた。あいつは化け物だと。
(……何も知らないくせに)
吸血鬼の耳は、かなり遠くの音も聞こえる。小さな声も。
(……だる……)
気にしないふりをするのがしんどい。
(戻りたくねー……)
いらねえならさっさと上に上がらせてくれ。どこでもいい。どっかの部隊に入れさせたらいいじゃねえか。
(戦場でもどこでも行くからさ。……あー……まじだりぃー……)
ルビィがベッドに倒れ込んだ。
(……しんど……)
ほんの出来心だった。
カドリング島で、テリーに提案されたのだ。
『騎士』になることなど、考えたこともなかった。しかし、思ったのだ。騎士になれば、何があってもテリーを守れるのではないかと。
中毒者事件が終わる前でも、終わった後でも、騎士になることで、自分はテリーの側にいられるのではないかと。
(テリー)
あんたのこと、妹として好きよ。
(うわ、フラッシュバック)
ごめん。そういう風に見れない。
(まじ無理)
あんたは可愛いリトルルビィよ。……あたしの、可愛い妹よ。
(ああ、やだ)
黒いもやもやが胸に溜まっていく。
(テリー)
思い出したくないのに。
(テリー)
――ごめんね。
それでも愛してる。
ドアがノックされた。
「……」
いつもなら無視するが、気分を変えたかったのか否か、とにかくルビィがゆったりと起き上がった。またドアが叩かれた。
「……はあ……」
大きなため息を吐き、ルビィが地面に足をつけ、ドアを開けた。
「はい」
「あら、開けた」
「……あ?」
訪問客を見て、ルビィの額に青筋が立った。
「……なんでテリーがいんの?」
「クッキーいる?」
テリーが腕を見せた。お洒落なバスケットが下げられている。ルビィの赤い目玉がじろりとテリーを睨んだ。
「忙しいんじゃないの?」
「クッキーついでに話があるの。中に入れて」
「んだよ」
入ろうとしたテリーの邪魔をするように、ルビィがドアにもたれかかった。
「用があんならここで話せよ」
「……何よ。また部屋掃除してないの?」
「……話ならここでもできんだろ」
「どいて」
「あっ」
テリーが無理矢理ルビィを押しのけ、家の中へと侵入した。中に入れば、着替えは脱ぎっぱなし。皿は洗面器に放置されたまま。ルビィが慌てて声を上げる。
「ちょっ、勝手に入んなよ!」
「ちょっと、ブラジャーこんなところに置いて!」
「あっ」
「ネコちゃんぱんつも!!」
「ぐっ……!」
「座ってなさい! もう!!」
「や、やめろよ! 触んなよ!」
「うるさい! あんたがしていいのはあたしが持ってきたクッキーを食べることだけよ! ほら!!」
「や、やる!! 全部片付けるから触んなって!!」
「あんた、生理で汚れたぱんつをこんなところに放置しないの!!」
「見るなって!! ばかっ!!」
「もう! いつになっても世話がかかるんだから! あたしがやってあげるからあんたは座ってなさ……」
ルビィが瞬間移動を使った。突風が吹き荒れる。洗面所が一瞬で綺麗になった。洗濯物が一瞬で裏庭に干された。ベッドメイキングが一瞬で完了した。一瞬で部屋のホコリが一つもなくなった。紅茶を入れたポットと温められたカップがテーブルに置かれた。ルビィが不満そうな顔のテリーを椅子に座らせた。
「……」
「……んな顔すんなよ」
「……片付けられるならやりなさいよ。……はあ……」
(……なんで残念そうなんだよ)
「……テリー、これにクッキー入れて」
「……ん」
差し出された皿にテリーがクッキーを包みごと置き、開いてみせた。中から美味しそうなクッキーが姿を見せる。
「さ、どうぞ」
「……ん」
ルビィがクッキーを口に放り投げた。……甘い。
(……好きな味だ)
「……リトルルビィ」
(あ、……キッドからなんか聞いた感じだな)
いや、メニーだろうか。
(この切り出し方は、絶対そうだ)
「……さっき、歩いてたらキッドに会ってね」
「ああ、……そう」
「タバコ吸おうとしたの?」
「説教ならやめてくんない?」
「一週間連続で訓練もサボってるって」
「気分乗らないだけ」
「何かあったの?」
「何も?」
「……」
「……何。何もないよ。……気分乗らないだけ」
「……そのクッキー」
「ん?」
「誰が作ったと思う?」
「ベックス家おなじみのシェフだろ」
「ドロシーよ」
ルビィが固まった。
「嘘つきは爆発する魔法をかけたクッキーなんですって」
途端に、ルビィの額から滝のような汗がぶわっと出始めた。
「リトルルビィ、もう一度聞くわよ」
「……っ!」
「何かあったの?」
「……な……にも……」
爆発する? このまま、爆発するの? まじ? ドロシーが作ったの? 魔法をかけたの? 爆発するの? 嘘ついたら、わたし、爆発するのか? いや、でも、別に嘘付いてるわけじゃねえし。嘘付いてるわけじゃ……。
「……っ」
――ルビィは黙ることにした。余計なことは言わないに限る。
「ルビィ」
「……」
「黙ってたら爆発するわよ」
「……っ!?」
「わかるでしょう? ドロシーが魔法をかけたのよ。そのクッキー。あんた、食べたでしょ。一枚でも食べたら、もうおしまいよ。あんたはたちまち、どかん。ドロシーは今にも爆発させようとスタンバイしてるわ」
「……っ!!」
「正直におっしゃい」
テリーが肘をテーブルに乗せた。
「何かあったの?」
「……く、訓練……」
「ん?」
「……つまんない」
「……何が、つまらないの?」
「……。……やってること、昔とそんなに変わらねえし……中毒者くらい強い奴なんてキッドくらいしかいねえし……だから……」
「……だから?」
「嫉妬されて、……勝負挑まれて……勝ったら、みんなに引かれた」
「……」
「化け物だって」
テリーが目を見開いた。ルビィは俯き、面倒くさそうに頭を掻き、続ける。
「騎士にはなりたいけどさ、……引かれるなら、……別に訓練なんて参加しなくても良くない? そっちの方が、……協調性取れるだろうし」
「……あんた……それ、いつの話……?」
「ずっとそうだよ。コネで入ったとか、キッドに可愛がられてるからとか。……じゃあやってみろよってんだよ。あいつの相手、面倒くせえのに」
「……」
「……爆発しない……よな……?」
「……馬鹿ね。これはただのクッキーよ」
「……あ?」
「うちのシェフお手製のクッキーだから、爆発なんかしないから」
「……知ってたし」
「キッドはそのこと」
「言うなよ」
「でも」
「また可愛がられてるとか言われるから」
「そんなこと誰が言ったの? 教育係?」
「……さあーな? 誰だろう?」
「……バドルフに入ってもらいましょう」
「いいって」
「ルビィ、あんただけの問題じゃないのよ。ルビィみたいな人が同じような目に遭って、せっかくの逸材が消えてしまったら国にとって本末転倒なの」
「……」
「報告するわね。わかった?」
「……だから言いたくなかったんだよ。面倒くせえから」
「ええ。ありがとう。言ってくれて」
テリーの手がルビィの義手の上に重なり、その手を撫でた。
「辛かったでしょ」
「……別に」
「だったら、なんで今こうしてるの?」
「……気分乗らないだけ」
「馬鹿ね。もう。すぐチクればいいのに」
テリーが大切に大切に義手を撫でる。
「いい? 気に入らない奴がいたらもっとぶっ飛ばして偉さをわからせてやりなさい。悪い噂を流されたらそいつの弱みを握るために偵察して住所と顔を特定して街中に晒してやりなさい。悪口を言われたら強さでわからせてやりなさい。本人に直接言えないくせに影でこそこそ文句垂れるやつなんて逸材でもなんでもないの。ろくなやつじゃないから、殴っていいから。ね? あっ、いたた。あら、何これ。ブーメランがあたしの可愛い頭に刺さってる。誰よ。刺したやつ。くたばれ」
「言うのは簡単だよな」
「それで追い出されるなら今の時代の騎士に誰一人、目の良い人がいないってことだから」
「……」
「そしたらうちで雇ってあげるわ。ね、その方がいい。ルビィはうちが貰うわ」
(……貰うね)
捨てたのはどっちだか。
「あいつなんでそんな大事なこと気づいてないわけ? 灯台下暗し野郎が。仕事サボってぷらぷらうろついてるからそんなことになるのよ。最低」
テリーがGPSをいじり始める。
「ルビィがこんなに困ってるのに」
困ってるのは誰のせいだか。
「リトルルビィ、今度からちゃんと嫌なことあったらチクるのよ。恰好悪いとか見栄なんか張らないで」
テリーが顔を上げた。
「ちゃんと指名制で詳しく……」
首を傾げて、その愛おしい頬に唇を押し付けた。
「……」
ルビィがすぐに離れ、再びクッキーを食べ始める。
「……」
(……どうせ、可愛い子供だって思ってんだろ)
テリーにとっては自分はただの妹だ。
(……はーあ)
ルビィがもう一枚クッキーをつまんだ。
(甘い)
――……テリーの頬に触れた唇が、
(甘く感じる)
ちらっとテリーに目を向けた。
(……ん?)
リトルルビィがきょとんとした。テリーの頬が――赤らんでいるように見えて。
「テリー?」
「っ!」
テリーがビクッ、と肩を揺らし、目を見開いてリトルルビィに振り返った。
「な、何か!?」
「なんか、顔赤くない?」
「べ、別に!」
テリーがまだ熱いティーカップを掴んだ。
(あ)
リトルルビィが瞬時にテリーの次の反応がわかった。
「うぎゃっ! あっつ!!」
「っ」
カップがテリーの方に倒れたのを見て、瞬間移動でテリーを抱き上げ、テーブルから離れる。地面にティーカップが落ちて割れ、無傷のテリーは呆然とリトルルビィの腕の中で大人しくなった。
「……ご、ごめんなさい。ルビィ……」
「……いいよ。カップくらいまた買えばいいから」
リトルルビィが見下ろす。自分の腕に抱えられるテリーが、自分を見上げている。
(……変なの)
前までは、わたしがテリーを見上げていたのに。
「……掃除するわ。下ろしてくれる?」
テリーの言葉にリトルルビィが従おうとして――やめた。
「……? ルビィ?」
抱えたまま身を屈ませ、テリーの額にキスをした。
「! ちょっ……!」
(あ、やっぱり)
顔、赤くなってる。
(……)
「はいはい。下ろしますよー」
思ったことは胸に秘め、素直にテリーを地面に下ろし、部屋の隅に置かれた箒を手に掴む。
「テリー、片付けるからそこにいて」
「あ、あたしがやるから……!」
「また暴れてカップ壊されたらたまんねえよ」
「……」
(……んな、しゅんとすんなよ)
ガラスの破片拾って、指が傷ついたらどうするんだよ。
(そんなの見たら、わたしが耐えられない)
「……悪いわね」
「平気」
「新しいカップ、用意しておくわ」
「いいって」
「用意させて。……あたしが割ったんだから」
「……だったらさ」
リトルルビィが訊いてみた。
「カップはいらないから、キスさせてくんない?」
テリーがぽかんと目を丸くする。
「……一回だけ」
リトルルビィがそっと近づき、――テリーを壁に閉じ込める。
「キスさせてくれたら、……訓練も行くから」
「……本当?」
「……ん」
こくりと頷いてみる。そしたら、テリーとキスができる気がして。
(行くか行かないかは、さて置いて)
今は、
「……ちゃんと行くから」
「……わかった」
(えっ)
「……一回、だけよ」
ぎゅっとテリーが目を瞑り、唇をリトルルビィに向けた。
(……まじか)
肩、震えてるけど。
(まじか……)
赤らんだ頬。柔らかそうな唇。自分よりも小さなテリー。
(……馬鹿だよ。テリーは)
だから好きなんだよ。
リトルルビィが近づき、気配を感じたテリーがぎゅっと拳を固く握りしめ――頬に感じた唇の感触に、はっと目を開けた。
「……」
唇ではない。リトルルビィは頬にキスしただけ。
(……なんだ。ほっぺか……)
途端に、テリーは眉をひそめた。
(なんだ、って何よ。ほっぺにキス。当たり前じゃない。女の子同士なんだから)
リトルルビィが目を開け、テリーの頬から離れ、赤い瞳で愛しい人の目を見つめる。テリーも目を泳がしながらも、……成長したリトルルビィを見上げる。
「……訓練、行ける?」
「……ん。……明日、行ってみる」
「……無理はしちゃだめよ?」
テリーが両手を伸ばし、リトルルビィを優しく抱きしめた。今度はリトルルビィがぎょっとし、体に力を入れる番。
「辛かったら早退しなさい」
「……わかってる……」
(……駄目だな)
やっぱりテリーの腕は、温かくて、優しくて、やみつきになる。
(昔から、この温もりが好きなんだよな)
小さかった時は思う存分テリーの胸に顔を埋めて、甘えていたけれど。
(……今はどうかな)
手を伸ばす。
(テリーになら……少しくらい、甘えてもいいかな)
テリーを抱きしめ返す。ぬくもりを感じる。ほっとする。安心する。
(テリー……)
愛でなくてもいい。同情でもいい。情けでもいい。今だけは離れないで。
(ずっと、こうやってテリーに甘えたい)
吸血鬼の力で強く掴めば壊れてしまう。だから、絶対に壊さないように、大切に、とても大切にテリーを抱きしめる。
客は来ない。誰も来ない。家には、ルビィとテリーの二人だけ。
(*'ω'*)
翌日の早朝、リトルルビィに手紙が届いた。いつもと違う訓練所に行くようキッドが書いたものであった。リトルルビィは地図に書かれた場所に行くと、そこには見たことのない顔ぶれが揃っており、教育係の騎士がリトルルビィに近づいた。
「やあ。君がルビィ・ピープル?」
「……」
「キッド殿下から話は聞いてるよ。とんだ問題児だって」
騎士はふふっと笑い、腕を組んだ。
「ここにはな、問題児ばかりがやってくるんだ。誰にも認められず、実力を発揮できず、落ちぶれた奴らがな」
しかし、リトルルビィは思った。木刀を振る音は今まで聞いた中でも、まともなものだと。
「だからこそ、負けず嫌いが多い」
そこには、ボロボロになるまで対象の案山子に木刀を振る者たちが多くいた。
「アーロンだ」
リトルルビィがアーロンを睨んだ。それでも、アーロンは笑みを浮かべたままリトルルビィを見た。
「一つ聞きたい。……君はなぜ騎士になろうと思ったんだい?」
その答えは一つだ。
「守りたい人がいるから」
「ほう」
アーロンがにやりとした。
「それは、命を懸けてでもかい?」
「じゃないと、こんなところ来ない」
彼女は本気だ。本気で強さを求めている。
「わたし、すごく強いから、訓練なんてする必要もないと思う」
「ここに来る奴らはみんなそう言うんだ。でも、舐めてもらっちゃ困る。ここはその辺の優等生グループと違って、荒々しくて、暴力的で、……一生懸命だ」
努力することを忘れない。
「少しでも怠けたら強くはなれない。認められるはずもない。守りたい人を守れるわけもない。甘く見るな。あまり図に乗ってると……置いていかれるぞ」
ここは問題児が集まったとんでもない訓練グループ。
「歓迎するよ。問題児」
アーロンが手を差し出した。
リトルルビィは無言のまま、しかし目は既に覚悟を決めていて、彼の手を軽く握った。
(強くならなきゃいけない)
騎士になる。そして、
(絶対、わたしを振ったこと、テリーに後悔させてやる)
太陽が昇る方向に向かって、リトルルビィは歩き出した。リトルな甘えん坊の女の子はもういない。決意が固めたその背中は、とても大きく、たくましいものだった。
決意を決めたその背中 END
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