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悪役令嬢のとある日常
今年のおみくじ引きました?
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六章終了後、『クレア姫』を存じ上げない方はネタバレ注意(*'ω'*)
―――――――――――――――――――――――――
ベックス家にいた牛が鳴いた。
「もー」
「よがっだなぁ! 今年はおめえの年だぞぉ!」
牛のつぶらな瞳が輝けば、年明け最初の太陽も輝いた。雪のかかったカカシが寒そうな顔をしている中、今年も一年が始まる。
郵便局員は大変である。朝から各家を巡って手紙を届ける。
「どうぞ! 年賀状です!」
「ご苦労さまです」
「どうぞ! 寒中見舞いです!」
「ご苦労さまです」
「はあ! 忙しい! 忙しい!」
配って配って配りまくる。
「どうぞ!」
「ご苦労さまです」
「どうぞ!」
「あー、どうも」
「どうぞ!」
「ご苦労さまです」
城から直送された手紙の束をビリーが受け取った。その横から、ひょこりと顔を出すキッド。
「じいや、今年はまた数が多いな」
「どうしました。いつにも増して嬉しそうですね」
「ああ。なんて言っても今年は」
クレアが舞台から下りた。
「あたくし宛に、届いているはずだからな!」
大切な人からの特別な年賀状が!
「さあ! じいや! 掘り当てるぞ! キッド宛のものから、たった一枚の年賀状を見つけ出すのだ!!」
クレアは嬉々とキッド宛のものを除けながら年賀状を探し出す。クレアは嬉々と年賀状を探し出す。一時間、二時間。三時間。クレアが聞いた。
「つかぬことを聞くが、じいや」
「はい」
「じいや宛に、テリー・ベックスから年賀状は届いているか?」
「はい、ここに」
クレアが年賀状の山をテーブルから落とした。
「あのチビーーーーーーーー!!!!!」
剣と銃をベルトに装着し、帽子とマスクをして、キッドに変装したクレアが目をギラギラと光らせ、家から飛び出した。
「今年という今年は許さーーーん!!!!」
「こらこら。コートを忘れているよ」
その頃一方、街では年明けイベントが開催されていた。
「さあ! さあ! 正月一発! お守りはいらんかね!」
「くじ引きだ! くじ引きだ!」
「書き初めはいかがかな!?」
メニーが筆を使って見事な字を書いた。
平和一番。
テリーが筆を使って見事な字を書いた。
怨気満腹。
「お姉ちゃん、牛のお守りだって。今年は丑年だから」
「……ん」
(去年はネズミちゃんのお守りだったのに……)
少し残念な顔をしてテリーがお守りを鞄につけた。人混みをメニーと共に歩いていく。
「お姉ちゃん、リトルルビィにお守り買ってく?」
「……そうね。買ってく」
年明けの挨拶に行けば、扉に紙が貼られていた。留守にしてます。ルビィ。
(……本当に留守だったのかしら。物音聞こえたけど)
可愛い牛の絵が書かれた赤色のお守りを買っていく。
(おかげでメニーと二人きりで歩き回ることになったわ。はあ。最悪……)
「あ、見て。お姉ちゃん」
メニーが指を差した。
「巨大おみくじ引きだって」
「ああ、毎年恒例よね」
「あのおみくじで大吉を当てたら、一年中良いことが起きるって言われてるんだよね」
「でもなかなか出ないのよね。いい商売してるわ。どうせ一つ二つしか入ってないのよ」
「やってみようよ。今年は当てられるかもしれないよ?」
「おっと、これは」
後ろから顔を覗かれる。
「あ」
「くすす。あけましておめでとう。テリー。メニー」
着物、と呼ばれる東の国の民族衣装を着たソフィアが微笑んだ。
「今年もよろしくね」
「あけましておめでとう。ソフィア」
「おめでとうございます」
「これから巨大くじ引き?」
「あんたも?」
「他のくじ引きはもう試したんだけど、巨大くじ引きは今日だけだからね」
誰もが運を勝ち取ろうと燃えている。
「テリー、もし私が大吉を取れたら、私と同棲してくれる?」
「早い早いなんか早い。色々すっ飛ばしてるわよ。あんた」
「お互いを知るためには、まず一緒に住んで距離を縮めていけばいいと思うんだ。そしたらテリーだって私の魅力に気付くよ」
「大丈夫。あんたは十分魅力的よ。なんだかんだその服だって……」
目を逸らして、ぼそりと呟く。
「ちゃんと、似合ってるんだから」
その瞬間、ソフィアの頭の中でハートの火山が噴火し、マグマに追われながら暴走集団がバイクを走らせた。ぶんぶんぶんぶん。
「テリー」
優しく両手でテリーの手を握りしめる。
「今日はお試し日。お泊まりしていいよ」
「だめです!」
メニーがテリーとソフィアの間に入った。
「お姉ちゃんも私も、明日からまたマナーのレッスンが始まるから、だめです!!」
「そんなもの、殿下のそばで見て学んだ私が教えるから大丈夫。ね。テリー、今日お泊まり」
「だめです!」
「一晩だけ」
「だめです!」
(……待って? 誰にも当てられない大吉を、あたしが当てたら……)
――今年の大吉所持者はテリー様だ!
――くう! 強運がまぶしいぜ!
――なんてまぶしさなんだ! 恋しい君! 強運だけは盗めないよ!
――お姉ちゃんの強運がすごすぎて、絶対死刑になんかできない!!
――テリー様万歳!
――テリー様万歳!
――テリー様万歳!
(……)
テリーがぐっと拳を握った。
「メニー! 何としてでもあたしは大吉を当ててみせるわ!」
「はっ! なんだかお姉ちゃんが燃えてる!」
「いいね。そんな君も萌えるよ。でも大丈夫? おみくじには商店街の券が必要らしいけど」
「ふん! ソフィア、あたしを誰だと思って? テリー様よ!? 年末年始でおみくじ券を配るためにセールが行われてたことくらい、元商店街で働いてたあたしには想定内よ! 見よ! このおみくじ券の数を!」
「お買い物たくさんしたからね」
「おーっほっほっほっほっ! あたしこそ今年の大吉所有者よ! あたしこそが! 大吉女!!」
「それはどうかな!!」
太陽の光が当たり、みんなが顔をしかめた。
「とうっ!」
「何者!?」
「ふん! この顔を忘れたとは言わせないぞ!」
キッドが顔を上げ、テリーを上から睨んできた。テリーから警戒が解ける。
「ああ、なんだ。キッドか」
「キッドさん、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。殿下」
「あけましておめでとう。メニー。ソフィア。そして、テリー」
「ああ、あけおめ」
キッドがおみくじ券を大量に出した。テリーの目が丸くなる。
「悪いが、今年の大吉をもらうのは、この俺だ」
「なんですって?」
「大吉をもらった人は一年中運がいいらしいな。俺はその大吉をいただいて、運が良くなった姿を、お前にこれみよがしに見せびらかしてやる!!」
「なんですって!? なんて最低なことを!!」
「最低。その言葉、そっくりそのままお前にくれてやろう!」
キッドがびしぃっ! と指を差した。
「お前、よくも今年も年賀状を寄こさなかったな……」
「はあ? また年賀状?」
「またってなんだ!! 毎年毎年よくも俺の分だけ忘れやがって! 今年はすごく楽しみにしてたのに!!」
「そんなことくらいで怒って大吉取るなんてほざいてるの? ……はっ。大人げな」
かっちーん。
「おら、くじ引き始めるぞ」
商店街の役員の一人である、普段は小さな喫茶店のオーナーであるサガンがベルを鳴らした。券を持った人々がサガンに振り向いた瞬間、我先にキッドが券を叩き渡した。
「大将! この券の分だけ、おみくじを引かせてもらおう!」
「あ?」
「ちょっと待った!」
テリーが即座に券を叩き渡した。
「最初におみくじを引くのは、このあたしよ! 数が多いもの! 厄介な客は先にしたほうがいいわ! でしょ!? サガンさん!」
「ニコラ、商店街のルールをわかってるならその言葉は出ないはずだ。順番だ。まず並べ」
「サガンさん! こいつも並んでなかったわ!」
「ううん。俺並んでたよ」
「横入りしてたのあたし見ました!」
「してないけど!?」
「思い切りしてたわね! メニーとソフィアも見たでしょ!?」
「してました」
「キッド殿下、一般人に変装しているとはいえ王子様なら順番は守るべきでは?」
「黙れ! 俺が先だと言ったら先だ!」
「あたしが先よ!」
「俺だ!」
「あたし!」
「うるせえ! 喧嘩するならよそでやれ! お前らのせいで今日も赤字になるだろうが! 黙って全員一列に並べ!!」
サガンの怒鳴り声で全員が列に並んだ。テリーの目がギラギラ燃えている。
(うぐぐ……! こうなったら絶対に大吉当ててキッドに見せびらかしてやる……!)
テリーは祈る。全知全能の神よ。女神よ。この神よりも美しいあたしに運の力を。強運よもたらしたまえ。よし。いけそうな気がする。テリーが心の準備を完了させた。
(いざ!!!)
――なんてことだろう。全ての券で大凶を当ててしまうテリーの運の強さにサガンが感心しつつ、呟いた。
「……お前、これ全部の大凶引き当てたんじゃないか?」
「ぐはっ!!」
神様は自分より美しいあたしに嫉妬したようだ。テリーはそう思って絶望し、雪の上に倒れた。
「ぎゃははははは!! あれだけ威勢が良かったのに、どうした!? そうか! あれはただの虚勢だったのか!! はーーっはっはっはっ!!!」
「お黙り!!」
キッドに笑われ、テリーが雪を叩いた。
「こうなったら! メニー! あんたがあたしの仇を打つのよ!」
「お姉ちゃん、おみくじは楽しくやるものだよ……」
「無駄無駄無駄ぁ! メニーが引く前にこの俺が大吉を引いてしまうだろうから、残念だけどメニーには中吉辺りで我慢してもらおう!」
キッドが思う。俺は神様なんかに頼らない。今までだって全て自分の権力のもと、自分の力のもと壁を突破してきた。俺ならいける。キッドならいける。よし。いけそうな気がする。キッドが心の準備を完了させた。
(いざ!!!)
――なんてことだろう。全ての券で末吉と小吉を当てたキッドに人々が拍手をした。今年は幸運ね。よかったわね坊や。……いや、嬉しいんだ。悪くないおみくじ結果。だが、違うんだ。そうじゃないんだ。これじゃないんだ。
「んー……」
「何よ! 自慢か! 何よ! あたしよりも運がいいってか! この! 自慢しやがって! ふざけやがって!!」
「いや、確かにテリーに自慢するという目的は達成されたけど、うん。ちょっと違うんだよな……。これじゃ……ないんだよな……」
複雑そうなキッドを見て、ソフィアがくすすと笑った。
(やましいことを考えてるから空振るんですよ。キッド殿下)
心の底の底で、ソフィアは考えていた。
(ここで大吉を取れば)
――あんた、大吉取ったの!?
――テリー、これを君にあげるから、私と恋人にならない?
――なるわけないでしょ! 馬鹿じゃないの!?
頬を赤らめたテリーがうつむいて、呟くのだ。
――まずは……同棲から、でしょ……?
(可能性はある!!)
輝いた黄金の瞳を見て、リトルルビィがいれば突っ込むだろう。あるか!!
(よし、私が大吉を取ろう。大吉取ってテリーと同棲。テリーと同棲。テリーと同棲。テリーと同棲したら毎日美味しいご飯作らなきゃ。ああ、レシピ帳を作っておくんだった。テリーが私の手料理を食べる生活が始まるなんてくすすすす。お掃除も洗濯もしなきゃ。あれ、洗濯? 洗濯ってことは、テリーの下着も洗うってこと? 何それじゅるり。美味しすぎる。ああ、部屋に戻ったら早速掃除から始めないと……)
――なんてことだろう。半吉を多く引き当てたソフィアに多くの男性が運命を感じて彼女との未来を考えた。恋愛運の相手はどうか自分でありますようにと思った男性がおみくじに祈った。しかしおみくじの結果を見て、ソフィアがため息をついた。
「……これじゃない」
「何よ、大凶よりいいじゃない……。……いいわ。ソフィア。あたしの大凶とお前の半吉を交換してあげるわ」
「テリーの脱ぎたてのぱんつと交換でどう?」
「くたばれ」
(……みんな、おみくじって、楽しくやるものだよ……)
メニーが呆れた目を向けて、サガンに券を渡した。
「はい、十回」
「はーい」
(リトルルビィがいれば五回ずつ分けて出来たんだけどな……)
箱の中からおみくじを引き、メニーが開封した。そして、飛び出した文字に、サガンとメニーが反応した。
(あ)
「あ」
サガンがベルを鳴らした。
「大吉ーーーー!!」
(何っ!?)
(なんだと!?)
(誰が!?)
三人が振り向けば、あわあわしているメニーが。
(あ!?)
テリーの額に青筋がたった。
「良き一年を」
「ありがとうございます!」
メニーがにこにこしながらテリーに走ってきた。
「お姉ちゃーん、大吉取れたよ」
そこで、メニーの足がぴたりと止まる。
三人が殺意を込めて自分を睨んでいる。
悔しい! メニーが引いたか……。くすすすすすすす!
(……いや、おみくじって、楽しくやるものだよ?)
メニーが笑顔でテリーに寄った。
「お姉ちゃんにあげる。はい。大吉」
「……それはメニーのでしょ」
テリーがおみくじを押し返した。
「あたしのくじはこれだけよ。はあ。全部大凶……」
「うーん。まだ小吉までいけたのがよかったか」
「半吉なんてあるんですね。くすす。知らなかった」
「……」
メニーが大吉のおみくじを見て、提案した。
「あの、お姉ちゃん」
「ん?」
「おみくじね、本当はリトルルビィと引く予定だったの」
でも彼女は家から出てこなかった。
「リトルルビィと引いてたら、きっとこれは、リトルルビィのものだったと思うの」
メニーが大吉のおみくじを見せた。
「だから、これはリトルルビィのもの。中吉は私がもらっておくね」
(こいつの優しさにはほとほと呆れるわ)
でも、大吉のおみくじがリトルルビィのものならば、
(……それなら、まあ、……いいんじゃない?)
テリーが頷いた。
「それなら、帰りに届けてあげましょうか」
「うん!」
「はあ。あたしは最低運を家に持ち帰るわけにはいかないわ。……おみくじ掛けに結んでいかなきゃ」
「テリー、手伝うよ」
「あら、あんたも優しいところあるじゃない。キッド」
「何言ってるんだよ。今お前を放って帰ったら年賀状がもらえないだろ」
「はいはい。年賀状ね。最短で送るから」
「テリー、高いところに結びたいなら私も手伝うよ」
「どちらにしろこの量全部結ぶんだろ? お前一人でやったら日が暮れる」
「テリー、この量の大凶はある意味運がいいんじゃない? くすす」
「うるっさいわね! あたしだって好きで引いたわけじゃないわよ!」
「お姉ちゃん、私も手伝うから……」
テリーの引いた大凶のおみくじを結ぶため、四人で手分けして結んでいく。
(まだ今年はいいわよ。今年は大凶でも)
問題は、来年。
(……来年の8月、あたしは17歳になる)
その前に、押し寄せる不安な未来。
(この大凶が今年で終わるといいんだけど)
「お姉ちゃん、これが終わったらランチに行こう?」
「あ、いいな。俺も行きたい」
「テリー、私の家に年越しうどんがあるよ。食べにおいで」
(……リトルルビィ、あけましておめでとう)
いない小型犬を思い出し、テリーがくじを結んでいく。
おみくじ場は、まだまだにぎやかだ。
今年のおみくじ引きました? END
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ベックス家にいた牛が鳴いた。
「もー」
「よがっだなぁ! 今年はおめえの年だぞぉ!」
牛のつぶらな瞳が輝けば、年明け最初の太陽も輝いた。雪のかかったカカシが寒そうな顔をしている中、今年も一年が始まる。
郵便局員は大変である。朝から各家を巡って手紙を届ける。
「どうぞ! 年賀状です!」
「ご苦労さまです」
「どうぞ! 寒中見舞いです!」
「ご苦労さまです」
「はあ! 忙しい! 忙しい!」
配って配って配りまくる。
「どうぞ!」
「ご苦労さまです」
「どうぞ!」
「あー、どうも」
「どうぞ!」
「ご苦労さまです」
城から直送された手紙の束をビリーが受け取った。その横から、ひょこりと顔を出すキッド。
「じいや、今年はまた数が多いな」
「どうしました。いつにも増して嬉しそうですね」
「ああ。なんて言っても今年は」
クレアが舞台から下りた。
「あたくし宛に、届いているはずだからな!」
大切な人からの特別な年賀状が!
「さあ! じいや! 掘り当てるぞ! キッド宛のものから、たった一枚の年賀状を見つけ出すのだ!!」
クレアは嬉々とキッド宛のものを除けながら年賀状を探し出す。クレアは嬉々と年賀状を探し出す。一時間、二時間。三時間。クレアが聞いた。
「つかぬことを聞くが、じいや」
「はい」
「じいや宛に、テリー・ベックスから年賀状は届いているか?」
「はい、ここに」
クレアが年賀状の山をテーブルから落とした。
「あのチビーーーーーーーー!!!!!」
剣と銃をベルトに装着し、帽子とマスクをして、キッドに変装したクレアが目をギラギラと光らせ、家から飛び出した。
「今年という今年は許さーーーん!!!!」
「こらこら。コートを忘れているよ」
その頃一方、街では年明けイベントが開催されていた。
「さあ! さあ! 正月一発! お守りはいらんかね!」
「くじ引きだ! くじ引きだ!」
「書き初めはいかがかな!?」
メニーが筆を使って見事な字を書いた。
平和一番。
テリーが筆を使って見事な字を書いた。
怨気満腹。
「お姉ちゃん、牛のお守りだって。今年は丑年だから」
「……ん」
(去年はネズミちゃんのお守りだったのに……)
少し残念な顔をしてテリーがお守りを鞄につけた。人混みをメニーと共に歩いていく。
「お姉ちゃん、リトルルビィにお守り買ってく?」
「……そうね。買ってく」
年明けの挨拶に行けば、扉に紙が貼られていた。留守にしてます。ルビィ。
(……本当に留守だったのかしら。物音聞こえたけど)
可愛い牛の絵が書かれた赤色のお守りを買っていく。
(おかげでメニーと二人きりで歩き回ることになったわ。はあ。最悪……)
「あ、見て。お姉ちゃん」
メニーが指を差した。
「巨大おみくじ引きだって」
「ああ、毎年恒例よね」
「あのおみくじで大吉を当てたら、一年中良いことが起きるって言われてるんだよね」
「でもなかなか出ないのよね。いい商売してるわ。どうせ一つ二つしか入ってないのよ」
「やってみようよ。今年は当てられるかもしれないよ?」
「おっと、これは」
後ろから顔を覗かれる。
「あ」
「くすす。あけましておめでとう。テリー。メニー」
着物、と呼ばれる東の国の民族衣装を着たソフィアが微笑んだ。
「今年もよろしくね」
「あけましておめでとう。ソフィア」
「おめでとうございます」
「これから巨大くじ引き?」
「あんたも?」
「他のくじ引きはもう試したんだけど、巨大くじ引きは今日だけだからね」
誰もが運を勝ち取ろうと燃えている。
「テリー、もし私が大吉を取れたら、私と同棲してくれる?」
「早い早いなんか早い。色々すっ飛ばしてるわよ。あんた」
「お互いを知るためには、まず一緒に住んで距離を縮めていけばいいと思うんだ。そしたらテリーだって私の魅力に気付くよ」
「大丈夫。あんたは十分魅力的よ。なんだかんだその服だって……」
目を逸らして、ぼそりと呟く。
「ちゃんと、似合ってるんだから」
その瞬間、ソフィアの頭の中でハートの火山が噴火し、マグマに追われながら暴走集団がバイクを走らせた。ぶんぶんぶんぶん。
「テリー」
優しく両手でテリーの手を握りしめる。
「今日はお試し日。お泊まりしていいよ」
「だめです!」
メニーがテリーとソフィアの間に入った。
「お姉ちゃんも私も、明日からまたマナーのレッスンが始まるから、だめです!!」
「そんなもの、殿下のそばで見て学んだ私が教えるから大丈夫。ね。テリー、今日お泊まり」
「だめです!」
「一晩だけ」
「だめです!」
(……待って? 誰にも当てられない大吉を、あたしが当てたら……)
――今年の大吉所持者はテリー様だ!
――くう! 強運がまぶしいぜ!
――なんてまぶしさなんだ! 恋しい君! 強運だけは盗めないよ!
――お姉ちゃんの強運がすごすぎて、絶対死刑になんかできない!!
――テリー様万歳!
――テリー様万歳!
――テリー様万歳!
(……)
テリーがぐっと拳を握った。
「メニー! 何としてでもあたしは大吉を当ててみせるわ!」
「はっ! なんだかお姉ちゃんが燃えてる!」
「いいね。そんな君も萌えるよ。でも大丈夫? おみくじには商店街の券が必要らしいけど」
「ふん! ソフィア、あたしを誰だと思って? テリー様よ!? 年末年始でおみくじ券を配るためにセールが行われてたことくらい、元商店街で働いてたあたしには想定内よ! 見よ! このおみくじ券の数を!」
「お買い物たくさんしたからね」
「おーっほっほっほっほっ! あたしこそ今年の大吉所有者よ! あたしこそが! 大吉女!!」
「それはどうかな!!」
太陽の光が当たり、みんなが顔をしかめた。
「とうっ!」
「何者!?」
「ふん! この顔を忘れたとは言わせないぞ!」
キッドが顔を上げ、テリーを上から睨んできた。テリーから警戒が解ける。
「ああ、なんだ。キッドか」
「キッドさん、あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます。殿下」
「あけましておめでとう。メニー。ソフィア。そして、テリー」
「ああ、あけおめ」
キッドがおみくじ券を大量に出した。テリーの目が丸くなる。
「悪いが、今年の大吉をもらうのは、この俺だ」
「なんですって?」
「大吉をもらった人は一年中運がいいらしいな。俺はその大吉をいただいて、運が良くなった姿を、お前にこれみよがしに見せびらかしてやる!!」
「なんですって!? なんて最低なことを!!」
「最低。その言葉、そっくりそのままお前にくれてやろう!」
キッドがびしぃっ! と指を差した。
「お前、よくも今年も年賀状を寄こさなかったな……」
「はあ? また年賀状?」
「またってなんだ!! 毎年毎年よくも俺の分だけ忘れやがって! 今年はすごく楽しみにしてたのに!!」
「そんなことくらいで怒って大吉取るなんてほざいてるの? ……はっ。大人げな」
かっちーん。
「おら、くじ引き始めるぞ」
商店街の役員の一人である、普段は小さな喫茶店のオーナーであるサガンがベルを鳴らした。券を持った人々がサガンに振り向いた瞬間、我先にキッドが券を叩き渡した。
「大将! この券の分だけ、おみくじを引かせてもらおう!」
「あ?」
「ちょっと待った!」
テリーが即座に券を叩き渡した。
「最初におみくじを引くのは、このあたしよ! 数が多いもの! 厄介な客は先にしたほうがいいわ! でしょ!? サガンさん!」
「ニコラ、商店街のルールをわかってるならその言葉は出ないはずだ。順番だ。まず並べ」
「サガンさん! こいつも並んでなかったわ!」
「ううん。俺並んでたよ」
「横入りしてたのあたし見ました!」
「してないけど!?」
「思い切りしてたわね! メニーとソフィアも見たでしょ!?」
「してました」
「キッド殿下、一般人に変装しているとはいえ王子様なら順番は守るべきでは?」
「黙れ! 俺が先だと言ったら先だ!」
「あたしが先よ!」
「俺だ!」
「あたし!」
「うるせえ! 喧嘩するならよそでやれ! お前らのせいで今日も赤字になるだろうが! 黙って全員一列に並べ!!」
サガンの怒鳴り声で全員が列に並んだ。テリーの目がギラギラ燃えている。
(うぐぐ……! こうなったら絶対に大吉当ててキッドに見せびらかしてやる……!)
テリーは祈る。全知全能の神よ。女神よ。この神よりも美しいあたしに運の力を。強運よもたらしたまえ。よし。いけそうな気がする。テリーが心の準備を完了させた。
(いざ!!!)
――なんてことだろう。全ての券で大凶を当ててしまうテリーの運の強さにサガンが感心しつつ、呟いた。
「……お前、これ全部の大凶引き当てたんじゃないか?」
「ぐはっ!!」
神様は自分より美しいあたしに嫉妬したようだ。テリーはそう思って絶望し、雪の上に倒れた。
「ぎゃははははは!! あれだけ威勢が良かったのに、どうした!? そうか! あれはただの虚勢だったのか!! はーーっはっはっはっ!!!」
「お黙り!!」
キッドに笑われ、テリーが雪を叩いた。
「こうなったら! メニー! あんたがあたしの仇を打つのよ!」
「お姉ちゃん、おみくじは楽しくやるものだよ……」
「無駄無駄無駄ぁ! メニーが引く前にこの俺が大吉を引いてしまうだろうから、残念だけどメニーには中吉辺りで我慢してもらおう!」
キッドが思う。俺は神様なんかに頼らない。今までだって全て自分の権力のもと、自分の力のもと壁を突破してきた。俺ならいける。キッドならいける。よし。いけそうな気がする。キッドが心の準備を完了させた。
(いざ!!!)
――なんてことだろう。全ての券で末吉と小吉を当てたキッドに人々が拍手をした。今年は幸運ね。よかったわね坊や。……いや、嬉しいんだ。悪くないおみくじ結果。だが、違うんだ。そうじゃないんだ。これじゃないんだ。
「んー……」
「何よ! 自慢か! 何よ! あたしよりも運がいいってか! この! 自慢しやがって! ふざけやがって!!」
「いや、確かにテリーに自慢するという目的は達成されたけど、うん。ちょっと違うんだよな……。これじゃ……ないんだよな……」
複雑そうなキッドを見て、ソフィアがくすすと笑った。
(やましいことを考えてるから空振るんですよ。キッド殿下)
心の底の底で、ソフィアは考えていた。
(ここで大吉を取れば)
――あんた、大吉取ったの!?
――テリー、これを君にあげるから、私と恋人にならない?
――なるわけないでしょ! 馬鹿じゃないの!?
頬を赤らめたテリーがうつむいて、呟くのだ。
――まずは……同棲から、でしょ……?
(可能性はある!!)
輝いた黄金の瞳を見て、リトルルビィがいれば突っ込むだろう。あるか!!
(よし、私が大吉を取ろう。大吉取ってテリーと同棲。テリーと同棲。テリーと同棲。テリーと同棲したら毎日美味しいご飯作らなきゃ。ああ、レシピ帳を作っておくんだった。テリーが私の手料理を食べる生活が始まるなんてくすすすす。お掃除も洗濯もしなきゃ。あれ、洗濯? 洗濯ってことは、テリーの下着も洗うってこと? 何それじゅるり。美味しすぎる。ああ、部屋に戻ったら早速掃除から始めないと……)
――なんてことだろう。半吉を多く引き当てたソフィアに多くの男性が運命を感じて彼女との未来を考えた。恋愛運の相手はどうか自分でありますようにと思った男性がおみくじに祈った。しかしおみくじの結果を見て、ソフィアがため息をついた。
「……これじゃない」
「何よ、大凶よりいいじゃない……。……いいわ。ソフィア。あたしの大凶とお前の半吉を交換してあげるわ」
「テリーの脱ぎたてのぱんつと交換でどう?」
「くたばれ」
(……みんな、おみくじって、楽しくやるものだよ……)
メニーが呆れた目を向けて、サガンに券を渡した。
「はい、十回」
「はーい」
(リトルルビィがいれば五回ずつ分けて出来たんだけどな……)
箱の中からおみくじを引き、メニーが開封した。そして、飛び出した文字に、サガンとメニーが反応した。
(あ)
「あ」
サガンがベルを鳴らした。
「大吉ーーーー!!」
(何っ!?)
(なんだと!?)
(誰が!?)
三人が振り向けば、あわあわしているメニーが。
(あ!?)
テリーの額に青筋がたった。
「良き一年を」
「ありがとうございます!」
メニーがにこにこしながらテリーに走ってきた。
「お姉ちゃーん、大吉取れたよ」
そこで、メニーの足がぴたりと止まる。
三人が殺意を込めて自分を睨んでいる。
悔しい! メニーが引いたか……。くすすすすすすす!
(……いや、おみくじって、楽しくやるものだよ?)
メニーが笑顔でテリーに寄った。
「お姉ちゃんにあげる。はい。大吉」
「……それはメニーのでしょ」
テリーがおみくじを押し返した。
「あたしのくじはこれだけよ。はあ。全部大凶……」
「うーん。まだ小吉までいけたのがよかったか」
「半吉なんてあるんですね。くすす。知らなかった」
「……」
メニーが大吉のおみくじを見て、提案した。
「あの、お姉ちゃん」
「ん?」
「おみくじね、本当はリトルルビィと引く予定だったの」
でも彼女は家から出てこなかった。
「リトルルビィと引いてたら、きっとこれは、リトルルビィのものだったと思うの」
メニーが大吉のおみくじを見せた。
「だから、これはリトルルビィのもの。中吉は私がもらっておくね」
(こいつの優しさにはほとほと呆れるわ)
でも、大吉のおみくじがリトルルビィのものならば、
(……それなら、まあ、……いいんじゃない?)
テリーが頷いた。
「それなら、帰りに届けてあげましょうか」
「うん!」
「はあ。あたしは最低運を家に持ち帰るわけにはいかないわ。……おみくじ掛けに結んでいかなきゃ」
「テリー、手伝うよ」
「あら、あんたも優しいところあるじゃない。キッド」
「何言ってるんだよ。今お前を放って帰ったら年賀状がもらえないだろ」
「はいはい。年賀状ね。最短で送るから」
「テリー、高いところに結びたいなら私も手伝うよ」
「どちらにしろこの量全部結ぶんだろ? お前一人でやったら日が暮れる」
「テリー、この量の大凶はある意味運がいいんじゃない? くすす」
「うるっさいわね! あたしだって好きで引いたわけじゃないわよ!」
「お姉ちゃん、私も手伝うから……」
テリーの引いた大凶のおみくじを結ぶため、四人で手分けして結んでいく。
(まだ今年はいいわよ。今年は大凶でも)
問題は、来年。
(……来年の8月、あたしは17歳になる)
その前に、押し寄せる不安な未来。
(この大凶が今年で終わるといいんだけど)
「お姉ちゃん、これが終わったらランチに行こう?」
「あ、いいな。俺も行きたい」
「テリー、私の家に年越しうどんがあるよ。食べにおいで」
(……リトルルビィ、あけましておめでとう)
いない小型犬を思い出し、テリーがくじを結んでいく。
おみくじ場は、まだまだにぎやかだ。
今年のおみくじ引きました? END
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