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メニー
彼女に声をかけないで
しおりを挟むハーヴィンがメニーを初めて見たのは、彼女が図書館で本を読んでる姿だった。
すこぶる綺麗な横顔で、ついうっかり、そこにマネキンでも置かれてるのかと思った。
だけど、メニーは息をしていて、本を一ページ一ページ、大切に読んでいた。
ハーヴィンはひとつ席をあけて、隣に座ってみた。
そうすれば、彼女のとの距離が近づいたと思った。
また別の日、図書館に行くと、メニーが誰かを連れて席を座っていた。赤い目が妙に目立つ少女だった。最初見た時、もしかしたらメニーがいじめられてるんじゃないかと思った。だがしかし、メニーと赤い瞳の少女がささやきあって、本に指をさして笑い合ってるのを見て、友達だと思った。こんな乱暴そうな怖い子とも仲良くなれるんだ。すごいな。ハーヴィンはただただ、そう思っていた。
ハーヴィンはまたひとつ席をあけた隣の席に座った。そうすれば、またメニーとの距離が縮まった気がした。
ハーヴィンはメニーに興味をもっていた。彼女の横顔がとにかく、とてと綺麗だと思った。本を読む姿勢や、仕草。時々物語に集中しすぎて、眉をひそめ、驚いた顔をするところも、なんとなく、胸がふわりとした。
いつの間にか、ハーヴィンはメニーを好きになっていた。
でもハーヴィンはメニーに声をかけれない。だって、どう声をかけていいかわからない。声をかけて、嫌われたら? そう思ったら、こわくて声をかけれない。だからハーヴィンは思った。女神様が微笑んで、メニーのハンカチでも落としてくれたらいいのに。そしたら、僕はメニーのハンカチを拾って、そこから話題を広げて、彼女を笑わせてみせよう。
その日、図書館できょろきょろ首を動かしながら歩いてるメニーを見つけた。ハーヴィンは足を止め、そんな様子のメニーを見て、何かを探しているのかと思った。声をかけてみようかと思って近づくと、メニーがとつぜん、笑顔になって、その方向に歩き出した。
「お姉ちゃん」
ハーヴィンは歩き進め、本棚からその様子を見た。
「本見つかった?」
「これ」
本のタイトルは、不幸から幸せになりましょう。厄除けのための13個。これを見れば驚くほど幸せになれる!
「面白そう」
「お姉ちゃん、もっと面白そうなものがあっちにあるよ」
「面白そう」
「お姉ちゃん、こっちに行こうよ。おすすめの本があるから」
「面白そう」
「お姉ちゃん、こっちこっち」
ハーヴィンは思った。彼女、メニーのお姉さんなんだ。でも、全く似てない。だって、メニーのほうが綺麗で可愛い。姉のほうは、正直、悪くはないけど、顔が好みじゃない。メニーとくらべて美人じゃないし、胸もない。彼女といると、メニーがより美しく見えてならない。
でも、なんとなく思った。姉のほうなら、声をかけれそうだと。
ハーヴィンが歩きだし、わざとメニーの姉と肩をぶつけた。強めにいったので、メニーの姉は小さく悲鳴をあげて地面に倒れそうになった。それをハーヴィンが慌てた顔をして、抱き支えた。
「おっと!」
「ちょっと! どこ見て……!」
メニーの姉がハーヴィンの顔を見た瞬間、頬を赤らめた。やだ。素敵な人! イケメンだわ! 目の保養! ぽっ!
「あの……大丈夫です……」
「すみません! お怪我は?」
「あの、大丈夫です……! ぽっ!」
「本当にすみません。……あ」
テリーが落とした本をハーヴィンが拾い、差し出した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……!」
「こちらこそ、すみませんでした」
ハーヴィンが何気ない笑みを浮かべ、早々にその場を去る。あまりここにいると、怪しまれてしまうから。ハーヴィンは本棚の裏に隠れて、姉妹がどんな反応をしているのか見ることにした。案の定、姉のほうは目をハートにしていた。
「素敵……。イケメン……。肩の保養……」
しかし、メニーは無表情だった。口角を下げたまま姉の本を手に持ち、棚の隙間に入れた。そして、とても優しく、心配そうな顔で姉を見上げた。
「お姉ちゃん、今日は帰ろっか」
「これは運命かもしれない。だって、転ぼうとしてたのに、ぎゅってされて、支えられたわ。あたし、これは運命かもしれない。イケメンだった。絶対にこれは運命だわ!」
「お姉ちゃん、変なこと言ってないで帰ろうよ。なんだか、お腹空いてきた」
そう言って、メニーが姉と一緒に帰っていった。ハーヴィンは思った。一歩前進したと。その日はうれしくて、笑みが止まらなかった。
また別の日、図書館に来ると、メニーの姉を見つけた。ハーヴィンは以前のことがあったので、たやすく声をかけることができた。
「やあ、こんにちは」
メニーの姉はおどろいた顔をして、ハーヴィンを見た途端、この人は誰だろうという顔をしたのを見て、ハーヴィンは声を出した。
「この間、君の肩にぶつかってしまった者だけど」
「はっ!」
メニーの姉は記憶を思い出し、純情そうに頬を赤らめさせ、顔をほんの少しそらした。だが、ハーヴィンからしてみれば、あまり可愛い仕草とは思えなかった。メニーなら違ったのだろうけど。
「こ、こんにちは! ぽっ!」
「肩の調子はどうかな?」
「え、ええ! 大丈夫です! ぽっ!」
「それはよかった」
ハーヴィンは笑みを浮かべた。
「今日はお一人?」
「え、ええ! まあ!」
「その、よければなんですけど」
「えっ!?」
「一緒に読みませんか? 本を」
「え! イケメンと一緒に本を!? もちろん、喜んで読みますわ!」
ハーヴィンは思った。この少女が喜びそうな話題で楽しませようと。そこから、お目当てのメニーと繋がれるかもしれない。
「では、あちらの席に」
「ええ! あちらの席に!」
ハーヴィンと少女があるき出した途端、少女の肩が誰かに掴まれ、足を止めた。ハーヴィンはメニーが来たんじゃないかと思って振り返ると、この図書館で働く美人な司書が、少女の肩を掴んでいた。少女は嫌そうな顔をして司書に振り返った。
「何よ」
「テリーじゃない。ちょうどよかった。手伝ってほしいことがあるんだ」
「あたし、今からこのかたと一緒に本を読むの。いい? 邪魔しないで」
「そう言わずに」
司書が少女を掴んだまま、引きずっていく。
「ちょっと!」
「くすす」
「あたし! イケメンと読書!」
「くすすすすす」
「あの! また、……また今度ー!」
少女がもったいなさそうにハーヴィンに手を振り、司書と共に奥の部屋へと消えていった。二人の姿が見えなくなった瞬間、ハーヴィンから笑みが消えた。舌打ちでもしたい気分だ。せっかくのチャンスだったのに。でも、まあ、いいや。また今度。その時は、メニーもいるといいな。そう思って、ハーヴィンは図書館を後にした。
その背中を、ソフィアが見ていた。
「何よ……。手伝ってほしいことって……。はあ……。せっかくイケメンとの読書デートが……」
「テリー、ああいうタイプが好きなの?」
「好きかどうかは人を知らないとわからないわ。つまり、デートをしなきゃわからないの。おら、退け。あたしはデートに戻るわ」
「彼、帰ったみたいだよ」
「うわっ、最悪。お前のせいよ。なんてことしてくれるのよ。せっかくのチャンスを。畜生が。くたばれ」
「あのタイプ、いいことないよ。二番目の彼氏がああいうタイプだった」
ソフィアがテリーに助言し、肩をやさしく抱いた。
「ほら、お手伝い」
「何よ」
「私の恋のお手伝い。そばにいて」
「帰ります!!!!」
テリーが憤慨して、その日は帰っていった。
また別の日、ハーヴィンは図書館にやってきた。今日は、メニーがいた。メニーの横顔を見た瞬間、ハーヴィンは足を止めた。メニーが美しく見えた。誰よりも何よりも綺麗に見えて、ハーヴィンは再び足を動かした。
ハーヴィンはメニーの姉と知り合いになったので、もう、声をかけても、不審がられない気がした。だから、堂々と正面の席に座り、メニーに笑みを浮かべた。
「やあ」
メニーはちらっとハーヴィンを見て、微笑んだ。
「こんにちは」
「また会ったね」
「ええ」
メニーが本を読み始めた。だけど、ハーヴィンはメニーと喋りたくて仕方なかった。メニーの声が聞きたくて仕方なかった。だから、口を動かした。
「昨日、君のお姉さんに会ったよ」
メニーが再びハーヴィンに青い目を向けた。
「お姉さん、面白そうな人だね」
メニーがニコリと微笑んだ。
「面白そう、とは?」
「愉快な人そうって意味さ」
「はあ」
「表情が豊かで、一緒にいると楽しくなる。昨日、本当は一緒に本を読もうとしたんだけど、司書の手伝いに行っちゃってさ」
「でしたら、本を読んではいかがですか?」
メニーが視線を文字に移すと同時に、ハーヴィンはまた話し始めた。
「君は綺麗だ」
メニーの目が、ゆっくりとハーヴィンに向けられた。
「ずっと君と話したかったんだ。……この後、カフェにでも行かない?」
メニーが微笑み、乱暴に本を閉じ、机の上に置いた。ハーヴィンはわくわくした。メニーが照れてると思った。メニーは背筋を伸ばして、ハーヴィンに笑みを浮かべた。ハーヴィンはその笑顔に見惚れた。メニーは口を開けた。
「それだけのために、テリーの肩にぶつかったの?」
その目を見た瞬間、ハーヴィンは、どこか、背中にすっと冷たいようなものが走った気がした。
「よくも、汚い手でテリーに触ったな」
ハーヴィンは、メニーの目を見た。メニーの目の中は、くるくるくるくるくるくるくる回っていた。
「よくも、テリーに声をかけたな」
メニーの髪の毛がきらきら光って、ふわりとうねった。
「お前みたいな子供が私に魅入られるのは、これのせいでしょう?」
目がくるくる回る。
「そう。あなたは、ハーヴィンっていうのね」
ハーヴィンの目がくるくるくるくる回った。
「ハーヴィン」
メニーが微笑んだ。
「帰りに、肩、気をつけてね」
ハーヴィンは、はっとして、目を覚ました。突っ伏していた上体を起こすと、そこには誰もいなかった。そして、ハーヴィンはなぜ自分が図書館に来ているのかも、わからなかった。
ハーヴィンは読む気のない本が机にあるのを見て、適当に棚に戻し、ぼんやりする頭のまま図書館から出ていった。
今日は何をしていたんだっけ。どうして、図書館なんかに行ってたんだっけ。ハーヴィンは自分の行動が不思議でならなかった。寝不足なのかもしれない。今日は家に帰って、早めに寝ようと思って、ハーヴィンが道に出た。すると、ぼんやりする頭が覚醒した。目の前には、走ってきた馬車があった。御者がおどろいて、慌てて綱を引くと、おどろいた馬が悲鳴のように鳴き、足を上げた。
「あっ」
そして、その足がハーヴィンに振り下ろされた。
「昨日、向こうがわの道で事故があったんですって」
テリーが本を選びながら言った。
「あんたも帰り、気をつけなさいよ」
「それはお姉ちゃんもじゃない?」
「あたしは平気よ」
「どうだかな」
「それにしても、今日はあの人いないのかしら」
「あの人って?」
「この間会ったイケメンよ。メニー、そっちにいない?」
「いないみたいだよ」
「はあ……」
テリーがとても残念そうにため息をついた。
「大丈夫。本を読んでたら、会えるかもしれない。メニー、面白い本をあたしに勧めるのよ」
「お姉ちゃんったら……」
メニーが苦笑いをして、本棚を見上げた。
「そうだなぁ、どんなのが読みたい?」
「面白いのがいい。初心者でも読めるやつ」
「うーん」
「あ、これとか面白そう」
テリーが本を手に取った。
タイトル、スクワットすれば美人になれる! 今からできる、スクワット美人!
「面白そう」
「お姉ちゃん、もっと面白そうなものがそっちにあるよ」
「面白そう」
「お姉ちゃん、こっち行こうよ」
「面白そう」
「お姉ちゃん」
メニーがクスッと笑った。
「こっちのほうが面白いから」
「本当? 絶対面白いの?」
「少なくとも、その本よりは面白いと思うよ」
「わかった。いいわ。連れていきなさい」
「うん」
メニーが笑顔でテリーの手を握りしめた。
「行こう。お姉ちゃん」
私がいないと本棚にたどり着けないなんて仕方ないんだから。
かわいいね。テリー。
そういうところも、愛してる。
「この間のイケメン、いないわね。……はーあ……」
とても残念そうにつぶやくテリーを見て、メニーは、うん、と頷き、ニコリと微笑み、そして、テリーの手を、やっぱり優しく握りしめて、目的の本棚へと引っ張っていった。
彼女に声をかけないで END
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