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サリア
お菓子をくれたら悪戯するぞ
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――テリーとメニーがハロウィン祭から帰ってきた。
「お帰りなさいませ! テリーお嬢様! メニーお嬢様!」
「疲れたわ」
「楽しかったよ」
「お風呂の準備は整っておりますわ!」
「ありがとう」
「ありがとう!」
二人で入る。
「残念だったね。リトルルビィ」
「……あれ、居留守?」
「本当にいなかったんじゃない?」
「そうよね。あんたを連れて行ったのに出てこないはずないし……」
「もしくはお姉ちゃんがいたから出てこなかったとか?」
「……なんてこと言うのよ」
風呂から上がり、廊下に出る。
「じゃ、あたしこっちだから」
「え?」
「サリアに用があるのよ」
「……昼間のこと、まだ気にしてるの?」
「さあ、お部屋に戻りなさい。メニー」
「気にしてるんだ……」
テリーは構うことなくサリアの部屋に向かう。
(お菓子があるって言ってた)
じゃんけんに負けたことはとても悔しいが、
(美味しいお菓子があるって言ってた)
近づくほどに、その部屋から甘い匂いが漏れてくるよう。
(サリア)
……早く、会いたい。
扉をノックする。
「トリック・オア・トリート」
唱えれば、ゆっくりと扉が開けられた。テリーを見下ろし、サリアがふっと笑った。
「ハッピーハロウィン」
「お土産買ってきたわ」
「あら、なんでしょう」
おどろおどろしい表紙の古本。タイトルは、ハロウィンによる悪夢の街頭殺人事件。
「ミステリー小説。売ってたの」
「古い本のようですね」
「……嫌だった?」
「いいえ。古本は大好きです。ありがとうございます」
大好き。
テリーが胸を押さえた。
(大好きって、言ってもらえた。……ぽっ)
「……さ、中へどうぞ」
サリアがテリーを部屋へ招いた。机の上に、お菓子の入った箱とティーセットが置かれている。
「そろそろ来る頃だと思いましたので」
「……さすがよ。サリア」
ハロウィンの夜にはぴったりのミルクティー。
しかも目の前には――想い人のサリア。
なんて素敵なの。なんて美味しいの。椅子に座り、もぐもぐとお菓子をつまみながら紅茶を飲んだ。
「明日からまたダイエットしなきゃ」
「ふふっ。お付き合いしますよ」
「サリアは十分細いでしょ。それ以上細くなってみなさいよ。骸骨どもに仲間だと思われて、連れて行かれるわよ」
「骸骨とパレードをするだなんて、楽しそう。テリーもご一緒にいかがですか?」
「あたしはやめておく。骸骨なんて不気味だもん」
カップを差し出す。
「サリア、おかわり」
「はい」
サリアが注ぐ間に、またお菓子をつまむ。
「ね、タナトスでもハロウィンはすごいの?」
「魚を使ったハロウィンですよ」
「タナトスは魚が好きね」
「港町ですもの。そのうち、魚達から逆襲されそうです」
「命をいただいているんだもんね」
「そうですよ。私達は食事に感謝しなければ」
サリアがカップを持った。
「テリーも感謝しないと、いつか魚のおばけが来ますよ」
「来ないわよ。サリア、あたしはもう子供じゃないのよ。成人したんだから」
「15歳以上の成人という意味は、結婚を出来るというだけであって、アルコール類はまだ飲めませんし、大人の営みも禁止されております」
「げほげほっ」
「テリーはまだまだ子供です」
優雅に紅茶を飲むサリアをテリーが睨む。
「……あたし、もう大人だもん」
「あら、そうですか?」
「大人だもん……」
(中身だけで言えば、サリアよりもうんと大人なのよ。あたし、歳上なの。サリアをリードできるくらいなのよ)
なのに、どうしてだろう。だとしても、なんだか勝てる気がしない。
紅茶の飲み方といい、おしとやかさといい、普通のメイドではありえない教養が彼女には備わっている。
その雰囲気が、また……好き。
(ぽっ)
そんなテリーを、静かにサリアが見た。
「……。大人なら、テリー」
「ん?」
「招いた部屋に入るという意味は、ご存知ですよね?」
「……」
テリーが紅茶をずずっと飲んだ。
「部屋に入るのに、意味なんかあるの?」
「ええ。ここは私の部屋です。つまり、私の支配下にテリーが足を踏み入れたということです」
サリアがそっと手を伸ばした。
「これから何があっても」
テリーの手の上に手を重ねる。
「自己責任、というわけです」
妖艶な瞳とテリーの目がぶつかる。
「……何かするの?」
サリアはにこにこ笑うだけ。
「……」
テリーがサリアと指を絡めた。
「……怖いこと、……するの?」
テリーが目を伏せた。
サリアになら、何をされてもいい。……だけど、
「……怖いことは、やだ……」
……。
サリアが優しくテリーの手を握った。
「テリーに怖いことなんてしません」
ただ、
「今宵はハロウィン。おばけが私に憑依して、テリーにいけないことをしてしまうかもしれませんよ」
「……サリアはそんなことしない」
「……」
「……ずずっ」
「テリー」
「ん」
「ベッドに座っていただけませんか?」
「……なんで?」
「お菓子が隠されてるからです」
「飴?」
「チョコレート」
「サリア、ベッドになんか隠したら溶けるわよ」
テリーがベッドに行くのを見て、サリアがため息を吐いた。
――こらこら。早速誘導されているじゃない。
「どこ?」
――とん。
「わっ」
サリアがテリーをベッドに押し倒す。
「っ」
ぽふっと、体がベッドに倒れた。
「……」
テリーが驚いた目でサリアを見上げる。
「……」
無言で見つめ合う。
「……」
テリーの頬が赤らんだ。
「……」
瞼を閉じ、むっ! と唇を向けてくる。
(こらこら)
テリーを無視して、手に潜ませていたチョコレートを、あたかも隠していたところから持ったふうに見せつける。
「ほら、ここですよ」
「……」
「テリー、唇を収めて」
「……」
テリーがむくれた表情で目を開けた。
「はい。あなたに差し上げます」
「……」
「食べてみて。甘くて美味しいですよ」
「……」
テリーがチョコレートを見て、食べてくるよう勧めてくるサリアを見て――はっとした。
(ま、まさか!)
媚薬入り!?
(……サリアったら……えっち……)
そういうことであれば仕方ない。自分は今日で、いろんな意味で大人になってしまうらしい。ためらうことなく食べてみる。もきゅもきゅ。あら、普通に美味しいチョコレートだわ。
(チョコレートを食べたあたしを、サリアが食べるのね。あたし、いけないことになってしまうのね……!)
テリーがベッドに横になった。
(さあ、どんとこい!)
「テリー、宝のお菓子を見つけたので、椅子に戻りましょう」
「……」
「紅茶が冷めてしまいますよ」
「……」
「……テリー?」
「……いけない気持ちにならないんだけど」
「ん?」
「……サリア、チョコレートに媚薬を入れ忘れたでしょ……」
「……何言ってるんですか。ほら、早くしないと紅茶が冷めて……」
テリーが起き上がる。
(ん?)
ネグリジェを自ら脱いだ。
「ふんぬ!」
「まっ」
サリアが固まり、テリーはしてやったりという顔で、またベッドに倒れた。
(さあ、サリア! 据え膳食わぬは女の恥よ!)
ぎゅっと目を閉じる。
(さあ、来い!!)
「テリー、だらしないことしないの」
サリアがシーツでテリーを包んだ。
「風邪引きますよ」
「……」
「……なんですねてるんですか?」
テリーがそっぽを向いた。ふん!
「テリー」
テリーがそっぽを向いた。ふん!
「テリー」
テリーがそっぽを向こうとして、顎を掴まれた。
「っ」
――唇が重なる。
「……っ」
テリーがぐっと拳を握りしめる。
「……っ……」
テリーが目を閉じた。
「……」
……サリアが離れた瞬間、テリーがとろけた。サリアの胸によりかかり、全身を赤く染めて動けなくなる。
「テリー」
「~~っ……」
「……見られたら、私が奥様に怒られてしまいます」
優しい唇が額に押し付けられる。
「着替えてくれますか?」
「……はい……」
「万歳して」
「……はい……」
サリアによって、テリーが再びネグリジェを着た。
「良い子ですね」
サリアの唇が額に触れてくる。
「……ん……」
今度は頬。
「……っ」
唇を突き出すが、無視されて瞼に落ちてくる。
「……サリア……」
「……ん? なんですか?」
「……意地悪しないで……」
「……」
「……してよ……」
消え入る声で言えば、サリアの口角が上がり、テリーを優しく抱きしめる。
「何を、するんですか?」
「……いたずら、して……」
「いたずら? 私はしがないメイドですよ。お嬢様にいたずらだなんて、恐れ多い」
「……サリアのばか……」
「要望を言っていただけませんと」
サリアがテリーの顔を覗き込んだ。
「私、ばかなので、気づけないんです」
「……わかってるくせに……」
「……何をご要望ですか?」
「……キス、してほしい……」
「どこに?」
「……いろんなところ……」
「具体的に言ってください」
「サリア」
「ほら、私、ばかなので」
「……」
「テリー、……言って?」
「……」
テリーがサリアに抱きつき、……耳元でささやく。
「耳……」
「耳、……こうですか?」
「ひゃっ」
「あとは?」
「か、顔、全体に……」
「ちゅ」
「っ」
「ちゅ、ちゅ」
「ん、……んっ」
「それと?」
「あ、あたしも、……する……」
「……何を?」
「……サリアに、キス……」
「……してくれるの?」
「……ちゅ」
「うふふ。くすぐったい」
「……っ」
「テリー、あのね?」
「……ん?」
「今日のお仕事はもう終わったんです。だから」
サリアが囁いた。
「私、今、ブラジャーつけてないんです」
テリーの肩がびくん! と揺れた。
「テリーも、今、お風呂上がりで、ブラジャーつけてないですよね?」
今気づいた。胸同士が躊躇なくくっつきあっていることに。
「……っ、~~っ……!」
「うふふっ。女同士なので、大したことないんですけどね」
「……」
「……恥ずかしい?」
テリーがこくこくこく! と頷いた。
「いや?」
テリーがぎゅっとサリアにしがみつき、横に首を振った。
「そう。それならよかった」
(……あったかい……)
サリアの胸が、あたたかい。
(石鹸の匂いがする……)
落ち着く。
(サリア……)
「……サリア」
「ん?」
テリーからサリアに唇を押し付ける。
「っ」
サリアがきょとんとして、テリーがすぐに離れた。
「……し、……仕返し」
その顔は真っ赤に染まっている。
「サリアが、全然いたずらしてくれないから……」
緊張で震える体を隠して、
「……今日はっ、……この部屋に泊まるから……!」
(……困ったわね……)
サリアが頭の中で考える。
(理性が保てるかしら)
こんなに愛くるしいテリーが目の前にいて、
(見られた時の奥様のお怒りになる顔が目に浮かぶ……)
自分はいたずらしたくても出来ない身。
(だから、我慢しているのに)
謎多き小さなお嬢様の処女を奪うことなど、経験不足な自分でも、なんとなく、たやすく出来てしまう気がした。
(だけど、それはいけないこと)
いけないことはしない。
(テリーを怖がらせたくはない)
自分はメイド。この子はお嬢様。恋人になるまでにもしばらく時間がかかったのに。
(これ以上はだめ)
しっかり自分をコントロールしなければ。
この子は、まだ子供なのだから。
見下ろせば、テリーのネグリジェから尖って目立つ胸の先端が見える。
「……」
指の腹で、すすっと、触れてみる。
「ひゃっ」
テリーが驚いて、目を見開き、サリアの手を見た。
「えっ? な、なに? なんで……」
すすっ。
「あっ」
するする。
「あっ、それ、んっ!」
なでなで。
「あっ、あっ、さりあ、あっ!」
漏れる声は口で塞ぐ。
「ふぅ、んんっ、んっ……♡」
指が動けば、テリーが喜ぶ。
「ん……♡ ……んん……♡」
生で触れるのはやめておこう。
止まらなくなってしまうから。
サリアの指が胸元から離れた。
「テリー、もう寝ましょうか」
「……」
「お手洗いは?」
「……い、行く……」
「ええ。私も行くから、一緒に行きましょう」
「……ちょっと待って……」
「ん?」
「もう少しだけ……」
抱きつく。
「もうちょっとだけ……このままで……」
(……見つかった時の言い訳を今のうちに考えたほうがよさそう)
しばらくは、手放せそうにない。
(こんなに愛しくなるなんて)
身分が違うのに。
(……テリー)
娘のような存在だったのに。
(テリー)
愛が深まる。
(お菓子をあげたのに悪戯するなんて、悪いお嬢様)
額に優しくキスをすれば、テリーの肩がまたぴくりと揺れた。
(愛してますよ。テリー)
謎の多いあなたが、愛おしい。
サリアにとってのおばけがうとうとし始める。寝る前にトイレに行かせないと。紅茶をあれだけ飲んだのだから。……でも少しだけこうしていてもいいだろう。
だから、優しく包んで、おばけを胸の中に閉じ込めて、……優しく優しく、彼女にキスをした。
お菓子をくれたら悪戯するぞ END
「お帰りなさいませ! テリーお嬢様! メニーお嬢様!」
「疲れたわ」
「楽しかったよ」
「お風呂の準備は整っておりますわ!」
「ありがとう」
「ありがとう!」
二人で入る。
「残念だったね。リトルルビィ」
「……あれ、居留守?」
「本当にいなかったんじゃない?」
「そうよね。あんたを連れて行ったのに出てこないはずないし……」
「もしくはお姉ちゃんがいたから出てこなかったとか?」
「……なんてこと言うのよ」
風呂から上がり、廊下に出る。
「じゃ、あたしこっちだから」
「え?」
「サリアに用があるのよ」
「……昼間のこと、まだ気にしてるの?」
「さあ、お部屋に戻りなさい。メニー」
「気にしてるんだ……」
テリーは構うことなくサリアの部屋に向かう。
(お菓子があるって言ってた)
じゃんけんに負けたことはとても悔しいが、
(美味しいお菓子があるって言ってた)
近づくほどに、その部屋から甘い匂いが漏れてくるよう。
(サリア)
……早く、会いたい。
扉をノックする。
「トリック・オア・トリート」
唱えれば、ゆっくりと扉が開けられた。テリーを見下ろし、サリアがふっと笑った。
「ハッピーハロウィン」
「お土産買ってきたわ」
「あら、なんでしょう」
おどろおどろしい表紙の古本。タイトルは、ハロウィンによる悪夢の街頭殺人事件。
「ミステリー小説。売ってたの」
「古い本のようですね」
「……嫌だった?」
「いいえ。古本は大好きです。ありがとうございます」
大好き。
テリーが胸を押さえた。
(大好きって、言ってもらえた。……ぽっ)
「……さ、中へどうぞ」
サリアがテリーを部屋へ招いた。机の上に、お菓子の入った箱とティーセットが置かれている。
「そろそろ来る頃だと思いましたので」
「……さすがよ。サリア」
ハロウィンの夜にはぴったりのミルクティー。
しかも目の前には――想い人のサリア。
なんて素敵なの。なんて美味しいの。椅子に座り、もぐもぐとお菓子をつまみながら紅茶を飲んだ。
「明日からまたダイエットしなきゃ」
「ふふっ。お付き合いしますよ」
「サリアは十分細いでしょ。それ以上細くなってみなさいよ。骸骨どもに仲間だと思われて、連れて行かれるわよ」
「骸骨とパレードをするだなんて、楽しそう。テリーもご一緒にいかがですか?」
「あたしはやめておく。骸骨なんて不気味だもん」
カップを差し出す。
「サリア、おかわり」
「はい」
サリアが注ぐ間に、またお菓子をつまむ。
「ね、タナトスでもハロウィンはすごいの?」
「魚を使ったハロウィンですよ」
「タナトスは魚が好きね」
「港町ですもの。そのうち、魚達から逆襲されそうです」
「命をいただいているんだもんね」
「そうですよ。私達は食事に感謝しなければ」
サリアがカップを持った。
「テリーも感謝しないと、いつか魚のおばけが来ますよ」
「来ないわよ。サリア、あたしはもう子供じゃないのよ。成人したんだから」
「15歳以上の成人という意味は、結婚を出来るというだけであって、アルコール類はまだ飲めませんし、大人の営みも禁止されております」
「げほげほっ」
「テリーはまだまだ子供です」
優雅に紅茶を飲むサリアをテリーが睨む。
「……あたし、もう大人だもん」
「あら、そうですか?」
「大人だもん……」
(中身だけで言えば、サリアよりもうんと大人なのよ。あたし、歳上なの。サリアをリードできるくらいなのよ)
なのに、どうしてだろう。だとしても、なんだか勝てる気がしない。
紅茶の飲み方といい、おしとやかさといい、普通のメイドではありえない教養が彼女には備わっている。
その雰囲気が、また……好き。
(ぽっ)
そんなテリーを、静かにサリアが見た。
「……。大人なら、テリー」
「ん?」
「招いた部屋に入るという意味は、ご存知ですよね?」
「……」
テリーが紅茶をずずっと飲んだ。
「部屋に入るのに、意味なんかあるの?」
「ええ。ここは私の部屋です。つまり、私の支配下にテリーが足を踏み入れたということです」
サリアがそっと手を伸ばした。
「これから何があっても」
テリーの手の上に手を重ねる。
「自己責任、というわけです」
妖艶な瞳とテリーの目がぶつかる。
「……何かするの?」
サリアはにこにこ笑うだけ。
「……」
テリーがサリアと指を絡めた。
「……怖いこと、……するの?」
テリーが目を伏せた。
サリアになら、何をされてもいい。……だけど、
「……怖いことは、やだ……」
……。
サリアが優しくテリーの手を握った。
「テリーに怖いことなんてしません」
ただ、
「今宵はハロウィン。おばけが私に憑依して、テリーにいけないことをしてしまうかもしれませんよ」
「……サリアはそんなことしない」
「……」
「……ずずっ」
「テリー」
「ん」
「ベッドに座っていただけませんか?」
「……なんで?」
「お菓子が隠されてるからです」
「飴?」
「チョコレート」
「サリア、ベッドになんか隠したら溶けるわよ」
テリーがベッドに行くのを見て、サリアがため息を吐いた。
――こらこら。早速誘導されているじゃない。
「どこ?」
――とん。
「わっ」
サリアがテリーをベッドに押し倒す。
「っ」
ぽふっと、体がベッドに倒れた。
「……」
テリーが驚いた目でサリアを見上げる。
「……」
無言で見つめ合う。
「……」
テリーの頬が赤らんだ。
「……」
瞼を閉じ、むっ! と唇を向けてくる。
(こらこら)
テリーを無視して、手に潜ませていたチョコレートを、あたかも隠していたところから持ったふうに見せつける。
「ほら、ここですよ」
「……」
「テリー、唇を収めて」
「……」
テリーがむくれた表情で目を開けた。
「はい。あなたに差し上げます」
「……」
「食べてみて。甘くて美味しいですよ」
「……」
テリーがチョコレートを見て、食べてくるよう勧めてくるサリアを見て――はっとした。
(ま、まさか!)
媚薬入り!?
(……サリアったら……えっち……)
そういうことであれば仕方ない。自分は今日で、いろんな意味で大人になってしまうらしい。ためらうことなく食べてみる。もきゅもきゅ。あら、普通に美味しいチョコレートだわ。
(チョコレートを食べたあたしを、サリアが食べるのね。あたし、いけないことになってしまうのね……!)
テリーがベッドに横になった。
(さあ、どんとこい!)
「テリー、宝のお菓子を見つけたので、椅子に戻りましょう」
「……」
「紅茶が冷めてしまいますよ」
「……」
「……テリー?」
「……いけない気持ちにならないんだけど」
「ん?」
「……サリア、チョコレートに媚薬を入れ忘れたでしょ……」
「……何言ってるんですか。ほら、早くしないと紅茶が冷めて……」
テリーが起き上がる。
(ん?)
ネグリジェを自ら脱いだ。
「ふんぬ!」
「まっ」
サリアが固まり、テリーはしてやったりという顔で、またベッドに倒れた。
(さあ、サリア! 据え膳食わぬは女の恥よ!)
ぎゅっと目を閉じる。
(さあ、来い!!)
「テリー、だらしないことしないの」
サリアがシーツでテリーを包んだ。
「風邪引きますよ」
「……」
「……なんですねてるんですか?」
テリーがそっぽを向いた。ふん!
「テリー」
テリーがそっぽを向いた。ふん!
「テリー」
テリーがそっぽを向こうとして、顎を掴まれた。
「っ」
――唇が重なる。
「……っ」
テリーがぐっと拳を握りしめる。
「……っ……」
テリーが目を閉じた。
「……」
……サリアが離れた瞬間、テリーがとろけた。サリアの胸によりかかり、全身を赤く染めて動けなくなる。
「テリー」
「~~っ……」
「……見られたら、私が奥様に怒られてしまいます」
優しい唇が額に押し付けられる。
「着替えてくれますか?」
「……はい……」
「万歳して」
「……はい……」
サリアによって、テリーが再びネグリジェを着た。
「良い子ですね」
サリアの唇が額に触れてくる。
「……ん……」
今度は頬。
「……っ」
唇を突き出すが、無視されて瞼に落ちてくる。
「……サリア……」
「……ん? なんですか?」
「……意地悪しないで……」
「……」
「……してよ……」
消え入る声で言えば、サリアの口角が上がり、テリーを優しく抱きしめる。
「何を、するんですか?」
「……いたずら、して……」
「いたずら? 私はしがないメイドですよ。お嬢様にいたずらだなんて、恐れ多い」
「……サリアのばか……」
「要望を言っていただけませんと」
サリアがテリーの顔を覗き込んだ。
「私、ばかなので、気づけないんです」
「……わかってるくせに……」
「……何をご要望ですか?」
「……キス、してほしい……」
「どこに?」
「……いろんなところ……」
「具体的に言ってください」
「サリア」
「ほら、私、ばかなので」
「……」
「テリー、……言って?」
「……」
テリーがサリアに抱きつき、……耳元でささやく。
「耳……」
「耳、……こうですか?」
「ひゃっ」
「あとは?」
「か、顔、全体に……」
「ちゅ」
「っ」
「ちゅ、ちゅ」
「ん、……んっ」
「それと?」
「あ、あたしも、……する……」
「……何を?」
「……サリアに、キス……」
「……してくれるの?」
「……ちゅ」
「うふふ。くすぐったい」
「……っ」
「テリー、あのね?」
「……ん?」
「今日のお仕事はもう終わったんです。だから」
サリアが囁いた。
「私、今、ブラジャーつけてないんです」
テリーの肩がびくん! と揺れた。
「テリーも、今、お風呂上がりで、ブラジャーつけてないですよね?」
今気づいた。胸同士が躊躇なくくっつきあっていることに。
「……っ、~~っ……!」
「うふふっ。女同士なので、大したことないんですけどね」
「……」
「……恥ずかしい?」
テリーがこくこくこく! と頷いた。
「いや?」
テリーがぎゅっとサリアにしがみつき、横に首を振った。
「そう。それならよかった」
(……あったかい……)
サリアの胸が、あたたかい。
(石鹸の匂いがする……)
落ち着く。
(サリア……)
「……サリア」
「ん?」
テリーからサリアに唇を押し付ける。
「っ」
サリアがきょとんとして、テリーがすぐに離れた。
「……し、……仕返し」
その顔は真っ赤に染まっている。
「サリアが、全然いたずらしてくれないから……」
緊張で震える体を隠して、
「……今日はっ、……この部屋に泊まるから……!」
(……困ったわね……)
サリアが頭の中で考える。
(理性が保てるかしら)
こんなに愛くるしいテリーが目の前にいて、
(見られた時の奥様のお怒りになる顔が目に浮かぶ……)
自分はいたずらしたくても出来ない身。
(だから、我慢しているのに)
謎多き小さなお嬢様の処女を奪うことなど、経験不足な自分でも、なんとなく、たやすく出来てしまう気がした。
(だけど、それはいけないこと)
いけないことはしない。
(テリーを怖がらせたくはない)
自分はメイド。この子はお嬢様。恋人になるまでにもしばらく時間がかかったのに。
(これ以上はだめ)
しっかり自分をコントロールしなければ。
この子は、まだ子供なのだから。
見下ろせば、テリーのネグリジェから尖って目立つ胸の先端が見える。
「……」
指の腹で、すすっと、触れてみる。
「ひゃっ」
テリーが驚いて、目を見開き、サリアの手を見た。
「えっ? な、なに? なんで……」
すすっ。
「あっ」
するする。
「あっ、それ、んっ!」
なでなで。
「あっ、あっ、さりあ、あっ!」
漏れる声は口で塞ぐ。
「ふぅ、んんっ、んっ……♡」
指が動けば、テリーが喜ぶ。
「ん……♡ ……んん……♡」
生で触れるのはやめておこう。
止まらなくなってしまうから。
サリアの指が胸元から離れた。
「テリー、もう寝ましょうか」
「……」
「お手洗いは?」
「……い、行く……」
「ええ。私も行くから、一緒に行きましょう」
「……ちょっと待って……」
「ん?」
「もう少しだけ……」
抱きつく。
「もうちょっとだけ……このままで……」
(……見つかった時の言い訳を今のうちに考えたほうがよさそう)
しばらくは、手放せそうにない。
(こんなに愛しくなるなんて)
身分が違うのに。
(……テリー)
娘のような存在だったのに。
(テリー)
愛が深まる。
(お菓子をあげたのに悪戯するなんて、悪いお嬢様)
額に優しくキスをすれば、テリーの肩がまたぴくりと揺れた。
(愛してますよ。テリー)
謎の多いあなたが、愛おしい。
サリアにとってのおばけがうとうとし始める。寝る前にトイレに行かせないと。紅茶をあれだけ飲んだのだから。……でも少しだけこうしていてもいいだろう。
だから、優しく包んで、おばけを胸の中に閉じ込めて、……優しく優しく、彼女にキスをした。
お菓子をくれたら悪戯するぞ END
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