130 / 141
ドロシー
亭主関白気質な彼女
しおりを挟む「良い天気だね。ドロシー」
「にゃん」
メニーの膝の上にくつろぐドロシーが笑顔で鳴いた。その様子を見て、テリーの足が止まる。
(……またメニーといる)
そりゃあ、飼い主だものね。
(別にいいけど?)
あたしはなんともないけど。
(別に、なんともないけど)
何も思いませんけど。
(恋人だからって、別に束縛なんかしないし)
……。
ちらっと、部屋を覗く。部屋では、笑顔のメニーとくつろぐドロシー。
「よしよし。ドロシー」
「みゃあ」
(……何よ)
あたしの膝には、乗らないくせに。
「ドロシー、今夜はあたしの膝を貸してあげるわ」
「遠慮しておくよ。今、金平糖食べてるし」
ぐっ!!
テリーが拳を握りしめた。
(くそが……!)
ここにきて、メニーに負けるなんて。あたしの膝よりも、メニーのほうがいいってか!
(くそ! 何なのよ! お前の恋人は、あたしなのよ!? 何よ、その間抜けな顔は!!)
扉から二人を見て、ぎりぎりと歯ぎしりを立てて、メニーの膝をにらむ。
(あたしの膝には乗らないくせにぃぃいいいいい!!)
「ドロシー?」
「みゃー……」
「うふふ。寝ちゃったか」
メニーが優しくドロシーを撫でるのを見て、テリーがはっとした。
(はっ! そうだわ!)
開かずの間へと走り、『猫に好かれるための本』を開く。テリーはにやりとした。これでばっちりだわ。メニーめ! 今だけ好きにドロシーといちゃいちゃしてればいいわ! でもね! ドロシーが最終的に選ぶのは、あたしなんですからね!!
その夜。
テリーがベッドに猫じゃらし、マタタビ、チュールを置いて、そっと座り、ネグリジェのシワを伸ばし、膝小僧を見せた。
「ドロシー、あたしの膝を貸してあげるわ。おら、くつろげ」
「いいよ。僕、今チェスに夢中だから」
「遠慮なんかいらなくってよ。おら、くつろげ」
「いや、遠慮というか」
ドロシーが駒を盤面に置いた。
「本気でいらない」
(あのくそ猫ぉぉおおおおおおおお!!!!!!)
お菓子屋に来ていたテリーが昨晩のことを思い出して床を踏みまくる。見ていた客がびくりとして、一歩下がった。
(メニーには甘えるくせに、あたしには甘えないってか!? 何なの!? あたしには弱みを見せたくないってこと!? 言っておくけどね! 恋人になるって言ったのはお前なんだからね!!)
ガラスの靴の行く先に、ドロシーがいた。
――おや、運命の人はいなかったの?
――ええ。誰もいなかった。
――それは残念至極だったね。
――ドロシー、
――ん?
あたし、あんたのことが好きみたい。
(……それなら、恋人になろうかって言ったのは、そっちじゃない)
期待させたのは、お前じゃない。
(せっかく人を好きになる気持ちがわかってきたのに)
あいつには振り回されてばかり。
「はあ。ため息が止まらない。あたし、なんて可哀想なの」
「おや、これは僕の可愛い妹のニコラじゃないか。どうしたんだ? ため息なんか吐いて」
隣を見ると、病院から抜け出したであろうリオンがにんまりとして自分を見ていた。テリーがまたため息を吐く。
「何よ。抜け出してきたの?」
「暇だったからさ。……お菓子買うの?」
「……金平糖、頼まれてるから」
一袋を手に持つ。
「ドロシーは元気?」
「ええ。すごく元気よ。浮気するくらいとっても元気。……で、レオ、恋人そっちのけで飼い主の膝の上で甘えるあの猫をどう思う?」
「なんだ? 喧嘩でもしてるのか?」
「別に喧嘩なんかしてないけど、……ね、恋人はあたしのなのよ。なんで毎日メニーといちゃいちゃしてるわけ? しかも、あたしの目の前で」
「いちゃいちゃというより、それが二人の日常であり、日課なんだろ?」
「でも、おかしいわよ。あれは異常よ。まさか、ドロシーの奴、あたしが恋人になったからって、調子に乗ってメニーにまでちょっかい出してるんじゃ……」
「君はドロシーなんだと思ってるんだ? 僕からみても、ドロシーはそういうのにあまり興味ないと思うよ」
「そうよ。興味ないのよ。恋愛なんて、あいつには全くの無なんだわ。あいつにとって恋愛は、所詮、ごっこなのよ」
レジに金平糖の袋を出し、支払いを済ませる。外に出れば、テリーの後ろにリオンがついてきた。
「いいわ。こうなったら浮気してやる」
「君が浮気するの?」
「あたしは怒ってるの。冷たくしてきた結果を、ドロシーに知らしめてやるわ」
「……で、誰に浮気するの?」
「……あれ」
その日、テリーの部屋に猫のぬいぐるみが置かれた。ドロシーがきょとんとする。
「何これ」
「可愛いから買ったの。名前はジョンよ」
「名前」
「ジョン。ああ、可愛い。あたしのジョン」
猫のぬいぐるみをなでながら、テリーが黒い笑みを浮かべた。
(どうよ! ドロシー! 悔しいでしょう! ええ!? お前が悪いのよ! お前がメニーといちゃこら仲良くする間、あたしはこのジョンと仲良くしてやるからね!!)
「うーん。ジョン、あんたとっても可愛いわ。よしよし。良い子ね。うーん。可愛い。可愛い」
「君、ぬいぐるみを相手にするなんて、とうとう頭のねじが吹っ飛んだの?」
「っ」
テリーが枕を持ち上げると、ドロシーが先に杖を取った。風が吹いて枕が吹き飛ばされ、ついでにジョンもテリーの顔面に吹っ飛んだ。
「あだっ!」
「ふわあ、眠い眠い」
ドロシーがベッドに丸くなる。
「ぬいぐるみとよろしくするのはいいけど、僕を巻き込まないでよ。じゃ、おやすみ」
「……っ!!」
(……この……くそ猫が……!)
いいや、このままでは終わらせない。テリーはあきらめない。
翌日、テリーは作戦を練るため、誰にも知られてはいけない友人に会いに行った。
「そういうことよ。お前の知恵を借りたいわ」
「よかろう」
クレアがとんだ暇つぶしに瞳を輝かせた。
「魔法使いを相手に、己の行動をわからせるというのか。ならばロザリーよ、あたくしに任せるといい」
「キッドはだめよ」
「つまり、あれだろう? 魔法使いに焦りを覚えさせたらいいのだろう? 捕まえておかないと、どこかに行っちゃうよ、というように」
「さすがだわ。お姫様。そういうことよ」
「ふむ。ならばあたくしがひらめいた作戦を貴様に伝授してやろう。報酬は……」
テリーがパッドを十枚プレゼントした。クレアがふっと笑った。
「よかろう!」
「交渉成立!」
一人でできるボードゲームを手に入れた。
(これで遊んで、あえてドロシーを無視してやるわ! 無視されたドロシーは、構ってとばかりにあたしの周りをうろつくはずよ!)
「テリー、何してるの?」
見たことのないボードゲームにドロシーが興味を示すが、テリーが無視して一人で遊び、ジョンに微笑みかける。
「面白いわねー。ジョン」
「あはは。何それ。君、もしかして僕を無視する気?」
「ジョン、あんたって最高よ。もう、超可愛い」
テリーがジョンを撫でると、ドロシーが呆れ笑いをした。
「はいはい。お嬢様はゲームで忙しそうだね」
なんてことない顔でベッドに横たわる。
「じゃ、先に寝るよ。おやすみ。……すやぁ」
ぐっ!!
(まだよ!!)
翌日、テリーが問題集をやった。もちろんドロシーを無視して。
「ちゃんと勉強出来てえらいじゃないか」
「……」
「はいはい。今日も無視ね。おやすみ」
ぐっ!!
(畜生! まだよ!)
翌日、テリーが猫のテレビを見始めた。もちろんドロシーを無視した。
「ほら、見てごらんなさい。ジョン。あんたみたいな可愛い猫がたくさんいるわよ」
「ドロシー、どこー?」
「にゃーん」
「っ」
テリーが思わず振り向いた。その先では、メニーの足元にドロシーが転がっている。
「あ、ドロシー」
「ごろにゃん」
「うふふ。甘えん坊さん。どうしたの?」
「にゃーん」
(ぐぐぐぐぐぐぐ……! こうなったら!!)
「ジョンー。大好きー」
寝る前にぬいぐるみにキスをする。
「ほんと大好きー」
チラッと見れば、ドロシーは魔法使い専用の本を読んでいる。こっちは全く見てこない。
「……」
またキスをする。
「ジョンー。んー!」
本当は、
「むちゅー!」
本当は、
「ちゅー!」
本当は、
ドロシーと、したいのに。
「……おやすみのキスは満足にしたようだね」
ドロシーが勝手に指を弾かせた。突然部屋の明かりが消え、テリーが驚きの悲鳴をあげた。
「ぎゃあ! 何するのよ!」
「僕はもう眠たいんだよ」
「な、何も見えないじゃない!」
ベッドの上でふらふらと移動する。あ、なんか踏んだ。
「痛い!」
「いだっ!」
「ちょっと、足踏まないでよ!」
「あんたがいきなり部屋の明かり消すからでしょ! おかげで何も見えやしないんだから!」
テリーの腕をドロシーが掴んだ。
「ひゃっ!」
ぽて、と、体が倒れる。……目の前には、
「どうせもう寝るだけだろ」
緑の瞳。
「……」
「はあ。眠たい。眠たい」
足が絡まれて、抱きしめられる。
(あっ)
ドロシーに、抱きしめられてる。
(……っ)
腰にドロシーの手が置かれる。胸同士が密着する。何日ぶりだろうか。最近、やけになって反対方向を向いて寝ていたから。
(ドロシーの吐息がかかる……)
……はあ。
「っ」
肩がぴくりと揺れる。
すう、……はあ。
「~~っ……」
心臓が飛び跳ねる。
(唇が見える)
(近い)
(腰、触られてる)
(胸、ぴったりくっついてる)
(足、冷たい)
(あっ)
ドロシーの手が下に下がる。
「ドロッ……!」
手首を掴む。
「あんたっ、ど、どこ触ってるのよ……!」
「お尻」
「こ、この、すけべ猫!」
「いいじゃん。恋人なんだから」
(あ)
ドロシーの手が、ネグリジェ越しから揉んでくる。
(そ、そんな……触り方……!)
ふに。ふにふに。むにゅ。
「んっ……!」
「ああ、いいね。若い女の子のお尻は柔らかくて、触りがいがあるよ」
「……お前は、中年のじじいか……!」
むにゅん。
「ひゃんっ!」
「くくくくっ!」
「ドロシー!」
「ごめんごめん。……からかいすぎたよ」
顎を優しく掴まれる。
「テリー」
(……あ……)
この顔。
(これが、たまらなく好き)
いつもの無邪気だけの瞳が、愛おしそうに見つめてきて、どんどん瞼を閉じていって、こうして……優しく唇を重ねる。
(ドロシーの、唇……)
一度触れてしまえば、まるで魔法にかかったように、
(ドロシーの唇……!)
とろんと、目がとろけてしまう。
(もっと……)
ドロシーの手を握って、引き寄せる。
(もっと……!)
ふにゅ。
(もっと)
ちゅ。
(キス、もっと……)
ぷちゅ。
「……テリーはキスが好きだっけ?」
鼻同士がくっつく。暗い中で目が合う。これだけの近距離なら、吐息も感じる。それでも求める。もっと。好きだから、もっと。
「……テリー、したいなら、おねだりしてごらん」
「は……?」
「キス、したいなら、おねだりして」
「……な、何よ」
「簡単だよ。僕に、キスしてって言うだけだ」
(そんなこと、言えるわけない)
テリーは貴族のお嬢様。
(キスのおねだりなんて、はしたない)
「いいの? 言わなきゃ、もうしないよ?」
鼻同士が再びくっついて、テリーの心臓が荒ぶった。
「今なら、キス、してあげるのになぁー」
「~~っ!」
(こ、この! くそ魔法使い……!)
「睨んでも、言わなきゃこのままだよ」
ドロシーがにやりとして、テリーをベッドに貼り付けたまま閉じ込める。
「ほら、何してほしいの?」
「……ス……」
「え? 何? 聞こえないよ」
「……だから……キス……」
「なーに?」
「……」
テリーが顔を赤く染め、羞恥から体を震わせ、潤んだ瞳でドロシーを見上げた。
「……キス……して……」
「……よくできました」
ドロシーがテリーに身を沈ませた。唇がくっつく。
(んっ)
長い舌が絡んでくる。
「んぅっ……!」
舌が、舌に捕まって、まるで犯されるように、むさぼるようなキスをされる。
(あっ、やっ、はげ、しい……!)
舌が逃げようとしても、ドロシーの舌に捕まってしまう。
(きもち、いい……)
速まった鼓動が鳴り響く。
(キス……きもちいい……)
頭がぼうっとして、テリーが瞼を上げる。やはり、緑の瞳と目が合う。
(ドロシー……)
これが、この時間が、ずっと続けばいいのに。
(ドロシーと、二人の世界に、なったらいいのに)
時間が止まればいいのに。
(あっ)
また、ドロシーの手が動く。
「ドロシー……」
「ムラムラしてきた」
ドロシーが起き上がり、テリーの上に跨って座った。
「んっ……」
「テリー、久しぶりにしようよ」
唇を舐めた猫がテリーを見下ろし、いやらしくにやけて、ネグリジェの裾を、ゆっくりと上げていった――。
(*'ω'*)
「それなら、恋人になろうよ」
「……いいの?」
「僕もテリーが好きだよ。両想いなら、恋人になるべきだ」
「あたし女よ」
「奇遇だね。魔法使いにも性別がある。無論、僕も女だ」
「……いいの?」
「君こそいいの?」
白い手が伸びる。
「魔法使いと交わるなんて、禁忌だよ」
「仕方ないでしょ。……好きな気持ちって、自覚したら止められないのよ」
「ああ、僕はなんて魅力的で罪な魔法使いなんだ。仕方ない。責任を取るよ」
白い手が、テリーを抱きしめた。
「僕は君の恋人で、君は僕の恋人だ」
緑の目が微笑む。
「そのつもりでね」
そして、優しく頬にキスをしてくるのだ。
「一応言っておこうか。好きだよ。テリー」
その腕の中から、抜け出せなくて、囚われてしまう。それでも、その中がとても心地良くて、このまま、とろけて、なくなってしまってもいいから、ドロシーと、こうやって、くっついていたくて、テリーは、身を委ねて、ゆっくりと瞼を閉じた。
(……それから、甘い日々が続くと思ったらこれよ)
「ドロシー」
「ごろにゃんご!」
「うふふ! よしよし!」
「にゃーん!」
仲良しな二人を見ているのは胸が痛くなる。よりいっそう、メニーが嫌いになった。
(あたしがドロシーの恋人なのに)
体だって重ねてるのに。
(なんでよ)
キスだってしてるのに。
(なんでよ)
なんで、あたしの膝に来ないのよ。
テリーの中に、どろりとした、黒くて、泥のような感情がふつふつと沸いてくる。もう嫌だ。これは、嫌いな感情。ずっと感じたくなかった感情だ。嫌だ。もう嫌だ。ただ、笑顔でいたかっただけなのに。ただ、好きな人といたかっただけなのに。
メニーばかり。
テリーの目が、ぎらんと光った。
「こうなったら、首輪つけて、檻に入れて、一生閉じ込めてやる!!」
「やめるんだ! ニコラ!」
「うるさい! 離してよ!! お兄ちゃん! あの檻を買えない!」
ペットショップの前でリオンが大暴れするテリーを羽交い絞めにして何とか止めにかかる。
「よしよし! ニコラ! お兄ちゃんが美味しくて甘いパフェを奢ってあげるから!」
「あの浮気者! 絶対許さない! あたしというものがありながら、メニーに行くなんて! もう、本当に許さないから!」
「ドロシーとメニーは親友同士で、ほら、仲良しな友達だからさ!」
「あたしは恋人よ! なんであたしには構わないくせに、メニーに行くのよ! ありえないのよ! あたしが、あたしがドロシーの恋人なのに!!」
「落ち着けって! もー!」
「こうなったら手足を切り落として、部屋に閉じ込めてやるんだから!」
「こら! 怖いこと言うんじゃない! この間、そういう舞台を見たばかりなんだぞ! やめるんだ! お兄ちゃんを怖がらせるんじゃない!」
暴れるテリーを見て、ジャックがひらめいた。そうだ。いいこと思いついた。リオンの影がゆらりと揺れて、ジャックがゆっくりと移動する。そして、ペットショップの看板をゆらゆらと動かした。
「レオ! 止めないで! あたしはもう決めたのよ!」
「ゆっくり考えよう! 大丈夫! 君にはお兄ちゃんがついてるから……」
その直後、固定されてた場所から看板が外れた。ケケケ!
「「ん?」」
二人が上を見上げた。目の前には、巨大な看板が降ってきていた。
(え)
テリーの目が丸くなる。
(え、これ)
避けられない。
(足が)
動かない。
(レオ)
リオンの足がジャックに押さえられていて、動けなくなっていた。リオンの顔が真っ青になる。
「ジャック! おまえっ……!」
(あ)
もうだめだ。
これは、きっと、妬んだ罰だわ。
(ああ、結局こうなるのね)
あたしは、人を好きになってはいけなかったんだ。だって、すぐにやきもち妬くんだもの。
(メニーみたく、心が綺麗だったら良かったのに)
そしたら、こんなに、心が、いたくなって、苦しくなって、泣きたくなることも、なかったのに。
看板が、近づく。
テリーが目を閉じた。
押しつぶされる。
――その前に、きゅるりんと、星の杖が動いた。
(……あれ……)
……何も降ってこない。
「危機一髪だったね」
目を開ければ、緑の瞳と目が合う。
「ジャックがいたずらしたみたいだよ」
「ジャック、もう少しで僕まで踏まれるところだったんだぞ!! なんてことするんだ! お前は!!」
ドロシーに抱えられる体。下を見下ろせば、リオンが自分の影に怒っている姿。
「あの鬼は手がつけられないね」
「……ん」
「……怪我は?」
「……ないけど……」
「そう。……でも」
ドロシーが箒を動かした。
「何かあってからじゃ、君がうるさいからね。今日は帰って、怪我がないか今一度確認しよう」
「……レオが……」
「リオンなら大丈夫。健康そうだから」
すすいと箒が進んでいく。テリーがドロシーの服にしがみついた。
「……」
風が髪を揺らす。顔を寄せれば、ドロシーの匂いがする。
(……ドロシーが、近くにいる)
抱きしめられて、空を飛んでる。
(二人だけの時間)
メニーはいない。
(時間よ、止まれ。止まってしまえ)
ドロシーと、このままどこかへ飛んでいけたらいいのに。
(お願いだから、……あたし以外、見ないで)
抱きしめれば、腰を強く掴まれる。しかし、テリーはしがみつくことに精一杯でその手に気付かない。
空は、青空であった。
(*'ω'*)
「ドロシー」
笑顔のメニーが見下ろす。
「ドロシーは、悪い子だね」
優しい手が、頭をなでてくる。
「あまりお姉ちゃんを虐めないであげて」
緑の目は、知らんぷりをする。何のこと? そんな目をして。
「お姉ちゃんはね、すごく純粋で、素直だから、やめてあげて」
別に、何もしてないじゃん。メニーと遊んでるところを、テリーに見せてるだけで。
キスをするたびに、僕により夢中になる魔法をかけてるだけで。
僕、何もしてないよ。
テリーが、すごく僕に惚れてるだけさ。
素直な子だよね。
可愛いよね。
あのばかな行動とか。
構って欲しがりなところとか。
不安そうな目で見てくるところとか。
好きなんだよ。あの顔。
テリーが、僕だけを求めてくる顔。
好きなんだよ。すごく。
何よりも。誰よりも。
テリーの、あの、不安げな目が、たまらなく、すごく、すごく、すごく、好きなんだ。
歪んでる?
それは、メニーが思ってる愛と、僕が思ってる愛の形が違うだけさ。
テリーは僕を愛してる。
僕はテリーに愛されてる。
それだけだよ。
「……」
屋敷にたどり着けば、テリーの部屋の窓から入った。ゆっくりと地面に着地し、テリーは腕に抱えたまま。
「……テリー、下ろすよ」
ベッドに下ろそうとすれば、テリーがドロシーにしがみついて、離れない。
「テリー」
ドロシーがくすっと笑った。
「ほら、怪我がないか見るから」
テリーが離れない。体は震えている。離れることに怯えているように。
「大丈夫。テリー。痛くないから」
ゆっくりと体を引き離して、テリーの足を持ち上げる。
「痛くない?」
強く掴んでみれば、足がぴくりと動いた。
「っ」
「軽い捻挫かなぁ」
魔法で痛みを和らげれば、テリーが見下ろしてくる。その目見つめ返す。
「……何?」
「……助かったわ。看板」
「ああ。うん」
「……ドロシー」
「ん?」
「こっち、きて」
「んー? 何?」
ドロシーがテリーの隣に座った。すると、手を重ねられ、肩に頭を乗せられる。
(おっと)
テリーが甘えだした。ドロシーが手を伸ばし、テリーの腰を掴んで、そっと引き寄せた。
「どうしたの? 今日はなんだか甘えん坊だ」
「……悪い?」
「僕、素直な子は大好きだよ」
素直な君がね、すごく好きなんだ。嫉妬にめらめら目を燃やした君って最高。すごく可愛い。
「テリー、こっち向いて」
「……」
テリーが不安げな目で見つめてくる。ドロシーを求めてる。ドロシーがそれに応えるように顔を近寄らせ、唇に触れた。重なった瞬間、テリーは瞼を閉じ、ドロシーの手を握りしめた。手が温かい。唇が熱い。柔らかい。ドロシーが離れる。
「テリー」
呼ばれたら、自然と顔が前に出た。傾けて、歯が当たらないように唇を重ねる。
(ドロシーの唇)
ふに。
(ドロシーの)
ぷちゅ。
(ドロシーの……)
ドロシーがテリーを押し倒した。背中からベッドに倒れれば、上からドロシーが見下ろしてくる姿が見える。なんていやらしい目だろうか。ドロシーは人を見下ろすのが好きだと言っていた。
(……でも、これも悪くないかも……)
鋭い緑の眼が離れない。
(ドロシーに、見られてる)
「テリー」
「んっ」
唇か重なる。ベッドの端には、猫のぬいぐるみが置かれている。
(……別にぬいぐるみを相手にしたっていいよ。君がそうしたいなら)
でも、それ相当の覚悟をしてほしいね。
(僕はすごくやきもち妬きだから)
すごく、すごく、不快だったよ。君が僕を無視して、あのぬいぐるみに触れてるの。
(僕だけね)
ちゅ。
「あっ」
ちゅ。
「ドロシー」
ちゅ。
「……ん……」
こうやって匂いをつけておく。
誰も近寄らないように。
君は僕に振り回されるといいよ。
恋人ってそういうものだ。
テリー、可愛いね。
テリー、もっと見ろ。
テリー、こっちだよ。
テリー、何考えてるの?
テリー、集中して。
今キスをしているのは、君が大好きな僕だよ。
テリーが瞼を閉じ、ドロシーは緑の目を開けたままテリーを見つめる。
握られた手は、強く、絡み合っていた。
「ドロシー」
メニーが呼べば、ドロシーがまたメニーの足元で転がった。ごろにゃん。
「あ、ここにいたの? うふふ!」
テリーがそれを見て、また舌打ちする。
(浮気者)
「ドロシー、今夜もお姉ちゃんの部屋で寝るの?」
「にゃん」
「そっか。じゃあ……」
頭を撫でながら、呟く。
「お姉ちゃんはまだ成人したてだから、考えてね」
「みゃー?」
猫はとぼける。何のこと?
メニーはにこりと笑う。とぼけるな。
猫はにやりとして、テリーの足についていく。
「にゃー!」
「……何よ。向こう行ってたらいいじゃない」
「にゃー!」
「……おいで」
おいでと言われたら行かない。ドロシーが無視して部屋に入っていく。テリーがまた舌打ちして、メニーに見送られるまま部屋に入った。扉を閉めた瞬間、
「テリー」
「……ぁっ」
後ろから強く抱きしめられ、そのまま、ベッドへと引っ張られるのであった。
今夜も甘くて苦い時間が始まる。
亭主関白気質な彼女 END
0
お気に入りに追加
154
あなたにおすすめの小説


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる