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ドロシー
バス・キャット・タイム
しおりを挟む「ドロシー、こっちおいで」
「にゃん」
メニーに呼ばれてドロシーがとことこと足元にすりついた。それをメニーが腕に抱える。
「よいしょ」
(メニーの抱っこはとっても気持ちいいんだよなあ)
ドロシーはメニーに顔をすりつけた。メニーはとある方向に向かって歩いていく。ドロシーは気づかない。メニーがそこへと入っていった。扉が閉まると、
――ドロシーが悲鳴をあげて逃げ出した。
「お姉ちゃん! ドロシー捕まえて!」
「ん?」
欠伸をしていたテリーの前に、半狂乱になった緑の猫が走ってくる。
(何事!?)
「にゃっ!」
「あだっ!」
ドロシーがテリーの体を上り、顔を蹴って廊下を走っていく。
「てめっ! 何するのよ!」
「ドロシー! 待ってぇー!」
ドロシーが必死にとたたたと逃げると、そこにアメリアヌが歩いてきた。走ってくるドロシーと、追いかける妹達を見て、状況を把握する。
「ドロシー!」
アメリアヌが猫じゃらしを用意した。
「それ!」
「ごろにゃん!」
「今よ!!!」
テリーがドロシーを捕まえた。ドロシーがはっとして、テリーの手から逃げ出そうとする。
「ぎにゃー!!」
「てめえ! よくも人の顔を蹴飛ばしたわね! 覚悟おし!!」
「お姉様、ありがとう!」
「どういたしまして。でも、どうしたの? なんでこんなに暴れてるわけ?」
「ドロシーをお風呂に入れてあげようと思ったの。そしたら逃げ出しちゃって」
「あんた、お風呂如きで、あたしの顔を蹴飛ばしたの!?」
「ふしゅー!」
「何よ! やろうっての!? 上等よ!」
「だめだわ。ドロシーが興奮状態みたい。こうなったらメニーの手に負えない。テリー、やってあげなさいよ」
「はあ!?」
テリーが思わずアメリアヌに顔を上げた。
「なんであたしが!」
「今までだって何度か暴れたドロシーをお風呂に入れてたじゃない」
「あたし、これからアイス食べようと思ってたのに!」
「大きな仕事を終えた後のアイスはおいしいわよー」
「お姉ちゃん、……お願いできる?」
「ぐっ!!!!!!」
メニーにお願いを言われてしまったら、テリーに拒むことはできない。なぜなら、テリーはメニーの優しいお姉ちゃん。
「……もー、しょうがないわねー。メニー、あたしがこの猫をお風呂に入れてる間、最高のアイスを準備して置くようにドリーにお願いしてきてくれる?」
「わかった」
「私もアイス食べたいわ」
「私も」
「テリー、待ってるから早く入れてきなさいよ」
「おほほほ。わかったわ。おほほほほ」
「にゃーーーー!!」
引きつった笑みを見せながらテリーがドロシーを引きずっていく。そして、大浴場へと入り、テリーが運動着に着替え、緑の猫を浴槽に沈めた。
「おら! 入れ!!」
「乱暴はやめるんだ!!」
ドロシーが裸で浴槽から飛び出した。
「無理矢理お風呂に入れさせるなんて、なんて奴なんだろう!」
「体を洗わないと、菌がついたり、虫がついたりするのよ。毎回言ってるのに、お前はいつになったら理解するのよ! おら、さっさと入れ!」
「明日! 明日ちゃんと入るから!」
「今、入らんかい!!」
「あーーーーれーーーー!!」
ドロシーが体を洗われていく。
「ぎゃっ! 君、どこさわって!」
「うるせえ!」
「あっ! そこはっ!」
「おら!」
「きゃん!」
「ここか!」
「あんっ! そこは!」
「うらあ!」
「はああああ! そこはぁぁああ!」
「おらららららららららら!!!」
「はああああ……」
頭を洗えば、ドロシーがとろけていく。ようやく大人しくなった。
「こ、これが……神の手……」
「うるさい。黙れ。あたしはアイスが食べたいのよ」
しゃこしゃこしゃこしゃこ。
「かゆいところは?」
「下のほう」
「ここ?」
「ああ、そこそこ」
「全く。ノミがいたらどうするのよ。屋敷で一匹でも発生させてごらんなさい。お前を屋敷から投げ出してやるからね」
「なんて酷いことを言うんだ。メニーならそんなことしないのに」
「嫌ならメニーがお風呂に入れようとした時に暴れなきゃいいのよ」
「……お風呂嫌いなんだよ」
ドロシーがひざを抱えて丸くなったのを見て、テリーがため息をついた。
「入ってしまえば楽でしょう?」
「そりゃ、入ってしまえば楽だよ。でもさ、なんて言うの? じっとしてなきゃだめだろ? シャワーなんてお湯があの穴から飛び出してくるもんだから、くすぐったいんだよ。猫にはストレスだ。ストレスはね、猫にとっては毒なんだよ? わかってる?」
「あたしにとってはこの状況がストレスで毒よ。中毒者のなりかけよ。どうしてあたしがあんたの頭を洗ってあげなきゃいけないのよ」
「痛い。もっと優しくして」
「注文するな!」
スポンジを握って、ドロシーの体を洗っていく。
「僕は偉大なる魔法使いだぞ? 優しく丁寧にして」
「ろくな魔法使わないくせに」
「失礼な。いつも僕の魔法を頼りにしているお嬢様は誰だい?」
「……メニー?」
「まさかの自覚なし……だと……!?」
テリーがスポンジをドロシーに渡した。
「前は自分でやりなさい」
「はいはい」
ドロシーがスポンジを握って泡を出し、体を洗っていく。
「……あんた、この屋敷に来る前はどうしてたの?」
「ん? 何が?」
「お風呂」
「野良猫がお風呂に入る?」
「はあ」
「猫に風呂は不要だよ。池で泳ぐのもお風呂と一緒。……洗ったよ」
「目、瞑って」
「ん」
ドロシーが目を瞑ると、テリーが桶に溜めてたお湯を上からかけた。ドロシーがぶるぶると頭を揺らすと、テリーに雫が飛んだ。
「ちょっと!」
「野生の本能だよ」
「もう」
ぶくぶくと泡立つ泡風呂にドロシーを入れる。テリーが浴槽の縁に肘を置いた。
「少し入って、上がって、体拭いて、乾かして、おしまい。いい加減慣れなさいよ」
「これに限っては慣れないもんでね。野生の本能ってやつさ」
「何が野生の本能よ」
「人間はお風呂が好きだよね。疲れないの?」
「血行がよくなってリラックスできるわ」
「僕はごめんだね」
ドロシーが頭を上に持ち上げた。縁に頭を乗せれば、テリーが自分を見下ろしてくる顔が見える。
「でも、体を洗えばいいこともある。とても綺麗になるし? 清潔になれる」
「そうよ。猫は知らないけど、人間は綺麗好きだから、毎日入りたくなるのよ」
「お風呂上がりの毛はふさふさしてるし、なんだかとっても元気になれる」
「気分がさっぱりするのよ。だからお風呂は入ったほうがいいの。他の猫にも広めておきなさい」
「元気になったら」
ドロシーの濡れた手がテリーの頭を掴んだ。そして、――自分に引き寄せれば、そのまま唇が重なる。そっと離れたら、緑の目が濁った赤い目と視線を合わせて、にんまりとにやけた。
「君とそういう行為をすることもできる」
「……ばかじゃないの」
テリーが目をそらす。頬は、少し赤い。
「ねえ、今夜はいいだろ?」
「あんたちゃんと洗ったでしょうね?」
「洗った。洗った。見る?」
「見ない」
「どこでする? 開かずの間? 君の部屋? それとも、メニーの部屋?」
「ドロシー」
「冗談だよ」
濡れた手がテリーに頬に添えられる。
「ちょうど昨日から発情期が始まったみたいでさ。付き合ってよ」
「あんた猫なのか魔法使いなのかどっちなのよ」
「猫であり魔法使いであるのが僕さ」
「あ、そう」
「ねえ、猫用のアイスもあるかな?」
「さあね。この後ドリーのところに行ったらあるかもしれないわよ」
「じゃあ、ひとまずはこっちから」
また唇が近づく。
「味わわせてよ。テリー」
赤と緑の髪の毛が交じり合い、お湯の上にぷかりと浮かぶ。雫が落ちるたびに湯面が揺れ、キスをするたびに心臓が揺れ、浴槽の中では、緑の尻尾がゆらりと揺れていた。
バス・キャット・タイム END
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