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ドロシー

猫の散歩※

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 好きな人とすることはなんだ?

 キス?
 いいえ。

 抱擁?
 いいえ。

 セックス?
 いいえ。

 その前にやることがある。
 恋人とは、デートをして仲を深めるものだ。

 と、いうわけで、

「ドロシー、今度の日曜日、一緒にお出かけしてやってもよくってよ」
「遠慮しておくよ。僕、アウトドアよりもインドア派だから」

 ベッドでくつろぐドロシーが欠伸をする横で、テリーがチラシを上に投げた。ひらひら舞い降りてくる。

「あら! こんなところに、チラシが降ってきたわ!」
「あ、そう」
「へえ! この季節は水族館がいいんですって! お魚なんて、素敵!」
「お腹空いてきた」
「はあ! ペンギンショーもあるんですって! 今の時代はすごいわね! ペンギンが、ショーをするなんて!」
「やらされてるだけさ」
「帰りは夜景がよく見える観覧車ですって! あんた! 高いところ好きよね!」
「僕、ベッドの上のほうが好き……」

 テリーが生気のない目でドロシーを見た。ドロシーがぴたりと動きを止める。

「行きたいでしょう?」
「行きたいのは君……」
「行きたいわよね?」
「いや、だから君が」
「行きたいのよね!? お前が!」
「……ああ、はいはい」

 ドロシーがごろんと転がり、テリーに背を向けた。

「日曜日ね」
「13時待ち合わせよ! いいこと!」
「待ち合わせするの?」
「当たり前でしょう!」
「はあ。はいはい。わーかりまーした」

 ドロシーが瞼を閉じる。

(本当にわかってる?)

 今までもそうだったが、恋人になってからのドロシーは、テリーに対する態度がより大きくなった気配がある。なんというか、

(……少し無神経で、……意地悪になった)

 テリーがむすっと頬を膨らます。

(いいじゃない。デート。……したいんだもん)

 ドロシーの後ろのスペースに倒れ、シーツに潜る。

(……デートか……)

 ドロシーに背を向ける。

(水族館デート……。……何着て行こう)

 これがキッドやリトルルビィやソフィアならば、きっと着てきた服装をほめてくれたに違いない。ただ、相手はドロシー。何を着てもドロシーはうんともすんとも言わないだろう。でも、もしかしたら、何か言うかもしれない。

 ――馬子にも衣装だね!
 ――君にしては似合ってるんじゃない?
 ――へえ、なかなか似合ってるかも。
 ――……かわいいよ。テリー。

(もしかしたら、よ。もしかしたら、言うかもしれないじゃない。もしかしたらのために、このあたしがドレスを選んでやってもよくってよ。うん。……明日、新しいのを買いに行こう……)

 そしたら、普段は何も言ってくれないドロシーも、もしかしたら、……何か言ってくれるかもしれない。

(……)

 ――ドロシーが動いた音が聞こえた。

(ん?)

 後ろから、抱きしめられる。

「っ」
「……出かける時はなに? 僕は男の子になればいいの?」
「……は、はあ? 別に、……出かけるだけなのよ? ドロシーのままでいればいいじゃない」
「ふーん。ということは、これはデートではないんだ?」
「……」
「……じゃ、好きな格好しようっと」

(……それでもいい)

 デートじゃなくてもいい。

(ドロシーといられるなら、何でもいい)

「それはそうと、テリー」
「へっ」

 ドロシーの手が下へと下がり、テリーが慌てて掴んだ。

「ちょ」
「なんで?」

 にやけた声が、テリーの耳に囁く。

「しようよ」
「あ」

 唇が重なる。

「……もっ……ドロ……」

 また重なる。

「んむっ」
「ん」
「はっ……」
「ふふっ。君にしてはイイ顔するじゃないか」
「……うるさい」
「あ、そういうこと言う?」

 指が動く。

「あ……!」
「サボらない」

 キス。

「ドロシ……」

 そのままテリーが組み敷かれてしまう。ドロシーが唇を舐めながらテリーを見下ろした。

「おや? 反抗はしないの?」
「……っ」
「そうそう。素直な子は大好き」

 ドロシーがテリーの瞼にキスを落とした。薄く目を開くテリーが、ぼそりとつぶやく。

「……ばか……」
「ああ、僕は悲しいよ」
「ひゃっ!」
「ここはすごく素直なのにさー」
「あっ、そこ、あっ、やっ……あっ……!」
「どうする? 今日はこのまま指でする? それとも」

 ドロシーが舌を見せた。

「舐める?」

(意地悪クソ魔法使いが!)

 ベッドの上で、甘い喘ぎ声が続けられる。


(*'ω'*)


 日曜日当日。

(完璧)

 下ろした長い髪を少し巻いて、季節に合ったシャツとスカートを身につけ、デートであれば十分な服装だ。だが、相手はドロシー。

(さあ、どうくるかしら)

 テリーが壁に寄りかかった。

(いつでもいいわ。さあ、来い)

 13時。

(来い)

 来ない。

(……)

 ちらっと見る。13時2分。

(……あいつ、まさか忘れてるわけじゃないでしょうね?)

 テリーは待つ。13時3分。

「……」
「やあ、こんにちは」

 知らない男が顔を覗き込んできた。あら、誰かしら。

「誰かと待ち合わせ?」

(……ナンパか)

 テリーは無視したが、何を思ったのか、男がテリーの肩に手を伸ばした。

「ねえ、レディ。暇なら俺とどこか楽しいところにでも……」

 台風が来て男が吹っ飛んだ。

「ふぎゃん!」
「ごめんごめん。遅くなった」

(……やっと来た)

 一言文句を言ってやろうとテリーがぎろりと睨んだ瞬間――。

(……あ)

 少しボーイッシュな服装のドロシーが立っていた。とんがり帽子ではなく、つばのある帽子を被り、シャツの上にはぶかぶかな上着を着こなし、下もサイズが大きめのパンツにブーツ。

(……男の子みたい)

「水族館か。どこのだっけ?」
「……南区域の、水族館」
「よし、ちゃちゃっと行っちゃおう。メニーにお土産買わなきゃ」

 その瞬間、テリーがむすっとして、ドロシーの服を引っ張った。

「うわっ! ちょっと、何するの!」
「禁止」
「は?」
「メニーの名前、禁止」
「……なんで?」
「決まってるでしょ。嫌いだからよ」

 テリーが歩き出す。

「ただでさえあんたとあいつの雰囲気が似てるのに、名前なんて出さないでくれる?」
「あー、はいはい。わかったよ」
「ふん」
「それと、言っていいかな。テリー」
「何よ」
「今日の服装、可愛いね。君じゃないみたい」
「……」

 テリーが後ろを向かずに、歩き続ける。

「当たり前でしょう。あたし、ナンパされるくらい可愛いんだから」

 すさまじいほど赤くなっている耳を見て、猫は緑の目を細めた。

「ね、僕はどう? お洒落でしょ」
「……悪くない」
「ああ、そうですか。……気に入ってくれたみたいで何よりだ」
「……早く行くわよ。水族館なんて久しぶりなんだから」
「はいはい」

 南区域水族館。

「さあ、イルカショーですよー。こうして手をたたくと、ほらすごーい! 飛び跳ねましたー! 大きな拍手をお願いしますー!」
「さあ、ペンギンショーですよー。今日は滑り台をしてもらいましょうかー! さあ、誰か挑戦する子はいないかなー? ……ああ、全然言うこと聞いてくれませんね。……では、今日は強制的にこの子に頑張ってもらいましょうかー!」

 クラゲがうようよ泳いでいる。テリーはニクスみたいだと思った。
 クリオネが本性を表わした。テリーはきっとこいつはメニーなんだわと思った。
 小さな小魚がすばやく泳いでいる。テリーはリトルルビィみたいだと思った。
 サメが泳いでいる。テリーはなんだかソフィアを見ているようだと思った。
 シャチが獲物を仕留めた。テリーはクレアを見ている気がした。
 唇のある魚を見つけて、二人は足を止めた。

「何これ」
「『キッシンググラミー』だって」
「うわ、見て。キスしてるわ」
「唇同士を合わせる時は、闘争している時……」
「こいつら、戦ってるの!?」
「キスをして戦うなんて、平和な魚だね」
「押し合ってるわ」
「平和にいこうよ」

 ドロシーがブーツをとんとん、と鳴らすと、急に魚達が唇を合わせるのをやめて、距離が離れた。二匹の争いは魔法によって終わったようだ。

「あっちも見ようよ。テリー」
「ん」

 小魚が集団行動している。

「大きな魚に見えるわ」
「大人数で来る奴らはたいてい危険だよ。人魚もね」
「……人魚に恨みでもあるの?」
「まあ、……昔、ちょっとね」

 水槽のトンネルに入ると、泳いでいたシロクマがテリーをじっと見つめ始めた。不思議そうな目をしている。

「……何よ」
「こら。睨まないの。この子は君のことを珍しいほど目つきの悪い人間だと思って観察してるだけなんだから」
「このシロクマ! 見世物じゃなくってよ!」

 ペンギンの兄弟が泳いでいる。
 マンボウが膨らんだ。
 暗いエリアに入った。深海魚だ。

「……綺麗」

 テリーがその光景に見惚れる。暗いのに、深海魚が灯りを灯している。他にも明るすぎないランプがあちこちを灯し、その道に沿って歩いていく。
 大きな水槽。大きな深海魚が泳いでいる。

「深海魚ってどうして形が歪んでるのかしらね」
「地下に住んでる化石みたいなものだからね」
「あんたと比べて、どっちが長生きしてるのかしらね」
「同じくらいじゃないかな」
「……」
「冗談だよ」

(……冗談に聞こえない)

 テリーがそっと手を伸ばしてみる。

(……だめかしら)

 暗いし、足元が見えないし、

(……自然と……)

 手を伸ばしては、引っ込める。

(……からかわれそう……でも……)

 また手を伸ばすが、

(あ、ここは明るい)

 手を引っ込ませ、ランプが過ぎてから、また手を伸ばす。

(あ、なんか、深海魚がこっち見てる気がする!)

 テリーがまた手を引っ込ませた。

(……もういい)

 そう思った直後、ドロシーに手を掴まれた。

「っ!?」
「ふらふらしすぎ」

 ドロシーに睨まれる。

「君ね、他にも人がいるんだよ。ここは君だけの道じゃないことを自覚して」
「……そんなのわかってるわよ。暗いのよ。ここ」

(て、て、て、てぇええええええ!!!)

 テリーが目を瞑る。

(手、握られてるぅうううううう!!!!)

 指を絡ませたら、憧れの恋人繋ぎになる。

(し、したい! 恋人繋ぎ! 今なら、出来る気がする!)

「そうだ。ドロシー、恋人繋ぎって知ってる?」
「何? 指絡めるやつ?」
「そうよ。せっかくだからしてあげてもよくってよ?」
「あー、……はいはい」

 指が絡まった。きゅっと握ってみる。

(こ、これが、恋人繋ぎ!!)

 憧れの夢が叶って興奮するテリーの横で、ドロシーが水槽を見れば……深海魚達がにこりと微笑んだ。

 ――ずいぶんと久しい顔を見たと思ったら、デートかい? ドロシー。
 ――手を繋げてすごく嬉しそうにしているよ。素直な子だね。
 ――大切にするんだぞ。

「うるさいな。ほうっておいてくれよ」
「ん? なんか言った?」
「テリー、あれ見てごらん。君を食べようと狙っているよ」
「え!? 何よ! あたしはおいしくないわよ! こっち見ないで!」

 ――そんなことしとらんわい。

(お返しさ)

 むっとする深海魚に、ドロシーが小さく笑った。


(*'ω'*)


 間食はどうする? Aセット? Bセット?

「あたし、サンドウィッチ」
「僕、魚肉のホットドッグ」
「……何それ。おいしいの?」
「魚肉だからね。おいしいんじゃない?」

 正面同士に座る。テリーはサンドウィッチ。ドロシーは魚肉のホットドッグ。テリーが瞳を輝かせた。

「ねえ、おいしいの? それおいしいの?」
「あげないよ」
「……」
「……ジョークだよ。半分こしようよ」
「……よくってよ」

 サンドウィッチとホットドッグを交換する。同時に口に含んでみる。

「……美味」
「やっぱり魚は美味いね」
「……美味……」

 デザートもいかが?

「プディングもあるなんて、気が利く水族館だわ」
「テリー、少し食べる?」
「ん」

 ドロシーが小さなスプーンでソフトクリームを取り、テリーに向ける。

「はい」
「ん」

 はむっ、と口に含めば、甘さが広がる。

(……濃厚……)

「プディングもちょうだい」
「はい」
「ん」

 ドロシーが口の中でプディングを堪能する。テリーも食べようとして……気がついた。

(これは、間接キス!!)

 プディングを取り、ごくりとつばを飲み込む。

(い、いただきま……)

 飛んできたコウモリがスプーンごと奪った。

「っ」
「あ」

 コウモリがぱたぱたと飛んでいった。テリーとドロシーが顔を上げて、飛んでいったコウモリの方向を見た。

「……」
「物を奪うのはカラスの仕事だと思うんだけど……コウモリだったね」

 ドロシーが笑いながらテリーに言って、静かにコウモリを睨んだ。

(こら)

 ――ドロシー! これでスプーンがひとつになっちゃったね! きーきゅるるる!

「はーあ。もう」

 ドロシーがスプーンをテリーに渡した。

「はい」
「え」
「僕はアイスだから。いらない」
「……ありがとう」
「どういたしまして」

 今の今まで使っていたドロシーのスプーンを使って、プディングを取り、口に含む。

(……甘い)

 この甘さはプディングだろうか。それとも、

(……)

 胸がときめくのを感じ、テリーは食べることだけに集中する。コウモリを睨み、ため息をつき、――正面で自分のだったスプーンに唇をつけるテリーを見て、ドロシーはゆっくりとソフトクリームを舐めた。


(*'ω'*)


 思ったよりも堪能してしまった。あっちこっち見て回っていたら、いつの間にか日が落ちかけていた。見れても、あと一箇所で終わりだろう。

「ラストはここよ」

 クラゲの形の観覧車。

「ドロシー、ほら、乗って。夜景が綺麗なんですって。早く乗れ」
「わかった。……押さない。……押さない。……だから、押すなって!」

 扉を閉め、観覧車がふわりと浮かぶ。どんどん空に向かって上っていく。窓からは落ちかけた夕焼けと、町の景色が見える。

(……綺麗)

 空に近づいていく。

「……あんた、いつもこれくらいで飛んでるの?」
「……そうだね。これくらい」
「じゃあ、この景色も見慣れてるのね」
「まあね」
「……少しうらやましいわ」
「見飽きたらつまらないものさ」
「あんたはそうでも、あたしはなかなか見れないもの」

 とても美しい夕焼け。

「夕飯は何かしらね。お腹空いたわ」
「帰る前にお土産を買っていこうよ」
「ああ、……忘れてた」
「クッキーなんていいんじゃないかな。量も多いし」
「……そうね。魚のクッキーとかありそう」

 正面を見れば、夕日の光に当たるドロシーが目に入って、思わずテリーが硬直する。緑の瞳は宝石のように輝き、その視線は自分に向けられている。はっとして、慌てて目を逸らす。

(……見られてる)

 なんでもないように振舞って、景色に目を向ける。

(視線を、感じる)

 猫独特の目力を感じる。見られてる。

(……ひょっとして、顔になんかついてる?)

 ゆっくりと頬に触れてみる。

(何も、ついてないと思うけど……)

 ドロシーが緑の目をくるんと回し、――突然、観覧車が止まった。

「へ!? 何!?」

 テリーがぎょっとして上を見上げると、放送が流れた。

『ただいま、機械トラブルの関係で観覧車が止まっている状態です。しばらくお待ちくださいませ』
「……」
「機械トラブルか。……落っこちたりしないから大丈夫だよ」
「……」
「……こっち来る?」
「はーあ! しょうがないわね! 怖いなら怖いって素直に言いなさいよ! しょうがないわね! まったく!」

 テリーがぶつぶつ言いながらすぐさまドロシーの横に移動した。肩同士がくっつく。

「「……」」

 会話はしない。

「「……」」

 ドロシーは窓を眺め、テリーも反対の窓を眺める。

「「……」」

 ――ドロシーの手がテリーの手の上に重なった。

「っ」

 テリーが振り向いた。ドロシーは景色を眺め続けている。

「……」

 テリーが手の平を上に向け、ドロシーの手と合わせ、握ってみる。……指が絡んだ。

「……」

 テリーがドロシーの肩に頭を置いてみた。ドロシーは何も言わない。

(……獣の匂いがする)

 猫の匂い。

(……この匂い、嫌いじゃない)

「……今日は楽しかった?」

 ドロシーの言葉に、テリーが無言のまま頷いた。

「そっか。それならよかった。気は晴れた?」
「……その言い方、まるであたしがわがままを言ったみたいじゃない」
「僕は行きたいなんて言ってないけど?」
「……」
「睨まないの」
「……」
「……はいはい。僕も楽しかったよ。なかなか悪くなかった」
「……」
「……本当だよ」
「……あ、そう」

 テリーが、すり、と頭を寄せ、瞼を閉じる。

(……ドロシーの体温を感じる)

 あたたかい。

(……なんか、久しぶりに二人だけになれた気がする)

 屋敷には使用人もいて、メニーもいて、家族もいる。部屋で行為を行っている時、鍵はしているものの、いつ誰が入ってきてもおかしくはない。だからいつまでもドロシーは猫のまま。

(でも、ここは……)

 邪魔者はいない。

「……」

 顔を上げれば、緑の目と目が合った。

(あ)

 見られてた。

(目が合った)

 ドロシーが近づく。

(あ)

 唇が、

(……あ……)

 唇同士が優しく重なる。

(……ドロシー)

「……はっ……」

 一旦離れて、角度が変わる。

「ん」

 またくっつく。

「……っ」

 ドロシーの唇を堪能する。

(……もっと……)

 ドロシーとのキス。

(もっと、……もっと……)

 キスをすれば、愛されてるような気がして。
 唇を合わせたら、愛が増える気がして。

(もっと、もっと、もっと……)

 唇が離れる。

(あ、やだ、もっと……)

 顎を掴まれる。

「テリー」

 緑の目に見つめられる。

「この後、どうしよっか?」
「え?」
「水族館の近くにホテルがあったよね。ゆっくり出来そうな場所だった」

 ドロシーがポケットから何かの鍵を取り出し、あたしに見せた。

「ねえ、僕達、泊まりに来たんだよね? そんな気がするんだ」
「……ママに連絡……」
「君、泊まりに出かけるって言って出ていかなかったっけ?」
「……魔法かけたの?」
「企業秘密」
「……」
「……今夜はどうする?」

 ドロシーが耳の中に声を響かせる。

「痛くする? それとも、……恥ずかしくする?」
「……優しいのがいい……」
「……ん。わかった。注文通りに、……すっごく優しくしてあげる」

 ドロシーがにんまりと口角を上げると、ようやく観覧車が動き始めた。


(*'ω'*)


 柔らかなベッドの上で、ドロシーが唇を重ねてきた。

「……ん」

 優しく優しく唇に触れる。

「ふぇっ……」
「口開けて」
「……は……」

 ゆっくりと舌が絡んでくる。

(熱い……)

 優しい。

(あ!)

 ドロシーの手がテリーの着ていたシャツのボタンをすべて外していた。そのままゆっくりと脱がしていく。

(……っ)

 スカートのホックが外される。

(あっ)

 脱がされる。

「……」

 ドロシーが上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、パンツを脱ぎ、ぽいと投げ捨てた。

(……)

「……猫も下着つけるの?」
「こっちのほうが燃えるだろ?」
「……そうかしら」
「見てたらわかるよ」

 ドロシーがテリーのキャミソールを脱がした。ドロシーとお揃い。ブラジャーとぱんつのみの姿。こうなると、興奮から鼓動が早くなる。テリーのブラジャーのボタンが前についているものだと気付き、ドロシーが口を寄せてきた。

「っ」

 ボタン部分を咥える。

(あ、そ、それ、だめ……)

 ドロシーがテリーの腰を掴む。

(なんか、いけないことをしてるみたい……)

 その口でブラジャーが外されたら、胸が丸見えになってしまう。

「は」

 思わず声が出てしまう。

「恥ずかしいのは、やだ……」
「……大丈夫。優しくするから」

 ドロシーがボタン部分を咥え、器用にも外してみせる。

(あっ……!)

 胸が飛び出る。

「……っ」

 ドロシーの手がゆっくりとブラジャーの紐を下ろし、首にキスを落とす。

「あっ」

 ぴくりと肩が揺れる。

「……」

(ドロシーの匂い……)

 体温を感じていると、肩を優しく噛まれる。

「んっ」

 歯で咥えられる。

「……ドロシー、……痛いのは……」
「痛くしないから」

 頭を撫でられる。

「大丈夫」
「……」

 テリーがドロシーに抱きついたまま、肩の力を抜かせた。

(……落ち着く)

 ドロシーがすりすりしてくる。

(……こういうところが猫なのよね)

 背中をとんとん叩くと、ドロシーもあやすように頭と背中を撫でてくる。

(……気持ちいい……)

 ゆっくりと押し倒される。

「あっ」

 視界がドロシーで覆われる。ドロシーに閉じ込められる。

(……)

 ぞくりとして、胸が高鳴り、潤んだ瞳で見つめれば、緑の瞳がゆっくりと近づいてくる。

 ちゅ。

「……ん」

 ちゅ。

「……はぁ……」

 ちゅ。

「……んん……」

 優しいキス。
 ゆっくりと、優しく、怖がらせない。
 恥ずかしいのも、痛いのもない。

(……優しい……)

 ドロシーの手がテリーの胸を掴み、ゆっくりと動かし始めた。

「あっ……」

 手が熱い。

「……ドロシー……」
「気持ちいい?」
「……ん……」
「そう」

 鼻同士がひっついた。すりすりされる。指がゆっくりと胸を揉む。優しさと温かさで、感じてきてしまう。

「あ……あ……あ……」

 またドロシーに首を噛まれる。今度は少し痛い。

「んっ!」

 しかし、痛さの後に優しさが待っている。噛んだ場所にドロシーがキスをした。

「……はぁっ……んんっ……」

 舌が伝う。

「はぁっ……! はぁっ……!」

 舌になぞられたら、鼓動が速くなる。

「はあ! はあ! はあ! はあ!」
「テリー、ゆっくり呼吸して」
「む、無理……」
「ゆっくりだ。いいね」
「はぁ……! はあっ! ……はあ……」
「そうそう。上手」

 テリーがドロシーにしがみつき、呼吸を整えていく。

(なんか、体が変……)

 ドロシーに触られるたびに、興奮していく。白い指に触れられたら、

「んっ、あっ……、はぁ、……あっ……」

 そんなふうに、優しく撫でられたら。

「ドロシー……」
「……そんな声出さないの。君が猫なら、今頃オス猫にレイプされてるよ」
「……っ」
「テリー、僕のブラジャー外してよ」
「……ん……」

 後ろに留められたホックを外してみせる。

「そうそう。良い子だね」

 胸と胸がくっつく。

(……ドロシーの胸……)

 よそ見をしている暇はない。ドロシーがついばむようなキスを繰り返してくる。

「ふんん、ん、ふぅ、む……」
「……ね、どうする?」
「ん……」
「今日は舐める? 指でする?」
「……な」

 テリーが蚊の鳴く声で呟いた。

「……なめ、て……」
「ん。いいよ」

 首を舐められる。テリーの体がびくりと跳ねた。今度は鎖骨を舐められる。テリーの体がびくつく。どんどん下へ滑っていく。毛づくろいのように。

「……あ……」

 胸に舌が伝う。

「……っ」

 先端を舐めると、テリーの腰が揺れた。ドロシーの舌がチロチロと動き始める。

「あ……!」

 しっとりと舐める。

「ああっ……!」

 先端はすでに固くなっている。

「ドロシー……!」
「舐めてほしいんだろう?」

 ドロシーがにんまりとしている。

「大人しくして」
「……んんっ……」

 熱い。舐められたら、燃えてしまうように。

(熱い)

 呼吸が乱れる。

(熱い)

 舌が下りていく。

「あっ」

 ドロシーがそこへ顔を埋めらせる。

「ああっ!」

 舌が巻きつく。

「あっ! あぁっ! あっ!!」

 舌が動く。

「やっ! ドロシー! ドロシー……!」

 舌で突かれたら、息が止まる。奥に舌が入ってきたら、胸がまた高鳴る。それがドロシーの舌であれば、たまらなく興奮してしまう。

「だめっ、それ、あっ、だめ、ひゃっ、あっ、いやっ!」

 チロチロ。

「はず、かしいこと、は、なしって、言った、のに!」

 チロチロチロチロ。

「い、いじ、わる!」

 チロチロチロチロ。

「あ、あ、あぁ、あっ、あ、ひゃっ、やっ、あっ……!」

 イキそう。
 一人で気持ちよくなってしまいそう。

(ど、ドロシーと、一緒に……)

「ドロシー、ま、待って、い、っかい、すとっぷ……」

 チロチロチロチロチロチロ。

「んんんんんっっ……!!」

 足が震える。
 呼吸がさらに乱れる。

「やっ、やだっ、ドロシー、こんなの、やだっ、ドロシー……!」

 腰を引こうとすれば、ドロシーに腰を掴まれていて、動けない。そのまましゃぶりつかれる。

「あっ、も、イク! イク! イクぅ! いっ……!」

 ――……っ。

 テリーが脱力した。

「……」

 肩から呼吸を繰り返す。

「……」

 ようやく顔を上げて、ぺろりと唇を舐めるドロシーを睨みつけた。

「……意地悪……」
「気持ちよかったくせに」
「……一緒に……」
「ん?」
「……何でもない……」
「……テリー、おいで」
「……ん……」

 上半身を浮かせ、ドロシーに抱きつく。ドロシーがテリーの首にまたキスをした。

「んっ」
「次から優しくするから」
「……絶対よ……」
「……はいはい」

 鼻がくっつく。唇はつかない。

「……しないの?」
「……したら、君の味がするよ」
「……別にいい」
「そう。それなら」

 唇が重なる。ドロシーの口の中から、変な味がする。けれど、これも愛。唇はくっついてる。それだけでテリーは嬉しい。

 ドロシーの手が優しくテリーを撫でた。

(……)

 ドロシーの手が優しくテリーに触れる。

「……ん……」

 ゆっくりと、慎重に。

「はぁ……あっ……」

 そこはすでに濡れている。ドロシーの手が伸びた。優しく触れて、確認する。

「……もう出来そうだね」
「……早くきて……」

 テリーの声に、一瞬ドロシーが硬直した。赤い頬に、見つめてくる潤んだ瞳。乱れた息。自分が脱がして生まれたままになった姿。これを見て、食わぬ女子がいるだろうか。いや、……食わぬ猫がいるだろうか。

 ドロシーの足とテリーの足が絡まった。

「ひゃっ」

 片足だけ持ち上げられる。まるでエクササイズのポーズ。ベッドに膝をつくドロシーが腰を揺らした。

「あんっ」

 思わずテリーから声が漏れる。また、ドロシーが腰を揺らした。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……!」

 すりすりされたら、すりすり擦れて、その擦れた感覚が、

(だめっ)

「あっ……!」
「早い」

 揺れる。

「あっ、やっ、あたし、イッてる、のに!」

 揺れる。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ……」

 すりすり。

「んん、んんん……!」

 すりすりすりすりすりすり。

「んんんんんんんんんんん!!」

 ちゅちゅちゅちゅちゅちゅ。

「あ、ドロシー、これ、あ、やぁ! あっ、また、イクっ! またぁ! あっ! いやぁ!」

 ちゅん!

「ぁああああぁああ……!」

 じゅじゅじゅじゅ。

「あっ! らめっ! はげしっ! やっ! それ、あんっ!!」

 じゅ! じゅ! じゅ! じゅ!

「あっ! こわれる! 壊れちゃう! も、あたし、壊れちゃうぅ!!」
「なに、いって、んだか!」

 唇が重なる。

「んっ」

 それだけは、とてつもなく優しくて。

(こんな、キス……)

 甘くて、とろけそうで、

 なのに、行為は激しくて、いつまで経っても意地悪で、

(あっ! だめっ! また! イキそう!)

 コリコリ当たるところが気持ちよくて。

(イク! ドロシー! イク! イク! イク! ドロシー!!)

 緑の目が光った気がした。

 ――いいよ。イッて。
 ――一緒に、イこうよ。

「はぁっ! ドロシー! ドロシー……!」
「……テリ……っ……」
「あっ、もっ、あ、ああ、ああああ……!!」

 甘い声は響く。
 甘い汗が滴る。
 甘い唇が降ってくる。
 甘い吐息が当たる。
 甘い抱擁が待ってる。
 甘い時間が訪れる。
 とろけた瞳を向ける。
 とろけた緑の目が返事を返す。
 また唇が近づいて、

 脱力している二人が、交わり合う。


(*'ω'*)


 泡風呂に浸かれば、体全身が脱力する。

(ふはー……)

 テリーもドロシーも伸び尽くす。

(いいわー……)

「……運動後のお風呂は体に染みるもんだね」

 テリーがドロシーを睨んだ。

「……何?」
「別に」
「別にって顔じゃない」
「……だって」

 むくれてる。

「優しくするって言ったのに」

 テリーがドロシーから顔をそらした。

「嘘つき」

(……嘘じゃないよ。優しくするつもりだったんだよ)

 仕方ないだろ。

(煽ったのは君じゃないか)

 あんな目で、あんな姿で、見上げられてごらんよ。

(……テリー如きに翻弄されるなんて、……らしくない)

「機嫌直しなよ。この後、パフェでも注文しよう」
「……チッ!」

 テリーがドロシーの肩に頭をつけた。不機嫌でも甘える時は甘えるらしい。

(まるで猫だな)

 ドロシーが濡れた手でテリーの頭を撫でれば、大人しくなる。

(素直な子だね。君は)

 ちらっ、と横目で見れば、テリーの胸が泡風呂に埋まっている。見えない。ドロシーの心が少ししゅんとなった。

「……」
「……ドロシー」
「ん?」
「次は、……あんたのリクエストに答えるわ。……どこ行く?」
「……またどこか出かけるの?」
「あのね、猫はずっと眠りっぱなしなんだから、運動は大事なのよ。あたしはね、お前の散歩に付き合ってあげてるの。
「はいはい。お散歩ね。はい。そうですかー」
「……ね、どこかないの? 行きたいところ」
「……」
「……。……その……、……二人で……出かけたい、……ところ……とか……」

 その瞬間、ドロシーは思った。風呂から上がったらまたしよう。そうしよう。

(あのさぁ)

 僕が君のことをそうじゃないように見せてるけど、何よりもすごくとてつもなく大好きだってこと、自覚してるのかね。
 君が望むなら、どこにだって行くよ。

 誰も知らない世界の果てまで、さらっていくよ。

(……)

 なんてね。
 ドロシーは猫のいやらしい笑みを浮かべる。

「……また暇な時にでも考えておくよ」
「そういう時って大抵動かないのよね。お前」
「うるさいな。いいじゃないか。……良いところを探しておくよ」
「……また泊まる?」
「……嫌?」

 テリーが小さく首を振った。

「そう。なら」

 ドロシーが微笑み、顔を近づかせる。

「いいよ。どこか行こう。二人で」

(……あ)

 甘いキスをされる。

(……これは、優しい)

 この雰囲気が好き。テリーが緑の瞳を見つめる。

(……こっちのほうがいい)

 意地悪よりも、優しくされたい。こいつは能天気で辛辣すぎるから。本当に自分のことが好きなのかどうかもわからない。だけど、お湯の中で重ねてくる手を感じれば、もう少し信じてもいい気がしてくるから、今は、まだキスを堪能する。

「……ドロシー」
「ん?」
「あのね」

 甘えた声を出してみる。

「……このまま、今日は優しくして……?」

 ドロシーの心臓がびくん! と飛び跳ねたが、顔には出さない。猫って、そういうものだ。ドロシーは内なる心を隠して、余裕にほくそ笑むだけ。

「……仰せのままに。お嬢様」

 そして、最愛のテリーの顎を掴み、――やっぱり、乱暴に唇を重ねるのであった。




 猫と散歩 END
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