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キッド
低気圧な日々
しおりを挟む雪ばかりが続く。今日も雪。なんだか頭痛がしてくる。気がつけば雪。晴れてるけど胸がもやもやする。今日は雪。湿気が多いとビリーが言ってた。雨かと思いきや、雪だ。
雪がしんしんと降り続く。
(だる……)
ベッドから抜け出せない。
(……)
クッションを抱きしめてみる。違う。あいつはもっと固い。枕を抱きしめてみる。そうそう。こんな感じの安心感がある。シーツに潜ってみる。ああ、この中で二人で丸くなっていたい。
(テリー)
ハロウィン祭の時には、この家にいただなんて。
(テリー)
想いは募っていくばかり。
(会いたい)
なんでこういう時に限って暇なんだろうな。
(10月はクソみたいに忙しかった。最近くらい何もなければ、もっとテリーの側にいられたのに。父さんのせいだ。祭りなんかやろうって言うから)
もっとこの胸の中に閉じ込めて、二人だけの世界に耽っていたのに。
(……くそ)
気だるい。体が重い。
(あー)
ごろんと寝転がる。その先には壁。ここにテリーがいたらどうだっただろうか。
(確信が持てる。俺はテリーと丸くなって寝てただろうね)
抱きしめたい。
会いたい。
声が聞きたい。
あのひねくれたにらみ顔が見たい。
(テリー)
目を瞑ればいる気がした。
(テリー)
こんな時でも三代欲求が。ムラムラしてくる。仕方ないよ。だって健全な18歳だもん。
(……しよ)
睨んでくるテリーを思い浮かべながら、キッドがシーツの中に潜った。
(*'ω'*)
バレないように変装して、城下町を歩き回る。何か変わったことはないだろうか。ああ、そうだ。そろそろ帽子を買いに行こう。アリーチェは店にいるかな。お菓子でも持っていけば、喜んでくれるかもしれない。
(……ん)
その瞬間、キッドのテリーセンサーが反応し、髪の毛が一本、ぴんと立った。
(この気配は!)
にやりとしてそっちに向かえば、確かにいた。妹を隣に引き連れて。
「メニー、いいこと。動物の観察は癒やし効果にも繋がるのよ。あたしはね、メニー、癒やし効果が本当に適用されるかどうか試しているの。決してねずみを好きで見てるわけじゃないのよ」
「お姉ちゃん、飼うの?」
「飼わないわよ。こんなみすぼらしい汚いねずみなんて。飼うわけないでしょ。何がいいのよ。あたしを見てくるつぶらな瞳を、愛くるしいなんて思ってないんだから!」
(ああ、いたいた)
またねずみを見てるのか。あいつは。
(飼えばいいのに)
「あ、動いた! メニー! ねずみが動いたわ! 見て! 尻尾を振ってる! あたしに、なにか言いたげだわ! お腹が空いてるみたい!」
「お姉ちゃんってねずみの気持ちがわかりそうだよね」
「はあ? わかるわけないでしょう? このねずみがチーズを食べたがってるなんて、あたし、そんなの知らないんだから!」
「お前が飼って食べさせてあげたら?」
「貴族令嬢がねずみなんて、飼うないでしょうが!」
テリーが振り向く。その先にはにこりと笑うキッド。テリーがきょとんとして、ひゃっ! と悲鳴をあげて、メニーを背中に隠し、すさまじい睨みをキッドに向けた。
「現れやがったな! この巨人!」
「巨人はソフィアだろ」
「こんにちは、キッドさん」
「こんにちは、メニー」
にこりと笑えば、メニーもにこりと笑う。中では笑顔かどうかは知らないが。
(残念だけど、用があるのはメニーじゃないんだな)
小さな婚約者を見下ろす。
「ね、テリー。ここで何やってるの? 散歩?」
「なんだっていいでしょ。買い物よ」
「馬車もなしに?」
「馬車ならあるわ。向こうに」
「なるほど。家族で買い物してて、時間が余ってたから暇を潰してたんだ」
「見てたの!?」
(すごい。合ってたのか)
あー。テリーの背中にいる女の子からの睨みが今日もすごいなー。にこにこ笑いながらよくそんな目が出来るよな。
(君はテリーの何なのかな?)
ただの妹だろ?
(残念。俺は、婚約者)
テリーの手を握りしめる。
「テリー、5分だけ時間ちょうだい」
「あ?」
「ね。お願い」
引っ張ると、簡単にテリーが引っ張られていく。
「ちょ」
「おねがーい」
「おまっ」
「お願い、お願い」
「メニー!」
「お願いお願いお願いお願い」
「お願いじゃなくて、これ、強制……!」
「ちょ、キッドさん、お姉ちゃ……」
キッドが指を鳴らすと、ダンスチームが現れた。
「そーい! そーい!」
「どっこいしょー!」
「あわわわわ!」
「あーーー! メニーが上半身裸の男たちに囲まれたーーー!」
「大丈夫大丈夫」
「メニー! 大人しくしてなさい! すぐに戻るから!」
「大丈夫だよ。5分だけだから」
「あんたね!」
テリーが路地裏に引っ張られた。
「ぎゃっ!」
建物の裏に進んでいく。
「ちょ、てめ、どこまでい……!」
キッドがテリーを抱きしめた。
「むぎゅ!」
(ああ)
やっと、落ち着いた。
静かな路地裏。
静かな風。
静かな曇り空。
唯一、静かじゃないテリーが胸を叩いた。
「くたばれ!」
「はいはい」
抱きしめれば、愛おしくなる。
「何の用よ。お前、城にいるんじゃないの?」
「今月に入ってから俺の仕事がなくてね」
「あ、そう」
「会えてよかった」
キッドがきつくテリーを抱きしめる。
「会いたかった」
「……誰にでも言ってるんでしょ」
「テリーだけだよ」
信用ないな。過去の行動が悔やまれる。
「俺にはテリーだけ」
ぎゅっと締め付ければ、テリーが大人しくなる。
「……」
テリーが何を思ったのか、ちらりとキッドを見上げた。
「……なに?」
「ん?」
「どうかしたの?」
「んー」
「……まさか!」
テリーが目を見開いた。
「ビリーの体調が悪いの!? ああ! なんてこと! すぐにお見舞いに行かなきゃ!」
「違う」
「……まさか! リトルルビィ!? ああ! 何かあったのね! あの子ったらいっつも世話が焼けるんだから! 今行くわ!」
「違う」
「……ソフィアに、とうとう彼氏ができた!?」
「違う」
「……じゃあ、何よ。なんでそんな顔してるのよ」
「顔?」
「お前の顔よ」
テリーが手を伸ばし、そっと、キッドの頬に触れた。
「すごく寂しそうな顔してるから」
キッドがきょとんと瞬きした。テリーがそれを見て目を逸らした。キッドの口角が自然と上がっていく。そうそう。これこれ。これだよ。この感じ。
「それはね」
この胸がいつまでも高鳴って鳴り止まない感じ。
「ずっとテリーとこうしたくて、やっと出来たから、安心してるんだ」
「くたばれ」
「心配してくれたの?」
「心配なんてしてない。そんなことだろうと思ってた。ほら、退いた」
「まだ5分経ってないよ」
離さない。
「テリー」
「ちょ」
離さない。
「やだっ」
「誰も見てないから」
その唇にキスを。
「っ」
テリーが胸を押してくる。だったらキッドは位置を逆転させて、テリーを壁に押し付ける。
「んっ!」
閉じ込められたテリーにはなすすべはない。ひたすら、甘いキスをされる。
「……はっ……!」
「鼻で息して」
口を塞げば、生意気な声。
「離して!」
「やだ」
抵抗なんて無意味だ。
「あっ……」
その唇を塞ぐ。
そうすれば、ようやく心が落ちつく。
そうすれば、ようやく安心する。
(テリーの唇)
塞ぐ。
(テリーの)
塞ぐ。
(テリー)
テリーしか見えない。
キッドの脳内はテリーで支配される。
狂っていく。
「……もう5分だ」
手を離した。
「じゃあね。テリー」
頭に手をぽんと置いて、キッドがその場から離れていく。ダンスチームと共に、去っていった。メニーは急いで路地裏に走った。そこには、腰を下して、顔が赤くなったテリーが座り込んでいた。
「お姉ちゃん!」
「…… 」
「大変! お姉ちゃんがゆでだこになってる!」
(……あの腹黒……!)
あんな顔であんなキスされたら、
(……くそ……)
胸のドキドキがどうしても止まらない。息を止めたからだ。きっとそうだ。呼吸困難になって、空気を求めてるんだ。そう思って、テリーはゆっくりと鼻呼吸を始めた。
一方その頃、キッドは唇の感触を思い出していた。
(やわらかかった)
テリーの唇。
(可愛かった)
テリーの声。
(エロかった)
テリーの顔。
(……ああ、あのまま誘拐すればよかった)
誘拐して、誰にも見つからない場所にテリーを隠して、幸せに暮らすの。
(なんて、素敵なんだろう)
夏になればテリーの誕生日がくる。夏になれば、彼女は15歳となる。
(15歳になれば)
結婚ができる。
にた、とキッドの口角が上がる。
「テリー、愛してるよ」
口から吐いた声が、どこから吹いてきた風に呑まれて、消えていった。なんだか、春が近づく匂いがした気がした。
低気圧な日々 END
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