おとぎ話の悪役令嬢のとある日常(番外編)

石狩なべ

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ソフィア

図書館司書の同棲相手(1)

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 もしもおとぎ話の世界が現代だったら(*'ω'*)
 ソフィア(29)×テリー(19)
 大学の図書館で働く司書と学生のCP
 ――――――――――――――――――――










 亡くなった両親を妬んでいた金持ちの知り合いに、借金があるとずっと騙されていた。

「ソフィアちゃん、いい加減にやってみないかな? この仕事、結構お金になるんだよ?」

 ソフィアは無視した。
 好きでもない男に体を売る仕事をするくらいなら、盗みでどうにかした。

「ソフィアちゃん、バレたらもう終わりだねぇ」

 分かってる。自分の手はすでに汚れてしまった。

「ね、盗みなんかやめてさ、裏のキャバクラにでも」

 声がうるさくて、ヒールで足を踏んだ。

「いって!」
「何しやがるんだ! この女!」

 逃げた。もう嫌だと思って走った。裸足になって、もう解放されたいと祈って、どうして自分ばかりこんな目に遭うんだと思って、逃げて、走って、撃たれて、血が出て、それでも逃げたくて、無理矢理暗闇を進んでいたら、

「っ」

 道に出た瞬間、夜道を歩く少女と目が合って、その時、思った。




 天使が迎えに来たんだと。














 ――雪が積もった白一色の世界。寒い冬の季節。温かい図書館で学生達は暇を潰す。

「ソフィアさん!」

 大学生達は、今日も美しい司書に瞳を輝かせる。

「この後お暇ですか!?」
「仕事です」
「よかったら僕とご飯に……!」
「返却は一週間後です」
「やあ! その、前からソフィアさんのこと、素敵だなって思ってて!」
「返却は一週間後です」
「ソフィアさん!」
「返却は一週間後です」
「ソフィアさ」

 ――バーン!!!! とカウンターに本が叩きつけられた。髪の毛がふわりと揺れ、くすすと、ソフィアが笑って顔を上げた。

「こんにちは。お嬢様」

 自分に向けられる強い眼差し。

「返却は一週間後です」
「チッ」

 名家のベックス家の次女であるテリー。
 トゲのある令嬢に、周りが五歩ほど引いた。ソフィアが本を差し出す。

「どうぞ」
「遅い」

 テリーがソフィアに唸るように言った。

「こののろま女が」

 本を持ってさっさと図書館を出ていく。男達がテリーの背中を睨んだ。

「なんなんだ。テリー・ベックスめ!」
「俺達のソフィアさんに酷いことを!」
「ソフィアさん! 大丈夫でしたか!?」

 ソフィアは仕事に戻る。書類にチェックを記しながら、頬を緩ませる。

(……嫉妬してた)

 くすす。

(可愛い。テリー……)

 早く部屋に帰って、この腕に閉じ込めてぎゅっと抱きしめて、甘やかせたい。

(私の天使)

 ソフィアが俯きながら、へにゃりと頬を緩ませた。



(*'ω'*)




 仕事が終わり、ソフィアがマフラーを撒いた。

「お先に失礼します」
「コートニーさん、お疲れ様です」

 事務所に残っていた同僚に挨拶をして、タイムカードを切った。大学を出ると、外では雪が降っていた。

(……)

 マフラーを口元まで持ち上げ、ブーツの音を鳴らす。ソフィアがスマートフォンを出し、チャットアプリを弄る。

 ――終わったよ。今から帰るね。

(テリー)

 自然と足が動く。

(テリー)

 大股になっていく。

(テリー)

 スキップをするように軽やかになっていく。

(テリー)

 用意してもらったマンションに帰る。

(早く)

 会いたい。
 会いたい。
 会いたい。

(テリー)

「ただいま」

 涼しい顔で部屋に入る。

「はあ。寒かった」

 呟きながら歩けば、キッチンから鍋を煮込む音。

「……」

 覗けば、テリーが鍋に向き合っていた。

(テリー)

「何作ってるの?」

 近づいて、後ろから覗く。

「うるさい」

 そうすれば、可愛い声が叱り付けてくる。

「今夜はシチュー?」
「見て分からない? お前の目は節穴なの?」
「くすす。ごめんごめん」

 テリーの横顔しか見てなかった。

「……」

 そっと、テリーの頬にキスをしてみる。唇がくっついた瞬間、ぴたっ、とテリーが止まった。唇を離すと、テリーの体全体がわなわなと震え始める。

「……」
「ね、テリー」

 なんでもない顔をして、耳元で口説く。

「今夜、一緒に寝ない?」
「……」
「……寝る?」
「……今、生理だから」
「寝る?」
「……今夜、なんか、寒いから」
「うん」
「……寝てあげても……よくってよ……」
「私の部屋でいい?」
「……ん」
「うん。じゃあ、それで」
「……」

 にこりと微笑む。

「手洗ってくるね」

 離れる。洗面所に行けば、キッチンからテリーが悶えて壁を叩く音が聞こえた。

(この音すら恋しい)

 壁、へこまないといいけど。

(疲れが一気に取れた)

 ここには自分を待つ子がいる。
 テリーがいる。
 テリーだけは、自分を必要としてくれる。

(テリー)

 この気持ちはまるで依存。

(テリー)

 この気持ちは恋となった。

(テリー)

 大好きな人といられる毎日。

(……幸せすぎて、おかしくなりそう)

 ソフィアが手をタオルで拭った。




(*'ω'*)



 テリーが毛布を被り、体を震わせた。

「……」
「冬なのにアイスなんか食べるからだよ」

 部屋を暗くして、ソフィアもベッドへ入っていく。ほのかに、テリーの血の匂いがする。

「……お腹痛くない?」
「……この部屋寒い」

 十分に暖かくしたのだけど。

(生理のせいかな)

 傍に寄り添い、手を握ってみる。

「っ」

 驚いて力んだ手は冷たい。

「冷たいね」

 重くないように気をつけて抱きしめてみる。

「ふぁっ」

 テリーから間抜けな声が出た後、それを隠すための尖った声。

「お、重たいじゃない! おどき!」

 ――もっともっとソフィアもっとこれいいソフィア好きもっとぎゅってして。

 テリーの手がソフィアを掴んで離さない。

(……にやけてしまいそう)

 ソフィアがそっと離れて、テリーのお腹を撫でた。

「……痛い?」
「……ちょっと痛い」
「寝るまで撫でてあげるから」
「……」
「おやすみ」

 額にキスをして、優しく優しくテリーのお腹を撫でる。鋭い目つきがどんどんとろんととろけてきて、どんどん甘えたな顔になってきて、どんどん自分を誘惑していく。

「……すぅ……」

 息が深くなっていく。

「……んー……」

 ソフィアの大きな胸にぴたりとくっつく。

「……すぅ……」

 そっと、テリーの髪の毛を梳く。細い髪の毛が指を通る。この髪の毛も愛おしい。存在が、魂が、恋しくて、愛しくてたまらない。

(可愛い寝顔)

 頬を撫でる。

「……ん」

 テリーがふにゃりと頬をゆるませる顔を見て、ソフィアの胸がきゅんと鳴った。

(ああ、その顔だめ……)

 にやけちゃう。

(……好き)


 ――知り合ったのは六年前。悪い奴らから逃げていた先で出会った、当時まだ13歳だった彼女に助けられた。

(前まであんなに小さかったのに)

 テリーの幼馴染みのキッド殿下が経営する大学の図書館で働くようになってから、テリーとの交流はもっと増えた。

(高校生になって、大学生になって)

 今、目の前にいる。

「……」

 肩を撫でて、腕を撫でて、大切に抱きしめる。

(初めて見た時、天使が迎えに来たと思った)

 どうしたらこの子を自分のものに出来るかを考えた。

(第一王子の元で働いてた、という肩書きがあれば、同性であろうが、誰も文句は言わない)

 私の上にはキッド殿下がいる。

(テリーには悪いけど)

 この子を手に入れるために、私はキッド殿下の元についた。

(……君には秘密だけどね)

 いつだいつだとタイミングを見計っていた。中学生のテリーが図書館にやってきて、高校生になってやってきて、大学受験が受かって、高校の卒業式、チャンスが舞い込んだ。

(……まさかOKをもらえるとは思わなかったけど)

 からかいながら遠回しに嘘偽りのない告白したら、そのまま恋人になってしまった。

(同棲まで決まって)

 でも、テリーはとても恥ずかしがり屋だから。

(やっと)

 この間、初めてキスをして、体を重ねた。

(愛おしかった)

 自分を見つめてくる瞳が、
 潤んでいるくせに外さない視線が、
 テリーの瞳が、

(こんなに恋しいだなんて)

 優しく頭を撫でる。

「テリー」

 首筋に顔を埋める。

「テリー」

 キスを。

「テリー」

 獣のように。

「テリー」

 過去に彼氏がいた時は、何度も体を重ねた。愛する彼らと繋がるのはとても嬉しかったし、とても愛おしい気持ちでいっぱいになった。

(けれど、こんなにも胸をときめかせたことはない)

 テリーに触れた分、どんどん愛情が湧いてくるみたい。

「テリー」

 もっと触りたい。

「テリー」

 でも触れたら酷いことをしてしまいそう。君の泣いた顔が見たい。君の笑う顔が見たい。君に触れたい。君に見られたい。

「テリー」

 テリーは、静かに胸の中で眠っている。

「くすす」

 馬鹿な子。

「こんな悪い大人に騙されて」

 心を盗まれて。

「いけない子」

 瞼にキスをする。

(私が、騙されやすいこの子を守らなければ)

 愛しくて、恋しくて仕方ないテリー。

(誰にも奪われたくない。テリーだけは)

 この子だけは、

(誰にも、取られたくない)

 閉じ込めるように抱きしめて、誰にも盗まれないように、ソフィアが静かに眠りについた。



(*'ω'*)



 そんなある日のこと。

「ソフィアさん、あの、相談が……」

 ある大学生の青年が、カウンターに来た。

「テリー・ベックスさんって、どんな子ですか?」

 ソフィアは微笑む。

「あの子、その、悪い子じゃないと思うんです。この間、雨に濡れた猫を拾って、何時間も飼い主になれる里親を探してたみたいで」

 あまりにも友達がいないから、妹のメニーお嬢様にも手伝ってもらっていて。

「それを見てから、その、ちょっと気になっていて」

 青年が微かに微笑んだ。

「ソフィアさん、よく話してますよね? あの、よかったらテリーさんの話を……」
「やめた方がいいよ」

 ソフィアが美しく笑う。

「これ、人から聞いた話なんだけど……私が言ってたって言わないでね」

 テリー・ベックスは夜遊びが好きなご令嬢様でね。
 テリー・ベックスは男遊びの激しいご令嬢様でね。
 テリー・ベックスは人を弄ぶ意地悪なご令嬢様でね。

「傷つけられた人から、何人にも相談を受けたから」

 ソフィアは惑わしの催眠をかける。

「いい子だと思うけど、やめた方がいいんじゃないかな?」
「……そう、ですよね」
「その下のメニーお嬢様はとても良い子だよ。あの子は本当に優しいから、あなたが付き合うなら、あんな子じゃないかな」
「とんでもない。あんな美人な子、僕なんか近づけませんよ」

 だったら近づくな。あの子は私のものだ。

「ごめんね。私もこんなことしか言えなくて。でも、あなたが心配だから」
「……」
「一日くらいなら、延滞しても見て見ぬ振りしてあげるよ」
「……ありがとうございます」

 青年が弱々しく笑い、イメージと違ったテリーにがっかりして去っていく。

(消えろ)

 必要ない。

(あの子には私だけがいれば良い)

 ネズミはいらない。

「テリー、今日は空いてるね」
「ん」

(あ)

 ソフィアが視線を逸らす。入口からニクスとテリーが歩いてくるのが見えた。

「テリー、ここがいい」
「ん」

 二人が座って鞄から課題を取り出す。

「クロシェ教授って美人ですごく優しいのに、どうして提出しなきゃいけないレポートは多いんだろうね」
「あの人は野獣よ。大学生を虐める野獣なんだわ」

(今日も頑張ってるね)

 静かに見守る。

「くしゅん!」

(あ、くしゃみした)

「あっ!」

(あ、ペン落とした)

「……かくんっ」

(くすす。眠そう)

 表情が豊かなテリーは、いつまで見ていても飽きない。

(私のテリー)

 夜になったら、また一緒に寝ようね。

(テリー)

 自分の胸の中で眠るテリーを、いつまでも見ていたくて。

(テリー)

 恋しい。

「やあ、愛しい我が君」
「げっ」

 テリーの頭にキッドの腕が乗っかった。

「あ、キッドさん」
「どうも。ニクス。元気?」
「はい」
「おどき!」
「レポートやってるなんて偉いな。きちんと単位も取れそうかな?」
「理事長やりながらの大学院生のお前に関係ないでしょ!」
「なあ、テリー」

 キッドがテリーの隣の席に座った。

「今晩、リトルルビィの家でお菓子パーティーするんだってさ」
「ん、そうなの?」
「ピザもあるよ」
「ニクス、行く?」
「今日はバイトお休みなんだ。テリーが行くなら」
「行く」
「メニーもいるよ。いつものメンバー」
「アリスは誘った?」
「これから」
「遅いわね。いい。あたしが連絡する」

 スマートフォンをいじると、ソフィアのスマートフォンが鳴った。ソフィアが素知らぬ顔で見てみる。

 ――今夜遅くなる。

 ――了解。

 この返事が大人の対応だ。

 ――行かないで。

(これは、女々しい対応)

 今日も涼しい顔で大人をこなす。束縛しません。自分はいつだって優しくテリーを見守りますという目をして、あの子を迎える。

(束縛したら嫌われる)

「アリスも来るって」
「いいね。先に飲み物買いに行くか」
「賛成です」

 三人が立ち上がり、キッドがふと、ソフィアの視線に気がついた。何かをひらめき、にんまりと笑って、テリーの肩に手を置いた。ソフィアの手がぴくりと動く。

「テリー、なに飲もうか?」
「邪魔」

 三人がカウンターの前に歩いていく。ソフィアの視線を感じたキッドがにやにやして、またテリーの肩を自分に寄せ、軽やかに歩いていく。

「アリス、飲めないものはないの?」
「トマトジュース駄目だって」
「ニクスは?」
「定番のなら」
「オレンジジュースはやめた方がいいぞ。テリーに全部飲まれるからな」
「飲まない」

 楽しそうな会話をしながら三人が去っていく。

「……」

 ソフィアがペンを握りしめる。

(この書類、今日中に終わらせないと)

 手が動く。

(記載して、記載して、記載して)

 キッドの手がテリーの肩を抱いた。

(テリー)

 手が動く。

(テリー)

 手が肩に置かれた。

(あの子は)

 私だけのものなのに。



 ぼきっ。



「あっ」

 ペンが折れてしまった。

「……あーあ」

 インクが書類に染み込んでいく。嫉妬の炎のように。

(パソコンでやろう……)

 ソフィアが肩をすくめた。



(*'ω'*)


 部屋に帰っても誰もいない。

(当たり前か)

 恋しいあの子は、今頃、みんなでパーティーだ。

(大学生だもの。遊ぶのも仕事)

 テレビをつける。面白くない。
 料理をする。一人用。
 掃除をしてみる。いや、朝の方がいいかも。
 テリーの部屋のベッドに寝転ぶ。

(……)

 テリーの匂いがする。

(テリーに抱きしめられてるみたい)

 ここには、テリーのもので溢れている。テリーの座る椅子。勉強机。ベッド。

(ここで寝てるんだ)

 鼠のぬいぐるみが置いてある。

(これを抱きしめて寝てるんだもんね)

 ソフィアがぬいぐるみを抱き締める。

(テリーの匂い)

 このぬいぐるみには染み渡ってる。抱きしめたまま、ごろんと寝返る。

(テリーの匂い)

 あっちも、こっちも、そっちも。

(まだかな)

 帰ってこない。

(今夜は泊まりかな)

 嫌だな。

(早く会いたい)

 抱きしめたい。

(……)

 手を、太ももに下ろす。

(……)

 足の間に挟む。

(……)

 パンツのボタンを外し、チャックを下げた。その中に手を入れる。

「……っ」

 テリーの匂いがする。

「……」

 瞼を下ろすと、テリーが寝ているようで。

(ここは、テリーのベッド)

 指を動かす。

「んっ」

 テリーの匂い。

「……テリー……」

 ――ソフィア。

「……っ」

 指でなぞれば、どんどん気持ち良くなってくる。どんどん溢れてくる。

(テリー)

 ここは毎日テリーが寝ているところ。

(テリー)

 汚れちゃう。

(汚しちゃえ)

 あえてシーツの中にもぐって、そこで、再び指を動かす。

(あっ、テリー……)

 テリーのベッドで、こんなことしてるなんて。

(止まらない)

 だって、テリーに包まれてるみたい。テリーに抱きしめられているみたい。

(あったかい。いい匂い。テリー。テリー。テリー)

 指が中に入っていく。

(テリー……)

 動く。

(テリー)

 あっ。

(いっ……)

 ――絶頂。

(……)

 へたりと、脱力してしまう。

(……テリーのベッドで、しちゃった)

 気持ちいい。
 気持ちいい。
 気持ちいい。

(今夜、テリーはこのベッドで寝るのかな)

 私が絶頂したこのベッドで、あどけない顔で寝るのかな。

(……)

 ソフィアの口角が上がる。

(ああ、だめ)

 汚いものをなにも知らないあの子の顔を見ていると、時々、ものすごく汚いものを見せたくてたまらなくなる。
 手が震えて、理性が必死にそれを抑える。テリーには見せてはいけないと、テリーに目隠しをする。自分は大人だから、素知らぬ顔をしてその汚いものを隠し通す。

 だって、見せたら嫌われちゃうもの。

(テリーは私だけのお姫様だから)

 甘やかせて、甘やかせて、トロトロに溶かして、汚いものは隠し通す。

(テリー……)


 ――突然、ベルが鳴った。


(……)

 ソフィアがむくりと起き上がると再びベルが鳴る。パンツのチャックを上げ、手を洗い、何食わぬ顔で扉を開ける。

「ばーあ!」

 顔の赤いテリーが飛び込んできた。

「っ」
「ソーフィアー」

 すりすりと顔をすりつけられる。

「ソーフィー」

 すりすり。

「んふふふ!」
「……テリー?」

 ソフィアが顔をしかめた。

「……お酒?」
「悪いな。ソフィア」

 ぐったりしたキッドが息を切らしながら壁に腕をつけた。

「別に飲ませる気はなかったんだ。本当だよ。よそ見をしていた隙に……」

 ――何これ。ジュース? ごくり。
 ――あーーー! 僕のミックスマックスカーが負けたーー!!
 ――はっはっはっ! リオン! 俺に勝とうなんざうん百年早いんだよ!
 ――あら、なんだかニコラったら顔赤くない?
 ――ひょんなことにゃいわほ! アリス! これおいひいわほ!
 ――あら、何これ。ごくり。
 ――ごくりごくりごくり。

「ふっ。まいったよ。二人して酔っぱらって大騒ぎ。エールエール。がぶりとエール。オイラは王様。エールの王様」
「歌ってる場合ですか。キッド殿下」
「だから悪かったって。後処理は頼むよ。そいつ酔っ払ったら面倒くさくて」
「にゃによ!!」

 顔の真っ赤なテリーが怒鳴る。

「二度とてめえにゃんかに恋にゃんかするか! この顔だけ王子!!」
「お前そんな顔してたらソフィアに嫌われるぞー?」
「……」

 テリーがぴたりとソフィアに抱きついた。

「……ソフィー……」
「だ、そうだ。頼んだぞ。あー。重かった」

 キッドが肩をぐるんと回し――にやりと笑った。

「……ソフィア、面倒くさいならこのまま俺の家に連れていくか?」
「結構です」

 笑顔でかわす。

「夜も遅いので、どうかお気をつけて」
「ねえ、テリーとどこまでいったの? 俺にも楽しい話聞かせてよ」
「さようなら」
「ソフィア」

 キッドがにやける。

「テリーのこといらないなら、俺が本当にお嫁さんにもらうけど」

 首を傾げる。

「いい?」
「キッド殿下」

 ソフィアがにこりと微笑んだ。

「そんなことは全くないので、さっさと消えろ。クソガキ」

 強く扉を閉めると、扉の向こうからゲラゲラ笑う声が聞こえた。

(……ガキが)

「……ん……」

 はっとして見下ろすと、テリーが自分の胸に埋まっている。

「……苦しい」

 胸を優しく掴まれる。

「デカパイめ……。あたしにも分けろ……」

 テリーが顔を上げた。

(あ)

 目が合うと、テリーがふにゃりと頬を緩ませた。

「……ソフィー。……好き……」

 テリーが再び胸に顔を埋めた。

「……すやぁ」

 ソフィアが深い息を吐き、テリーを引きずる。

「テリー、歩いて」
「んん……」
「歩いて」
「んー……」
「よいしょ」

 トイレの扉を開ける。

「入って」

 中へ入れる。

「ほら」

 便所にテリーの頭を下ろした。

「出して」
「んぁ……?」
「食べて飲んだもの、全部出して」
「んん、なんでトイレ……?」
「テリー」

 ソフィアの指が二本、テリーの口の中へ入った。

「むがっ」

 喉の奥を広げる。

「うぐっ」

 テリーが眉間にしわを寄せた。

「出して。テリー」
「んっ……」

 胃から物が登ってくる。

「っ」

 テリーが吐き出した。

「おろ」

 吐瀉物が落ちていく。

「おろろろろろ!!」

 ソフィアがテリーの口を広げ続ける。

「はな、はなし、ソフィ、げほっ!」

 おろろろろろ!!

「あっ、やだ! げほっ!」

 おぼぼぼぼぼぼ!!

「う、うう……」
「……まだいけるよね?」

 胃の中に、まだ、残ってるよね?

「全部出して」

 私の作ったもの以外の食べ物。

「全部出して」
「っ」

 テリーの胃が痙攣した。また出てくる。

「おろろろろろろろ!!」

 背中を撫でる。

「げほっ! げほっ! げほっ!!」

 頭にキスをする。

「ごぉほっ! えほっ! けほっ!」

 背中を撫でる。

「も、もぉ、でらい! でらいのお!!」
「……本当?」
「でなっ」

 喉の奥を広げたら、また指が濡れる。

「どぼぼぼぼぼぼ!!」

 ほら、やっぱり出てくる。

「いっぱい飲んだね。テリー」
「ううっ、ううう……」
「一緒にお風呂入ろうか」

 キッド殿下にどれだけベタベタ触られたのかな?

「ほら見て。テリー」

 君の吐いたもので、私の指が汚れちゃった。

「洗って」

 おぼつかない目がくらくらとソフィアの指を見る。

「早く」

 冷たい声で言えば、テリーが舌を出し、ソフィアの指を咥えた。

「そう。いい子だね」

 背筋にぞくりと、何かが走る。

「もっと洗って」

 テリーが舐める。

「もっと」

 テリーがソフィアの指を咥える。

「いいね。テリー」



 とっても、かわいいよ。いけない子。



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