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ソフィア

二人で遊べる恋のゲーム

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(*'ω'*)CP上キッドとテリーは婚約解消済みです。
 ソフィア(23)×テリー(13)
 ―――――――――――――――――――――――












 やあ、テリー。今日も可愛いね。久しぶりに会えて嬉しいよ。二週間ぶりかな? 寂しかった。メニーに来ないの? って何度も訊いて怒られてしまったよ。くすす。ねえ、テリー、また家に遊びにおいで。いつぞやのパンケーキみたいに、美味しいお菓子を作ってあげるよ。ほら、なんて言ったって、わかるでしょう? バレンタインだよ? ほら、テリー。私に渡すものがあるんじゃない? くすす。私はこの日を今か今かと待ち望んでいたよ。君が今日図書館へ来てくれることは把握済み予想済み妄想済みさ。だから私も作っておいたよ。はい、これ。ハッピー・バレンタイン。テリー。君にこうして出会えてこうしてお菓子を渡せることに、私は女神アメリアヌに感謝しているよ。きっと私たちが出会えたのは運命だ。テリー、改めて君に言いたいことがあるんだ。

 愛してる。テリー。私の恋心、私自身を、貰ってくれないかい?


「お断りよ。ばぁーか!!」

 テリーが鳥肌を立たせながら、握られた両手を振り払う。しかし手には渡された包みが残っている。

「あんたはいらない。これだけいただくわ」

 美味しそうな匂いのする包みをぎゅっと抱いて、テリーが受付カウンターにいるソフィアを睨んだ。くすす、と笑い、ソフィアが肩をすくめた。

「やれやれ。照れ屋さん」
「照れてないわ!」
「意地っ張りさん」
「意地っ張りでもないわ!」
「じゃあ……。……ひねくれ屋?」
「いい加減にしないとそのおっぱいをもぎ取るわよ。いい? あたしは本気よ。この手にぱわぁーを溜めて、お前のその見せびらかすデカぱいをもぎ取ってやるからね!」
「くすす。テリーに取られるなら大歓迎だよ」

 喉で笑い、大人の余裕を見せるソフィアに、テリーがくっ、と唸り、今日も拳を握る。

「挨拶程度にバレンタインのお菓子を渡しに来ればからかいやがって……! だから来たくないのよ、ここ!」
「テリー、図書館は嫌いになっても、私のことは嫌いにならないで」
「逆よ逆!! 図書館に罪はないわよ! 罪はあんたよ!」
「罪なほど見惚れてしまうってこと? ふふっ。可愛いこと言うね」
「駄目だ……。通用しない……。何を言っても通用しない……」

 テリーがうなだれると、その姿に、またソフィアがくすりと笑う。

「ねえ、テリー、夕方空いてる?」
「……夕方?」
「今日ね、私、16時で終わるんだけど、……私の家でテリーがくれたこのお菓子で、ゲームして遊ばない?」
「なんですって?」
「夜は、私が屋敷まで送るから」
「……お菓子でゲームするの?」
「うん」

 美味しくいただく、バレンタインならではのゲーム。テリーがきょとんと、ソフィアを見つめた。それを見て、ソフィアがはっとする。

「あれ? まさか、テリー、知らないの?」

 テリーがむっとした。

「違う」

 嘘だ。知らない。だが、無駄な貴族としてのプライドがそれを許さない。

「バレンタインでのゲームって、たくさんあるのよ。だからどれかなぁって思っただけ」
「ああ、なるほど」

(嘘だな。知らないんだ)

 にんまりと、ソフィアがにやける。

「テリーが私にくれた、細長い棒のスナックにチョコレートをつけたお菓子、これを、ただ、ひたすら、食べていくゲームだよ」
「あー、それね」

(知らない。何それ)

 テリーが言葉を表に見せてたまるかと、涼しい笑顔で頷く。

「あれでしょ。うん。知ってる」
「へえ、知ってるんだ」
「当たり前でしょう」

(……知らない……)

 ひたすら頭の中で迷走する。

(何それ? そのお菓子、そんなゲーム性のあるお菓子だっけ? そんなのあったっけ?)

「テリー、知ってて私にこのお菓子をくれたんでしょ?」
「え?」

(えっと……)

「と、当然!!」

 ここまで来れば、後に引けない。そのお菓子は、たまたま歩いている時に店で見つけて、これでいいやと思って適当に買ったとはとても言える空気ではない。
 胸を張って、テリーが笑う。

「ゲームも知らないで、お菓子を渡すわけないでしょう? おほほほ!」
「それなら、テリー、勝負しようよ」

 ソフィアの顔はとても涼しい。

「テリーがゲームで勝ったら、私はテリーを諦めるよ」
「え!」
「うん」
「あ、諦めるって?」
「テリーへの恋心を諦めて、からかうこともしない。ずっと君の良き友達でいるよ」
「あらあらあら!」

 テリーが口元を手で押さえて、にぃんまりと、口角を上げる。

「言ったわね? ソフィア。言っちゃったわね?」
「それくらいの覚悟がないと、面白くないからね」
「じゃあ、あたしが負けたらどうする?」
「そうだな……」

 ソフィアがふふっと、笑う。

「せっかくだ。テリーからキスしてもらおうかな」
「ははっ」

 枯れた笑いに、ソフィアが挑発的な目をテリーに向けた。

「どうする? テリー」
「いいわ。やってやろうじゃないのよ」

(どんなゲームか知らないけど、これでからかわれなくなるなら、いいじゃない!)

 にっこりと満足そうに微笑むテリーに、くすっと、ソフィアが笑う。

「じゃあ、テリー、16時になったらまた図書館に来てくれる? 一緒に私のマンションまで行こうよ」
「わかった。16時ね」
「待ってるよ」
「ふっふっふっふっふっ……」

 テリーがくすくす笑う。

(ソフィアめ……! これであんたの惑わしの恋心も終わりよ! さっさといい男捕まえて寿退社して、あたしをからかうのをやめなさい!)

「……楽しみだね。テリー」

 ソフィアの黄金の目が、きらりと光った。


(*'ω'*)


 バレンタインで町を歩くカップルが多い中、ソフィアとテリーが一緒にマンションに入った。部屋に入り、ソファーに座り、向かい合う。

(……まずいわね。どんなゲームか、ルールを調べられなかった……)

 屋敷に戻る時間がなかったから、そこらへんでうろうろして本屋を回ったが、バレンタインでのゲームなんてどこにも書いてなかった。そこでテリーはひらめいた。

「ソフィア」
「ん?」
「ルール確認しない?」

 その一言に、ソフィアが微笑む。

「あー。そうだね。お互い聞いてる遊び方が違うかもしれないからね」
「うん! そういうこと!」

 ゲームを知らないで、この部屋までついてきた。

(私は悪い大人だな)

 こんな可愛い子を騙すなんて。

(でも、それも愛)

「テリーも、もちろん知ってると思うけど」

 ソフィアがテリーから貰ったお菓子の箱を開ける。二袋入った中から一袋を取り出し、その袋を開ける。そして、スナックを一本取り出す。

「一人がお菓子の端を口で咥えて」
「うん」
「もう一人もお菓子の端を口で咥えて」
「うん」
「食べていく」
「うん」
「口が近づく」
「うん」
「先にポキッとして食べるのを止めるか、先に口を離した方が負け」
「……」

 ――ちょっと待て。

(それって)

 一瞬にして、テリーの血の気が引いた。

(止まらなければ、どっちみち口同士がくっつくことになるんじゃ……)

「テリー、知ってるんだよね?」
「うっ」

 にっこりと笑うソフィアに、今さら知らなかったとは言えない。プライドが許さない。

「と、とととと、当然でしょ!」

 まるで棒のような声で、返事をする。

「先にずかずか食べた方が勝ちなのよね!」
「唇に触れても負けだよ? キスしてしまうからね」
「そ、そうそう!」

(なるほど! キスは無し!)

 テリーがほっと胸をなでおろしていると、

「でも、事故で唇がぶつかってしてしまうかもね」

 ソフィアは微笑んでいる。

「そうなれば、どっちの負けかな?」
「……」
「まあ、とにかく練習してみようか。私、初めてやるんだ。だから一回目は練習」
「あ、ああ、あたしも、初めてなのよ!」

 顔を青ざめるテリーは、脳内で考える。

(あたし、考えるのよ! どうしたらこの状況から逃げられるか!)

 勝てばいいのだ。

(そうよ。ソフィアが先に折ればいいのよ)
(あたしが先にずかずか食べちゃえば)

 ――きゃっ! テリーってば、大胆! 恥ずかしい!

 きっと、ソフィアですら恥ずかしがるはず!

(おっけえええええええええ!!)

 テリーが、ぐっ、と拳を握る。

(やってやろうじゃない!)

「じゃ、練習ね」

 ソフィアがチョコレートの方をテリーに向ける。

「ほら、テリー、咥えて」
「あむっ」

 テリーが躊躇せず咥える。さっさと勝負を終わらせてしまおうと躍起になっているようだ。しかし、すぼめるその唇を見て、ソフィアの口角が自然と上がっていく。

(ああ、なんて可愛いの……!)

 うっとりと、見惚れてしまう。

(可愛い……)

 まだ幼いその唇。

(胸がずくずくしてしまう……)

 ソフィアの口紅で赤い唇も、スナックをくわえる。
 そして、

「スタート」

 呟いて、はむはむと、ソフィアの唇が動いていく。

(うっ)

 どんどん近づいてくる唇に、顔に、テリーの顔が熱くなっていく。

(ままままままっ……!)

 口を動かして、チョコレートの部分を食べていけば、一歩一歩ソフィアに近づく自分がいる。

(顔近い顔近い顔近い!!)

 ソフィアの口がどんどん近づいてくる。

(あばばばばばばば!!!)

 顔を真っ青にさせて、顔を真っ赤にさせて、目を見開いて、拳をぐっと握って、口を動かす。

(お、終われ! 早く終われ!! 近い近い近い近い!!)

 ぞおおおおっと背中に冷たいものが走る。

(だめだめだめだめ!)

 ――キスしちゃう……!

 その直後、ぽきっと、ソフィアの噛んでたスナックが折れた。

「あ」

 ソフィアの口が離れる。

「あらら、折れちゃった」
「……」

 呆然とテリーが黙る。そして、そのまま残ったスナックをもぐもぐと食べた。ソフィアが微笑んで、また袋からお菓子を取り出す。

「今のが練習でよかった」
「ソフィア」

 にこにこ微笑むソフィアを、テリーが呼ぶ。

「ん?」

 ちらっと見れば、顔の真っ赤なテリーが顔を引き攣らせ、にっこりと笑った。

「あたし、急用を思い出したわ」
「どんな用?」
「急用」
「具体的に」
「急用」
「大丈夫。すぐに終わるから。そうだな。三回勝負にしよう」

 テリーが勝ったらもうからかわないし、テリーを諦めるよ?

「私が勝ったら」

 テリーからキスしてもらうよ。

「ね?」

 すぐに終わるよ。

「今のを繰り返すだけだよ」

(それが嫌なのよ!!!)

 テリーが真っ赤な顔のまま首を振る。

「ざ、残念だけど、そんな猶予! あたしにはないのよ! 何せ、急用を思い出しちゃったから!」
「じゃあ、これが終わったら馬車を呼んで、それに乗って帰るといい」
「ほほほほほ! す、すぐ帰らないといけないのよ!」
「もう……」

 ソフィアがふっと笑って、

「嘘はだめだよ。テリー」

 黄金の目が、きらりと光る。

(うっ!)

 くらりと目眩がして、ソファーに倒れこむ。

「おっと」

 ソフィアの手がテリーの頭を押さえて、そっと、テリーをソファーに寝かせる。

「大丈夫?」
「さ、催眠を使うなんて反則よ!」
「テリー、嘘つくのも反則だよ」

 知らないの?

「嘘は泥棒の始まりなんだよ?」
「お前が言うなああああああああ!!」

 切なげな表情のソフィアに怒鳴るテリーすらも愛おしく、ソフィアが再びスナックを咥えた。

「はいはい。そんなわけで三回やるよ」
「うっ」

 上にソフィアが倒れてくる。

(うっ!)

 豊満な胸が自分の胸に落ちてくる。

(うっ!)

 ソフィアの顔が近くなる。

(うううううっ!)

 ソフィアが耳に髪をかけながら、咥えるスナックをテリーに向けた。

(い、色っぽい!)

 というか、

(男にやれーーーー!!)

「テリー」

 早くして。

「急用なんでしょう?」

 くすりと微笑むその顔に、いらっとする。

(ほーう? そうやって余裕ぶるわけ……? ……いいわよ……。最後までやってやろうじゃない……)

 あむ、と、再びチョコレートの部分を咥える。

「スタート」

 はむはむと、ソフィアの口が動いていく。

(うううううう……!)

 羞恥に耐え、下からテリーも口を動かす。

(食べるだけ食べるだけ食べるだけ。相手は女! 相手は女! 相手は女!)

 同じ女だ。

(男ならともかく、女なら怖くない!)

 何も怖くない! だが、顔はより近くなる。

(うっ!)

 ソフィアの吐息が当たる。

(うううううっ!)


 ち ょ っ と 待 っ て !


 ぽきっと、自らお菓子を折った。

「ん」

 残った部分をソフィアがもぐもぐと食べる。そして、微笑む。

「テリーの負け」
「い、一回だけよ!」
「くすす。そうだね」

 まだ二回あるんだ。

「さあ、咥えて」

 今度は先にテリーが口にお菓子を咥える。

「あむ」

 その後に、ソフィアが咥える。

「スタート」

 呟き、またぽきぽきと、両者ともお菓子を食べていく。

(今度こそ!)

 相手は女だ。

(唇がぶつかったところで、何も怖くなんかない!)

 あむあむあむあむあむあむあむあむ!

 ぱくぱく食べていく。怖くないと思って食べていく。

(折れろ折れろ折れろ折れろ)

 ぱくぱくぱくぱくぱくぱくぱく!

 唇が近くなる。

(さあ、折れろ!)

 テリーがぱくりと食べれば、

「ん」

 ソフィアの方からぽっきんと、折れた。残りの部分を、テリーが食べる。

(うっしゃあああああ!)

 ぐっ! とガッツポーズ。

「ああ、しまった」

 全然残念そうではないソフィアが、声をあげた。

「これで一対一。ふふっ。いい勝負だね。テリー」
「さっさとこんなゲーム終わらせるわよ。あたしは急用があるのよ!」
「……急用ね……」

 くすりと笑って、ソフィアがスナックを袋から取り出す。

「これで、ラスト・ゲーム」

 さあ、どっちが勝つかな?

「ほら、テリー、咥えて」
「……あむ」

 咥えると、ソフィアが呟く。

「ラスト・ゲーム、スタート」

 ソフィアがお菓子を咥え、もぐもぐ食べていく。

(負けるもんか!)

 負けじと、テリーももぐもぐ食べる。

(ソフィアなんか怖いもんか!)

 胸がちょっと大きいからって何よ。
 顔がちょっといいからって何よ。
 黄金の目がちょっと綺麗だからって何よ。

(あたしはそんなものに負けない!)

 あたしこそ、テリー・ベックス! 貴族令嬢! お金持ちのお嬢様!!

(貧乏人なんかに負けるものか!!)

 もぐもぐと食べる。食べる。食べる。顔が近づく。近づく。近づく。

(近づく)

 ソフィアが近づく。

(ちょっと待って)

 さっきよりも近づく。

(このままだとキスしちゃうけど?)

 でも近づく。

(ちょっと待って)

 もうあと二歩。

(ちょっと待って)

 もうあと一歩。

(折ってよ)

 もうあと、

(折らない)

 見上げれば、その目を見れば、

 ――自分を愛おしく見つめる金の目と目が合い、思わず、テリーが口を離した。

「ちょっ、待って!」

 ぱっと、あっけなく、離す。

「ん」

 ソフィアがにんまりと微笑んで、お菓子を食べる。飲み込んで、また笑う。

「負けだね」

 くすりと笑う。

「テリーの負け」
「あのっ!」

 テリーが赤く染めた顔を見せながら、ソフィアの肩を押す。

「あたし、急用が!」
「テリー?」

 そうやって逃げるの?

「いけない子」

 逃がさないよ。

「テリーが負けたんだから」

 二回戦目にわざと負けて、テリーに勝利の輝きを惑わせて見せたなんて言わない。

「テリーが、二回負けたんだから」

 ソフィアの体が沈む。

「ちょっ」

 顔が近づく。

「あの」

 直前で止まる。

「へ?」
「ほら、テリー」

 近づいてあげたから、

「キスして」

 唇に。

「私にキスして」
「じょ、冗談!」

 ほほっ! と、掠れた笑い声を、テリーが出した。

「やーねー! またからかってるんでしょ!」
「からかってるように見える?」

 優しく微笑めば、テリーの口角が下がる。

「あ……えっと……」
「テリー」

 切なげな金の目が、自分を見つめてくる。

「キスを」

 ほら、少し頭を浮かせればいい。

「君からキス」

 私にキスを。

「さあ、テリー」

 心の準備はもういいよ。

「もう待てない」

 早くして。

「テリー」



「……。……。……。……。……。……ほっぺじゃ、だめ……?」

 小さく呟く、可愛い声を聞きながら、ソフィアが微笑む。

「だめ」

 ほっぺたじゃ、物足りない。

「唇にして」

 君さ、

「キッド殿下とキスしたことあるんでしょ?」

 じゃあ、いいじゃない。

「……あれは事故よ」
「うん。事故ならここでも大変な事故を起こそうよ」
「……あたしは起こしたくない」
「キスして。するまで離さない」
「……口に?」
「うん」
「あんたの?」
「そういう勝負でしょ?」

 妖艶に微笑むその笑みに、つい顔が熱くなる。

(くそ……)

 綺麗なお姉さんの口に、キスするだけ。テリーが、きゅっと唇を噛んだ。

「……一回だけよ」
「はい」

 美しく、微笑んで、

「どうぞ」

 口を閉じる。じいっとテリーを見つめるその目は、開いたまま。

「……目閉じて」
「やだ」
「なんで」
「恥ずかしがりながらキスをするテリーが見たいから」
「趣味悪い」
「だってテリーが好きだから」
「またからかってる……」
「からかってないよ」
「あのね、キスっていうのは、愛を確かめ合う神聖なものなのよ」
「そうだよ」

 だからキスして。

「テリーをもっと知りたいという私の愛を、受け取って?」
「……目閉じて」
「仕方ないな」

 ソフィアが瞼を閉じた。

「これでいい?」
「ええ」

 テリーが息を呑んだ。

「それでいい」

 ゆっくりと、頭を浮かせた。

「んっ」

 瞼を閉じて、ふに、と、唇を、ソフィアに重ねた。

(うううううううううう!)

 一瞬、くっついて、すぐに離れる。

「おしまい!」

 そう言って、瞼を上げる。

「帰る!」

 口を開けば、

「まだ帰らせない」

 瞼を上げたソフィアの目が近づいた。

「え」

 今度はソフィアから、テリーの唇を塞ぐ。

 ――ふに。

「んっ……!?」

 唇が、ソフィアにくっついている。

「んんっ!」

 くぐもった声を出して、ぐううっと肩を押す。ソフィアの唇が離れる。

「ぷはっ!」

(キッドとキスをしたのは、あいつを生かすため!)

 これは目的のない、愛の無いキス!

「こらあああ! ソフィアアア!!」

 ガッ! と口を大きく開けて怒鳴れば、ソフィアが顔を近づける。

(え)

「テリー」

 女性らしい色っぽい声が、耳に響く。

「好き……」

(え)

 ぱちりと、瞬き一回。

 ――ちゅ。

「あっ」

 ――ちゅ。

「んっ」

 ――むちゅ。

「ちょ」

 ――ちゅ。むちゅ。

「んぅ……」

 額、頬、瞼、鼻、顎、耳、首、キスを、絵を描くように、キスを、なぞるように、キスを、ソフィアが落とす。

「そ、ソフィア……」

 ――むちゅ。

「ひゃっ、ちょ」

 ぴくりと、体を揺らすと、ソフィアが微笑む。

「ここがいいの?」

 ――むちゅう。

「あっ、くすぐった……!」

 ちゅ、ちゅ。ちゅ。

「ちょ、っと、ソフィア……! くすぐったいってば……!」
「ふふっ」

 テリーってば。

「ねえ、テリー」

 私の胸、揉んでみて?

「は、はあ!?」

 テリーが視線を泳がしながら、目を見開く。

「なななな。何言ってるの!?」
「前に言ったでしょ。胸を揉むと落ち着くって」

 だから、

「ほら、触ってみて」
「……えっと……」
「触ってみて?」

 ソフィアの声が、テリーを誘惑する。テリーの手が泳ぐ。

「あの……」
「テリー、今、テリーはびっくりしちゃって、混乱状態にいるんだ。だから一度私の胸を触って、落ち着いて」
「はっ! そういうこと……!? わかったわ!」

 何がそういうことなのかテリー本人もわかっていないが、動転した頭では何も考えられない。躊躇なくソフィアの胸に触る。言葉の意味なんて考えず、なぜソフィアがそんなことを言ったのかも考えず、優しく触れてみれば、ふわりとした感触。

(わ)

 柔らかい。

「……柔らかい」

 ママと全然違う。あたしのものとも別次元。

「揉んでみて?」
「揉むの?」
「うん」

 ソフィアの返事に、手を丸くさせ、その胸を優しく掴む。

 むにむにむにむに。

「……柔らかい」
「んふふ、そう?」
「……下着越しなのに、相変わらず……」

(何これ。ちょっと面白い)

 ふわふわふわふわふわふわふわ。

「……テリー」

 ソフィアが耳元で、ぼそりと訊いて来る。

「覚えてる?」
「ん?」
「クリスマスの時に話したこと」

 その声は、どこか、緊張した様に、わくわくしたように、愉快げな声。

「君が触った分、私も君の胸に触るよって言った話」
「ん?」

 テリーが硬直する。ソフィアはにっこりと微笑んでいる。

「君、今、何触ってる?」

 テリーの手が即座に退けられる。ソフィアはにっこりと微笑んでいる。

「何も触ってない」
「触ってたよね?」
「何も触ってない」
「嘘は泥棒の始まりなんだよ?」
「何も触ってない」
「くすす」

 ソフィアがテリーを抱き締める。

「んっ」
「触った分、触るよ」

 知ってる?

「触りながらキスすると、もっと気持ちいいんだよ。テリー」

(は……?)

 サッ、と、テリーの血の気が下がっていく。一方、ソフィアの手がテリーの体をなぞるように沿っていき、片手が、その小さな胸に触れた。

「きゃっ!」

 びくっと、テリーの体が揺れる。

「てめっ! 何を……!」

 はむ、と食べられるように、ソフィアに唇を塞がれる。

「んんんんんーーー!!」

 ぺろりと歯茎が舐められる。

(ぎゃああああああああ!!)

 その熱に気づいて、テリーがぎょっと目を見開く。

(ししししししし、舌!!)

 ソフィアの舌が!!

(口の中に入ってきた!! 汚い!)

 人の口に舌を入れるなんて、何考えてるの!?

「んっ、んんっ!」

 ソフィアの肩を掴んでも、びくともしない。押しのけようとしても、びくともしない。

「んぅう! んん!」

 大人の余裕。

(腹立つ……!)

 ぐっと体を強張らせると、

 ――ぺろり。

(ひゃっ!?)

 舌が舌に触れた。

(いいいいいいいいい!?)

 ソフィアの舌が、絡んでくる。自分の舌に巻き付けるように、絡みに絡んでくる。

(ちょ、ちょ、ちょ!)

 パニックパニックパニック。

(ふぇっ……!?)

 何か違和感を感じる。体が震える。ちらっと見てみれば、ソフィアの手が、自分の胸を優しく揉んでいた。

(ぎゃああああああああああああああ!!)

 パニックパニックパニック。

「そっ」

 口が離れる。

「ソフィア!」

 パニックの顔を向けると、ソフィアと目が合う。黄金の瞳が、真剣な眼差しが、テリーを見つめた――直後、テリーの背中に回していたソフィアの手が、テリーのブラジャーのホックを外した音が響いた。

「んゃぁっ!」

 思わずびっくりして――聞いたことのない自分の声が出て、テリーが困惑し、呆然とする。

「あ……え……えっ……?」

 震えるその唇を見て、聞いたことのないテリーの声を聞いて、戸惑い、赤面するその顔を見て、ソフィアの顔が、体が熱くなる。

(あ)

 ソフィアの手に力が入る。

(まずい)

 ソフィアの口角が、上がる。



 止められなくなりそうだ。




「あはは!」

 ソフィアが笑った。

「あははは!!」

 テリーのブラジャーをいそいそと直す。

「あーあ! 面白かった!」

 きょとんと固まるテリーを見下ろして、くすっと妖艶に笑う。

「テリー?」

 その顔を覗き込む。

「急用、あるんでしょ?」

 その顔を見つめる。

「暗くなる前に、行かなくていいの?」

 行かないなら、

「続きしていい?」

 にんまりと微笑めば、テリーの顔がさらに赤くなる。眉をへこませて、真っ赤っかの赤の赤に。自分の髪の毛よりもずっとずっと赤くなる。

 だが、体は起きない。

(ん?)

 きょとんと、ソフィアが瞬きすれば、

「……ソフィア」

 テリーが呟く。

「力が……入らない……」
「ああ」

(腰が抜けたか)

「くすす」

 脱力した体を優しく起こし、抱きしめる。

「よいしょ」
「ちょっ」

 ソフィアがテリーを抱き締めると、その豊満な胸に埋まるテリーが呟く。

「放せ……。……変態……」
「今、放しても、ソファーに逆戻りでしょ」

 ……悪戯しすぎた。

(これは反省だな)

 彼女はまだ13歳だ。

(これは反省だな)

 自分は23歳だ。

(……これは反省だな……)


 そんな顔、させたいわけじゃなかったのに。


 優しく、テリーの背中を撫でる。テリーの体が強張っても、撫で続ける。

「くすす。大丈夫、もう何もしないよ」
「……ばかじゃないの……」

 そろりと、テリーの手もソフィアの背中に伸びる。

「っ」

 今度はソフィアが硬直する番。

(テリーが、抱き着いてる)

 自分が抱きしめてと頼んだわけじゃなくて、

(テリーから、抱き着いてる)

 トクンと、胸が鳴る。トクントクンと、胸が高鳴っていく。

(おやおや)

 ソフィアが笑う。

(これは)

 トクトクトクと、胸が鳴る。

(本気でまずい……)



 もっとテリーが欲しい。

 足りない。

 ほしい。

 もっと、くっつきたい。




 きゅう、と抱きしめても、テリーは黙ったまま。ぎゅう、と抱き締めれば、テリーが唸る。

「苦しい」
「ごめんね」

 ――なんでこんなに恋しいの。

(ただの小娘だよ)

 憎き貴族のお嬢様だよ。

(わかってるのに)
(同性の女の子)
(……わかってるのに)

 テリーの驚いた悲鳴を聞いただけで、心臓がはじけ飛びそうだった。

(まだ早い)

 彼女は13歳だ。

(まだ早い)

 彼女はまだ少女だ。

(まだ早い)

 はやい、けど。

「テリー」

 呼べば、胸に埋もれた顔は上がって、こっちに向けられる。見上げてくるテリーの目は涙目で、頬が赤く染まり、呼吸が少し乱れている。

「テリー」

 呼びながらその頬に手を添える。首を傾けて、そっと、慎重に、怯えさせないように、ゆっくりと、胸を鳴らしながら、近づけば、唇が、再び重なった。

(柔らかい)

 崩れてしまうのではないかと思ってしまうくらい、柔らかい。

(どうしよう)

 胸がドキドキする。

(どうしよう)

 子供相手に、欲が止まらない。

(離れたくない)

 けれど、相手は、

(まだ子供)


 唇が離れる。


 下ろしてた瞼を上げれば、テリーの瞼も上がる。顔はやはり、赤くなっている。

「……。……。……。……テリー」

 掠れる声で、自分から言う。

「もう、何もしない」

 何もしないから、

「ちょっとだけ」

 もうちょっとだけ、

「ここで、ゆっくりしない?」

 眉尻を下げて、胸の高鳴りに、どこか切なくなって目を細めると、その顔を見たテリーが目を見開いて、きゅっと唇をきつく結んだ。そして三回瞬きをして、視線を逸らし、ソフィアの胸にまた顔をうずめた。

「……か、体に、力が入らないの」

 だから、

「回復するまで、いてあげてもよくってよ」
「うん」

 力が出るようになるまで、

「そうだね」

 ソフィアが優しく、微笑む。

「動けるようになるまで」

 そうだね。

「ゆっくりしていって」

 その体を抱き締める。
 恋しくて抱きしめる。
 愛しくて抱きしめる。

(盗みたいな)

 盗めない。

(盗みたいな)

 その心。

(早く)

 早く。



 ――君に盗まれたい。


 欲望は口には出さない。彼女は大人だ。
 わがままは口に出さない。彼女は大人だ。

 だからこそ、それが言えるようになる関係になった時、

(きっと、爆発するんだろうな)

 この恋しい少女を愛でるだろう。慈しむだろう。愛おしがるだろう。

(早く大人になって、テリー)

「……ねえ、苦しい……」
「くすす、ごめんね。私の胸が大きいから」
「ふざけんな……。……ほざけ…。……くたばれ……」

 いつもの暴言をテリーが吐く。
 しかし、ソフィアの背中に回されたテリーの手は、しばらく離れることはなかった。







 二人で遊べる恋のゲーム END
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