上 下
115 / 141
メニー

森の少女の夢日記

しおりを挟む


 メニーはきょとんと瞬きをした。

 森の中に立っている自分がいる。森は動物でいっぱいだ。蝶が飛び、リスや兎や鹿や鼠、様々な動物たちがメニーを囲んでいる。
 そして、向かいには二匹の巨大な熊が立ちはだかっている。

(……何この状況……)

 メニーはぽかんとする。
 しかし、熊達が立っている間に、巨大な木が存在し、その裏から影が見えた。

「あ」

 ひょこりとテリーの頭が見えた。目が合うと、ぎろりとテリーに睨まれる。

「……ふしゅー……」

 そこでメニーははっとした。

「はっ、そっか。お姉ちゃんは今、人間不信で動物しか信用できなくなって、この森に隠れてるんだった。私はそれを迎えにきたんだった」
「ふしゅー……」
「お姉ちゃん、こっちにおいで。怖くないよ」

 メニーが手招きするが、テリーは自分を睨むだけ。

「うーん、どうしようかな……」
「メニー!」

 振り向くと、緑の猫がメニーに言った。

「テリーは単純だから、物で釣るんだ!」
「物……?」

 メニーが考え、ひらめく。

「あ、そうだ!」

 メニーが動物たちをテリーに見せた。

「ほら、お姉ちゃん、鼠さんがいるよ!」
「……」
「お姉ちゃん、鼠好きでしょう? 嫌いっていつも言ってるけど知ってるよ。好きでしょう?」
「……」
「鼠さん達が、お姉ちゃんと遊びたいって!」

 言うと、テリーがそっと動き出した。

(おお! 効果てきめん!)

「でもオイラ、メニーと遊びたいちゅー!」
「っ」

 鼠がそう言うと、テリーがショックを受けたように顔を青ざめ、とぼとぼと戻っていく。

「あ」

 メニーが気づく頃には、テリーは再び木の裏に隠れてしまっていた。メニーを思いきり睨んでくる。

「ふしゅー……」
「ああ、どうしよう……。これは手強い……」

 メニーがごくりと固唾を呑んだ。

「何かいい方法は……」
「メニー! 俺に任せろ!」

 白馬に乗ったキッドが現れ、白馬から下り、王子の姿でテリーに声をかけた。

「我が愛しのプリンセス! 迎えに参りました!」
「っ」

 テリーが目を輝かせ、木から顔を出した。しかし、キッドだと分かると、顔を絶望に染め、再び木に隠れた。

「くくっ。照れ屋さんめ」

 キッドが退散した。残されたメニーは再び考える。

「うーん……。どうしたものか……」
「メニー! 私に任せて!」

 花の入ったバスケットを持つリトルルビィが、ぱちんとウインクした。鼻歌を歌いながらスキップをして、テリーに声をかける。

「テリー! テリーのためにお花を摘んできたの! 一緒に花の冠作ろうよ!」
「っ」

 テリーがひょこりと木から頭を出して、楽しそうにスキップするリトルルビィを見つめ、そっと木から出てきた。メニーが拳を握る。

「リトルルビィ! 良い調子だよ! お姉ちゃんが出てきた!」
「あ、お花と言えば」

 リトルルビィがメニーに花を向けた。

「メニーにも持ってきたの! はい、花束!」
「わあ、綺麗!」

 綺麗な花束を貰い、メニーが微笑んだ。

「ありがとう、リトルルビィ!」
「えへへ! メニーが喜んでくれて嬉しい!」
「……」

 二人の世界を見て、テリーがとぼとぼ戻っていく。

「はっ」

 メニーが気付く頃には、木の裏で深く落ち込むテリーの姿があった。

「あああああああああ! お姉ちゃーーーん!!」
「あれ? 何が悪かったのかな?」

 リトルルビィが退散した。残されたメニーは再び頭をひねらせる。

「どうしよう……。お姉ちゃんがすごく絶望してる……」
「くすす」

 笛を持ったソフィアが歩いてきた。

「ここは任せてもらおう。メニー」

 ソフィアがそう言って、笛を吹く。途端に、鼠達がソフィアの後ろで行進を始めた。メニーがテリーに声をかける。

「お姉ちゃん! 見て! すごいよ! 鼠さん達が行進してるよ!」

 テリーが木からちらっと顔を覗かせた。鼠達の行進している姿に目を輝かせる。

「……っ!」

 テリーが行進している鼠達を眺める。その姿にソフィアがにやけた。

「ああ、可愛い」

 笛を離して、テリーを抱きしめる。

「っ」
「テリー、恋しい君」
「くたばれ!!」

 テリーがソフィアを殴った。

「ひゃっ!」

 ソフィアが倒れる。鼠達が解散する。集団だった鼠達がばらばらになり、テリーも木の裏に隠れた。

「くすす……。私としたことが。テリーに魅了されてしまった」

 ソフィアが退散した。残されたメニーは頭を悩ませる。

「うう……まさかの打つ手なし……?」
「メニー」

 ぽん、と肩に手を置かれる。振り向くと、ニクスが微笑んでいた。

「あたしが行ってもいい?」
「あ、ニクスちゃん……」
「ちょっとやってみるね」

 ニクスが歩いていく。熊達がニクスを睨んだ。

「テリー!」

 ニクスの声に、テリーが木の裏から走ってきた。

「あ」

 メニーが声を漏らす頃には、ニクスに抱き着くテリーの姿。そんなテリーをニクスが優しくあやしだす。

「よしよし。テリーってば。こんなところに隠れて。駄目じゃない。メニーが心配してるよ?」
「……」
「もう帰ろうよ? ね?」
「……ニクスが……そう言うなら……」

 テリーの言葉にメニーが安堵する。

(さすがニクスちゃん……!)

 これでテリーが帰ってくる。ほっとしていると、ニクスがテリーに微笑んだ。

「それでね? テリー」
「ん?」
「これ、招待状」
「何これ」
「あたし、結婚するの!」

 テリーの顔が険しくなった。ニクスがテリーの体を離し、ヘンゼルの腕に腕を絡ませた。

「この人が! あたしの運命の人!」
「ふっ! 任せてくれたまえ! お兄さんが必ず、雪のプリンセスを幸せにするよ!」
「ダーリン!」
「ハニー!」
「テリーにぜひ、司会をしてもらいたいんだ!」
「ぜひお願いするよ! 可愛いベリーちゃん!」
「テリー、先に結婚しちゃうけど、恨まないでね★」
「ノオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 テリーが叫び、再び木の裏に隠れた。その姿は絶望しきっている。

「あれ? 何が悪かったのかな? ダーリン」
「ふっ。分からないね。ハニー」

 ニクスとヘンゼルが退散した。テリーがめそめそ泣いている。

「ニクスが汚された……! ……ニクスが汚された……!!」
「ああ……」

 メニーが眉間に皺を寄せた。

(どうしようかな……)

「メニー! ここはニコラの親友の私に任せて!」

 元気よく現れたのは不思議の少女アリス。アリスが歩き出し、テリーに声をかける。

「ニコラ! 帽子を作って来たわよ!」

 テリーがアリスの声に目を輝かせ、顔を覗かせる。

「ほらほら! すごいのよ!」

 アリスが帽子をテリーに見せた。帽子には、キッド殿下万歳というデザインが施されていた。

「これでニコラも! キッド様ファンよ!!」
「……」
「キッド様万歳! キッド様万歳!!」

 テリーがそっと木の裏に隠れた。アリスがきょとんと首を傾げた。

「あれー? 何が駄目だったかなー? 喜ぶと思ったのに」

 自分で帽子を被り、アリスが退散した。残されたメニーが後ろに振り向く。

「サリア、どうしよう……」
「そうですね」

 凛と立つサリアが考える。

「テリーをあそこから出すのであれば、貴女自身が行くべきです」
「私ですか?」
「そうですよ。人に頼らず、メニー様が行ってみてください」
「でも、お姉ちゃん、逃げませんか?」
「大丈夫」

 サリアがメニーの背中を押した。

「さ、行ってあげて」
「……」

 メニーが一歩踏み出し、歩き出す。また一歩踏み出し、歩き出す。とことこと歩き、熊達がメニーを睨む。

「お姉ちゃん」

 メニーが声を出す。

「お姉ちゃん」

 テリーは出てこない。

「お姉ちゃん」

 テリーは動かない。

「お姉ちゃん」

 メニーが歩く。

「お姉ちゃん」

 メニーが木に触れる。

「お姉ちゃん」

 木の裏を覗く。テリーが鋭くメニーを睨んでいた。

「お姉ちゃん」

 メニーが微笑んだ。

「何も怖くないよ」

 メニーがしゃがんだ。座り込むテリーと目線の位置が同じになる。

「私のこと怖い?」

 テリーがメニーを睨む。

「お姉ちゃん、怖くないよ」

 メニーが微笑む。

「だって、私、お姉ちゃんが大好きだもん」

 メニーが腕を伸ばした。

「ほら、来て」

 テリーの頬に、メニーの手が触れる。

「怖くないよ」

 優しく、テリーの頬を撫でる。

「お姉ちゃん」

 メニーがテリーに近づいた。腕を伸ばし、テリーを抱きしめる。

「もう大丈夫」

 テリーの背中を撫でる。

「私がお姉ちゃんの傍にいるよ」

 メニーが微笑む。

「ずっといるよ」

 テリーの耳に囁く。

「私がお姉ちゃんを守ってあげる」

 メニーが優しく微笑む。

「私だけはお姉ちゃんの味方だよ」

 メニーが微笑む。

「大丈夫だよ。お姉ちゃんが怖いと思うものから、私が守ってあげる」
「私がずっとお姉ちゃんの傍にいてあげる」
「二人で田舎に行こうね」
「私と一緒に暮らそうね」
「私、お姉ちゃんと一緒にいるから」
「お姉ちゃんが人を信用出来ないって言うなら、それでもいいから」
「私だけを信じてくれたらそれでいいから」

 メニーが笑う。

「誰も信用出来ないなら、私だけを信じてくれたらそれでいいよ」

 メニーがテリーの頭を撫でた。

「お姉ちゃん可哀想。皆に虐められて」

 人が信じられなくなって当然だよね。

「可哀想」

 メニーは笑う。

「可哀想」

 テリーの頭を撫でる。

「私なら、そんなことしない」

 テリーを強く抱きしめる。

「お姉ちゃんを守ってあげる」

 メニーは、笑う。

「大丈夫だよ。ずっと守ってあげる」



 メニーは笑う。




「ずっと一緒だよ。テリー」






 テリーの手が、メニーを抱きしめた。




















「……ふぁっ」

 メニーがぱちっと目を開けた。

「んん……」

 ごしごしと目を擦る。

「……あれ?」

 ぼうっと、辺りを見回す。

(居眠りしちゃった……)

 本が膝の上に置かれている。足元では、ドロシーがすやすやと眠っていた。

(なんか変な夢見た気がする……)

 ぐっと伸びをして、本を掴み、立ち上がる。

(あ……そういえば、そろそろお姉ちゃん教科書返さないと)

 メニーは本を椅子に置き、自室へ向かい、歩き出す。

(教科書……教科書……)

 ああ、そういえば、料理の教科書も机に出しっぱなしだった。

(今度キッチン借りて、何か作ってみようっと)

 ふふっと微笑んで、メニーが扉を開けた。机を見ると、いるはずのないテリーがいた。

(え)

 テリーがメニーに振り向く。手には教科書。

(へ)

 机には、料理の教科書。

(はっ)

 見られた。

(あっ)

 秘密にしていたのに。

「メニー」

 テリーが微笑んだ。

「あの、教科書……」
「お姉ちゃん!!!!!!!」
「え」

 メニーが見せた事のない怒りに、テリーが困惑する。長引く姉妹喧嘩の幕が、開かれるのだった。






 森の少女の夢日記 END
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった

白藍まこと
恋愛
 主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。  クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。  明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。  しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。  そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。  三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。 ※他サイトでも掲載中です。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

処理中です...