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キッド

とろとろ溶けて甘くなれ(1)

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(*'ω'*)キッド(15歳)×テリー(11歳)
 ―――――――――――――――――――――――









 2月14日、それは大切な人へプレゼントを贈り、想いを伝える一日である。
 バレンタイン・デー。

 あるところでは友人へ。家族へ。恋人へ。大切な人へ。
 いつもありがとう。
 これからもよろしくね。
 仲良くしましょうね。
 ずっと前から好きでした。
 君をこれからも愛しているよ。
 あなたをこれからも大切に想うわ。

 そんな言葉が並ぶ、大切な日。

 キッドも例外ではなかった。

「キッド! これあげる!」

 可愛らしい少女がキッドにラッピングされた包みを差し出すと、キッドがふわりと微笑んだ。

「ありがとう! これを届けに来てくれたの? とても嬉しいよ」
「え、えへへ……」
「これからも仲良くしてね。これは俺から」

 そう言って、お菓子の入った小さな袋を少女に手渡す。

「これは、ほんのささやかな、君への贈り物だよ」
「キ、キッド……。……ありがとう……」
「こちらこそ。とても素敵なプレゼントをありがとう」

 ――ちゅ。

「はうっ!」

 手の甲にキスをすれば、少女の目はハートになり、うっとりとキッドに見惚れだす。

「それじゃあ、俺、この後用事あるから。気をつけて帰ってね」
「うん! キッド、お菓子ありがとう!」

 恥ずかしそうに、照れ臭そうに、顔を真っ赤にする少女は興奮しながら走っていく。キッドは手を振り、その少女の背中を微笑みながら見送り、姿が見えなくなると、家の中に入る。

 そして、その笑みは真顔に切り替わる。

「さて」

 キッドがじろりと玄関にいるビリーを見た。

「じいや」
「今ので179人目です」
「ふっ!!」

 キッドが誇らしげに胸を張った。

「179人!! 過去最高人数突破だね!!」
「男女含めての人数です。そして止まる気配もない。窓からこちらへ向かってくる少女がまた二人ほど」
「ああ、我ながら人々の心を射止めてしまうぶち抜いてしまう自分が怖いよ! 最高に恐怖だ! 最高に至福だ! 最高に幸福だ!!」

 はぁーーーーーはっはっはっはっはっはっはっは!

 高笑いするキッドは、今日も絶好調である。

 とんとん、とノックをされ、キッドは扉を開ける。また少女たちを相手にし、プレゼントをもらい、渡し、相手の手の甲にキスをして、頬にキスをして、別れ、扉を閉めて、ビリーに包みを渡す。

「181人です」
「だんだん唇が痛くなってきたよ」

 でも顔には出さないよ。

「だってこのプレゼント達は俺への贈り物だからね」

 贈ってくれた少年、少女たちには感謝の気持ちを忘れないよ。

「ただ」

 キッドの目の色が変わる。

「じいや、俺は一つだけ気になることがあるんだ」
「なんですかな」

 とんとん。

 またノックが鳴り、キッドが出る。次は少年。相手が男ならばキスはしない。握手をして微笑むと、少年はうっとりとキッドを見つめ、ふわふわとした足取りで去っていく。キッドが扉を閉め、またビリーに渡された包みを渡す。

「182人目です」
「じいや、俺はね、ずっと気になってるんだよ」
「と言いますと」
「182人も来ている。つまり、城下にいる一部の人数は俺へ会いに来ているわけだ」
「そうですな」
「俺はこのことを誇りに思うよ。だって家中がプレゼントだらけになってきたからね」
「キッド様! これはどちらに運びます!?」
「二階へ」

『お手伝いさん』によって二階へ包みが運ばれていく。キッドは眉をひそめて顎に手を添えた。

「でもね、じいや、俺は、唯一待っている特定の相手から、まだ何も貰っていないんだ」
「ほう」
「しかも今日はその相手との初めてのバレンタインだ」

 さすがに、

「無いと思うんだ」

 さすがに、

「無視はないと思うんだ」

 さすがに、

「例え半年間無視されていたとしても、例え正月に挨拶にこなくても、たとえ年賀状が俺だけ送られてこなくても、妹の誕生日プレゼントを一緒に買いに行ってからここに来てないにしても」

 さすがに、

「今日は無いと思うんだ」

 さすがに、

「今日は恋人として大切な日だ」

 さすがに、

「あいつも自分の役割をわかっている」

 さすがに、

「無視はないと思うんだ」

 とんとん。

 扉を開けると、緊張した面持ちの少女がキッドに挨拶をする。キッドはまた少し話をして、少女の手の甲にキスをして、少女を喜ばせ、その後姿を見送り、また扉を閉める。

「183人です」
「ねえ、あいつがくる気配は?」

 ビリーの反応はない。
 それを見て、ふう、とキッドがため息をつき、扉から離れる。

「あー、やめたやめた」
「キッド様」
「もうやめた」

 キッドが玄関から離れ、歩き出す。

「じいや、後は何とかして」
「もう計測しなくていいのかい?」
「もういい。飽きたし疲れた。唇も痛い。俺はひりひりする唇のまま人に会いたくない。明日になって悪化して腫れてしまったらそれこそ一大事。腫れが治まるまで誰にも会えないよ。これから来る子たちに関しては、明日以降、唇が腫れてない時に俺からお礼に行く」
「さようですか」
「出かけてくるよ」
「そうですか」
「それにしても、今日はいい天気だ。暇な女の子が一人で散歩をしていても、気分がとても晴れやかになるくらいのお散歩日和」
「はい」
「一時間で戻る。……じいや」
「はい」
「紅茶の準備だけ頼む」
「はい」



「このどちくしょーーーーー!!!!」

 悲鳴に近い叫び声が聞こえ、ビリーがそっと扉を開けると、最高ににっこにこと涼しい笑顔のキッドの肩に担がれたテリーが暴れに暴れていた。
 コートを着ていることから、出かけているところを発見され、捕まったのだと推測できる。

 テリーの目は11歳とは思えない、充血した目で、自分を抱えるキッドを睨みつけていた。

「この! 糞野郎! 離せ! 顔と身長だけの木偶の坊が! 今すぐあたしを離せ! 放せ! 離せ! このクソガキ! 変態! 変質者のロリコンめ! 青髪ブルーヘアーのブルーベリーのくせに! 青鬼ならぬ青男! 青タン! 青膝! 青髭! 青痣野郎! 女男! 男女男男女男女! 少年少女戦国無双! その短い髪をツインテールにして、今日からあんたは青ネギ食べる青音奇殿よ! 世界で一番生意気野郎って歌ってしまえ! ばーか!」
「あははは! テリーってば、お前のツンデレも相当だな」

 腕に抱きかかえ、

「ひゃっ」

 悲鳴をあげる彼女を持ち上げ、くるくると舞うように体を回し、キッドがソファーに座る。小さなテリーは横向きで膝の上。

「ほら、こっち向いて」

 顎を掴んで、無理矢理こっちを向かせると、テリーの元々ある鋭い目が、もっと鋭くなり、キッドを睨みつける。ぎりっ! としたその表情に、キッドが思わず吹いた。

「ぶっっっはははははは! 俺をそんな風に睨むのなんてお前くらいだよ!! ははは! あはははは!! だぁははははは!!!」
「くそ……! くたばれ……! くたばってしまえ……!」
「おー? そんな口利き方でいいのかー?」

 頬をふに、と細い指でつまむ。

「ひょ!」

 テリーが悲鳴をあげると、ますますキッドの手が動いていく。つまんだテリーの頬を、上下に動かし、左右に動かす。

「ひゃにふんのよ! ほにゃああ!」
「あははは! 何言ってるかわかんないよー! ばーか!!」
「むうううううううう!!」

 テリーが抵抗にキッドの肩を押す。が、そんな事をされたらますますキッドの笑みは楽しそうに愉快げに深くなるばかり。

「ほらほら! これか? これがいいのか!? え!?」
「ふううう! みしゅしゃー! みしゅしゃーふぃりー!!」
「キッドや」

 ビリーが一言呼ぶと、キッドが微笑み、ぱっと手を離す。

「はいはい」

 そして、その手をテリーの体に巻き付け、テリーの小さな胸にキッドが頭をすりつけた。

「テリーが可愛いから悪戯しちゃった。ごめんね? テリー」
「この野郎……! レディのほっぺをむにむにするなんて最低よ! 胸に顔を擦り付けるな! この巨人! お前に擦り付けられても何も嬉しくもないわ! 上目遣いで見るな! 気持ち悪い! 女々しい奴! 恥を知れ!」

 今日も罵詈雑言の嵐に、キッドの上機嫌な笑顔が不機嫌な無表情に切り替わり、じろっと鋭い目つきでテリーを見上げる。

「だってお前、今日も無視するつもりだっただろ」
「……何の話よ」
「テリー、今日は、バレンタイン・デー」

 ゆっくり言葉を伝えると、テリーの右目が痙攣した。

「お菓子」

 キッドが言う。

「お菓子寄こせ」

 キッドが言う。

「ケーキがいい」

 キッドが言う。

「いや、チョコレートでいいよ」

 キッドが言う。

「チョコレート寄こせ」

 キッドが言う。

「俺に渡せ」

 キッドが言う。

「心を込めて」
「真心込めて」
「愛を込めて」
「気持ちを込めて」
「俺にお菓子を渡せ」

 さあ、テリー。

「ギブ・ミー・チョコレート!!」
「えぬ、おー! 合わせて! ノォオオオオオオオオオオオオン!!!」

 テリーが叫んだ。
 それはそれは、心を込めて、真心込めて、憎しみを込めて、気持ちを込めて、キッドに叫んだ。

「ぶぁかが! 誰が作るか! お前なんかに砂糖のさの部分だって渡すもんか!! ばぁーか! ばぁーか! おたんこなすーう!」
「はっはっはっ! テリー、何言ってるか分かってる? 俺は婚約者だよ? お前の婚約者だよ? そしてお前は俺の婚約者だよ? 婚約という契りを交わした愛する婚約者が婚約者のために婚約者のプレゼントを婚約者のイベントである婚約者のためのバレンタインで婚約者に何も渡さないって言うの?」
「婚約婚約うるさいのよ! だいたいね! あんただってあたしに何もないくせに、不公平よ!」

 そう叫んだ瞬間、

 ――キッドの手が動いた。

「え」

 テリーが驚いて目を見開く。
 真っ赤な花びらが、自分の目の前を舞っている。
 どこから出てきたのか、どこから出したのか、一瞬にして、キッドの手には、大量の赤い薔薇の花束が握られていた。

 テリーに向けて、それを差し出している。

「何驚いてるの? テリーってば」

 くすっと笑って、

「愛しいお前へのプレゼントだよ」

 50本の赤薔薇の花束を向けられ、テリーが黙る。その顔は、すさまじく引き攣っている。

「……」
「ふふっ」

 そうか、そうか。

「感動して言葉も出ないのか」
「……感動ですって?」

 違うわよ。何言ってるのよ。この馬鹿が。

「こんなもの渡されて、ママになんて言い訳すればいいのよ!!」

 テリーがぎいいいい! と歯を食いしばってキッドを睨んだ。しかし、キッドは涼しい顔。

「そう言うと思ったよ」

 かさばるものを俺はレディに渡したりしない。

「お前の言葉なんて、予想通り!」

 ぱちん、とキッドが指を鳴らす。キッドのお手伝いさんが滑り込んだ。そして、キッドの手から花束を離し、持ち上げ、ハサミを取り出す。

(な、何? 何が始まるの?)

 テリーが思っているうちに、薔薇のカットは行われる。カットした薔薇はそそくさと何かに工作されていく。

(ひえっ……)

 薔薇のブローチ、薔薇のコサージュ。薔薇の髪飾り、薔薇のリース。薔薇の置物。薔薇の小物。薔薇が美しい装飾品に変わっていく。

「……え?」

 テリーが装飾品を手に持ち、じっと眺める。

「あら、この薔薇作り物なのね」

 じいいっと観察すれば、まるで本物のような仕上がりの薔薇。

「50本のうち12本は本物だよ」
「ああ、本当だ。よく見ないと見分けがつかないわ」
「すごいだろ」
「ええ。確かにすごい」
「花瓶に入れられるだろ?」
「ええ。12本なら入れられる」
「かさばらないだろ」
「うん」
「すごいだろ」
「すごいわね」

 確かにすごい。

 ……。

「だからなんだ!!!!!!」

 テリーが血走る目で声を張り上げた。

「この薔薇の装飾品達を持って帰れって言うの!?」
「ふふっ。出席するパーティーにでも使ってよ。ちゃんと使えるものだから」
「どうやって持って帰るのよ!」
「大丈夫。箱に包んで買ってきた風に見せればいいのさ。箱もこっちで用意している」
「なんて手際がいいの! 腹立つ、むかつく、イライラする……!!」
「褒め称えていいよ! 崇めていいよ! 最高の婚約者だと! キッド愛していると叫んでくれて構わないよ! はっはっはっはっ!」
「誰が! 誰が言うもんか!!」

 薔薇ですって?

「そんなもの、あんたから貰ったって嬉しくないわ!!」

 薔薇は結婚するあたしだけの王子様から貰うはずだったのに!

「だからあげただろ? 俺が」
「なんであんたなのよ!」
「王子様から欲しかったんだろ?」
「あんた自分が王子様だと思ってるの!? うわっ! 気持ち悪い! ナルシスト! 顔だけイケメンなら何でも許されると思ってるんじゃないわよ!? あんたのせいであたしの心は害の害! 井戸の底よ! 気分は最悪! 展開も最悪! 相手も最悪!」
「間違ってるよ。テリー」

 それを言うなら、

「気分は最高。展開も最高。相手も最高」
「くそが! 虫唾が走るわ! 反吐が出るわ! 目が腐るわ! あんた、あたしが婚約者になった理由を忘れてるんじゃないでしょうね!」
「えー? 忘れてるわけないだろー?」

 衝撃的な出会いだったもんね。

「お前が俺に一目惚れしたんだ」
「違う!!」

 全力でテリーが否定する。キッドは微笑む。

「違わないさ。俺たちは二回目に再会したあの日に、愛を誓い、確かめ合い、一つになったんだ……」
「あんたね……いい加減に……」

 その胸倉を掴むと、

「テリー」

 キッドがテリーに耳打ちした。

「皆が聞いてる」
「ばれるよ?」
「婚約解消したいの?」
「吸血鬼の時と同じになりたい?」
「今度は俺を呼んでも」
「助けないよ?」

「……」

 テリーがキッドを睨む。
 キッドはテリーに微笑む。
 テリーがため息をついた。
 キッドは勝利を確信した。
 テリーがそっと、キッドの胸倉から手を離した。

「……一目惚れはしてない」
「くくっ。そうだっけ?」
「そうよ。してない」
「ふーん。そうだったっけ?」

 テリーの胸に、またキッドが顔を摺り寄せる。

「ふふっ」

 キッドが笑う。

「くくくっ」

 良い子のテリーにキッドが笑う。

「くくくくくくくくくっ」

 自分を守る騎士が必要なテリーに、キッドが笑う。

「くひひひひひひひひひ!」

 小さな少女を支配しているように、締め付けて、抱きしめて、腕に、自分が、テリーを閉じ込める。

「やっぱりテリーは飽きないね」

 閉じ込めても支配できないテリーに、心を奪えないテリーを、キッドが見上げる。

「ねえ、テリー」

 ギブ・ミー・チョコレート。

「俺にチョコレート頂戴?」

 いやらしく微笑めば、テリーの顔がむっと、唇を尖らせる。

「……材料、ないもん」
「材料なら」

 キッドが再び、ぱちんと指を鳴らすと、キッドのお手伝いさんがキッチンへ手を向けた。

「あちらに揃ってます」
「げっ……」

 計画的犯行。

「最悪……」
「なんだって?」

 訊き返せば、

「さ、最高……」
「あはははは!」

 そうそう! それでいいんだ!

「俺の言うことを聞くテリーは可愛いね」
「くそ……」
「それでいい」

 キッドは笑い、またテリーの耳に囁く。

「契約継続。守ってあげるよ」

 ――ちゅ。

「いひゃっ!?」

 キスされた耳を押さえて、テリーが身を離そうとのけ反るが、キッドの腕がそれを許さない。その腰を抱き締め、また引き寄せる。

「ほら、テリー」

 耳に囁けば、テリーの体がぴく、と跳ねる。

「……ん……」

 小さく唸るその顔は、ほんの少し、頬を赤く染め始める。

(あ、いけるかな?)

 キッドの口角が上がる。

 ――今度こそ、堕ちるかな?

「テリー」

 耳に囁く。

「俺に甘いチョコレート作って?」

 悪魔のように囁く。

「甘すぎてとろけちゃうようなやつ」

 まるで、

「お前みたいに」
「甘くて」
「愛しくて」
「とろとろに」
「なっちゃいそうな」
「そんなやつ」

 俺に、

「俺だけに、作って?」




「帰る」


 テリーが言った。

「は?」

 キッドの目が点になる。

「帰る」

 テリーがキッドを睨んだ。

「帰って、メニーに作る」

 その言葉に、キッドが黙った。顔を引き攣らせ、唇を噛んで、テリーを睨む。

「……」
「そうだった。あんたに気を取られて忘れてたわ。あたしメニーにお菓子を買いに出かけたんだった。すっかり忘れてた」

 広場に行って帰らないと。

「というわけで、あたし帰るわ」
「駄目」

 むううううっとしたキッドが、テリーを離さない。テリーがキッドを睨む。

「ちょっと、これは命にかかわることなのよ。お退き!!」
「駄目だよ。俺にチョコレートを作って渡すまで帰らせない」
「何よ! チョコレートなんてね! 板チョコ溶かして型に詰めて冷やして終わりだべさ!! あんたにだってお手軽簡単超楽ちんレシピ! 時間と材料さえあればできるのよ!!」
「それならお前にだって出来るだろ! さっさと作れ! 俺に作れ! 作るまで帰らせるか!!」
「誘拐よ! 監禁よ! 犯罪よ!」
「結構!」
「ミスター・ビリー!!」

 テリーがビリーに助けを求める。しかし、キッドはビリーを鋭く睨んでいる。絶対に帰らせるかとテリーを抱き締めている。まるで駄々っ子のように、自分の大切な人形を誰にも取られまいと大切に強く握って、離す気配はない。
 ビリーはため息をつき、二人に近づく。

「テリー殿、作ってくれないかい? 渡せばどうにでもなるじゃろう」
「……貴方がそう言うなら、そうする……」

 テリーが大人しくなり、素直に頷く。

「は?」

 キッドの眉が吊り上がる。

「何々? 俺の言うことは聞かないくせに、じいやの言うことは聞くの?」

 ねえ、テリー。ねえ、テリー。ねえ、テリー。

「おかしくない?」

 なんで?

「おかしいよね?」

 テリーを睨む。

「テリー」

 不機嫌に、その名前を呼ぶ。

「何? わざとなの? あえて俺を煽ってるの?」
「あんたはさっきから何言ってるのよ……」

 おかしな奴ね。

「おかしいのはお前だろ。なんで俺の言うことは聞かないわけ?」

 さっきまですごく可愛かったのに。

「あーあ。可愛くない。愛しくない。今日もお前の髪の毛は汚い色だね」
「あんた! このっ!」

 テリーが手を上げる、が、その手すらキッドは簡単に掴んでみせる。

「何? 今度は俺をぶつ気?」

 無駄無駄。

「そんな無駄な体力使うもんじゃないよ」
「人の気にしてることを言うなんて最低!」
「結構。さっさとお菓子作ればこんなこと言わないよ」
「最低! 本当に最低! もう離してよ! あんたがくっついてくるから作れないじゃない! お退き! 離せ!」
「はいはい」

 低い声で返事をしてテリーを離す。テリーがむっとしたまま、キッチンを睨んだ。

「なんであたしが作らないといけないのよ……」
「テリー様、こちらです」

 キッドのお手伝いさんに案内され、テリーがぶつぶつ言いながら入っていく。その背中をキッドはじーーーっと見つめる。

(……面白くない)

 キッドが立ち上がり、ちらりと周りを見て、口を動かした。

「誰か、薔薇の装飾品を包んで、あとそれを入れる箱と袋も用意して」
「御意」
「任せたよ」

 お手伝いさん達が返事をすると、キッドがキッチンに向かって歩き出す。ビリーはその背中を、ちらっと見てから、紅茶を自分に注ぎ始めた。


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