おとぎ話の悪役令嬢のとある日常(番外編)

石狩なべ

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キッド

二人でお出かけライフ(2)

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「歩いている人が少ないね。やっぱり、皆、ゆっくりしてるのかな?」

 キッドがテリーと手を繋ぎながら周りを見る。店に入る人も少ないように思える。唯一、飲食店には多いように見えるが、それでもいつもと比べたら圧倒的に少ない。
 冬用の帽子を深々と被り、キッドの顔が隠される。テリーも周りを見て、キッドの手を引っ張る。

「ねえ、キッド、9歳の女の子に知り合いはいる?」
「もちろん。俺は町中の女の子を知り尽くしていると言っても過言では無い。今年は19歳から6歳までの女の子に愛の告白をしてもらった。あ、勘違いしないでね。もちろん丁重に断らせていただいたよ。俺にはテリーだけさ」
「隙を見せると無駄な口説き文句……! 15歳にしてなんて奴……! そんなものは結構よ! そうじゃなくて、9歳、10歳の女の子だったら、どんな種類の鞄が好きなのかと思って」
「年が近いのはお前だろ。お前がいいと思ったものでいいんじゃないの?」
「そんなに近くないでしょ」

 ……あ。

「……いや、確かに近いけど……」

 テリーは、時々、よくわからないことを言う。キッドは違和感を感じている。けれど、これくらいの年齢だったら、一歳違うだけでも、自分は、うんと大人、と思うのかもしれない。薄く微笑み、違和感を無理やり消して、小さな婚約者に付き合う。

「テリーの選ぶものはセンスがあるから、直感を信じていいと思うよ」
「何よ、それ。馬鹿にしてるの?」
「なんで? 俺がいつお前を馬鹿にしたの?」
「センスが良いって言った」
「うん。センス良いじゃん」
「はあ?」
「だってさ」

 テリーに振り向く。

「似合うでしょ?」

 彼女から貰ったマフラーを見せて、キッドは微笑む。

「これ、女の子達からも評判良いんだよ」

 にこっと笑えば、テリーの仏頂面が少し和らぐ。驚いたように目を見開き、ほんのり照れたような顔を見せたかと思いきや、――それを隠すように、むっと頬を膨らませ、キッドから視線を逸らす。

「当たり前よ。苦労して見つけたんだから。そうじゃないと困るわ」
「ふふ。苦労してくれたんだ? ありがとう。テリー」
「そうよ。あんたのために時間を費やしたのよ。感謝しなさい」

 テリーは、照れるか、見惚れるか、図星を突かれたか、自分の中で何かに抵抗したい時に、キッドから目を背けることを、キッドはすでに察している。

「駄目」

 足を止めてテリーの顔を覗き込めば、案の定、テリーが驚いて、ぎょっと目を見開く。

「……っ!」

 目を丸くするその顔をじっくり見たくて、テリーから視線を外さない。

「将来、嫁ぐ先の相手と歩いてるんだ。俺のこと、ちゃんと見てて?」
「……あんただけ見てたら転ぶでしょ。ほら、早く探さないと」
「もー。相変わらず素直じゃないなあ。そこも嫌いじゃないよ。ハニー」
「きもっちわるい!」

 ぞわぞわと顔を歪ませるテリーも、キッドはとても気に入っていた。
 だって、そんなことをする女の子は、誰もいなかったから。

 この俺を、気持ち悪いなんて、罵倒して嫌う女の子なんて、いなかったから。

 ふふっと笑いながら、上機嫌でキッドがテリーの手を引っ張って歩き続ける。

「あ、キッド!」

 知り合いの女の子と目が合い、にこっと笑って手を振れば、女の子も嬉しそうに手を振り返してくれる。

「あら、キッド、妹さん?」

 また知り合いの女の子に声をかけられ、そっちにもにこっと笑って繋いだ手を見せびらかすと、相手は少しむっとしたように、それを気づかれまいと、微笑んで手を振っている。

 ――ほらね、みんな、俺にメロメロだ。可愛いじゃないか。とても。

 ちらっと見下ろせば、キッドを全く相手にしていないテリーは、ひたすら妹の鞄を探している。こんなイケメンと手を繋いで歩けているのに、照れた素振りも、構ってほしいという素振りも、こちらからアクションを施さないと、テリーは無反応だ。

「……ふむ。面白い」

 キッドが思わず呟く。

「ん? なんか言った?」

 振り向くテリーに、にこりと微笑んだ。

「テリーが幼稚過ぎると思っただけだよ」
「お前、喧嘩売って楽しい?」
「売り言葉に買い言葉。言葉を交わせばもっと仲が親密になる。つまり、何が言いたいか」
「あたしと喋りたい?」
「そういうこと」
「くたばれ」
「結構」

 そのうんざりする目つきは、とても11歳には思えない。

 11歳というのは、もっとわくわくした目で、もっとドキドキした目で、自分を見つめてくるものだ。リードしてあげれば、照れ臭そうに微笑んで、頬を赤らめて、キッドにうっとりと見惚れてくれる。その唇にキスをしてあげれば、興奮の後に気絶ものだ。

 そういう女の子を、キッドは好きだった。
 だって、自分に構ってくれるから。
 自分を好きだと思ってくれているから。
 自分に好意を寄せる女の子は、みんな、全員、どんなみすぼらしい姿であろうと、どんな着飾った姿であろうと、キッドは愛を持って受け入れた。

 ――この、テリーを除いては。

「っ」

 テリーの視線がそれを見つめる。ひたすらじっと見つめる。でも、それは鞄ではない。けれど、何か、誰を見るよりも、キッドを見るよりも、きらきらした目で、ほんの少し見惚れるように、見ている。初めて見るテリーの表情。それをキッドは見つめる。

「……ハムスター?」

 ばっ! と、テリーが慌ててキッドを見上げる。

「な、何?」
「ハムスター好きなの?」
「は? ねずみなんて気持ち悪いわよ! 貴族の令嬢が、そんなもの見るわけないじゃない!」
「ハムスター可愛いよね。俺好きだよ。あの小さい体が手の上に乗ったりするのを眺めると癒されるよね。種を渡すとさ、口いっぱいに種を入れて食べてるのも、見ててどきどきする」
「……」

 またテリーが視線を逸らす。しかし、その表情が、しばらくしてからにやけ始めるのを見て、察しが付く。

 ――ああ、好きなんだ。ハムスター。

(いや、こいつ、俺がわざわざハムスターって言ってあげたのに、『ねずみ』って言ってたな)
(へー。ねずみ、好きなんだ)
(……ねずみ、ねえ……)
(そんな女の子も初めてだな)

 くくっとキッドが笑い出し、テリーがまた見上げる。

「……ん? どうしたの?」
「いや、ちょっと面白いものを見ただけだよ」
「面白いもの?」
「うん、ちょっとね」
「ふーん……」

 また興味なさそうにちらっと視線を逸らし、店を探しだす。
 名高いブランド店を見つけても入らないことから、おそらく、メニーが高価なものを求めない性格であることが伺える。

(だから、余計に困ってるんだろうな)

 あえて古着屋や雑貨店を遠くからじっと眺めているのは、そのせいだろう。

「入ってみれば?」

 キッドが訊けば、テリーが首を振る。

「貴族が庶民の店に入るのは……物を見定めてからよ」
「お前はさっきから何言ってるんだよ。ほら、入るよー」
「ちょっ……!」

 古着屋に貴族も庶民もあるかと、キッドが手を引っ張る。
 店内では蓄音機からジャズのBGMが流れており、おしゃれな壁紙と床で覆いつくされていた。

「ほら、探せば?」

 鞄が並ぶ場所に小さな手を引っ張れば、テリーがじっと見つめる。

「いっぱいある……。……古着屋のくせに……。……中古店のくせに……」
「お前なー、これぞ庶民の知恵だぞ」
「あたし舐めてたわ。これはすごい種類。色んなブランドの品が並んでる。……偽物もある……」
「……それは言わない方向でいこうよ」

 キッドがあえて目を逸らすと、テリーが鞄に手を伸ばす。レトロな作りの鞄だ。痛みもあるが、十分に使えそうなもの。しかし、テリーはその鞄が作られた会社の札を見ていた。

「この会社、城下にあったかしら?」
「ん?」
「鞄のデザインがメニーに合ってる。あるならそこに行って新しい物を買うわ」
「ああ。一応ブランド物だね。俺、そこ知ってるよ」
「え、わかるの?」
「うん。近くに本店があるよ。行ってみる?」
「行く!」
「よし、きた。おいで」

 何も買わないのは気が引けるが、テリーの手を引いて、キッドは店から出る。そして、テリーが見てみたいというその鞄を作った本店に足を向ける。テリーが少しでも喜んで、自分を好きになってくれれば、困ることはない。

(これで少しは好感度を上げてくれるかな?)

 下心を隠し、道を進んでいく。テリーはその間も、疲れた、という言葉を出さず、早く早くと心が躍ったように歩いている。

(靴が濡れるのに)
(雪道で歩きづらいはずなのに)

 テリーは馬車に乗らず、キッドと長い道を歩いている。

(貴族のくせに、変なの)

 キッドは、その違和感が消せない。
 テリーは自分を貴族と高らかに言っている割には、どこかそのプライドも捨てているようにも見える。大切なところはとっておいているが、必要のないプライドは捨てているような、そんな気がする。

 というのも、彼女には、貴族としての『欲』がないように見えるのだ。
 唯一、彼女が無視できない『欲』と言えば、『命』に関することだろう。

(『生』というものに執着がありすぎる気がする)
(まあ、この年齢だもんな)
(被害妄想も多くなる時期だ。しょうがないのかも)

「あ、あれだよ」

 指を差して言えば、テリーがじっと店を睨む。

「よし、ここで決めるわよ。もうこれでメニーに恨まれなくて済みそうだわ」
「え? メニーって、誕生日プレゼント如きで人を恨むの?」
「馬鹿ね。メニーがそんなことするはずないでしょう。あの子ほど心が綺麗な子はいないのよ」
「お前が、今、言ったんだろ」

 指摘すれば、ぎょっと、テリーが目を見開く。

「も、もしもの話よ!!」

(あー。なんか、隠してる顔だー)

 テリーもテリーで変わってるが、メニーもメニーだ。あの子も相当変わってるとキッドは思う。

 だって、

 テリーに声をかけて、
 テリーに触れていた時に、
 テリーの後ろから、
 あのメニーは、
 あの純粋そうな少女は、

 ――殺意を込めて、自分を睨みつけていたから。


(ベックス家の令嬢はみんな変わり者なんだね)

 くくっ。

(……面白い)

 キッドは、にんまりと、いやらしく微笑む。


(*'ω'*)


 店から出る頃には、テリーは胸をなでおろしていた。手には大きな紙袋。中には、ラッピングされたプレゼント。

「持つよ」

 手を伸ばせば、拒否される。

「自分で持つ」

 その顔は、満足そうににやけている。

「これで……これで何とか、今回のミッションは成功したわ……!」
「うんうん。よかったよ。同じのはなかったけど、似てるやつがあってよかったね」
「おっほっほっほっ! こっちの方が全然可愛かったわ! あの子、絶対に喜ぶに違いないわ! これは、あたしの勝ちよ!! おーっほっほっほっほっ!」
「こういうのが好きなら、今度、店にメニーを連れて来れば?」
「……そうね。今後の誕生日プレゼントに使えそうだし」

 テリーがいやらしくにやけた。

「ぐふふ……。……これで……また遠のいた……!」

 ぐっと拳を握るテリーに、キッドが微笑む。

(……。何が遠のいたの?)

「キッド、お前にしてはよくやったわ。感謝してあげる」

 見上げてくる婚約者に、深々と頭を下げてみせる。

「いいえ? とんでもございません。我が姫のお役に立てるのであれば、この程度、お安い御用です」
「……胡散臭……」
「えー?」

(どうして喜ばないかな? このガキは)

 キッドは不思議でしょうがない。
 紳士としての振舞いを見せれば、それがからかいでも、女の子はそれが嬉しくて喜んでくれる。テリーに限っては、それをすれば不機嫌に変わる。

(……読めない……)

 だから面白い。

「あ、そうだ」

 テリーが立ち止まり、キッドに振り向く。

「報酬よ」
「ん?」
「ご褒美」

 ぽんと、手に乗せられる。

 つばのついた、暖かそうなニットの帽子。キッドは目を丸くして、じっと、それを見つめる。目の前には、してやったりと笑うテリーの姿。

「鞄以外にも小物を取り扱ってたの。あんた、帽子に穴開いてるわよ」

(おっと?)

「そのマフラーにも色があってるし、悪くないでしょ?」

(確かに。つばもついてるし、『顔を隠す』には十分だ)
(へーえ。やっぱり、センスいいな)
(……)


 ――びっくりした。


 まさか、こんなサプライズがあるとは思ってなかった。帽子だって、穴が開いてることは知っていた。いつか買い替えようと思っていたけれど、また今度また今度と放っておいていた。

 まさか、この子に買ってもらえるとは思ってなかった。

「……キッド?」

 黙り込むキッドに、不安そうになるテリーの顔。

「……。……いらなかっ……た……?」

 その顔が、
 どこか、
 本当にどこか、


 ――とても可愛く思えて。

(おっと?)

 キッドが、微笑む。

(俺としたことが)

(少し)

(驚いて)


 どきっとしてしまうなんて、


(これは、やられたな)


 そっと、テリーの頬に手を添えれば、ぱちくりと瞬きするテリーの目。その目に映るために、少し背の高い身を屈ませ、キッドからテリーの顔を覗き込む。

「いいや? 嬉しいよ」

 キッドは微笑む。

「本当に嬉しい」

 ついつい、無意識に口角が上がってしまう。

「ありがとう。最高のご褒美だ」

 そう言えば、テリーが呆れたように鼻で笑い、肩をすくめる。

「大袈裟ね」

 そんな彼女に『悪戯』をしたくなって、キッドはテリーに罠を仕掛ける。

「ねえ、テリー、被せてよ」
「は? あたしが?」
「そうだよ」
「何よ。自分で被ればいいでしょ」
「婚約者なんだからやってよ。マフラーだって、お前がやってくれたし」

『誕生日』での出来事はあえて触れず、その日のことを口にすれば、テリーが思いきりキッドを睨みつける。その頬は、ほんのりと赤い。

「……」
「なーに? その目? そんなに俺を見るのが好きなの? テリー。ふふっ、嬉しいな」
「はあ? ふざけないで。貸して! ほら!」

 帽子を取り上げ、テリーが屈むキッドの頭に被せていく。

(あーあ、こんなに簡単に引っ掛かるんだから)

 さて、どんな顔するのかな?

 キッドが、ちらっと、瞼を上げて、薄く、微笑む。そんな事も露知らないテリーは、乱暴な口調とは裏腹に、丁寧に帽子を被せ、ぽん、と頭に手を乗せた。

「はい、完成」

 手が離れる。

「完璧だわ!」

 満足そうに笑う顔が近い。
 自分はきっと彼女が選んだ帽子とお似合いなのだろうと、そう思って、それを確認する前に、その近づいた顔の鼻に、――キスをする。

 ちゅ。

「っ」

 テリーが固まった。
 キッドは微笑んだ。
 テリーが硬直した。
 キッドはにんまりと笑った。
 テリーの頬が赤くなった。
 キッドの頬が赤くなった。
 テリーの唇がわなわなと震えた。
 キッドはその顔を見つめる。

(へえ)
(お前、そんな顔もするんだ)
(びっくりしてる)
(驚いてる)
(恥ずかしそうにしてる)
(顔が髪の毛より真っ赤だ)
(うわ、何これ)
(思ったよりも面白い)
(反応は素直なんだよな)
(言葉も素直になればいいのに)
(素直じゃない分)
(こうなった時がすごく可愛く感じる)
(いいね)
(もっと見てみたい)
(テリー)
(じゃあ)

 ――唇は、どうかな?

 その瞳を見つめる。
 まだ幼い少女の目を見つめる。
 ゆっくりと顔を近づかせて、
 自分に見惚れさせて、
 自分に魅了させて、
 少女を支配しようと、
 その唇に、自らの唇を重ねようと近づけば、


 テリーの手が、邪魔をした。

 テリーの手袋のひらに、唇がくっつく。

「……ん」

 ちらっとテリーの目を見れば、テリーの目は、羞恥と、怒りと、緊張で、キッドを睨みつけていた。

「それだけは、絶対に、回避する!」

 彼女の目は、燃えている。

「あたしのファースト・キスは、渡さないんだから!」

 ぶるぶる震える手が、その真っ赤な顔が、自分に向けられているのだと思うと、キッドの胸が、きゅっと締め付けられる。

(ああ、いいね)
(悪くないよ)
(そうやって純情ぶってもったいぶるテリーも悪くない)

 ま、いずれは――テリーの方から、媚を売ってくることになるんだろうけど。

 そんなテリーも見てみたい気がする。
 自分に媚を売って、嘘でも微笑んで、嘘でも、キッドが好きよ。という彼女の姿。
 飽きたら婚約を破棄すればいい。
 飽きなかったら、いつまでも遊んでいればいい。

(それまでは、我慢してあげるよ)
(テリー)

 キッドが微笑むと、テリーが怒り、キッドから離れる。

「もう知らない! 最低! 嘘つき! 人の親切を仇で返しやがって! クソガキが! くたばれ!」
「怒らないでよ。テリー。すごーく可愛かったよ」
「うるさい! ロリコン! クソガキ! 木偶の坊! くたばれ! たわけ! 凍ってしまえ!!」

 怒鳴り続けるその声も、どこか愛しく感じる。妹のような、友人のような、親友のような、家族のような、――そんなテリーは、キッドにとって大切な希望だ。

「ちょっと、離れないでよ」

 キッドがテリーの手を握ると、ぎろりとテリーがキッドを睨みつけた。

「触らないで! 変態!」
「あはは! お前だけだよ。俺に変態とか言ってくるの」
「ミスター・ビリーに言ってやるから!」
「おー? そんな悪いことをする子はこうしてやるー!」
「わっ、やめ、公の場で抱きしめるな! やめろ! 馬鹿!! まぬけ!! キッド!! こらー! くそがきがああああああ!!」

(あはは! おもしろーい!)

 暴れるその小柄な体をぎゅっと抱きしめて、キッドは、にやける口角を下げることなく、自分の素直な感情に、身を委ねた。





 番外編:二人でお出かけライフ END
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