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悪役令嬢のとある日常
大運動会(2)
しおりを挟むヘンゼとグレタがマイクに声を発する。
『まず最初の競技! 短距離走だ! さあ、お兄さんのキュートな兎ちゃん達、愉快に走っておくれ!』
『皆、頑張るんだぞ!! 実況は任せろ!!』
『グレタ、ちょっと』
『兄さん! なんだ!』
『お前解説やれ。俺が実況をする』
『兄さん! 俺は実況がしたい! 兄さんが解説をしてくれ!』
『お前が実況したら言葉が単語だけになってしまうじゃないか』
『兄さん! そんなことはない! 今の俺は確かに無力かもしれない。だが、人間やろうと思えば、有力にもなれたりするんだ!』
『よし、わかった。そこまで言うならやってみろ』
『兄さん! ありがとう! 俺はやってやる!!』
グレタがマイクを取った。そして、目を輝かせて、叫んだ。
『シェケナベイベ!!』
『お前、やっぱり解説に回れ!!』
その声を聞きながら、レイチェルが片目をぴくりと痙攣させた。
「なぜ美しい私がこんな……、こんなことをしなければならなくって……? 私、全力で走るなんて、はしたない真似出来っこなくってよ」
「そんなこと言うんじゃないの」
隣でアメリアヌがため息をつき、呆れた目をレイチェルに向けた。
「楽しく走ればいいじゃない。せっかくの運動会なんだから」
「はしたなくってよ!」
「え?」
隣にいたアリスがレイチェルを見た。
「走ることって、はしたないですか?」
アリスがきょとんとしてレイチェルに聞くと、レイチェルが鼻を鳴らした。
「貴女みたいな庶民ならともかく、私は見た通りの貴族だから無理なのよ!」
「貴族! ああ、そっか! だからお綺麗なんですね!」
「そうよ! 私は綺麗なの! 貴女みたいに分かってる庶民は嫌いじゃなくってよ!」
「あ、なんか好感度上がった」
アリスに対するレイチェルの好感度が10上がった。
アリスが頭を掻いた。
「いやあ、照れちゃうね。えへへ」
「ばれては仕方ないわ。そう。私は貴族のお嬢様。だから、走るなんてはしたない真似出来なくってよ!」
「レイチェル、郷に入っては郷に従えって言葉知らないの?」
アメリアヌがレイチェルを睨むと、レイチェルが眉をへこませて、やれやれと首を振った。
「私がルールよ!」
「ああ、もう。頭でっかちめ」
アメリアヌは眉を下げてアリスに微笑む。
「悪いわね。アリス」
「とんでもないわ。アメリアヌ。貴女のお友達はとってもユニークね! うふふ!」
「ほら、レイチェル、アリスに笑われてるわよ。貴族令嬢なら、イベント事も楽しく参加出来ないと。ね? せっかくの運動会なんだから、楽しみましょうよ」
「アメリアヌ! なぜお前は平然と参加出来るわけ!? こんなふざけた運動会、私は反対だったのよ!」
「もうノリが悪いんだから」
アメリアヌがアリスを微笑む。
「いいわ。アリス、レイチェルはやる気がないみたい。つまらないから、私と仲良く走りましょう」
「え」
レイチェルが硬直する。アメリアヌはにこにこアリスに微笑む。アリスが自分の両手を掴み、アメリアヌに笑った。
「あら、嬉しいわ! アメリアヌ! でも負けないわよ! 勝負は常に真剣勝負なんだから!」
「そうこなくっちゃ! 貴族令嬢はね、勝負が大好きなの。アリスと走ると、なんだか楽しそうだわ!」
アメリアヌが言った。
「レイチェルよりも」
レイチェルが硬直する。
アメリアヌがアリスと笑い合う。
「アリス、私も負けないわよ」
「アリスちゃんだって、キッド様のために負けられないわ!」
「私だってベックス家長女よ。一族の者として、蝶のように舞ってみせるわ!」
「わあ! なんだかわくわくしてきたわねー!」
「ええ! 頑張りましょうね! アリス!」
「頑張りましょう! アメリアヌ!」
アメリアヌがちらりと見る。
アリスもちらりと見る。
レイチェルは俯いて黙っている。
アメリアヌが微笑んだ。
「……レイチェルは、はしたないから、走らないのよね。それなら勝負出来ないわね。……華麗に歩いてれば?」
「望むところよ!!!!」
レイチェルの目が燃えている。
「このゴミクズども!! このレイチェル様を敵に回したことを! 後悔するがよくってよ!!!」
「そうそう。そうこなくっちゃ」
アメリアヌがくくっと笑い、アリスの肩を叩いた。
「ま、そういうことで」
「アメリアヌ、すごいわね! あれだけやる気がなかったのに、あの子、すごいやる気になってるわ!」
「あの子ね、ほら、テリーに似てるのよ」
……。
アリスが納得した。
「確かに!!」
「ね」
「そこのお前!!!」
レイチェルがアリスに指を差す。
「名前は!!??」
「きゃっ! 名前を聞いてくれるなんて、なんて親切なの! 私はアリス! よろしくね! レイチェル!」
「はっ!! 愚民め! アリスなんて可愛い名前しやがって! このレイチェルの恐ろしさを味わうがよくってよ!!」
あー、本当だ。
(キッドに対するニコラにそっくり)
アリスが微笑む。アメリアヌが位置につき、構える。レイチェルが準備体操を行い、構える。喫茶店の店主、サガンが銃を上に向けた。
「……位置について」
娘達が構える。
「よーい」
ぱん! となった途端にアメリアヌ、レイチェル、アリスが走り出す。その姿はまるで蝶のように、その姿はまるで馬のように、その姿はまるで兎のようであった。
(*'ω'*)
テリー、ニクス、他三人の少女達。計五人が、これから走るグラウンドに並ぶ。
テリーが足のつま先をとんとんと鳴らし、じろりと三人を見た。
「なるほど。白チームはあたし達だけってことね……」
「……テリー」
「ん? どうしたの、ニクス」
「……先に謝っておくよ」
「え?」
「あたし……」
申し訳なさそうに、ニクスが呟いた。
「その、あたし、走るの遅くて……。体育の授業も、そんなに成績良くないんだ」
「そんなっ……! 大丈夫よ! ニクス!」
テリーがニクスの手を握った。
「ニクスは無理しなくていいのよ。何よ。足が遅くたって早くたって、あたしはニクスの素晴らしさを知ってるわ。人間は中身なの。足じゃないの」
「ふふっ。テリー、ありがとう」
「大丈夫。ニクスの代わりに、あたしが一位を取るから」
テリーが胸を張る。
「あたしを誰だと思ってるの。あたしこそ、テリー・ベックスよ!! ベックス家次女! 貴族の令嬢! お金持ち! こんなチンケな勝負、誰にも負けないわ!」
「でも、テリーも足遅いよね?」
「大丈夫! あたし! 何としてでも勝つわ! 人間はね、やろうと思えば、出来る生き物なのよ!」
テリーが拳を握った。
「短距離走が何よ! 友情に勝るものなんてね、どこにもないのよ!」
「テリー、短距離走に友情は関係ないと思うけど……」
「あたしはやってみせるわ! やってやる! だから、ニクスは無理しなくていいわ! あたしに任せなさい!」
「……心配になってきた」
テリーの目がメラメラと燃える。ニクスとテリー、他三人の少女達が位置に着く。
(よし、イメージトレーニングはばっちしよ! いける! あたし、いけるわ!)
サガンが銃を上に向ける。少女達は構える。
「……位置について」
(一位を取るのは、白チームのあたしよ!)
「よーい」
ぱんっ! となった途端に走り出す。ニクスとテリーが走り出す。三人の少女達も走り出す。
(なっ……!)
(これは……!)
『おっと、これは!』
ヘンゼがマイクを握る。テリーとニクスが目を見開いた。
『赤チーム、圧勝だーーーーーー!!』
((赤チーム超はやーーーーーーい!!))
三人とも、テリーとニクスに構わず、どびゅーーんと走り去ってしまう。まるでどこかの本の物語のように、ロケットのように、どびゅーーんと駆けていってしまう。呆気なく、ニクスとテリーが置いていかれた。
解説席では、グレタが拳を固めていた。
『少女達よ! 頑張れ! 負けるなぁぁああああ!!!』
マイクがきーん。
『こら、グレタ、離れろ! お前のせいでマイクが風邪をひいてしまう! 少女達も、お兄さんの声に気を引いてしまう! ああ、俺はなんて罪な男なんだ!』
『いけーーーー! 頑張れーーーーー! 俺はここで、応援してるぞーーーーー!!』
赤チームは吹っ飛ぶ速さでゴールに走っていく。
ふらふらと走る二人が、引き攣る顔でお互いの顔を見合わせた。目で会話する。
(テリー! 大丈夫だよ! 短距離走くらいでそんなに点数に差は出ないから! それに、人間は足の速さじゃないから! ね! 大丈夫だよ!)
(うぐぐぐぐぐぐぐ……!! くっそぉ……!)
テリーが走りながら歯をくいしばる。
(畜生……! 予想外の展開に……!)
ああ! もうゴールしてしまう!
(やめてーーーーー! 赤チーム、点数いれないでーーー!!)
あたしが一等を取ってニクスに喜んでもらうのよ! あたしのお陰で白チームが喜ぶのよ!
「やった! テリーのおかげで白チームに点数が入った! あたしの代わりにたくさん走ってくれて、ありがとう!」
「お姉ちゃんすごい! 足が速いお姉ちゃん素敵! もう絶対に死刑になんてしないよ!」
「ニコラ、やるじゃないか!」
「ニコラ、素敵だ!」
「ニコラ、俺、実は前からニコラのことが……!」
「足の速いレディは素敵だ! このイケメンの僕と付き合ってください!」
ニコラ! ニコラ! テリー! テリー!
(勝利の王冠を掴むのは、あたしよ!!)
と思っている間にゴールは赤チームの娘達の目の前。
(あああああああああああああああ!! 間に合わないぃぃいいいい!!)
テリーが目を見開いた瞬間、ずしんと地面が大きく揺れた。
「えっ!?」
テリーが止まり、ニクスも止まる。
「な、何!? 地震?」
ニクスが辺りを見回す。前を走ってた三人もゴール寸前で止まり、辺りを見回している。会場の人々も大きな地震に悲鳴をあげる。
テリーがニクスに振り向いた。
「ニクス、危ないわ! 競技どころじゃない!」
「そうだね。ここは、一度落ち着いてから指示を待って……」
その瞬間、地面が凍り出す。
「え」
「あれ?」
一気に道が雪景色。ゴール寸前の娘達も驚きふためく。テリーがぽかんとする。ニクス一人がはっとする。
「待って、この感じ、なんだか覚えが……!」
――ニクスーーーー。
「はっ! この声は、お父さん!?」
「えっ!?」
テリーが目を見開き、きょろきょろするニクスを見つめる。
――ニクスーーーー。今だーーー。ゴールするんだーーー。
「お父さん! まさか! 亡霊になって運動会に来てくれていたの!?」
「なにーーーーー!?」
――ニクスーーー。この雪の道を進むんだーーー。
「テリー! あたし、行くよ!」
「ニクス! なんか色々おかしいけど!」
「テリー! 今がチャンスだよ! テリーも一緒だよ!」
「え、あ、ちょっと」
テリーの手を掴み、ニクスがスニーカーを滑らせる。つるーーーとスケートのように滑り、呆然とする三人を抜かし、無事、ニクスがゴールした。
「お父さん! 僕、やったよ!」
――ニクスーーー。頑張ったなーーー。
「お父さーーーーん!」
チラチラ降る雪に向かって、拍手が沸き起こる中、一位の旗を掲げたニクスが叫んだ。
「……まぁ、二位だし、得点入るし、……いいや。もう」
テリーが二位の旗を持ちながら、突っ込むことを諦めた。
(*'ω'*)
(なっ……!)
(これは……!)
リトルルビィとメニーが目を見張る。
見る先には、ソリに乗るお金持ちのお嬢様であろう少女と、その縄を持つ執事。
「ほっほっほっほっ! 一位の座は、私のものですわよ!」
「汚いわよ!」
「正々堂々やりなさいよ!」
「だまらっしゃい! 庶民ども! 勝てばいいのよ! 勝てば!」
そのやりとりに、メニーが眉をへこませた。
「ソリって……逆にやりづらいと思うんだけど……」
「そっちがその気なら、私も負けられない」
リトルルビィが気合いを入れる。
「メニー! ここは私、本気を出すよ!」
「リトルルビィ、私、嫌な予感しかしないの……」
「大丈夫! ちょっと本気を出すだけよ!」
「ちょっと本気ね……」
(リトルルビィの本気は、嫌な予感しかしない……)
メニーとリトルルビィ、少女二人と、少女を乗せたソリが一台。リトルルビィは集中する。
(一位一位一位一位)
(テリーの笑顔テリーの笑顔テリーの笑顔)
ルビィ、頑張ったわね!
(いやぁ、それほどでもー!)
でれんとした瞬間に、サガンが鉄砲を上に向けた。
「よーい、どん」
ぱん!
一斉に走り出した同時に、リトルルビィがはっと我に返る。
(はっ! しまった! 出遅れた!)
と思った瞬間、ソリの後ろから黒い煙が吹き出す。選手の少女達が悲鳴をあげる。
「きゃーー!」
「何これ!」
「ほっほっほっほっ!」
ソリに乗った少女が高らかに笑い出す。
「これで一位は私のものですわよ!」
「こんなの反則だよ……! 理不尽だよ!」
立ち止まってしまったメニーが咳をしながら呟くと、後ろから突風。
「えっ」
どびゅんと吹き荒れる。黒い煙が一気にソリの方へ逆風し、観客席に逆風し、実況解説席に逆風し、囲まれる。サリアとソフィアがガスマスクを装着してカメラを覗いた。皆が咳をした。
「「げほげほげほっ!」」
「ギルエド! どうなってるの! げほげほ!」
「奥様、煙が飛んでいくまでの辛抱です! げほげほ!」
「この煙は何なのよ! このレイチェルに吹いてくるなんて、なんて生意気なけむ……げほげほ!」
『皆、落ち着くんだ! げほげほ!』
『グレタ! 何とかしろ! げほげほ!』
「アリス、大丈夫!? げほげほ!」
「アメリアヌ、私は大丈夫よ! げほげほ!」
「ニクス! げほげほ! 建物の中に避難しましょう! げほげほ!」
「そうだね! テリー! げほげほ!」
「ちょっと! どうなってますの! げほげほ!」
「お嬢様! 強い風が吹いたようです!」
「セバスチャン! 走りなさい! げほげほ! 早く走るのよー!」
その瞬間、ゴールが決まる。
「「え!?」」
「あ…」
メニーと選手の少女達と一人の使用人が呆然とゴールを見る。リトルルビィが一位の旗を受け取り、ぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「やった! テリー! 私が一位よ! テリー! 一位よ! 頭なでなで! 頭なでなで! 頭なでなで!」
四人が呆然と見つめる。メニーがとてとて走る。ゴールする。旗を受け取る。
「やった。二位」
「メニー、二位なの!? やった! メニーも二位!」
「うん。でも、リトルルビィは一位ですごいね。おめでとう!」
「やった! テリー! 頭なでなで! テリー! 頭なでなで!」
リトルルビィが喜んでテリーの方へ駆けていく。四人は呆然とする。風が吹き、黒い煙は去っていく。
サリアとソフィアが背筋を伸ばし、ガスマスクを外した。
「良い写真が取れました」
「ええ」
「ソフィアさんはどうですか?」
「こちらも、なかなか迫力のあるものが」
「あとで見せ合いっこでもしましょうか」
「おや、いいですね」
二人が再び、カメラを構えた。
NEXT
・大運動会(3)
・二人で秘密の個室世界(ルビィ)
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