おとぎ話の悪役令嬢のとある日常(番外編)

石狩なべ

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悪役令嬢のとある日常

大運動会(1)

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 それはとある春の風が訪れる暖かい日。
 青空が広がる空を見て、国の王妃、スノウがため息をついた。

「あー……暇だわ……」

 スノウが窓辺でうなだれた。

「せっかく暖かくなってきたんだし、こう、外で遊びまわる国民の姿が見たいわ。ピクニックにでも行こうかしら……。ああ、駄目ね……」

 お弁当の中身を取り合って喧嘩するキッドとリオンが目に浮かぶ。

「ああ、何か面白いことないかしらね……」

 スノウが歩きだす。

「ジャック、ジャック、切り裂きジャック~♪」

 歌い出すと、廊下でメイド達が話しているのが聞こえた。

「ええ、まだ有給休暇取ってないの?」
「ん……」

(あらあら?)

 スノウが壁に姿を隠す。

「そろそろ学校では運動会が始まるわよ。あんた、息子の応援に行くんでしょうが」
「今年は働こうと思ってて……」
「何言ってるのよ。せっかくの運動会なんだし」
「でも、働けばその分お給料も出るわ。それに、運動会シーズンで、人手も足りないし……」
「運動会シーズンですって!?」
「「ぎゃっ!!」」

 メイド達が振り向く。
 目を輝かせたスノウに振り向く。

「す、スノウ様!」
「こ、これは失礼致しました!」
「いいのよ! ねえ! 貴女達!」

 スノウが二人に目を輝かせた。

「その、運動会のお話、もっと聞かせて頂戴!!」

 メイド達から話を聞いたスノウは、その晩、さっそく愛する旦那に声をかける。

「ねえ、あなた! 国で運動会開きましょうよ!」
「うーーーーーん」
「ねえ! だめ!? ねえ! 駄目なの!? ねえ! どうして!? ねえ! なんで!? ねえ!!」
「スノウ、人々は国のために働いてくれている。忙しい人達がいるのに、我々の都合で国全体が動くわけには……」
「……そうやって仕事人間になっていくのね。私は久しぶりに愛するあなたと一緒に元気に動き回る子供達が見たかっただけなのに。デートを最後にしたのはいつ? 家族サービスをしてくれたのはいつ? この機会に久し振りに二人で仲良くお外の空気吸えたらいいと思ってたのに……。……日差しも暖かいし……。……ああ、そう。そういうこと。あなたは私よりも、仕事を選ぶのね」
「そういうわけじゃないよ! スノウ!」
「じゃあ、運動会開催してよ!!」
「ああ! いいさ! お前のためなら!」
「やった! やった! 運動会!! 運動会!!」


 というわけで、


「「大運動会!!」」

 会場にいる人々が拍手をする。

「「司会は我々」」
「イケメンのヘンゼルお兄さんとぉ!?」
「警察官のグレーテル・サタラディアが!」
「「務めさせていただきまぁす!」」

 胸に「てりぃ」と手書きで書かれた体操着を身にまとったテリーが、眉を寄せながら司会席を見上げた。

「……大丈夫なの? あの二人………」
「ふふっ。何だかわくわくしてくるね」

 黒い長髪を一つに結び、胸に「にくす」と手書きで書かれた体操着を身にまとったニクスが、テリーの横でくすりと笑った。テリーがムッとした目でニクスに振り向く。

「笑い事じゃないわよ。国全体で一斉に会場借りて運動会を行うなんて、しかもあたし達が参加する会場の司会があの二人なんて、絶望しか見えないわ……」
「場所の指定があったってことは、それなりに対処して貰えたんだよ。あたしもそれがなかったら、城下町まで来れなかったし」
「……そうね。まだ運が良かったのが、ニクスと同じ白チームだってことよ」

 テリーがニクスの手を握り、胸の前に上げた。

「ニクス、運動会では、休憩時間に友達同士がお菓子交換をする話、知ってる?」
「うん。おじさんがお友達と食べておいでって、買ってきてくれたんだ。チョコレートのキャンディとか、グミとか」
「……」

 テリーがニクスをじっと見つめる。それに対し、ニクスが優しく微笑んだ。

「いっぱい交換しよう。テリー」
「……別に、ニクスがそう言うなら、……そうね。交換してあげなくもないわよ」
「うん! たくさんお喋りもして、白チームを応援しよう!」
「……応援……」

 チラッと二人の視線が動く。応援団が赤い旗を大きく振り、団長らしい人物が手を上げる。その瞬間、胸元に「ありすちゃん」と手書きで書かれた応援団着を身にまとったアリスが叫んだ。

「キッド様ぁああぁあああああ!!!!」

 アリスの周りにいた人々も、一斉に騒ぎ出す。

「キッド様ぁあああああ!!!」
「きゃあぁあああああああ!!!!」
「全てはキッド様のためにーーーー!!」

 皆がキッドに心臓を捧げる。テリーは顔を引きつらせ、ニクスは優しく微笑み続ける。その理由を、ヘンゼル(ヘンゼ)とグレーテル(グレタ)がマイク越しに解説しよう。

「皆さんも知っての通り、この運動会では二つのチームに分かれていただきます!」
「赤チームと白チームだな!」
「赤チームリーダーは……」

 ヘンゼとグレタがその方向に手を差し出す。

「キッド殿下!!」

 胸元に「きっど」と手書きで書かれた赤色のジャージを着用したキッドが、素敵な笑顔で華麗にお辞儀する。

「赤チームの皆さん、本日はよろしくお願いします」
「「っっっしゃあああああああああああああああ!!」」

 赤チームの人々が男も女も関係なく、キッドの一言で瞳に炎を燃やす。赤チームのアリスの瞳もメラメラと燃やす。一人だけ、ぽつんと立った少女、胸元に「るびぃ」と手書きで書かれた体操着を身にまとったリトルルビィだけ、呆れた目でキッドを見ている。

 大歓声の中、グレタがマイクを口元に近づけた。

「そして、白チームリーダーは……」

 ヘンゼとグレタがその方向に手を差し出す。

「リオン殿下!!」

 「りおんくん」と胸元に手書きで書かれた白のジャージを着たリオンが、にこりと涼しい笑顔。

「白チームの皆さん、頑張りましょう!」
「きゃーーーーーー!!!! リオン様ぁああああああ!!!」

 大歓声の中、テリーはじっと見る。リーダーであるリオンをじぃっと見て、呆れたため息。

「リオン殿下、大丈夫なの?」
「え?」
「だって、彼、顔青いわよ」

 ニクスがよく見る。じっとリオンを見る。

「……あれ、本当だ。しかもなんか震えてない?」
「ニクス、目がいいわね。本当だ。あいつ震えてる」

 がくがくぶるぶるがくがくぶるぶる。

 リオンは震えていた。確かに震えていた。大勢の人々の熱気に、対立するキッドの赤チームに。相手がキッドであることに。

(無理ーーーーーーーー!!!!)

 リオンは顔を青ざめていた。

(帰りたい!!! 帰ってミックスマックスのカードで遊びたい!!!)

 赤チームと白チームのにらみ合いにがくがくがくがくがくがくがくがく。

(ああ、持病が……。帰りたい……。もやもやしてきた。ふらふらしてきた。ジャックが出てきそう。ああ、死にたい……。消えたい……。吐き気が……、あ、胃が痛い。いたたた。やばい、これ、あ、吐きそう。あ、これ、どうしよう、あ、動悸が、あ、眩暈、あ、太陽がさーんさんさーん、太陽がさんさーん)

「兄さん! 負けないからな!」

 びしっ! とキッドに指を差して、空元気に振る舞う。何故なら彼は王子様であり、白チームのリーダーだ。

(頑張るのは今だけ。僕はリオン。第二王子。僕はリオン。第二王子。終わったらミックスマックス終わったらミックスマックス終わったらミックスマックス終わったらミックスマックス……)

 そんなことを頭の中で必死に唱えてる事など露知らず、胸に「そふぃあちゃん」と手書きで書かれた体操着を身に着けるソフィアがカメラを三脚にセットし、完璧な準備を施す。

「くすす。完璧」

 覗けば、ニクスと会話しているテリーがアップで見える。

「ああ、可愛い……」

 ソフィアがうっとりと表情を緩ませる。

「今日はいっぱいあの子を撮らないと。撮って撮って撮りまくらないと」
「あら、どなたをですか?」

 隣に三脚を立てるはサリア。「さりあです」と胸元に手書きで書かれた体操着姿。にこにこしながらソフィアを見ている。

「ソフィアさんが写真を撮る相手がいたなんて知りませんでした。一体どこのお嬢様でしょうか?」
「くすす。サリア殿もお写真を?」
「ええ。奥様からお嬢様方の思い出に、素敵な写真を撮るようにと言われまして」

 サリアが一瞬、メガホンを持って応援のスタンバイをしている夫人と執事を見て、再びカメラの位置を整える。

「ああ、きっと素敵な写真を撮れるでしょうね。アメリアヌお嬢様の走ってるところや、メニーお嬢様の頑張ってるところや」

 サリアは微笑む。

「テリーの腹チラとか」

 ソフィアは微笑む。
 サリアも微笑む。

「ところで、ソフィアさん」
「はい」
「盗撮は犯罪なんですよ」
「ええ。そうですね」
「誰を撮る気でしょうか?」
「私が撮りたいのは、この素敵な運動会の風景ですよ」

 でも、ほら、風景って人が映るでしょ?

「不可抗力の場合もありますよね」

 ソフィアが微笑む。
 サリアが微笑む。

「不可抗力」
「はい。不可抗力です」
「不可抗力ですか」
「ええ。不可抗力です」
「不可抗力ですかぁ」
「不可抗力ですぅ」

 サリアが微笑む。
 ソフィアが微笑む。
 二人の間には、火花が散っていた。

 一方、緑の猫が地面に置かれた。

「にゃー」
「駄目だよ。ドロシー」

 胸元に「めにぃ」と手書きで書かれた体操着を身にまとったメニーが、真剣な表情でしゃがみながら、ドロシーに伝える。

「私はこれから運動会なの。ついてきちゃ駄目」
「にゃー」
「ふふっ! ドロシーも出たいの?」
「にゃー」
「でも駄目だよ。危ないからね」

 立ち上がり、振り向けば赤チームのリトルルビィと目が合う。リトルルビィがにこりと微笑んで大きく手を振る。メニーも微笑んで手を振り返す。

「リトルルビィとチームが離れちゃったのは寂しいけど、大丈夫。ドロシー、私、テリーお姉ちゃんと同じ白チームなんだよ! アメリお姉様は赤チームだけど」
「にゃー」
「はぁ。胸がドキドキする。こんなにわくわくする運動会、初めて!」

 純粋な目をきらきら輝かせて、メニーが美しく微笑む。鳴り響く花火の音を聞きながら、リトルルビィは考えていた。

(むぅ……。テリーとメニーが敵チームに行っちゃった……)

 眉をひそめて、ドロシーと会話しているメニーを遠くから見つめる。

(でも、私は私なりに頑張らないと。アリスもいるし、キッドもいるし、いい成績を残さないと!)

 ぐっと拳を握り、ふと、思う。

 ……もしも、私が、全部の競技で一位を取ったら、

(テリー、なんて言うかな?)

 リトルルビィの可愛い妄想まで、3、2、1。

「リトルルビィ、すごいじゃない。全部一位なんて、なかなか取れないわよ」

 頭をなでなで。

「運動できる人って、素敵」

 うっとりするテリー。
 妄想から現実へ。その瞬間、リトルルビィの目が、カッ! と見開かれた。

(これだーーーーーーーー!!!!!)

 リトルルビィの拳が、更に強く握られる。

(私が全部の競技で一位!!!)

 吸血鬼の力があれば、なんぼのものでもない。恐れるものは、何もない。

(テリーの笑顔!! 頭なでなで!!)

 リトルルビィは気合いを入れる。

「っしゃあ! 頑張るんだから!!」

 一方、大歓声に包まれるキッドは、ニコニコ微笑みながら、頭の中で思っていた。

(赤ジャージダサい)

 しかし、リーダーはジャージ着用。

(しかも暑い)

「キッド様、顔に出てます」
「何言ってるの、じいや。今日の俺も完璧だよ。一日赤ジャージも悪くない」

 キッドは笑顔を崩さず、後ろにいるビリーに声を向ける。

「じいや、俺、ひらめいたことがあるんだ」
「うん? 何ですかな?」
「婚約指輪を用意しておいて。今日、テリーが俺に本気で惚れてしまうから」

 ビリーの眉間に皺が寄る。キッドはにんまりと、いやらしい笑みを浮かべた。

「じいや、俺にはテリーとの共通で最強の友達、アリスがいる。その子から聞いた話だ」
「キッド、チャンスよ! ニコラはね、足が速くて運動が出来る人が好きなのよ!」

 ぱちんとウインク付き。

「じいや、俺はね、運動は得意科目だよ。リオンにも負けない。誰にも負けない。勝つ奴は見たことがない。今日の俺は一味違う。目的がある俺はいつもよりもさらに輝くんだ。いいか、俺はテリーの目の前で素晴らしい運動神経を見せ、リーダーのリオンをみっくみくにして、今日こそテリーのハートを俺のものにする」

 そして、

「婚約成立」

 素晴らしい俺の運動神経を見て、テリーはこう言うだろう。

「キッド……」

 ぼうっとした目で見てきて、

「ああ、なんでかしら。キッドを見てたら、あたし、胸がおかしくなりそう……」
「テリー、それを人はなんて呼ぶか、知ってる?」

 顎クイ後、決め台詞。

「それは、恋」
「そうよ……。あたし、キッドに恋をしたんだわ……」
「テリー」
「キッド……」
「俺と結婚していただけますか?」
「喜んで……」

 チェックメイト。

「ぐくくくくくくぅうううっっっ!!!」

 キッドが笑う。いやらしく笑う。肩を揺らして笑う。キッドが強く拳を握りしめる。

「いける!! 今日こそいける!!!」

 テリーのハートは俺が射止める!!!

「今日こそ、お前は俺のものだ!」

 くっくっくっくっ、
 くくくくくくくく、
 くひひひひひひひ、

「はぁーーーーはっはっはっはっはっはぁあ!!!」

 高笑いするキッドの背中をビリーは呆れた目で見つめ、呆れたため息を吐いた。

 そんな二人の姿を、高い席からスノウと王様が眺めていた。

「ねえ、あなた! キッドが楽しそうよ!」
「ああ、そうだな、お前」
「見て見て! リオンってば、今日はとっても元気そうよ!」
「ああ、そうだな、お前」
「……あなた、久しぶりの共同作業ね」
「ス、スノウ……」
「あなた……」

 スノウがそっと夫の膝に手を置き、にこっと微笑んだ。

「リオンの撮影は頼んだわよ!!」
「う、うーーーーん」
「あなた! ちゃんとカメラ持って! そんなんじゃいくつになってもYouTuberになれないわよ!!!」
「え、スノウ、何それ」
「キッドの撮影は任せて!! あなたは、リオンを!!」
「う、うーーーん」
「帰ったら、ビデオ鑑賞だからね!!!」
「う、うーーーーーーーん」

 王様が困った顔をしながらカメラを構える。カメラに映るリオンは青い顔で元気そうに振舞っている。ソフィアとサリアがお互いの顔を見て微笑み合いながらカメラを構える。カメラにはテリーが写っている。

「それにしてもさぁ」

 カメラに映らないドロシーが、テリーの横で腕を組んだ。

「君、よく運動会なんかに参加したね」
「ん? 何よ。悪い?」
「だって、普段なら招待状が届いても、嫌だって言うじゃないか」
「馬鹿ね。ドロシー。あんたって本当馬鹿よ」

 テリーがドロシーに鼻を鳴らした。

「国全体の運動会、そしてこの会場には二人の王子様よる紅白合戦。いいこと? こんな大舞台で、チームが勝ったらどうなると思う?」
「うん? 勝ったら、まぁ、すごいじゃないか」
「それよ」

 テリーはドロシーに指を差す。

「それなのよ」

 テリーが微笑んだ。

「勝てばすごい。つまり、勝てばメニーが喜ぶ」

 つまり、

「喜ばせたら、感動する」

 お姉ちゃんとは、修羅場を乗り越えて、運動会で優勝した仲だもんね! そんなお姉ちゃんを、死刑になんてしないよ!

「そう! つまり!!」

 テリーが両腕を天に向かって広げる。

「メニーからの絶対死刑回避が可能となる!!!!」

 テリーが歓喜した。

「あたしこそ!! 白チームの神となるのよ!!!!!」

 テリーが悪どい笑みを浮かべる。

「勝ってやる……。ぜっっったい勝ってやる……! どんな手を使ってでも……!!」
「……ま、あの、……頑張って!」

 ドロシーが全力でこくりと頷いた。
 運動会会場が、目的のために燃え出す。

(終わったらミックスマックス……! 終わったらミックスマックス……!!)
(ふふふ。ソフィアさん、カメラが同じ位置ですね。一体何を撮ろうとしているのでしょうか?)
(これはこれは、偶然ですね。サリア殿。くすす)
(テリーの笑顔! テリーに頭なでなで!)
(お姉ちゃんと一緒に頑張らないと!)
(覚悟しろよ、テリー。今日こそお前は俺のものだ……!)
(死刑絶対回避死刑絶対回避死刑絶対回避!!)

「さてさて! 盛り上がってきましたねぇえええ! お兄さんも熱くなってきたぁああ!」

 ヘンゼがマイクを握り、グレタもマイクを握る。

「それでは! 早速競技を始める!! いいか!! これは訓練ではない!!」
「参加する方々は位置について!」
「これより!」

 二人が声を揃える。

「「大運動会の開幕だ!!」」

 この勝負、負けられない!!!!

 人々の目が燃える。ドロシーが顔を引きつらせた。

「……じゃ、あの、僕、空から見てるから。うん。……頑張って」

 そう言って箒に乗り、すすいと空へと登っていった。

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