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虜の虎-4
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いつものようにオルドの話が始まり、いつもようにおれは過去を再生する。
オルドの話に相槌を打ち作り笑いをしながらも、意識は記憶の海へと沈めて厭わしい現実から目を背ける。
こんな癖が付いたのは最近の事だ。オルドとの会話が苦痛になってから。騙されているとも知らずに笑うオルドの笑顔に耐えられなくなってから。
おれを喜ばせようと楽しませようとしてくれるオルドを見ていると、自分の心がどうにもならなくなる。一時の愚かな感情に身を任せて、全てを明かしてしまいそうになる。
だからおれは記憶の海へと沈む。暗くて冷たい記憶に浸かって、感情の炎に焼かれる脳髄を冷ます。
記憶の始まりはこの娼館に来た日。父さんに捨てられて、奴隷商人の持ち物になってから数日後。
出迎えたオーナーはぶくぶくと太った白黒をぎらぎら光る衣服に包んだ、わかりやすくいえば太ったシャチ人。
「お前達は幸せ者だ。ここにいればお前達みたいな役立たずでも飯と寝床と綺麗な服がもらえるんだからね」
オーナーは頭を撫でながらおれにそう言った。口調は軽く、牙がぞろりと生えた口を見せつけていたから多分笑っていたんだと思う。ただ小さすぎる目は全く笑っていなかった。
オーナーだけではない。ここにいる連中は大体似たような目をしておれを見た。娼夫の監視と護衛を勤める番兵も、オーナーの補佐や娼夫の教育を行う小男達もおれを見下す時の目はは冷たくて濁っていた。
そして娼夫達は新しく来たおれを見ても大した興味を示さなかった。
様々な理由でたくさんの雄が娼夫として堕ちてくる場所だ。おれがここにいる間もたくさんの娼夫が新しく入っては消えていった。
ある綺麗な娼夫は恋人となった客に身請けされて幸せな人生を。身体の具合が良いと評判の娼夫は金持ちのペットとして引き取られていった。客から病気をもらって死んじゃった奴。死にこそしなかったけど毛皮が全部抜けて放り出された奴。
新しく入った娼夫が翌朝首を吊って死んでいたことだってある。いちいち気にする余裕なんて無かったのだろう。でも幼いおれにはそんなこと分かるはずもなくて、嫌な奴ばかりだっていじけてたんだ。
「いいか。お前達は花なんだ。ここに来るお客様達に相応しい美しさが無ければならない」
この娼館は王都でも有名な方らしかった。
シャチ人のオーナーが一代で築いたこの店は貴族の邸宅ぐらいには大きく、何十人もの娼夫が働いていた。
客は毎晩ひっきりなしに訪れ美しい娼夫を犯し、或いは犯させる。
この娼館が他と違う点は娼夫の技巧と具合だった。巧みな口淫や指の動きでたちまち客を昇りつめらせて、肉壷にぶちこめば蕩け締め付け客に至上の快感を与える。
平民だけではなく王侯貴族や他国の商人までもが訪れた。この店で男を買う行為は男色家達にとっては一種の憧れだったらしい。
上等な娼夫を用意できたのはオーナーの手腕によるものだ。
足を頭を使い奴隷商人から幼い子どもを買い付けたり街で飢えた家族から子どもを直接買ったり。
そして買い付けた子どもをオーナーが自ら仕込むのだ。雄に奉仕する為の肉便器に。
最初ここに来た時は何も分かっていなかった。おれはまだまだ子どもだったし、客に抱かれるのはずっと先だと思っていた。
すぐにそんな甘っちょろい考えはぶち壊されたけど。
「いだい゛い゛いたい痛いいだぃっやめてぇ!」
「何度言ったら分かる。お客様に奉仕する時は感じているようにお芝居をしろ」
付いてすぐに始まったのはオーナー直々の調教だった。質の良い商品を揃える為に娼夫を幼い頃から仕込む。それがここのやり方。
手始めに身体を雌のものにすべく全身に真っ黒な粉を溶かしたものを塗られた。黒く染まった部位から敏感になり手袋をはめた指でなぞられるだけで嬌声が漏れた。この粉が肉体を娼夫にふさわしい物に変える薬だと知るのはずっと後の事。乳首をいじくるだけでメスイキする淫乱になってしまった頃だった。
スリットと肛門にも仕込まれて張り型を抜き差しされると快感と、経験した事の無い痛みで頭がおかしくなりそうで。
「やめでええ!とうさん!たすけて!」
「お前は父親に売られたんだよ。助けにくるわけないだろう」
嘘だ。父さんはおれの事を捨てたりしない。いつか迎えにきてくれる。あの時はまだそう信じていたんだ。
お前はいらないとはっきり言われたのにおれはまだ受け入れる事ができなかった。自分が何の価値も無いとまだ分かっていなかったから。
おれはいらない子なんかじゃない――ザーメンばかりか小便までも漏らしながら心の中で何度も叫んだ。
ここに入って、おれは毎日が辛かった。確かにここにいれば飯と寝床は提供された。お客様に奉仕する身だからって肉体に傷が残るようなことはされなかった。
ただ痣が残らないぐらいの力ではたかれたりはしたし、オーナーによる仕込みは剣で切りつけられるよりも苦痛だった。
そして、先輩娼夫や同じ頃に入った娼夫達に冷たい目で見られるのも嫌だった。大体の男娼は細く柔らかく、女物の服が似合うような狼人や豹人みたいなのが多い。
その中で筋肉ががっしりと付いた上傷だらけのおれはとても目立った。それだけならいいけど、まともに動かない足のせいでおれは皆に迷惑をかけていた。
慣れるまでは階段を上がる事だってつらくて誰かに助けを求めなくちゃならなかった。
見習いとして娼夫の部屋を掃除したり、朝食の準備を手伝ったりしなければならない。でもおれは足のせいで仕事を免除されていた。
皆からすればおれは甘やかされていて、邪魔で、迷惑だったんだろう。
すれちがいざまに足をひっかけられて転んだり、オーナーに見えないところでこっそり殴られたり嫌がらせをされた。
おれはやり返したりしなかったよ。自分でも役に立たないことは分かっていたから。でかい図体で皆に迷惑をかける自分が嫌いで、ここに自分の居場所はないと思った。
おれはまだここで生きてしくしかないという事が分かっていなかった。ここがどんな場所なのかも。自分が何をして生きていくのかも。
オーナーに性について教えられてはいた。でもそれは知識としてだ。娼夫として肉体を売るとはどういうことか、おれは分かっていなかったんだ。
おれが理解したのはあるものを見てしまったから。ここにはおれ以外にもたくさんの子どもがいて、皆が娼夫になるべく教育を施されていた。
オーナーに肉体を仕込まれる以外にも客を取っている娼夫を間近で見て、仕事を覚えるのもその一つだ。
いつものようにおれが見習いをしている娼夫――細っこくい豹人に命じられて油を部屋に持っていった時のことだった。
「ありがとう。今日の客は沢山使うんだ」
その豹人はおれに優しかった。他の娼夫違っておれをいじめないで、仕事についてもちゃんと教えてくれた。
客からもらったお菓子をおれに分けてくれたりもした。ここはなにもかもが嫌いだったが、あの人は好きなほうだったと思う。
でもその日はどこか緊張した様子だった。余程の上客を相手にしなければならなかったらしい。騎士団の副団長をしている大物だ、と教えられたけどよくわからなかった。
「じゃあ今日はもう下がっていいよ。あのお客さんに見つかったら大変だから」
「――おい、何をぐずぐずしてやがる!早くしろ!」
「はっ、はい!申し訳ありません!」
せかすようなダミ声が聞こえると、豹人は部屋の奥へとすっ飛んでいった。
豹人は恐怖に怯えているような表情で、尻尾もぴんと立ってしまっていた。その顔を見た瞬間、おれは身体を部屋の中へと滑り込ませていた。きっと怖かったのだ。あの豹人をあそこまで怯えさせるものがなんなのか。
怖くて恐ろしくて、分からないままにするのが嫌で。どうしようもなく見たくなってしまった。
ドアの向こうは薄暗く、月の明かりも燭台の火すら無い。。奇妙に思いつつもと手を彷徨わせると何かにぶつかった。
豹人か客に触れてしまったのか、と身をすくませてがよくよく確かめてみるとそれは衝立だった。月光も蝋燭の明かりもこれがさえぎっていたのか、と分かったおれは衝立の奥をそっと覗き込んだ。バレたらきっと怒られてしまうから、物音も立てないように。
「なに、あれ」
けれど声がこぼれてしまった。
ぼんやりとした明かりの中にいるのは全裸の豹人だった。それも頭を床にこすりつけるように跪いた。
同じく全裸の猪人が豹人の尻に指を突っ込んでいた。油をたっぷりとまぶした太い指で、ぐちゅぐちゅと。
一本だけじゃなかった。親指以外を全部ぶちこんで、時折掻き混ぜるように動かして、豹人の尻の穴は合わせて粘土細工のように蠢いていた。
けど恐ろしかったのはそれではなくて、豹人の顔だった。激しい尻穴への陵辱は間違いなく痛みを伴っているはずだった。なのに、豹人はヨダレを垂らして宙を向いて、恍惚とした表情だったんだ。
声がしなかったのは出せなかったからだ。たまに呼吸音を吐き出すだけの、猪の指の動きに合わせてがくがくと痙攣するだけの肉袋がそこにいた。
「――ッか、ひゅっ、ぃぎっ」
「おい。客に奉仕もしねえで何てめえだけヨガってんだ。それでも肉便器かよ」
「ひっ、は、あぁあぁ」
「ご主人様が聞いてんだろうが!返事しろメス猫!」
「はあ"っ!があ"あぁぁあああぁああ!」
猪の声と共に指の動きが激しくなった。さきほどまでは弄ぶように動かしていた動きから、突っ込んでは引き抜く激しい動きに。
根元まで突っ込んだら曲げた指先で豹人の内壁をこそげ取りながら引き抜く。当然だけど耐えられるはずがなかった。
強すぎる快感に豹人は絶頂と快感を繰り返し、死にかけの虫みたいにびくびくと跳ねていた。
「じぬ"っ!じぬう"う"ぅぅううううぅぅう!」
「死ぬわけねえだろ。汚え汁流しやがって淫売が」
「お"ほっ!ごおぉぉおおお!」
豹人はちんぽの先からびちゃびちゃと精液を垂れながしていた。顔は快感からなのか苦痛なのか酷く歪んで。なのに猪はゴミを見るような顔で豹人を見下ろしていた。
本物の性行為。初めて見るそれはとてもおぞましく、おれに本能的な嫌悪感を与えた。まるで怪物に貪り食われているかのようだった。
猪の性行為が通常のそれとは違うだなんて、小さいおれには分かるはずもなかった。
(おれもあんな目に合わされちゃうの?)
想像した瞬間恐怖に駆られて、衝立に力を込めてしまった。古くて不安定な衝立はぎしりと音を立てておれの存在を二人に伝えた。といっても豹人はおれを気にする余裕なんてなかったけど。
慌てて逃げようとしたけど遅かった。動かない片足はもつれてすっ転ぶんで、芋虫みたいにもがくおれの足首が猪に掴まれた。
「なんだぁ、お前」
この時の猪ほどおぞましく、恐ろしい笑みは見た事がなかった。
獲物を見つけた狩人はきっとあんな顔をするんだ。怯えるおれを頭から爪先までじっくりと眺めて、口からこぼれるヨダレをひっきりなしに舐めていた。
小さいおれでも分かった。おれはこいつに貪り食われてしまうんだと。
当然死ぬ気で暴れたよ。小さい手足を振り回して猪を殴りつけた。でもおれの数倍大きい肉体はびくともしなくて、簡単に押さえつけられてしまった。
太鼓腹で押し潰されたおれの身体をごわごわの手が這い回り、乳首や腹筋をなぞるように触れていく。そのたびに身体にびりびりとしたものが走りちんぽが反応した。
犯されるのも怖かったが、それよりも触れられるたびに淡い快感を得る自分が怖くって。
「やだっやだやだやだぁ!離せよぉ!」
「こりゃあ変り種を仕込んだじゃねえか。よし、今日はお前にしてやるよ。良かったな」
猪の言葉の意味はおれにも分かった。さっき豹人がされたことがおれにもされるんだ。
尻の穴に指を突っ込まれて、あんな乱暴に、モノみたいに。
猪に噛み付いて抵抗した。客を傷つけたらオーナーに折檻されるとか考える余裕は無かったな。
でも猪のぶ厚い脂肪には全く通らなくって、おれが最後の抵抗として思いついたのは助けを求めることだった。まだ隣で荒く息を吐いている豹に助けてって叫んだんだ。頼りになるひとだったし、優しかったし、おれを助けてくれるかもしれないと期待したんだな。
「…では、私はこれにて失礼します。どうかごゆっくりと」
でも、おれなんか助けるわけないよな。豹人はお辞儀をするとさっさと出て行ってしまった。でも本当に辛かったのは豹人が笑っていたことだった。
おれよりも自分が助かる嬉しさでいっぱいだったんだろう。今なら当然だと思えるけど、昔のおれには辛かったよ。父さんに捨てられた時を思い出して涙が溢れた。泣いても今ある現実は何も変わらないのに。
「あーあー泣いちまって情けねえなぁ。その筋肉は飾りかよ坊主」
「ひぃっ!やだ、やだ。やめて許してくだしゃ、うぁっ!?」
泣き喚くおれの涙をべろりと舐めると、猪はおれの服を引きちぎって丸裸にした。
おれを押し潰す体躯が、果物が腐ったみたいな匂いが、そしてどんどん怒張していくちんぽが、怖かった。
太鼓腹に押し潰されると何の抵抗もできなくなり、丸々とした指が身体を這い回ると嫌なはずなのに甘い声が漏れた。
オーナーに調教されたせいだろうな。あの黒い粉と仕込みのせいでおれの肉体はすっかり作りかえられていたんだ。
「やっ父さんたすけたすげ 、あ゛っ!はあ゛あ゛ああぁぁあぁぁぢんぽはいっでくるう゛うぅう」
はじめてハメられたちんぽは張り型なんかとは比べ物にならないぐらいの快感をおれに与えてくれた。顔面から体液を流してのたうちまわるおれを嘲笑いながら猪人は腰を動かした。
こんな情けない自分認めたくなかった。でもちんぽが腸壁を削るたびに頭までちんぽが突っ込まれたみたいで、耐えられなくて叫んでしまうんだ。
それが猪には気に入らなかったらしい。おれの尻を何回か打ち据え不愉快そうな顔をする。
「おい。ギャアギャアうるせえぞ。静かにできねえのか」
「だずげっ!抜いでぇ!やだあぁぁ!」
「聞いちゃいねえな。じゃあちゃんとお客様のいう事聞けるお薬使うか」
言うが早いか猪人は真っ黒な飴玉の入った瓶を取り出し、指に乗せるとおれの口に突っ込んできた。油臭い不快な臭いの毛皮にえづきそうになったが太いはおれの口内を蹂躙てきて、つい飴玉を飲み込んでしまった。
すぐに吐き出そうとした遅い。舌と歯がぐずぐずに溶けていくような感覚と共に食道から腹までも熱くなっていき、やがておれの心に異変が訪れた。
思考がどんどんおかしくなっていく。目の前の猪人を嫌悪しているはずなのにその気持ちが消えうせていくのだ。ただただちんぽが気持ちいい。目の前の男のちんぽが愛おしくて仕方がない。言葉が耳を通るたびにちんぽが震える。
ちんぽがきもちいい。まんこにハメていただいているちんぽが好きだ。愛おしい。おれの心は快楽に跪き、ただひたすらにちんぽをねだる便器へと堕ちていった。
「は、ぁああぁ?あ"っあっあっあぅ、あぁああああ」
「キマってきたか?ちんぽハメてくださってありがとうございますって言ってみろ」
「ぢっちんぽはめ"てくだざってありがとうごじゃいまずぅ!」
口が勝手に猪人の言葉を復唱する。そんな事微塵も思っていないはずなのに頭と肉体が言う事を聞かない。快楽に逆らう事ができない。
自分をきもちよくしてくれるなら何でもしてしまいそうだ。
何がなんだかわからなかった。ぶっといちんぽが出入りするだけで視界の中で星が瞬きおれの中の大事なものが死んでいく感覚に陥る。
ちんぽが出て行くときは必死にまんこが媚びて入ってくる時も媚びてまとわりつく。動かない片足以外は全て熊の身体に絡ませていた。
醜い鮫のガキに媚びを売られるのがそんなに気分が良いの愉悦を浮かべ腰の運動を激しくする。
「ぢっぢんぽぉ!ぢんぽありがどうございま"ずぅ!はめでくださっでありがとうございます!」
口が止まらない。もはやおれはおれの物ではなくなっていた。猪人に言われた事をひたすらに繰り返す。それだけしかできない人形だ。
「よしよし。もっかい舌出せ」
「んッ!?ん"むっんう"!んん"~~~~!」
猪に差し込まれた指に自分から舌を絡ませる。心ではこの男を嫌悪している。だが肉体は快楽を求めて勝手に動く。舌を思い切り引っ張られるそれだけで軽いメスイキをした。明確におれの脳と肉体は狂っている。
理由はばかなおれにも分かった。あの黒い飴玉だ。あれを飲んだ途端に思考力が奪われて欲情を抑えられない。
分かった所でどうしようもなかったが。ちんぽがどうしようもなく愛おしい。ずっとおまんこされていたくなる。
おれの心が分かったみたいに、猪は腰を何度も打ちつけた。
「ひっ、ぎ、ぁぁあ……」
やがて猪のたっぷりした金玉が空になるまでおれは便器として使われ続けた。雌穴はぽっかりと開いたまま戻らなくなり指先も動かすことができない。
そんな酷い扱いをされても熊への敬愛が失われていなかった。頭ではおかしいと思いつつもまんこから垂れるザーメンの感触が愛おしかったんだ。
そんなおれを見てふんと鼻を鳴らすと、猪は手にはめていた悪趣味な金の指輪を投げてよこした。ばかでかい宝石が付いていて、おれよりずっと価値がありそうな代物。
「なかなか良かったぞ。次も上手に鳴けたらまたご褒美をやるからな」
猪が去った後は精液と汗で全身がべとべとになっていた。激しすぎる絶頂の嵐に脳を焼かれ肉体を動かそうとしてもきちんと命令を出してくれない。
加えてあの薬はしぶとくおれの思考を狂わせていた。はやく次のちんぽが欲しいと期待している自分がいたのだ。
同時に汚物と化した自分の身体がどうしようもなく惨めで、犯されている間も散々流れた涙がしぶとく零れ出た。
どれだけ流してもおれの身体から雄の残滓を綺麗にはしてくれなくて、戻って来た豹人に追い出されるまでっと這いつくばったままだった。
猪はそれから何度も訪れおれを犯した。おれが反抗してもしなくても構わず薬を使っておれを狂わせた。自分が自分でなくなってしまうのも嫌だが、猪は犯すだけではなくおれに痴態を晒させて楽しむのが好きで屈辱的な行為を幾つもさせられた。
飴玉だけではなく、オーナーに調教をされる際に使われた黒い粉を仕込まれることもあった。ちんぽを舐めるだけで身体が発情するように変えてしまう。それを見た猪は嬉々としておれを淫乱と罵った。
「やめ、ろ"お"ぉっ!ちんぽっぢんぽやめでやめて"えぇえ!」
「やめろとかほざきながらちんぽ勃たせてんじゃねえよメスガキ」
罵倒されるたび頭では嫌悪しているはずなのに、ちんぽへの愛が溢れてくる。それは何をされても、殴られても首を絞められても同じだった。感情と脳が切り離されてしまう。きもちがよければ痛くても苦しくても死にそうになっても構わなかった。
猪に手足をまとわりつかせるおれをどこか冷淡な目で見つめていた。なんだか品定めをしているような。
そして終わった後には毎回下品な指輪や宝石をおれに寄越したんだ。
「使える奴は好きだぞ。今日のご褒美だ」
あの男が大嫌いだった。いつも猪のなすがままにされて、嵐が吹き去るのを待つだけだ。金目の物を寄越すのも嫌だった。まるで、飼い犬が芸を覚えたのを褒めるみたいで。
猪が来る日は嫌で嫌で、毛布にくるまって震えていた。すぐに引っぺがされて犯されたんだけどな。
本当ならおれは客を取るような年齢じゃなかった。
オーナーは冷酷な奴だったが狂っていなかった。身体も作法も出来上がっていないガキだ。まともな客は買わない。まともじゃない客相手じゃあすぐに壊されかねない。合理的な理由で、ガキを客に取らせたりはしなかった。
でも猪の奴はオーナーにたっぷりと金を積んだらしい。他の娼夫を買うのとは一桁違う料金を毎回支払ってたんだってさ。
なんでおれにそんな金を使ってたのか?そりゃあ趣味と目的の為だろうな
猪の奴だって下種で下劣で悪人ではあるけど狂人じゃない。あいつにとっての人生の目的の為に、そして醜悪な性的嗜好を満たす為におれを買ってたみたいだ。
もっともそれは今だから分かるんだよな。当事のおれには狂った悪魔みたいな存在だったよ。何でおれだけがこんな目に合わなきゃならないんだ、どうして他の奴を選ばないんだって泣いてた。
どうして、なんで。そう叫ばなかった日は一日だって無かった。
その疑問はある日解消した。おれが高熱を出して倒れていた日のことだった。たぶん客に変な病気をもらったんだろうな。
滅多に休ませてはくれないオーナーだけど、荒く息を吐いて死にかけているおれにまでは無理をさせなかった。猪からたっぷり金を搾ってくれる商品だったしな。
医者を呼んで薬を与えて休ませてもらったのはいいけど、一つ問題があった。猪の相手をどうするかだ。
あいつは毎日やってきてはおれを使う。おれがいないからって帰られたら大損だ。
どうにかして引き止めなければらない。それで選ばれたのがあの豹人。おれが買われるようになるまではあの人がよく買われていたからな。
豹人は浮かない顔をしつつも猪のいる部屋へ向かっていった。おれの方はといえばほっとしていたよ。
一日だけでも猪に抱かれないで済むのが嬉しかった。豹人の事なんて気にもしなかったよ。
おれが気にしたところでどうにもならなかった。分かってはいるけど、豹人を案じなかった自分を悔いる。だって、おれのせいで豹人は壊れてしまったから。
熱も少しだけひいて、ぼんやりとベッドに寝転んでいると娼夫仲間の嬌声が聞こえてきたのだ。
それも、とびきりに狂った。
「ふひゃひゃひゃひゃぁぁぁ❤❤❤❤ しゅんごぉぉおぉ❤❤ ちんぽ❤❤ごしゅじんしゃまのちんぽしゅきぃ❤❤あぁぁへぇえぁ❤❤」
ふらつきながらも驚いて部屋から飛び出してみると全裸の娼夫が一匹、拘束されて運び出される所だった。その姿は明らかに正気を失っていた。おれも薬を使われるとおかしくなるけど、比べ物にはならない。
舌はだらりと垂れて、涎をだくだくと流して、目はここではないどこかを向いたまま。ちんぽからは壊れたみたいにザーメンを流しっぱなしで。
局部には触られていないにも関わらずびくびくと全身が痙攣していた。空気が触れるだけでも感じているみたいに。
「んひひひひぁっ❤❤❤❤せっくしゅ❤❤ほもせっくしゅいいぃ❤❤❤ちんぽちんぽちんぽぉ❤❤❤❤いぐいぐいぐぅ❤❤❤」
幸福そうに尻尾をフリフリと振り狂っていたのがおれに優しくしてくれた豹人だった。
歌が得意で、自分の歌を気に入ってくれた人に身請けしてもらって早くここから出るんだと、笑っていた。
ガキのおれから見ても綺麗な人で、何人か本気で入れあげてる客もいたみたいだ。すらりとした肉体も、柔らかい毛皮もおれとはまるで違って。
なのに、どこもかしこも精液でべっとりと塗れて、がくがくと糸が何本かちぎれた人形みたいに痙攣していた。
そこにいたのは、娼夫としても使えなくなった壊れた便器だけだった。
「なん、で」
おれには何も分からなかった。ただ、さっきまでそこにいた人が壊れて消えてしまった目の前の光景にただ呆然としていた。
突っ立っていると、あの猪とオーナーがおれの隣を通り過ぎていった。
「困りますよ旦那様。あれはなかなかに好評だったのです。もう便器にしか使えません」
「すまんな、加減を間違えた。あいつが気に入りそうだったのに、惜しいことをした。侘びはちゃんと――」
おれの事なんて目に入らないで去っていく猪の片手には、真っ黒な液体の入った小瓶があった。豹人はあの薬を使われたんだろうとおれでも理解できた。
綺麗だった先輩は、あいつに壊されてしまった。あいつのせいで。笑いながら去っていく猪の背中はずっと睨みつけてたっけ。
でも、あの豹人が壊されたのはおれのせいなんだよな。いつものようにおれが猪に買われていたら、ああはならなかった。
今でも思う。あのときおれが壊れているべきだったんだ。そうすれば、皆もおれも幸せになってたから。
「ちんぽ❤❤ふえひっ❤❤❤ちんぽちんぽぉ❤ねぇえちんぽくでょぉぉ❤❤❤」
何もかもが嘘臭かったよ。
豹人のあの狂った姿も、おれが娼館にいる事も。
全部夢か何かで、次の瞬間には夢から覚めるんじゃないかって。
でも、耳に残り続ける豹人の嬌声がそれを否定した。これは現実なんだと思い知らされた。
「あの猪、他の娼館でも娼夫をぶっ壊した事あるんだってよ」
豹人が壊された次の日、娼夫の間は猪の話題でもちきりだった。自分もああして壊されるのではないかという恐怖は、皆にもあったようだ。
朝の食事が済んだあとはいつもならば夕方まで寝るのが常だ。しかしその日は誰も自室へと向かわず話し合っていた。
残念ながらおれは会話に参加させてもらえないから、皆が話しているのを盗み聞きしていたんだけどさ。
自分が選ばれたらどうしよう、あの薬を使われたらどうしよう皆は不安になっていたが一人の娼夫が安心させるように話しだした。
「でもあいつが選ぶのってさ、目がつぶれてたり片手が無かったり、あれなやつばっかりなんだって。だからおれ達は大丈夫じゃない?」
「うへぇ悪趣味」
「騎士団の偉いやつらしいけど、団長になれなかったからってすっげー荒れるようになったんだってさ」
「そのウサを娼夫で晴らしてんのか。じゃあ、これからもあいつが相手すんのかな」
「じゃねえの。可愛そうだけど、おかげで―――」
話を最後まで聞かずに駆け出した。自分の部屋に飛び込み部屋の隅でうずくまると、自分の足をガンガンと殴りつけた。
手と足、両方から血が出ても止めずに殴った。自分の足が厭わしかった。この足のせいで父さんに捨てられて、皆に邪険にされて、あの猪に目を付けられたのだ。
いつの間にか涙が出て、手足から滲んだ血と交じり合った。痛いのか怖いのか悲しいのか自分でも分からなかったけれど、涙が枯れるまでずっとそうしていた。
分かっていた事だけど、豹人は2度と帰って来なかった。
豹人の使っていた僅かな荷物はすぐにゴミに出され、部屋を使っていた痕跡は全て消されて新たな娼夫が使用する事になった。
オーナーは何も言わず、娼夫の皆も怖くて詮索せずに、いつのまにか豹人についても猪についても誰も口にしなくなった。消えた娼夫についていつまでも気にする余裕なんて皆無かったのだろう。
おれも豹人のことを気にしてはいられなくなった。そんな余裕無くなったんだ。
あの頃からおれを買う客が急に増え始めてさ。おれの身体は大きくなるにつれて訪れる客は増えて、オーナーも屈強な娼夫を好きにできると店のウリにして、おれ目当てで訪れる客の相手を毎日のようにする事になった。
見栄えをよくする為にって、おれに身体を鍛えさせ始めたのもこの頃だったかな?おかげでこんなにも無価値な筋肉がついちまった。
「こりゃぁいいな、こんなでけぇ身体したガキにナニしてもいいなんてよ。おい腕後ろに組んで立てってみろ」
物珍しさに加えて頑丈で痛めつけても壊れないからか、おれの常連となる客も出た。勿論2度とおれを買わない客もいっぱいいたけど。
猪が来ない間は少しでも心を休めることができたのに、おれが一人でいられる時間はどんどん少なくなっていった。精液を綺麗にする暇も無く次の客の相手をすることも増えた。
「これは噂に違わぬ偉丈夫だな。これを情夫として好きに使えるというのだから、たまらぬな」
そして娼館に来て季節が幾度か巡った後。おれはこの娼館ではそれなりに人気になっていた。
おれの肉体から精液と汗の臭いは剥がれる日は無くなった。昔は刀傷が付けられてばかりだった柔らかく白い腹と胸には代わりに殴られた痣か鞭の痕が残るようになった。
「こんな立派な身体で。どうして娼夫なんかをやっているんだ?なぁ」
おれの甚振り方はおおざっぱにわけると2種類だ。一つ目は決まったように足の傷をなじる連中。何故こんな立派な体躯をしていながら男娼なんてしているのか、この傷はどうしたのかとニヤつきながら聞いてくる。
「店主から聞いたぞ。その歳で傭兵なんぞしていたのだろう?こうして男に媚を売って。惨めではないのか?」
本心ではどうでも良くて、おれの事を辱めたいだけだ。
脂肪だらけの豪商や痩せ衰えた年寄りどもにとっては若くて逞しい男を好きに甚振れるなんて楽しくて仕方ないんだろう。
あんな連中の相手なんてしたくもないが厄介な事に金だけは無駄に持っている。大金をオーナーに積めばおれは断る事なんてできなかった。
二つ目はただひたすらにおれの肉体を痛めつける連中。
鮫らしく牙をへし折ってもすぐに生え代わり、頑丈な筋肉で覆われた肉体は痛めつけてもなかなか壊れない。鬱憤を晴らすには最高だったんだろうな。
そして白い腹は殴りつければ痣がくっきりと残り、鞭でうてば赤く淫らな傷が映える。犯されながら殴られるのは当たり前だった。
ちんぽをハメながら首を絞めればマンコも絞まるから、と死にかけるまで首を絞められる事もあった。
牙をへし折ってもなんの問題も無い。それで喜ぶ淫乱ですとオーナーが宣伝してからは牙を一本一本へし折る客が増えた。どれだけ泣いても許してくれなかった。
部屋にくるなり腹を殴り、便器なら便器らしくしろと服を破かれ首輪を付けて這い蹲らされた。うずくまっているおれを踏みつける客の腐りきった視線見上げる度に吐き気が湧いた。
(どうして、おればっかりいやな目に合うんだろう)
時折疑問に思う事はあった。何で自分にはいやな客ばかり来るのか、と。
おれが甚振り鬱憤を晴らすのに都合の良い存在であるのはわかる。でもおれはそれなりに有名な娼夫で、いろんな人がおれを知っているはずで。おれに酷い事をしないで優しくしてくれる客は何故こないのか、それが分からなかった。
(みんな、おれと違う)
娼夫仲間はおれみたいに殴られる事はあんまりなくて、罵られたりもしない。客と恋仲になって、その人の専属みたいになる奴もいた。
抱かれもせずに客に酌をするだけの奴も。客は軽く頭を撫でて、頬にキスをするだけで満足し、大金を支払う。
そしてそんな奴らは早々に身請けされてここを出ていった。出て行く時の顔は皆嬉しそうで、幸せそうで。客に殴られた痣だらけの顔で作り笑いをするだけのおれとは全く違っていた。
(おれを好きになってくれるひとは、どうしてきてくれないんだろう)
抱きしめられて撫でられて笑う娼夫が羨ましかったよ。男に犯されるのを嫌悪していたくせに勝手な話だな。
ただ、いつの間にやら男同士でのセックス自体は嫌でもなくなってたんだよ。逞しい肉体を見て欲情するようになっていた。
猪があまりにも恐ろしかっただけで、おれは男が元々好きだったのかもしれないな。まあ、どれだけ羨んでも客がおれに向ける手はおれを痛めつけるためのものばかりだったけど。いつか壊れてしまってもおかしくなかった。おれが今でもおれのままでいられるのは、あるひとのおかげだ。
おれから苦痛や恐怖を取り去ってくれたひとがいたんだ。名前はロッソさん。
ロッソさんはふさふさの茶色いたてがみをした獅子人のおじさんだった。
初めて店に来たその人はおれを見た途端に抱きついてキスをしてきた。目を丸くしているおれに構わずヒレや鼻づらをよしよしと撫でながらもキスを繰り返すロッソさんの目はとても綺麗だった。他の客ともキスなんて何度もしたから恥ずかしくはなかったけど、子ども扱いされているみたいで少し照れ臭かった。
「かわいそうに。もう大丈夫だからね」
おれを一目見て惚れたと言ってくれたあの人はとても優しくしてくれた。おれを初めて抱く時も乱暴はしなかったし、おれの身体のことを馬鹿にしたりもしなかった。ずっとおれを愛していると、素敵だと囁いてくれたのもとても嬉しかった。
朝までずっと交わった後見送りに出るおれにキスとまた必ず来るという約束を残してくれた。おれはすっかり舞い上がってキスを返したんだ。おれもずっと貴方の事を待っていますってどもりながら約束をして。
それからしばらくは楽しい毎日だった。客になじられるのも穴に溜まった精液を掻き出して洗うのも全く苦にならなかった。
眠るときは毎日ロッソさんの事を想い、朝起きたら今日はあの人が来てくれるかもしれないと希望に夢を膨らませた。
ロッソさんは毎日のようにおれに会いに来てくれた。おれを買う金だって馬鹿にならないだろうに、土産だって買ってきてくれたんだ。
でかい宝石に煌びやかな金細工。ロッソさんの気持ちも嬉しかったし、貰ったものを身に着けていると娼夫仲間が羨望の眼差しを向けてくることも誇らしかった。
お土産のお礼にとおれが頑張って奉仕したら獅子人は顔をほころばせておれのヒレを撫でてくれた。
「君は本当に良い子だね。他の汚らしい娼夫共とは違う」
ただ他の娼夫に対しては冷たく蔑んでいた。他の娼夫とは違うというけれどおれはこの娼館で一番汚れた人間だ。ロッソさん以外の客には変わらずに汚らわしい行為をされていた。
だから娼夫仲間を侮蔑されることはおれが汚れていると言われているようなもので、少し嫌だったけれどロッソさんを不機嫌にさせたくなかったから黙って聞いていた。
「新しくできた娼館に行ったんだけどね、酷いものだった。品性の欠片もない淫売しかいない」
「一昨日?君が他の客に買われていたから他の娼夫数人を買って遊んだよ。やはり君が一番だ。改めてそう感じたよ」
ロッソさんはおれ以外にも沢山の男娼を買っているようだった。店に来た際も他の客に買われていなければおれを買うけれどいなかったら他の男娼で適当に済ませる。
店に来ないで他の娼館に行く事もあった。大体週の半分はおれ以外の男娼と寝ていただろうか。
「いつもあれは私に冷たいんだ。子ができてからは私と寝る事を頑なに拒んでいる。酷い女だろう?婿養子というものは大変だよ」
それにロッソさんは妻子がいた。家庭環境は最悪と言って良いものだったみたいだけど。毎晩情事の前には家庭の愚痴をおれに聞かせた。そして慰めて欲しいとおれに奉仕を求めるのだ。ちんぽをしゃぶってやるたびに、甘えるように身体をこすりつけるたびに喜んだ。
奥さんよりもおれの方が愛されているのだという事実はおれの心に暗い喜びを与えてくれたし、おれ以外の男娼と寝る事もそこまで気にならなかった。だって毎回のように他の男娼と寝たことを後悔して、おれが最高だと褒めてくれたし。
娼夫仲間がおれの事を遊ばれてるだけなのに馬鹿な奴だな、なんて言っても気にしなかった。遊ばれているのは他の奴なんだ。だってあんなに優しくしてくれるし。
ロッソさんは行為の際おれのちんぽに触ることを全くしなかった。どれだけおれがちんぽに奉仕しても逆は無い。ロッソさんだけが射精を繰り返しておれは全く出さないまま終わる事もあった。それでも我慢した。愛してくれていてもおれの薄汚いちんぽなんかに触りたくないと思うのも仕方がないし。
何よりおれはロッソさんの事を心から愛していたし、同じようにおれを愛してくれていると思ってたし。
だからお願いをしてしまったんだ。
情事を終えた後、いつものようにおれに腕枕をしてくれるロッソさんに抱きついて。
「あ、あのロッソさん。おねがいがあるんです」
「うん?何でも言ってごらん。次は何がいい?やっぱり細工物かな?指輪は前あげたかヒレに付けられるやつにしようか」
「ううん。物じゃなくって、おれたち恋人ですよね?だから、だからおれロッソさんと」
身請けをするには娼夫の価値に見合った金がかかる。奴隷商人から買い取った際の額に加えて今後稼いだであろう金までも支払わなければならない。おれ程度の娼夫でも相当な金が必要になるだろう。といってもロッソさんには大した額じゃないはずだ。毎晩おれを買って遊べるほどの金持ちだし、持ってきてくれるお土産も庶民では手が届かない程の高級品だった。
「おれを助けてください」
「おれロッソさんと一緒に暮らしたいです。おれの事、身請けして欲しいんです」
何よりおれたちは恋人同士だった。だから愛しているおれを娼館に置いていくなんてロッソさんだって嫌に決まっている。だから、きっとおれの事を連れ出してくれる。そう勘違いしてしまったんだ。
おれは気付いていなかった。ロッソさんの微妙な顔の変化も、肩を抱きしめる手が少しきつくなった事も。
「何言ってるんだ?お前」
さっきまでの暖かい微笑みは消えてなくなっていた。温度が消えうせた瞳には侮蔑と嫌悪が混じっている。おれが大嫌いな客達と同じ、あの見下す瞳。
「お前は他の男娼と違って良い子だと思っていたんだがね」
おれは救えない馬鹿だ。
娼夫をやって何年も経つのに当たり前の事にも気付いていなかった。客達は気持ちよくなりたくてここに来てるんだ。
それは雄の欲望を発散したいってたけじゃない。家庭での不和。職務での不満。煩わしいのを忘れて心地よい気分に浸りたいという事でもある。自分に懐いてくれる都合の良いお人形を求めてもいたんだ。
「お前なんかを引き取ったら私はどうなる?薄汚い男娼を迎え入れたなんて噂が立ったら私は周りにどう見られる?何でそれを考えない」
ロッソさんは何も悪く無い。おれが馬鹿だったんだ。ロッソさんの求めるお人形をこなしていればずっと幸せでいられたのに、自分から台無しにしてしまった。
さっきまであった甘い空気はどこかへ飛んでいって、代わりにロッソさんから発せられる怒気で息が詰まる程に空間が歪んで、ねじれている気がした。
「ロッソさん、ちがう、おれほんとうにロッソさん事が好きで」
「うるさい」
ぱしり、とロッソさんの平手がおれの顔を打つ。大した力じゃない。客には牙が折れるぐらいの力でしょっちゅう殴られている。
けれど殴られた瞬間に頭からいろんなものが抜け落ちて、痛みと一緒に悲しさと悔しさだけがおれを満たしていって、押し出された感情はおれの瞳からあふれ出ていった。
「お前達娼夫共は何故そうやってすぐに調子に乗るんだ?私がお前みたいな情夫相手に本気になるような馬鹿だと思っているのか?ええ?」
ロッソさんは何度もおれの顔を打つ。痛くなんかないのに、涙が止まらない。
「世間知らずで馬鹿な貴族を騙して楽に暮らしてやろうとでも思ってたのか?この淫売が」
違う。おれは本気だったんだ。騙すつもりなんてない。
ロッソさんを馬鹿にするつもりなんかもなくて。ただ優しい人だから、おれを愛しているって言ってくれたから。ただ信じただけなんだ。
おれが違う、違うと泣きながら繰り返していたらようやくロッソさんはおれを殴る手を止めてくれた。
代わりにおれを汚いものを見るような目で見下ろすと、ベッドから降りていってしまう。
「ロッソさ、待って。おれのことすきだって」
手にすがりついても振りほどかれて、行かないでくださいと願っても聞いてくれない。
ベッドから動けないおれを置いて離れていく。
待って、行かないで。いつか父さんに向けた言葉をロッソさんの背へと叫ぶ。でもあの時と同じで止まってはくれない。
何でだ。何で父さんもロッソさんもおれを捨てるんだ。
「お前は救えない馬鹿だな」
そしてドアを閉める直前に最後の言葉を投げた。
おれを寄せ付けない声色で、父さんと同じくおれの顔を見ないで。
「お前は何ができるんだ?馬鹿で、まともに歩く事すらできない。見てくれはどうだ?傷だらけの大男だ。醜いと自分では思わないか?」
あの日と同じだ。おれが行って欲しくないとどれだけ願ってもだめなんだ。だっておれと一緒にいる理由なんてないんだから。
父さんがおれを何で捨てたのかもその時になってちゃんと理解した。父さんはいつも強くて賢いからすぐに分かったんだろう。
「何もできない。何の役にも立たない」
おれになんの価値も無い事をおれよりちゃんと分かっていたんだ。
ロッソさんだって、おれ以外の皆が分かっているんだ。分かっていなかったのはおれだけ。
だから父さんもロッソさんもこうして同じ言葉だけ捨てて行く。
「お前なんか愛してるわけないだろ」
そして、最後の言葉と共にドアが閉まった。
おれが父さんの最後の言葉をちゃんと理解したのはきっとこの日だ。いつまでもいつまでも泣いて、ようやく涙が止まったころには心の中のいらないものを全部流してしまっていた。
悲しいとか、辛いとか、愛して欲しいとか。おれが考えちゃいけないものを全部。
おれは何もできない。何も知らない。一人じゃ歩けない。便器になるしかない醜い鮫。
誰かの迷惑にしかならない。あの豹人を不幸にしてしまったように。
そんな奴愛してくれるわけがない。父さんが捨てるのは当たり前だ。
愛してもらえるわけがないのに、おれなんかを愛してくれと願うなんてそんなの怒らせてしまって当然だ。
あんなに優しいロッソさんをおれのせいで怒らせてしまった。あの人はおれを憐れんでくれただけなのに、おれが勘違いしたせいで。
独りで歩けない奴なんて、誰も手を貸してくれない。立ち上がろうとしても、足を引っ張って邪魔をしてしまうだけ。ロッソさんはそれを教えてくれた。苦しいことも悲しいことも無くなった。
期待しても無駄。願っても無駄。信じても無駄。
全部無意味で無価値だと理解して。全部捨てさって。
全部諦めることは、何よりもおれを楽にしてくれたんだ。
オルドの話に相槌を打ち作り笑いをしながらも、意識は記憶の海へと沈めて厭わしい現実から目を背ける。
こんな癖が付いたのは最近の事だ。オルドとの会話が苦痛になってから。騙されているとも知らずに笑うオルドの笑顔に耐えられなくなってから。
おれを喜ばせようと楽しませようとしてくれるオルドを見ていると、自分の心がどうにもならなくなる。一時の愚かな感情に身を任せて、全てを明かしてしまいそうになる。
だからおれは記憶の海へと沈む。暗くて冷たい記憶に浸かって、感情の炎に焼かれる脳髄を冷ます。
記憶の始まりはこの娼館に来た日。父さんに捨てられて、奴隷商人の持ち物になってから数日後。
出迎えたオーナーはぶくぶくと太った白黒をぎらぎら光る衣服に包んだ、わかりやすくいえば太ったシャチ人。
「お前達は幸せ者だ。ここにいればお前達みたいな役立たずでも飯と寝床と綺麗な服がもらえるんだからね」
オーナーは頭を撫でながらおれにそう言った。口調は軽く、牙がぞろりと生えた口を見せつけていたから多分笑っていたんだと思う。ただ小さすぎる目は全く笑っていなかった。
オーナーだけではない。ここにいる連中は大体似たような目をしておれを見た。娼夫の監視と護衛を勤める番兵も、オーナーの補佐や娼夫の教育を行う小男達もおれを見下す時の目はは冷たくて濁っていた。
そして娼夫達は新しく来たおれを見ても大した興味を示さなかった。
様々な理由でたくさんの雄が娼夫として堕ちてくる場所だ。おれがここにいる間もたくさんの娼夫が新しく入っては消えていった。
ある綺麗な娼夫は恋人となった客に身請けされて幸せな人生を。身体の具合が良いと評判の娼夫は金持ちのペットとして引き取られていった。客から病気をもらって死んじゃった奴。死にこそしなかったけど毛皮が全部抜けて放り出された奴。
新しく入った娼夫が翌朝首を吊って死んでいたことだってある。いちいち気にする余裕なんて無かったのだろう。でも幼いおれにはそんなこと分かるはずもなくて、嫌な奴ばかりだっていじけてたんだ。
「いいか。お前達は花なんだ。ここに来るお客様達に相応しい美しさが無ければならない」
この娼館は王都でも有名な方らしかった。
シャチ人のオーナーが一代で築いたこの店は貴族の邸宅ぐらいには大きく、何十人もの娼夫が働いていた。
客は毎晩ひっきりなしに訪れ美しい娼夫を犯し、或いは犯させる。
この娼館が他と違う点は娼夫の技巧と具合だった。巧みな口淫や指の動きでたちまち客を昇りつめらせて、肉壷にぶちこめば蕩け締め付け客に至上の快感を与える。
平民だけではなく王侯貴族や他国の商人までもが訪れた。この店で男を買う行為は男色家達にとっては一種の憧れだったらしい。
上等な娼夫を用意できたのはオーナーの手腕によるものだ。
足を頭を使い奴隷商人から幼い子どもを買い付けたり街で飢えた家族から子どもを直接買ったり。
そして買い付けた子どもをオーナーが自ら仕込むのだ。雄に奉仕する為の肉便器に。
最初ここに来た時は何も分かっていなかった。おれはまだまだ子どもだったし、客に抱かれるのはずっと先だと思っていた。
すぐにそんな甘っちょろい考えはぶち壊されたけど。
「いだい゛い゛いたい痛いいだぃっやめてぇ!」
「何度言ったら分かる。お客様に奉仕する時は感じているようにお芝居をしろ」
付いてすぐに始まったのはオーナー直々の調教だった。質の良い商品を揃える為に娼夫を幼い頃から仕込む。それがここのやり方。
手始めに身体を雌のものにすべく全身に真っ黒な粉を溶かしたものを塗られた。黒く染まった部位から敏感になり手袋をはめた指でなぞられるだけで嬌声が漏れた。この粉が肉体を娼夫にふさわしい物に変える薬だと知るのはずっと後の事。乳首をいじくるだけでメスイキする淫乱になってしまった頃だった。
スリットと肛門にも仕込まれて張り型を抜き差しされると快感と、経験した事の無い痛みで頭がおかしくなりそうで。
「やめでええ!とうさん!たすけて!」
「お前は父親に売られたんだよ。助けにくるわけないだろう」
嘘だ。父さんはおれの事を捨てたりしない。いつか迎えにきてくれる。あの時はまだそう信じていたんだ。
お前はいらないとはっきり言われたのにおれはまだ受け入れる事ができなかった。自分が何の価値も無いとまだ分かっていなかったから。
おれはいらない子なんかじゃない――ザーメンばかりか小便までも漏らしながら心の中で何度も叫んだ。
ここに入って、おれは毎日が辛かった。確かにここにいれば飯と寝床は提供された。お客様に奉仕する身だからって肉体に傷が残るようなことはされなかった。
ただ痣が残らないぐらいの力ではたかれたりはしたし、オーナーによる仕込みは剣で切りつけられるよりも苦痛だった。
そして、先輩娼夫や同じ頃に入った娼夫達に冷たい目で見られるのも嫌だった。大体の男娼は細く柔らかく、女物の服が似合うような狼人や豹人みたいなのが多い。
その中で筋肉ががっしりと付いた上傷だらけのおれはとても目立った。それだけならいいけど、まともに動かない足のせいでおれは皆に迷惑をかけていた。
慣れるまでは階段を上がる事だってつらくて誰かに助けを求めなくちゃならなかった。
見習いとして娼夫の部屋を掃除したり、朝食の準備を手伝ったりしなければならない。でもおれは足のせいで仕事を免除されていた。
皆からすればおれは甘やかされていて、邪魔で、迷惑だったんだろう。
すれちがいざまに足をひっかけられて転んだり、オーナーに見えないところでこっそり殴られたり嫌がらせをされた。
おれはやり返したりしなかったよ。自分でも役に立たないことは分かっていたから。でかい図体で皆に迷惑をかける自分が嫌いで、ここに自分の居場所はないと思った。
おれはまだここで生きてしくしかないという事が分かっていなかった。ここがどんな場所なのかも。自分が何をして生きていくのかも。
オーナーに性について教えられてはいた。でもそれは知識としてだ。娼夫として肉体を売るとはどういうことか、おれは分かっていなかったんだ。
おれが理解したのはあるものを見てしまったから。ここにはおれ以外にもたくさんの子どもがいて、皆が娼夫になるべく教育を施されていた。
オーナーに肉体を仕込まれる以外にも客を取っている娼夫を間近で見て、仕事を覚えるのもその一つだ。
いつものようにおれが見習いをしている娼夫――細っこくい豹人に命じられて油を部屋に持っていった時のことだった。
「ありがとう。今日の客は沢山使うんだ」
その豹人はおれに優しかった。他の娼夫違っておれをいじめないで、仕事についてもちゃんと教えてくれた。
客からもらったお菓子をおれに分けてくれたりもした。ここはなにもかもが嫌いだったが、あの人は好きなほうだったと思う。
でもその日はどこか緊張した様子だった。余程の上客を相手にしなければならなかったらしい。騎士団の副団長をしている大物だ、と教えられたけどよくわからなかった。
「じゃあ今日はもう下がっていいよ。あのお客さんに見つかったら大変だから」
「――おい、何をぐずぐずしてやがる!早くしろ!」
「はっ、はい!申し訳ありません!」
せかすようなダミ声が聞こえると、豹人は部屋の奥へとすっ飛んでいった。
豹人は恐怖に怯えているような表情で、尻尾もぴんと立ってしまっていた。その顔を見た瞬間、おれは身体を部屋の中へと滑り込ませていた。きっと怖かったのだ。あの豹人をあそこまで怯えさせるものがなんなのか。
怖くて恐ろしくて、分からないままにするのが嫌で。どうしようもなく見たくなってしまった。
ドアの向こうは薄暗く、月の明かりも燭台の火すら無い。。奇妙に思いつつもと手を彷徨わせると何かにぶつかった。
豹人か客に触れてしまったのか、と身をすくませてがよくよく確かめてみるとそれは衝立だった。月光も蝋燭の明かりもこれがさえぎっていたのか、と分かったおれは衝立の奥をそっと覗き込んだ。バレたらきっと怒られてしまうから、物音も立てないように。
「なに、あれ」
けれど声がこぼれてしまった。
ぼんやりとした明かりの中にいるのは全裸の豹人だった。それも頭を床にこすりつけるように跪いた。
同じく全裸の猪人が豹人の尻に指を突っ込んでいた。油をたっぷりとまぶした太い指で、ぐちゅぐちゅと。
一本だけじゃなかった。親指以外を全部ぶちこんで、時折掻き混ぜるように動かして、豹人の尻の穴は合わせて粘土細工のように蠢いていた。
けど恐ろしかったのはそれではなくて、豹人の顔だった。激しい尻穴への陵辱は間違いなく痛みを伴っているはずだった。なのに、豹人はヨダレを垂らして宙を向いて、恍惚とした表情だったんだ。
声がしなかったのは出せなかったからだ。たまに呼吸音を吐き出すだけの、猪の指の動きに合わせてがくがくと痙攣するだけの肉袋がそこにいた。
「――ッか、ひゅっ、ぃぎっ」
「おい。客に奉仕もしねえで何てめえだけヨガってんだ。それでも肉便器かよ」
「ひっ、は、あぁあぁ」
「ご主人様が聞いてんだろうが!返事しろメス猫!」
「はあ"っ!があ"あぁぁあああぁああ!」
猪の声と共に指の動きが激しくなった。さきほどまでは弄ぶように動かしていた動きから、突っ込んでは引き抜く激しい動きに。
根元まで突っ込んだら曲げた指先で豹人の内壁をこそげ取りながら引き抜く。当然だけど耐えられるはずがなかった。
強すぎる快感に豹人は絶頂と快感を繰り返し、死にかけの虫みたいにびくびくと跳ねていた。
「じぬ"っ!じぬう"う"ぅぅううううぅぅう!」
「死ぬわけねえだろ。汚え汁流しやがって淫売が」
「お"ほっ!ごおぉぉおおお!」
豹人はちんぽの先からびちゃびちゃと精液を垂れながしていた。顔は快感からなのか苦痛なのか酷く歪んで。なのに猪はゴミを見るような顔で豹人を見下ろしていた。
本物の性行為。初めて見るそれはとてもおぞましく、おれに本能的な嫌悪感を与えた。まるで怪物に貪り食われているかのようだった。
猪の性行為が通常のそれとは違うだなんて、小さいおれには分かるはずもなかった。
(おれもあんな目に合わされちゃうの?)
想像した瞬間恐怖に駆られて、衝立に力を込めてしまった。古くて不安定な衝立はぎしりと音を立てておれの存在を二人に伝えた。といっても豹人はおれを気にする余裕なんてなかったけど。
慌てて逃げようとしたけど遅かった。動かない片足はもつれてすっ転ぶんで、芋虫みたいにもがくおれの足首が猪に掴まれた。
「なんだぁ、お前」
この時の猪ほどおぞましく、恐ろしい笑みは見た事がなかった。
獲物を見つけた狩人はきっとあんな顔をするんだ。怯えるおれを頭から爪先までじっくりと眺めて、口からこぼれるヨダレをひっきりなしに舐めていた。
小さいおれでも分かった。おれはこいつに貪り食われてしまうんだと。
当然死ぬ気で暴れたよ。小さい手足を振り回して猪を殴りつけた。でもおれの数倍大きい肉体はびくともしなくて、簡単に押さえつけられてしまった。
太鼓腹で押し潰されたおれの身体をごわごわの手が這い回り、乳首や腹筋をなぞるように触れていく。そのたびに身体にびりびりとしたものが走りちんぽが反応した。
犯されるのも怖かったが、それよりも触れられるたびに淡い快感を得る自分が怖くって。
「やだっやだやだやだぁ!離せよぉ!」
「こりゃあ変り種を仕込んだじゃねえか。よし、今日はお前にしてやるよ。良かったな」
猪の言葉の意味はおれにも分かった。さっき豹人がされたことがおれにもされるんだ。
尻の穴に指を突っ込まれて、あんな乱暴に、モノみたいに。
猪に噛み付いて抵抗した。客を傷つけたらオーナーに折檻されるとか考える余裕は無かったな。
でも猪のぶ厚い脂肪には全く通らなくって、おれが最後の抵抗として思いついたのは助けを求めることだった。まだ隣で荒く息を吐いている豹に助けてって叫んだんだ。頼りになるひとだったし、優しかったし、おれを助けてくれるかもしれないと期待したんだな。
「…では、私はこれにて失礼します。どうかごゆっくりと」
でも、おれなんか助けるわけないよな。豹人はお辞儀をするとさっさと出て行ってしまった。でも本当に辛かったのは豹人が笑っていたことだった。
おれよりも自分が助かる嬉しさでいっぱいだったんだろう。今なら当然だと思えるけど、昔のおれには辛かったよ。父さんに捨てられた時を思い出して涙が溢れた。泣いても今ある現実は何も変わらないのに。
「あーあー泣いちまって情けねえなぁ。その筋肉は飾りかよ坊主」
「ひぃっ!やだ、やだ。やめて許してくだしゃ、うぁっ!?」
泣き喚くおれの涙をべろりと舐めると、猪はおれの服を引きちぎって丸裸にした。
おれを押し潰す体躯が、果物が腐ったみたいな匂いが、そしてどんどん怒張していくちんぽが、怖かった。
太鼓腹に押し潰されると何の抵抗もできなくなり、丸々とした指が身体を這い回ると嫌なはずなのに甘い声が漏れた。
オーナーに調教されたせいだろうな。あの黒い粉と仕込みのせいでおれの肉体はすっかり作りかえられていたんだ。
「やっ父さんたすけたすげ 、あ゛っ!はあ゛あ゛ああぁぁあぁぁぢんぽはいっでくるう゛うぅう」
はじめてハメられたちんぽは張り型なんかとは比べ物にならないぐらいの快感をおれに与えてくれた。顔面から体液を流してのたうちまわるおれを嘲笑いながら猪人は腰を動かした。
こんな情けない自分認めたくなかった。でもちんぽが腸壁を削るたびに頭までちんぽが突っ込まれたみたいで、耐えられなくて叫んでしまうんだ。
それが猪には気に入らなかったらしい。おれの尻を何回か打ち据え不愉快そうな顔をする。
「おい。ギャアギャアうるせえぞ。静かにできねえのか」
「だずげっ!抜いでぇ!やだあぁぁ!」
「聞いちゃいねえな。じゃあちゃんとお客様のいう事聞けるお薬使うか」
言うが早いか猪人は真っ黒な飴玉の入った瓶を取り出し、指に乗せるとおれの口に突っ込んできた。油臭い不快な臭いの毛皮にえづきそうになったが太いはおれの口内を蹂躙てきて、つい飴玉を飲み込んでしまった。
すぐに吐き出そうとした遅い。舌と歯がぐずぐずに溶けていくような感覚と共に食道から腹までも熱くなっていき、やがておれの心に異変が訪れた。
思考がどんどんおかしくなっていく。目の前の猪人を嫌悪しているはずなのにその気持ちが消えうせていくのだ。ただただちんぽが気持ちいい。目の前の男のちんぽが愛おしくて仕方がない。言葉が耳を通るたびにちんぽが震える。
ちんぽがきもちいい。まんこにハメていただいているちんぽが好きだ。愛おしい。おれの心は快楽に跪き、ただひたすらにちんぽをねだる便器へと堕ちていった。
「は、ぁああぁ?あ"っあっあっあぅ、あぁああああ」
「キマってきたか?ちんぽハメてくださってありがとうございますって言ってみろ」
「ぢっちんぽはめ"てくだざってありがとうごじゃいまずぅ!」
口が勝手に猪人の言葉を復唱する。そんな事微塵も思っていないはずなのに頭と肉体が言う事を聞かない。快楽に逆らう事ができない。
自分をきもちよくしてくれるなら何でもしてしまいそうだ。
何がなんだかわからなかった。ぶっといちんぽが出入りするだけで視界の中で星が瞬きおれの中の大事なものが死んでいく感覚に陥る。
ちんぽが出て行くときは必死にまんこが媚びて入ってくる時も媚びてまとわりつく。動かない片足以外は全て熊の身体に絡ませていた。
醜い鮫のガキに媚びを売られるのがそんなに気分が良いの愉悦を浮かべ腰の運動を激しくする。
「ぢっぢんぽぉ!ぢんぽありがどうございま"ずぅ!はめでくださっでありがとうございます!」
口が止まらない。もはやおれはおれの物ではなくなっていた。猪人に言われた事をひたすらに繰り返す。それだけしかできない人形だ。
「よしよし。もっかい舌出せ」
「んッ!?ん"むっんう"!んん"~~~~!」
猪に差し込まれた指に自分から舌を絡ませる。心ではこの男を嫌悪している。だが肉体は快楽を求めて勝手に動く。舌を思い切り引っ張られるそれだけで軽いメスイキをした。明確におれの脳と肉体は狂っている。
理由はばかなおれにも分かった。あの黒い飴玉だ。あれを飲んだ途端に思考力が奪われて欲情を抑えられない。
分かった所でどうしようもなかったが。ちんぽがどうしようもなく愛おしい。ずっとおまんこされていたくなる。
おれの心が分かったみたいに、猪は腰を何度も打ちつけた。
「ひっ、ぎ、ぁぁあ……」
やがて猪のたっぷりした金玉が空になるまでおれは便器として使われ続けた。雌穴はぽっかりと開いたまま戻らなくなり指先も動かすことができない。
そんな酷い扱いをされても熊への敬愛が失われていなかった。頭ではおかしいと思いつつもまんこから垂れるザーメンの感触が愛おしかったんだ。
そんなおれを見てふんと鼻を鳴らすと、猪は手にはめていた悪趣味な金の指輪を投げてよこした。ばかでかい宝石が付いていて、おれよりずっと価値がありそうな代物。
「なかなか良かったぞ。次も上手に鳴けたらまたご褒美をやるからな」
猪が去った後は精液と汗で全身がべとべとになっていた。激しすぎる絶頂の嵐に脳を焼かれ肉体を動かそうとしてもきちんと命令を出してくれない。
加えてあの薬はしぶとくおれの思考を狂わせていた。はやく次のちんぽが欲しいと期待している自分がいたのだ。
同時に汚物と化した自分の身体がどうしようもなく惨めで、犯されている間も散々流れた涙がしぶとく零れ出た。
どれだけ流してもおれの身体から雄の残滓を綺麗にはしてくれなくて、戻って来た豹人に追い出されるまでっと這いつくばったままだった。
猪はそれから何度も訪れおれを犯した。おれが反抗してもしなくても構わず薬を使っておれを狂わせた。自分が自分でなくなってしまうのも嫌だが、猪は犯すだけではなくおれに痴態を晒させて楽しむのが好きで屈辱的な行為を幾つもさせられた。
飴玉だけではなく、オーナーに調教をされる際に使われた黒い粉を仕込まれることもあった。ちんぽを舐めるだけで身体が発情するように変えてしまう。それを見た猪は嬉々としておれを淫乱と罵った。
「やめ、ろ"お"ぉっ!ちんぽっぢんぽやめでやめて"えぇえ!」
「やめろとかほざきながらちんぽ勃たせてんじゃねえよメスガキ」
罵倒されるたび頭では嫌悪しているはずなのに、ちんぽへの愛が溢れてくる。それは何をされても、殴られても首を絞められても同じだった。感情と脳が切り離されてしまう。きもちがよければ痛くても苦しくても死にそうになっても構わなかった。
猪に手足をまとわりつかせるおれをどこか冷淡な目で見つめていた。なんだか品定めをしているような。
そして終わった後には毎回下品な指輪や宝石をおれに寄越したんだ。
「使える奴は好きだぞ。今日のご褒美だ」
あの男が大嫌いだった。いつも猪のなすがままにされて、嵐が吹き去るのを待つだけだ。金目の物を寄越すのも嫌だった。まるで、飼い犬が芸を覚えたのを褒めるみたいで。
猪が来る日は嫌で嫌で、毛布にくるまって震えていた。すぐに引っぺがされて犯されたんだけどな。
本当ならおれは客を取るような年齢じゃなかった。
オーナーは冷酷な奴だったが狂っていなかった。身体も作法も出来上がっていないガキだ。まともな客は買わない。まともじゃない客相手じゃあすぐに壊されかねない。合理的な理由で、ガキを客に取らせたりはしなかった。
でも猪の奴はオーナーにたっぷりと金を積んだらしい。他の娼夫を買うのとは一桁違う料金を毎回支払ってたんだってさ。
なんでおれにそんな金を使ってたのか?そりゃあ趣味と目的の為だろうな
猪の奴だって下種で下劣で悪人ではあるけど狂人じゃない。あいつにとっての人生の目的の為に、そして醜悪な性的嗜好を満たす為におれを買ってたみたいだ。
もっともそれは今だから分かるんだよな。当事のおれには狂った悪魔みたいな存在だったよ。何でおれだけがこんな目に合わなきゃならないんだ、どうして他の奴を選ばないんだって泣いてた。
どうして、なんで。そう叫ばなかった日は一日だって無かった。
その疑問はある日解消した。おれが高熱を出して倒れていた日のことだった。たぶん客に変な病気をもらったんだろうな。
滅多に休ませてはくれないオーナーだけど、荒く息を吐いて死にかけているおれにまでは無理をさせなかった。猪からたっぷり金を搾ってくれる商品だったしな。
医者を呼んで薬を与えて休ませてもらったのはいいけど、一つ問題があった。猪の相手をどうするかだ。
あいつは毎日やってきてはおれを使う。おれがいないからって帰られたら大損だ。
どうにかして引き止めなければらない。それで選ばれたのがあの豹人。おれが買われるようになるまではあの人がよく買われていたからな。
豹人は浮かない顔をしつつも猪のいる部屋へ向かっていった。おれの方はといえばほっとしていたよ。
一日だけでも猪に抱かれないで済むのが嬉しかった。豹人の事なんて気にもしなかったよ。
おれが気にしたところでどうにもならなかった。分かってはいるけど、豹人を案じなかった自分を悔いる。だって、おれのせいで豹人は壊れてしまったから。
熱も少しだけひいて、ぼんやりとベッドに寝転んでいると娼夫仲間の嬌声が聞こえてきたのだ。
それも、とびきりに狂った。
「ふひゃひゃひゃひゃぁぁぁ❤❤❤❤ しゅんごぉぉおぉ❤❤ ちんぽ❤❤ごしゅじんしゃまのちんぽしゅきぃ❤❤あぁぁへぇえぁ❤❤」
ふらつきながらも驚いて部屋から飛び出してみると全裸の娼夫が一匹、拘束されて運び出される所だった。その姿は明らかに正気を失っていた。おれも薬を使われるとおかしくなるけど、比べ物にはならない。
舌はだらりと垂れて、涎をだくだくと流して、目はここではないどこかを向いたまま。ちんぽからは壊れたみたいにザーメンを流しっぱなしで。
局部には触られていないにも関わらずびくびくと全身が痙攣していた。空気が触れるだけでも感じているみたいに。
「んひひひひぁっ❤❤❤❤せっくしゅ❤❤ほもせっくしゅいいぃ❤❤❤ちんぽちんぽちんぽぉ❤❤❤❤いぐいぐいぐぅ❤❤❤」
幸福そうに尻尾をフリフリと振り狂っていたのがおれに優しくしてくれた豹人だった。
歌が得意で、自分の歌を気に入ってくれた人に身請けしてもらって早くここから出るんだと、笑っていた。
ガキのおれから見ても綺麗な人で、何人か本気で入れあげてる客もいたみたいだ。すらりとした肉体も、柔らかい毛皮もおれとはまるで違って。
なのに、どこもかしこも精液でべっとりと塗れて、がくがくと糸が何本かちぎれた人形みたいに痙攣していた。
そこにいたのは、娼夫としても使えなくなった壊れた便器だけだった。
「なん、で」
おれには何も分からなかった。ただ、さっきまでそこにいた人が壊れて消えてしまった目の前の光景にただ呆然としていた。
突っ立っていると、あの猪とオーナーがおれの隣を通り過ぎていった。
「困りますよ旦那様。あれはなかなかに好評だったのです。もう便器にしか使えません」
「すまんな、加減を間違えた。あいつが気に入りそうだったのに、惜しいことをした。侘びはちゃんと――」
おれの事なんて目に入らないで去っていく猪の片手には、真っ黒な液体の入った小瓶があった。豹人はあの薬を使われたんだろうとおれでも理解できた。
綺麗だった先輩は、あいつに壊されてしまった。あいつのせいで。笑いながら去っていく猪の背中はずっと睨みつけてたっけ。
でも、あの豹人が壊されたのはおれのせいなんだよな。いつものようにおれが猪に買われていたら、ああはならなかった。
今でも思う。あのときおれが壊れているべきだったんだ。そうすれば、皆もおれも幸せになってたから。
「ちんぽ❤❤ふえひっ❤❤❤ちんぽちんぽぉ❤ねぇえちんぽくでょぉぉ❤❤❤」
何もかもが嘘臭かったよ。
豹人のあの狂った姿も、おれが娼館にいる事も。
全部夢か何かで、次の瞬間には夢から覚めるんじゃないかって。
でも、耳に残り続ける豹人の嬌声がそれを否定した。これは現実なんだと思い知らされた。
「あの猪、他の娼館でも娼夫をぶっ壊した事あるんだってよ」
豹人が壊された次の日、娼夫の間は猪の話題でもちきりだった。自分もああして壊されるのではないかという恐怖は、皆にもあったようだ。
朝の食事が済んだあとはいつもならば夕方まで寝るのが常だ。しかしその日は誰も自室へと向かわず話し合っていた。
残念ながらおれは会話に参加させてもらえないから、皆が話しているのを盗み聞きしていたんだけどさ。
自分が選ばれたらどうしよう、あの薬を使われたらどうしよう皆は不安になっていたが一人の娼夫が安心させるように話しだした。
「でもあいつが選ぶのってさ、目がつぶれてたり片手が無かったり、あれなやつばっかりなんだって。だからおれ達は大丈夫じゃない?」
「うへぇ悪趣味」
「騎士団の偉いやつらしいけど、団長になれなかったからってすっげー荒れるようになったんだってさ」
「そのウサを娼夫で晴らしてんのか。じゃあ、これからもあいつが相手すんのかな」
「じゃねえの。可愛そうだけど、おかげで―――」
話を最後まで聞かずに駆け出した。自分の部屋に飛び込み部屋の隅でうずくまると、自分の足をガンガンと殴りつけた。
手と足、両方から血が出ても止めずに殴った。自分の足が厭わしかった。この足のせいで父さんに捨てられて、皆に邪険にされて、あの猪に目を付けられたのだ。
いつの間にか涙が出て、手足から滲んだ血と交じり合った。痛いのか怖いのか悲しいのか自分でも分からなかったけれど、涙が枯れるまでずっとそうしていた。
分かっていた事だけど、豹人は2度と帰って来なかった。
豹人の使っていた僅かな荷物はすぐにゴミに出され、部屋を使っていた痕跡は全て消されて新たな娼夫が使用する事になった。
オーナーは何も言わず、娼夫の皆も怖くて詮索せずに、いつのまにか豹人についても猪についても誰も口にしなくなった。消えた娼夫についていつまでも気にする余裕なんて皆無かったのだろう。
おれも豹人のことを気にしてはいられなくなった。そんな余裕無くなったんだ。
あの頃からおれを買う客が急に増え始めてさ。おれの身体は大きくなるにつれて訪れる客は増えて、オーナーも屈強な娼夫を好きにできると店のウリにして、おれ目当てで訪れる客の相手を毎日のようにする事になった。
見栄えをよくする為にって、おれに身体を鍛えさせ始めたのもこの頃だったかな?おかげでこんなにも無価値な筋肉がついちまった。
「こりゃぁいいな、こんなでけぇ身体したガキにナニしてもいいなんてよ。おい腕後ろに組んで立てってみろ」
物珍しさに加えて頑丈で痛めつけても壊れないからか、おれの常連となる客も出た。勿論2度とおれを買わない客もいっぱいいたけど。
猪が来ない間は少しでも心を休めることができたのに、おれが一人でいられる時間はどんどん少なくなっていった。精液を綺麗にする暇も無く次の客の相手をすることも増えた。
「これは噂に違わぬ偉丈夫だな。これを情夫として好きに使えるというのだから、たまらぬな」
そして娼館に来て季節が幾度か巡った後。おれはこの娼館ではそれなりに人気になっていた。
おれの肉体から精液と汗の臭いは剥がれる日は無くなった。昔は刀傷が付けられてばかりだった柔らかく白い腹と胸には代わりに殴られた痣か鞭の痕が残るようになった。
「こんな立派な身体で。どうして娼夫なんかをやっているんだ?なぁ」
おれの甚振り方はおおざっぱにわけると2種類だ。一つ目は決まったように足の傷をなじる連中。何故こんな立派な体躯をしていながら男娼なんてしているのか、この傷はどうしたのかとニヤつきながら聞いてくる。
「店主から聞いたぞ。その歳で傭兵なんぞしていたのだろう?こうして男に媚を売って。惨めではないのか?」
本心ではどうでも良くて、おれの事を辱めたいだけだ。
脂肪だらけの豪商や痩せ衰えた年寄りどもにとっては若くて逞しい男を好きに甚振れるなんて楽しくて仕方ないんだろう。
あんな連中の相手なんてしたくもないが厄介な事に金だけは無駄に持っている。大金をオーナーに積めばおれは断る事なんてできなかった。
二つ目はただひたすらにおれの肉体を痛めつける連中。
鮫らしく牙をへし折ってもすぐに生え代わり、頑丈な筋肉で覆われた肉体は痛めつけてもなかなか壊れない。鬱憤を晴らすには最高だったんだろうな。
そして白い腹は殴りつければ痣がくっきりと残り、鞭でうてば赤く淫らな傷が映える。犯されながら殴られるのは当たり前だった。
ちんぽをハメながら首を絞めればマンコも絞まるから、と死にかけるまで首を絞められる事もあった。
牙をへし折ってもなんの問題も無い。それで喜ぶ淫乱ですとオーナーが宣伝してからは牙を一本一本へし折る客が増えた。どれだけ泣いても許してくれなかった。
部屋にくるなり腹を殴り、便器なら便器らしくしろと服を破かれ首輪を付けて這い蹲らされた。うずくまっているおれを踏みつける客の腐りきった視線見上げる度に吐き気が湧いた。
(どうして、おればっかりいやな目に合うんだろう)
時折疑問に思う事はあった。何で自分にはいやな客ばかり来るのか、と。
おれが甚振り鬱憤を晴らすのに都合の良い存在であるのはわかる。でもおれはそれなりに有名な娼夫で、いろんな人がおれを知っているはずで。おれに酷い事をしないで優しくしてくれる客は何故こないのか、それが分からなかった。
(みんな、おれと違う)
娼夫仲間はおれみたいに殴られる事はあんまりなくて、罵られたりもしない。客と恋仲になって、その人の専属みたいになる奴もいた。
抱かれもせずに客に酌をするだけの奴も。客は軽く頭を撫でて、頬にキスをするだけで満足し、大金を支払う。
そしてそんな奴らは早々に身請けされてここを出ていった。出て行く時の顔は皆嬉しそうで、幸せそうで。客に殴られた痣だらけの顔で作り笑いをするだけのおれとは全く違っていた。
(おれを好きになってくれるひとは、どうしてきてくれないんだろう)
抱きしめられて撫でられて笑う娼夫が羨ましかったよ。男に犯されるのを嫌悪していたくせに勝手な話だな。
ただ、いつの間にやら男同士でのセックス自体は嫌でもなくなってたんだよ。逞しい肉体を見て欲情するようになっていた。
猪があまりにも恐ろしかっただけで、おれは男が元々好きだったのかもしれないな。まあ、どれだけ羨んでも客がおれに向ける手はおれを痛めつけるためのものばかりだったけど。いつか壊れてしまってもおかしくなかった。おれが今でもおれのままでいられるのは、あるひとのおかげだ。
おれから苦痛や恐怖を取り去ってくれたひとがいたんだ。名前はロッソさん。
ロッソさんはふさふさの茶色いたてがみをした獅子人のおじさんだった。
初めて店に来たその人はおれを見た途端に抱きついてキスをしてきた。目を丸くしているおれに構わずヒレや鼻づらをよしよしと撫でながらもキスを繰り返すロッソさんの目はとても綺麗だった。他の客ともキスなんて何度もしたから恥ずかしくはなかったけど、子ども扱いされているみたいで少し照れ臭かった。
「かわいそうに。もう大丈夫だからね」
おれを一目見て惚れたと言ってくれたあの人はとても優しくしてくれた。おれを初めて抱く時も乱暴はしなかったし、おれの身体のことを馬鹿にしたりもしなかった。ずっとおれを愛していると、素敵だと囁いてくれたのもとても嬉しかった。
朝までずっと交わった後見送りに出るおれにキスとまた必ず来るという約束を残してくれた。おれはすっかり舞い上がってキスを返したんだ。おれもずっと貴方の事を待っていますってどもりながら約束をして。
それからしばらくは楽しい毎日だった。客になじられるのも穴に溜まった精液を掻き出して洗うのも全く苦にならなかった。
眠るときは毎日ロッソさんの事を想い、朝起きたら今日はあの人が来てくれるかもしれないと希望に夢を膨らませた。
ロッソさんは毎日のようにおれに会いに来てくれた。おれを買う金だって馬鹿にならないだろうに、土産だって買ってきてくれたんだ。
でかい宝石に煌びやかな金細工。ロッソさんの気持ちも嬉しかったし、貰ったものを身に着けていると娼夫仲間が羨望の眼差しを向けてくることも誇らしかった。
お土産のお礼にとおれが頑張って奉仕したら獅子人は顔をほころばせておれのヒレを撫でてくれた。
「君は本当に良い子だね。他の汚らしい娼夫共とは違う」
ただ他の娼夫に対しては冷たく蔑んでいた。他の娼夫とは違うというけれどおれはこの娼館で一番汚れた人間だ。ロッソさん以外の客には変わらずに汚らわしい行為をされていた。
だから娼夫仲間を侮蔑されることはおれが汚れていると言われているようなもので、少し嫌だったけれどロッソさんを不機嫌にさせたくなかったから黙って聞いていた。
「新しくできた娼館に行ったんだけどね、酷いものだった。品性の欠片もない淫売しかいない」
「一昨日?君が他の客に買われていたから他の娼夫数人を買って遊んだよ。やはり君が一番だ。改めてそう感じたよ」
ロッソさんはおれ以外にも沢山の男娼を買っているようだった。店に来た際も他の客に買われていなければおれを買うけれどいなかったら他の男娼で適当に済ませる。
店に来ないで他の娼館に行く事もあった。大体週の半分はおれ以外の男娼と寝ていただろうか。
「いつもあれは私に冷たいんだ。子ができてからは私と寝る事を頑なに拒んでいる。酷い女だろう?婿養子というものは大変だよ」
それにロッソさんは妻子がいた。家庭環境は最悪と言って良いものだったみたいだけど。毎晩情事の前には家庭の愚痴をおれに聞かせた。そして慰めて欲しいとおれに奉仕を求めるのだ。ちんぽをしゃぶってやるたびに、甘えるように身体をこすりつけるたびに喜んだ。
奥さんよりもおれの方が愛されているのだという事実はおれの心に暗い喜びを与えてくれたし、おれ以外の男娼と寝る事もそこまで気にならなかった。だって毎回のように他の男娼と寝たことを後悔して、おれが最高だと褒めてくれたし。
娼夫仲間がおれの事を遊ばれてるだけなのに馬鹿な奴だな、なんて言っても気にしなかった。遊ばれているのは他の奴なんだ。だってあんなに優しくしてくれるし。
ロッソさんは行為の際おれのちんぽに触ることを全くしなかった。どれだけおれがちんぽに奉仕しても逆は無い。ロッソさんだけが射精を繰り返しておれは全く出さないまま終わる事もあった。それでも我慢した。愛してくれていてもおれの薄汚いちんぽなんかに触りたくないと思うのも仕方がないし。
何よりおれはロッソさんの事を心から愛していたし、同じようにおれを愛してくれていると思ってたし。
だからお願いをしてしまったんだ。
情事を終えた後、いつものようにおれに腕枕をしてくれるロッソさんに抱きついて。
「あ、あのロッソさん。おねがいがあるんです」
「うん?何でも言ってごらん。次は何がいい?やっぱり細工物かな?指輪は前あげたかヒレに付けられるやつにしようか」
「ううん。物じゃなくって、おれたち恋人ですよね?だから、だからおれロッソさんと」
身請けをするには娼夫の価値に見合った金がかかる。奴隷商人から買い取った際の額に加えて今後稼いだであろう金までも支払わなければならない。おれ程度の娼夫でも相当な金が必要になるだろう。といってもロッソさんには大した額じゃないはずだ。毎晩おれを買って遊べるほどの金持ちだし、持ってきてくれるお土産も庶民では手が届かない程の高級品だった。
「おれを助けてください」
「おれロッソさんと一緒に暮らしたいです。おれの事、身請けして欲しいんです」
何よりおれたちは恋人同士だった。だから愛しているおれを娼館に置いていくなんてロッソさんだって嫌に決まっている。だから、きっとおれの事を連れ出してくれる。そう勘違いしてしまったんだ。
おれは気付いていなかった。ロッソさんの微妙な顔の変化も、肩を抱きしめる手が少しきつくなった事も。
「何言ってるんだ?お前」
さっきまでの暖かい微笑みは消えてなくなっていた。温度が消えうせた瞳には侮蔑と嫌悪が混じっている。おれが大嫌いな客達と同じ、あの見下す瞳。
「お前は他の男娼と違って良い子だと思っていたんだがね」
おれは救えない馬鹿だ。
娼夫をやって何年も経つのに当たり前の事にも気付いていなかった。客達は気持ちよくなりたくてここに来てるんだ。
それは雄の欲望を発散したいってたけじゃない。家庭での不和。職務での不満。煩わしいのを忘れて心地よい気分に浸りたいという事でもある。自分に懐いてくれる都合の良いお人形を求めてもいたんだ。
「お前なんかを引き取ったら私はどうなる?薄汚い男娼を迎え入れたなんて噂が立ったら私は周りにどう見られる?何でそれを考えない」
ロッソさんは何も悪く無い。おれが馬鹿だったんだ。ロッソさんの求めるお人形をこなしていればずっと幸せでいられたのに、自分から台無しにしてしまった。
さっきまであった甘い空気はどこかへ飛んでいって、代わりにロッソさんから発せられる怒気で息が詰まる程に空間が歪んで、ねじれている気がした。
「ロッソさん、ちがう、おれほんとうにロッソさん事が好きで」
「うるさい」
ぱしり、とロッソさんの平手がおれの顔を打つ。大した力じゃない。客には牙が折れるぐらいの力でしょっちゅう殴られている。
けれど殴られた瞬間に頭からいろんなものが抜け落ちて、痛みと一緒に悲しさと悔しさだけがおれを満たしていって、押し出された感情はおれの瞳からあふれ出ていった。
「お前達娼夫共は何故そうやってすぐに調子に乗るんだ?私がお前みたいな情夫相手に本気になるような馬鹿だと思っているのか?ええ?」
ロッソさんは何度もおれの顔を打つ。痛くなんかないのに、涙が止まらない。
「世間知らずで馬鹿な貴族を騙して楽に暮らしてやろうとでも思ってたのか?この淫売が」
違う。おれは本気だったんだ。騙すつもりなんてない。
ロッソさんを馬鹿にするつもりなんかもなくて。ただ優しい人だから、おれを愛しているって言ってくれたから。ただ信じただけなんだ。
おれが違う、違うと泣きながら繰り返していたらようやくロッソさんはおれを殴る手を止めてくれた。
代わりにおれを汚いものを見るような目で見下ろすと、ベッドから降りていってしまう。
「ロッソさ、待って。おれのことすきだって」
手にすがりついても振りほどかれて、行かないでくださいと願っても聞いてくれない。
ベッドから動けないおれを置いて離れていく。
待って、行かないで。いつか父さんに向けた言葉をロッソさんの背へと叫ぶ。でもあの時と同じで止まってはくれない。
何でだ。何で父さんもロッソさんもおれを捨てるんだ。
「お前は救えない馬鹿だな」
そしてドアを閉める直前に最後の言葉を投げた。
おれを寄せ付けない声色で、父さんと同じくおれの顔を見ないで。
「お前は何ができるんだ?馬鹿で、まともに歩く事すらできない。見てくれはどうだ?傷だらけの大男だ。醜いと自分では思わないか?」
あの日と同じだ。おれが行って欲しくないとどれだけ願ってもだめなんだ。だっておれと一緒にいる理由なんてないんだから。
父さんがおれを何で捨てたのかもその時になってちゃんと理解した。父さんはいつも強くて賢いからすぐに分かったんだろう。
「何もできない。何の役にも立たない」
おれになんの価値も無い事をおれよりちゃんと分かっていたんだ。
ロッソさんだって、おれ以外の皆が分かっているんだ。分かっていなかったのはおれだけ。
だから父さんもロッソさんもこうして同じ言葉だけ捨てて行く。
「お前なんか愛してるわけないだろ」
そして、最後の言葉と共にドアが閉まった。
おれが父さんの最後の言葉をちゃんと理解したのはきっとこの日だ。いつまでもいつまでも泣いて、ようやく涙が止まったころには心の中のいらないものを全部流してしまっていた。
悲しいとか、辛いとか、愛して欲しいとか。おれが考えちゃいけないものを全部。
おれは何もできない。何も知らない。一人じゃ歩けない。便器になるしかない醜い鮫。
誰かの迷惑にしかならない。あの豹人を不幸にしてしまったように。
そんな奴愛してくれるわけがない。父さんが捨てるのは当たり前だ。
愛してもらえるわけがないのに、おれなんかを愛してくれと願うなんてそんなの怒らせてしまって当然だ。
あんなに優しいロッソさんをおれのせいで怒らせてしまった。あの人はおれを憐れんでくれただけなのに、おれが勘違いしたせいで。
独りで歩けない奴なんて、誰も手を貸してくれない。立ち上がろうとしても、足を引っ張って邪魔をしてしまうだけ。ロッソさんはそれを教えてくれた。苦しいことも悲しいことも無くなった。
期待しても無駄。願っても無駄。信じても無駄。
全部無意味で無価値だと理解して。全部捨てさって。
全部諦めることは、何よりもおれを楽にしてくれたんだ。
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