上 下
4 / 12

4

しおりを挟む



 辺境騎士団の食堂は賑わっていた。
 アーサー様と一緒に入ると、沢山の騎士達の視線が集まる。思わず身を縮めたら、繋いでいた手を励ますように握ってくれる。視線を上げると、赤い瞳が優しく見守っていた。

「シャーロット、大丈夫か?」

 手のひらから温もりが伝わってくる。不思議なくらい大丈夫だと思えて頷いた。こほん、と咳払いがして視線を移すと、副団長レオン様が眼鏡のフレームを押し上げ、呆れたようにため息をはいた。

「はあ。団長、スープが冷めます」
「ああ、すまない。みんな、俺の婚約者になったシャーロットだ。これからよろしく頼む」

 副団長は相変わらず怖いけど、他の団員たちには好意的に受け入れてもらえて安堵の息をつく。

「シャーロット、あたたかなスープをもらってきた」

 ふわりと湯気の上がる皿をことり、とアーサー様に置かれた。どうぞと声を掛けられ、喉がこくりと鳴る。スプーンを手に持って口に運ぶ。具沢山のスープは、野菜の自然な甘みがとても優しい。喉に流れていく温かさが胸に広がり、なぜか頬もあたたかい。

「──王都のお貴族様には、野蛮な辺境の料理が口に合わなかったですか?」
「……え?」

 副団長の言葉に首を傾げる。

「泣くほど嫌なんでしょう?」

 頬に手を触れると、涙がぽたぽたとこぼれ落ちていた。首をゆっくり横に振る。

「……おいしいです。お母様が亡くなってから、こんなに美味しいスープを飲んだことはありません。いつも一人で冷めたものを食べていたし、私のご飯は忘れられることも、よくあったから。スープ、すごく、美味しいです……」

 ぽつぽつと私がマローラ子爵家のことを話し終えると、しんと静寂が訪れた。アーサー様はハンカチを出すと、私の瞳から溢れていく涙を優しくぬぐう。

「シャーロット、母上が亡くなってから随分と辛い思いをしてきたんだな──よし、俺がシャーロットを沢山甘やかして、幸せにする!」
「え?」

 突然の宣言に戸惑っていると、アーサー様は私の頭をあやすように優しくなでた。

「ほら、みんなシャーロットのことを守りたいって顔してる。レオンはああ見えて涙脆いんだ」

 騎士団の大きな身体の人達が肩を震わせたり、涙ぐんでいる。副団長のレオンは、ハンカチで瞳を押さえていた。びっくりして瞬きを繰り返していると、アーサー様はまっすぐに私を見つめていた。

「シャーロット、俺は、俺の妻となる人を大切にしたい。シャーロットの居場所は、マローラ子爵家ではなく、ここだ。これから安心して寛いでほしいし、困ったことがあったら俺に頼ってほしい」

 真剣な表情のアーサー様は、私に言い聞かせるように言葉を紡いでいく。心のやわらかな場所にアーサー様の言葉が染み込んで、また涙が溢れてきてしまう。でも、この涙は嬉しい涙だとわかった。

「……はい。ありがとうございます、アーサー様。ありがとうございます、みなさん」

 笑顔のアーサー様に優しく頭をなでられる。心がぽかぽかする食事は穏やかに進んでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になる前に、王子と婚約解消するはずが!

餡子
恋愛
恋愛小説の世界に悪役令嬢として転生してしまい、ヒーローである第五王子の婚約者になってしまった。 なんとかして円満に婚約解消するはずが、解消出来ないまま明日から物語が始まってしまいそう! このままじゃ悪役令嬢まっしぐら!?

【完結】貴族社会に飽き飽きした悪役令嬢はモブを目指すが思わぬ事態に遭遇してしまう

hikari
恋愛
クララは王太子と婚約していた。しかし、王太子はヴァネッサというクララのクラスメイトと浮気をしていた。敢え無く婚約は破棄となる。 クララはある日夢を見た。そして、転生者である事や自分が前世プレーしていた乙女ゲーム『今宵は誰と睦まじく』の悪役令嬢に転生していた事を知る。さらに、ヒロインは王太子を奪ったヴァネッサであった。 クララは前世、アラフォー独身社畜だった。前世で結婚できなかったから、今世ではしあわせになると決めた。 所詮、王太子とは政略結婚。貴族社会に嫌気が差し、平民のトールと一緒になろうとしたが、トールは実は原作とは違ったキャラだった。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

出来の悪い令嬢が婚約破棄を申し出たら、なぜか溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
 学術もダメ、ダンスも下手、何の取り柄もないリリィは、婚約相手の公爵子息のレオンに婚約破棄を申し出ることを決意する。  きっかけは、パーティーでの失態。  リリィはレオンの幼馴染みであり、幼い頃から好意を抱いていたためにこの婚約は嬉しかったが、こんな自分ではレオンにもっと恥をかかせてしまうと思ったからだ。  表だって婚約を発表する前に破棄を申し出た方がいいだろう。  リリィは勇気を出して婚約破棄を申し出たが、なぜかレオンに溺愛されてしまい!?

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

【完結】婚約破棄をして処刑エンドを回避したい悪役令嬢と婚約破棄を阻止したい王子の葛藤

彩伊 
恋愛
乙女ゲームの世界へ転生したら、悪役令嬢になってしまいました。 処刑エンドを回避するべく、王子との婚約の全力破棄を狙っていきます!!! ”ちょっぴりおバカな悪役令嬢”と”素直になれない腹黒王子”の物語 ※再掲 全10話 白丸は悪役令嬢視点 黒丸は王子視点です。

シナリオではヒロインと第一王子が引っ付くことになっているので、脇役の私はーー。

ちょこ
恋愛
婚約者はヒロインさんであるアリスを溺愛しているようです。 そもそもなぜゲームの悪役令嬢である私を婚約破棄したかというと、その原因はヒロインさんにあるようです。 詳しくは知りませんが、殿下たちの会話を盗み聞きした結果、そのように解釈できました。 では私がヒロインさんへ嫌がらせをしなければいいのではないでしょうか? ですが、彼女は事あるごとに私に噛みついてきています。 出会いがしらに「ちょっと顔がいいからって調子に乗るな」と怒鳴ったり、私への悪口を書いた紙をばら撒いていたりします。 当然ながらすべて回収、処分しております。 しかも彼女は自分が嫌がらせを受けていると吹聴して回っているようで、私への悪評はとどまるところを知りません。 まったく……困ったものですわ。 「アリス様っ」 私が登校していると、ヒロインさんが駆け寄ってきます。 「おはようございます」と私は挨拶をしましたが、彼女は私に恨みがましい視線を向けます。 「何の用ですか?」 「あんたって本当に性格悪いのね」 「意味が分かりませんわ」 何を根拠に私が性格が悪いと言っているのでしょうか。 「あんた、殿下たちに色目を使っているって本当なの?」 「色目も何も、私は王太子妃を目指しています。王太子殿下と親しくなるのは当然のことですわ」 「そんなものは愛じゃないわ! 男の愛っていうのはね、もっと情熱的なものなのよ!」 彼女の言葉に対して私は心の底から思います。 ……何を言っているのでしょう? 「それはあなたの妄想でしょう?」 「違うわ! 本当はあんただって分かっているんでしょ!? 好きな人に振り向いて欲しくて意地悪をする。それが女の子なの! それを愛っていうのよ!」 「違いますわ」 「っ……!」 私は彼女を見つめます。 「あなたは人を愛するという言葉の意味をはき違えていますわ」 「……違うもん……あたしは間違ってないもん……」 ヒロインさんは涙を流し、走り去っていきました。 まったく……面倒な人だこと。 そんな面倒な人とは反対に、もう一人の攻略対象であるフレッド殿下は私にとても優しくしてくれます。 今日も学園への通学路を歩いていると、フレッド殿下が私を見つけて駆け寄ってきます。 「おはようアリス」 「おはようございます殿下」 フレッド殿下は私に手を伸ばします。 「学園までエスコートするよ」 「ありがとうございますわ」 私は彼の手を取り歩き出します。 こんな普通の女の子の日常を疑似体験できるなんて夢にも思いませんでしたわ。 このままずっと続けばいいのですが……どうやらそうはいかないみたいですわ。 私はある女子生徒を見ました。 彼女は私と目が合うと、逃げるように走り去ってしまいました。

処理中です...