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2.生贄の花嫁
しおりを挟むはらり、またはらり――…
春だというのに季節外れの雪がちらついています。
古くから不幸を追い払い幸せを呼び込むという幻想的な鐘の音が厳かに響き渡りました。
これからセイブル伯爵領の由緒ある教会で私、マーガレット・シャムロックとレオナード・セイブル様の結婚式が行われます。
「マーガレット、今なら止めることもできるんだよ……大切な娘を生贄にするなんて……」
「いいえ、私はセイブル伯爵様に嫁ぎますわ」
セイブル伯爵様の縁談を受けてからお父様はすっかり痩せてしまいました。
「お父様、私はシャムロック家のお役に立てることを誇らしく思っております。だから、そんな顔をしないでください」
まだなにか言いたそうなお父様に向かって刺繍のされたベールの下で綺麗な笑みを浮かべます。私の決意が揺るがないことを感じたお父様も覚悟を決めたように小さく息を吐きだしました。
純白の花嫁衣装に身を包み、銀糸のような金髪を結い上げた私は、お父様であるシャムロック子爵にエスコートされて真紅のバージンロードを歩きます。
祭壇の前に待っている初めてお会いするセイブル伯爵様をベール越しに窺いました。光沢のある黒いタキシードを長身の体躯に身に纏い、短く切り揃えられた漆黒の髪と瞳、表情まではわかりませんが彫りの深い顔立ちは整っています。
祭壇の前にたどり着くとセイブル伯爵様に手を差し出されました。
黒い噂が流れている黒伯爵様の手に私の手をゆっくり重ねると神官様の前で結婚を宣誓し、そのあと結婚証明書に羽ペンで署名を終えます。
セイブル伯爵様と結婚が成立して、私はマーガレット・セイブルになりました。
◇
結婚式と披露宴をつつがなく終えましたが、それからセイブル伯爵様のお姿を見かけません。
セイブル伯爵邸にある客室に案内されたのを不思議に思っていると家令だと名乗る青年のオドレーナ様が現れました。
とても背が高く鮮やかな緑色の髪で顔の半分が隠れているので、シャムロック子爵領で育てていた葉が長いレモングラスを彷彿とさせます。
「マーガレット様には今日からこちらで生活していただきます」
「…………えっ?」
「セイブル伯爵様は婚姻を望んでおりませんでしたが、セイブル伯爵家のために婚姻をする必要がありました。マーガレット様にはセイブル伯爵様とは白い結婚、つまり偽装結婚をしていただきます」
あまりに驚いて間抜けな声が漏れてしまった私に構わずオドレーナ様はこの結婚は偽装結婚であることを淡々と告げました。
「セイブル伯爵様はとても忙しく、こちらには訪れませんのでマーガレット様と顔を合わせることはないでしょう――地下室にさえ行かなければ屋敷の中で自由に暮らしてくださって構いません」
次々と驚くことを伝えられて戸惑っていましたが、オドレーナ様の言葉で黒い噂が頭をよぎります。
やはりあの噂は本当なのでしょうか……?
「マーガレット様」
「は、はい……っ」
低く呼ばれる声に思わず声が裏返ってしまいました。
「詮索さえしなければ何不自由なく生活できることを保証しますよ。マーガレット様はシャムロック子爵家の借金や弟のエリック様の学費の為にこちらへいらしたのでしょう?」
オドレーナ様は、瞠目する私を深い緑色の片眼で見透かすように見つめてきたので思わず視線を逸らしてうつむきました。
「…………わかりました。シャムロック家の借金と弟の学費を支払ってくださるなら余計な詮索は致しません」
「マーガレット様は物分かりがよくて助かりました。今日はお疲れでしょうからゆっくりお休みください」
オドレーナ様のいなくなった広い部屋に一人きりになった途端、私は知らぬ間に詰めていた息を大きくはきます。それから入れ替わるようにやってきた侍女に寝支度を整えてもらいました。
セイブル伯爵様の伝言を聞いても虚しさや怒りはありません。むしろ、今日お会いしたばかりのセイブル伯爵様と初夜を共に過ごさなくていいことに心の底から安堵してしまいます。
これからセイブル伯爵領でどのようにするかは明日考えようと決めて寝心地のいいベッドに横になれば、私の疲れはあっという間に限界を迎えて気絶するみたいに寝入ってしまいました。
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