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7.精霊のならす色

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「ジャスミン、本当におめでとう」
「師匠、ありがとうございます……!」

 クリスマスイブのイブ、師匠から薬師の魔女になった証であるマントを羽織らせてもらう。
 薬師の魔女のマントは、外側は黒色をしていて内側は宝石のエメラルドグリーンのような色をしている。

「試験官の魔女たちも試験本番に魔女の雫も作ったことを褒めていたよ」
「本当ですか?」
「精霊は嘘を嫌うから、魔女は嘘をつかないよ」

 魔女のことわざを口にすると、にっこり微笑んで魔女の雫が赤色にぽわん、と光る小瓶を取り出した。

「これは愛しい者を想って作ったものだね」
「…………はい」

 師匠が小瓶の中を透かして見つめる。私の恋心を見られているみたいで、恥ずかしくて頬に熱が集まってしまう。

「とてもいい魔女の雫だよ。ジャスミンの愛しい人に渡すといい」

 師匠の言葉が嬉しくて、こくんとうなずく。
 手のひらに包むように置かれた魔女の雫は、ほんのりあたたかく感じた。

「見習い魔女でなくなってもジャスミンは私の弟子だからね。困ったことがあればすぐに相談においで――いい魔女になるんだよ」

 皺だらけの手が猫っ毛の髪を撫でて優しく見つめられると、やわらかな薬草の匂いと手のぬくもりに安心する。
 魔女の師匠と弟子の関係は、弟子が一人前になった後もずっとずっと変わらずに続いていく。私がこれからも師匠の弟子なのは変わらないことが嬉しいと思った――。


◇◇◇


 フィリップ様が戻ってくると約束したクリスマスがやってきた。
 討伐も無事に終わり、今日のお昼近くに戻ってくると聞いて胸をなで下ろしたばかりだ。

 魔の物の討伐にフィリップ様が向かってもハーブガーデンや薬草園に朝早くに行くのは、フィリップ様とのつながりを感じる大切な習慣になっている。
 採取に必要な籠や剪定ハサミを持つと朝の澄み渡る空気の中をハーブガーデンに向かう。歩くたびに魔女のマントの裾が揺れ、目の端に映る緑色にまだ慣れなくて胸がくすぐったい。

「にゃあ」

 黒猫ルーナが足もとにすりすり擦り寄ってきたので抱き上げて撫でる。
 ごろごろ喉を鳴らすルーナを抱いたまま歩こうとすると身をよじったルーナが腕の中から飛び降りて、こちらをじっと見つめている。

「にゃあ」
「ついていけばいいの?」
「にゃあ!」

 ゆらゆらする鍵しっぽの後ろをついて行くと大きなクリスマスツリーのある庭にたどり着いた。いつもカフェテリアから眺めている素敵なクリスマスツリーを近くでうっとり見つめる。



「ジャスミン、おはよう」

「――っ!」



 低くて心地いい声が耳に響いて慌てて振り返ると、会いたいと願っていたフィリップ様が立っていた。
 信じられなくて見つめ返すことしかできない私にフィリップ様のスカーレット色の瞳が細められていく。

「予定より帰還が早くなったんだ。薬師の魔女の合格おめでとう――ジャスミン、ただいま」
「フィリップ様、おかえりなさい。本当に無事でよかったです……」

 フィリップ様を見送った朝から、一度も泣いていなかったのに涙腺が決壊したように涙がぽろぽろ溢れて止まらない。

「フィリップ様が、無事で、本当によかった……。ずっとずっと、会いたかった」

 素直な気持ちを言葉にすれば、フィリップ様にきつく抱きしめられていて。
 フィリップ様の爽やかな匂いは初めてなのに、なぜかとても懐かしくて、腕の中の体温のあたたかさにまた涙が溢れてしまう。

「ジャスミン、俺もずっと会いたくてたまらなかった」

 離れがたくて、しばらく抱きあったまま私の涙が落ち着くと長い指で涙をそっとぬぐってくれた。急に恥ずかしくなって二人で見つめあって笑ってしまった。
 フィリップ様が綺麗にラッピングされた長方形の箱を取り出して、親指であごを触る。

「これはクリスマスプレゼントなんだ」
「え? とっても嬉しいです……っ! あけてもいいですか?」

 フィリップ様からクリスマスプレゼントをもらえるなんて思っていなくて、胸の奥からじわじわと嬉しさが込み上げてくる。

「もちろん――気に入ってもらえるといいんだが……」

 困ったような表情を浮かべるフィリップ様が愛おしくて胸がきゅん、と甘く音を鳴らす。
 やわらかなアップルグリーン色のリボンをしゅるり、とほどいて箱をひらくとフィリップ様とお揃いの色をしたイヤリングとマント留めが入っていた。

「わあ……っ! すごくすごく素敵ですね! あの、つけてもいいですか?」
「もちろん。つけてもらえると嬉しい」

 フィリップ様の言葉を聞いて、すぐに大人っぽいお花モチーフのイヤリングを耳たぶにつける。
 次に落ち着いたフォレストグリーンやミントグリーンの葉っぱとスカーレット色の小花の揺れるモチーフがついているチェーンをマントの留め具にぱちんと留めた。そっと手で触れると揺れてきらきら煌めくのが見えて嬉しくなって頬がゆるんでしまう。

「よく似合ってるな」

 フィリップ様の言葉に顔を上げると優しく見つめられていて、私は大好きなスカーレットの瞳を見つめ返す。お揃いの色を身につけていることが嬉しくて、自然と笑みがこぼれると、こつん、とガラスをたたく小さな音がした。

「っ!」
「ジャスミン、どうしたんだ?」

 フィリップ様に会えたら渡そうと持っていた魔女の雫の入っている小瓶を取り出す。

「私が作った魔女の雫です。フィリップ様に持っていてほしくて……。受け取っていただけますか?」
「肌身離さないで、ずっと大切にするよ」
「だ、だめです……っ! もし怪我をしたり困ったことがあったら迷わずに使ってください――きっと精霊たちがフィリップ様を護ってくださるはずです」
「ジャスミン、ありがとう」

 フィリップ様が私の瞳と同じミントグリーン色の蓋を指で撫でて「きれいだな」と魔女の雫を透かして見つめた途端、淡く光っていたスカーレット色が虹色にきらりと輝く。
 きらきら煌めく光の粉が舞い降りてきて顔を上げれば、いつの間にかリーフグリーン色の葉でできた鳥の巣みたいな可愛らしいヤドリギがもみ木の枝に乗っていた。



 ヤドリギは、精霊たちの神秘的な力が宿っていて、ヤドリギの下でキスをすると二人は永遠に結ばれると言われている。

 フィリップ様の手の中で再び、こつん、とガラスを小さく鳴らす音が聞こえて顔を見合わせる。
 スカーレットの瞳はとても甘くて、そっと頬に添えられた手のひらがあたたかい。フィリップ様の顔がゆっくり近づいてきて、まぶたをとじる……。

 ふわりと大好きな人の匂いがして、触れるようなキスが落とされる。


「――ジャスミン」


 いつもよりずっと甘く名前を呼ばれる。ほんの少しだけ顔が赤く見えるフィリップ様に愛おしそうに見つめられ、心臓がとくとく甘やかに震える。

「ジャスミン、好きだ」
「私も、フィリップ様のことが好きです……」

 頬に添えてられていた大きな手がふわふわな猫っ毛の髪に差し込まれる。うながされるように顔を上げれば大好きなフィリップ様しか目にうつらなくて。


 聖なる日、私たちは虹色の光が煌めくヤドリギの下で、もう一度キスを重ねた――。





 おしまい
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