【完結】見習い魔女は、副騎士団長に片想いしている

楠結衣

文字の大きさ
上 下
6 / 7

6.浮かんでくる色

しおりを挟む
 

 フィリップ様が魔の物の討伐に向かってしまうと魔女の試験はあっという間にやってきた。

「ジャスミン、いつものように精霊に祈れば大丈夫だよ」

 師匠の穏やかな声に送り出された私は、最後の試験になる魔女の雫を作る控え室で待っているのだけど、ちっとも落ち着かなくてそわそわしてしまう。

「はあ……――――」

 ゆっくり息を吐いた。
 きらきらした雪の結晶が描かれたローズ色の缶を取り出して、そっと表面をなでる。手のひらに収まるクリスマス柄の小さな缶は、討伐に向かう日に涙を拭ってくださったフィリップ様からいただいたものだ。
 何個でも食べたくなるキャンディの薄い包み紙をひらいて口に入れる。ふんわりした苺の香りが鼻を抜け、舌の上で甘酸っぱい甘みと緊張する気持ちがゆっくりとけていく。

 名前を呼ばれて部屋に入ると三名の試験官が待っていた。

「見習い魔女のジャスミンです。本日はよろしくお願いします」

 深くお辞儀をすると馴染みのある薬草とハーブの香りが揺れ、試験官の魔女が口をひらく。

「ここにある薬草とハーブを使って回復薬ポーションを作ったあと、魔女の雫を作ってください」
「はい!」

 机に並べられた薬草とハーブを端から確認すると、怪我や解熱によく効く小さなルビー色の果実が誘うように、きらりと光って見えた。迷うことなく宝石のような実を摘み取り、火傷や解毒緑など足りない効果のある薬草を選んで回復薬ポーションになるように調節していく。

 竃の釜に手をかざして水の不純物を取り除いて魔力を通しやすくする。
 ぷつぷつ泡がのぼる明るいコーラルレッドの水面をゆっくりかき回しながら魔力を注ぎ、ルビー色の果実と若草色、ざくろ色の薬草を順番に入れて魔力と練っていく。すべてを入れ終わり精霊たちに聞かせるように歌う。

「精霊よ ここにあつまり 魔女は願う 水の精霊はつどい 火の精霊はゆらし 植物の精霊はいやす 魔女はここに願う」

 魔力を注ぎ終え、ゆっくり水面をかき混ぜる。ゆらりと虹色に光りながら鮮やかな宝石のガーネットみたいな色に変わっていくのを確認できると、思わず安堵の息をついた。
 完成した回復薬ポーションを底から掬ってガラス瓶に三つ移すと試験官の魔女たちの前に置く。

回復薬ポーションを提出します。次は魔女の雫を作ります!」

 魔女の雫を作るのに必要な回復薬ポーションを残した釜の前で背筋を伸ばした。
 目をつむれば、浮かんでくるのはどうしたってフィリップ様のことばかり……。

 ゆっくりまぶたをひらいて、おまじないを唱える。

「魔女は願う 大切な人の 無事を求めて ここに祈る」

 最初は憧れだったのに、気づいたら好きになっていた。言葉を交わすだけでしあわせな気持ちになるこの恋は、私にきらきらする宝物をたくさん与えてくれた。
 フィリップ様が魔の物の討伐から無事に戻ってきますように、心からの祈りと魔力をゆっくりと注ぐ。

「闇の精霊はねむり 光の精霊はてらして 大地の精霊はみちびき すべての精霊よ 大切な者を生かし 護りの力をあつめ 魔女はここに祈る――」

 試験まで毎日のように失敗の黒焦げを作っていたのに、遠くにいるフィリップ様に祈りが届くようにおまじないを唱えていると近くに精霊たちがいるのを感じた。

 目には見えないけれど、おまじないを唱えるたびに回復薬ポーションの水面が輝いてラベンダー色に染まるとラピスラズリ色に変化する。
 精霊たちが笑うように、サファイアブルー色からフォレストグリーン色にゆらりとうつろい、カナリアイエロー色がぱちぱち弾けてアプリコット色になった後、きらきら煌めいてスカーレット色の小さな雫の形をした『魔女の雫』になった。

 今までで一番精霊を近くに感じることができたけれど、まさか、こんなに素敵な魔女の雫ができたなんて夢みたいで実感がさっぱり湧かない。

 すごくすごく会いたい人の瞳とお揃いの色に輝く魔女の雫をそっと大切に小瓶へ入れるとぽわり、と淡く光っている。

「ジャ、ジャスミン……、ま、魔女の雫を提出します――っ!」

 ふるふる震える声と両手でどうにか魔女の雫を提出した――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

逃げて、追われて、捕まって (元悪役令嬢編)

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で貴族令嬢として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 *****ご報告**** 「逃げて、追われて、捕まって」連載版については、2020年 1月28日 レジーナブックス 様より書籍化しております。 **************** サクサクと読める、5000字程度の短編を書いてみました! なろうでも同じ話を投稿しております。

できれば穏便に修道院生活へ移行したいのです

新条 カイ
恋愛
 ここは魔法…魔術がある世界。魔力持ちが優位な世界。そんな世界に日本から転生した私だったけれど…魔力持ちではなかった。  それでも、貴族の次女として生まれたから、なんとかなると思っていたのに…逆に、悲惨な将来になる可能性があるですって!?貴族の妾!?嫌よそんなもの。それなら、女の幸せより、悠々自適…かはわからないけれど、修道院での生活がいいに決まってる、はず?  将来の夢は修道院での生活!と、息巻いていたのに、あれ。なんで婚約を申し込まれてるの!?え、第二王子様の護衛騎士様!?接点どこ!? 婚約から逃れたい元日本人、現貴族のお嬢様の、逃れられない恋模様をお送りします。  ■■両翼の守り人のヒロイン側の話です。乳母兄弟のあいつが暴走してとんでもない方向にいくので、ストッパーとしてヒロイン側をちょいちょい設定やら会話文書いてたら、なんかこれもUPできそう。と…いう事で、UPしました。よろしくお願いします。(ストッパーになれればいいなぁ…) ■■

【完結】死の4番隊隊長の花嫁候補に選ばれました~鈍感女は溺愛になかなか気付かない~

白井ライス
恋愛
時は血で血を洗う戦乱の世の中。 国の戦闘部隊“黒炎の龍”に入隊が叶わなかった主人公アイリーン・シュバイツァー。 幼馴染みで喧嘩仲間でもあったショーン・マクレイリーがかの有名な特効部隊でもある4番隊隊長に就任したことを知る。 いよいよ、隣国との戦争が間近に迫ったある日、アイリーンはショーンから決闘を申し込まれる。 これは脳筋女と恋に不器用な魔術師が結ばれるお話。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

嫌われ聖女は魔獣が跋扈する辺境伯領に押し付けられる

kae
恋愛
 魔獣の森と国境の境目の辺境領地の領主、シリウス・レングナーの元に、ある日結婚を断ったはずの聖女サラが、隣の領からやってきた。  これまでの縁談で紹介されたのは、魔獣から国家を守る事でもらえる報奨金だけが目当ての女ばかりだった。  ましてや長年仲が悪いザカリアス伯爵が紹介する女なんて、スパイに決まっている。  しかし豪華な馬車でやってきたのだろうという予想を裏切り、聖女サラは魔物の跋扈する領地を、ただ一人で歩いてきた様子。  「チッ。お前のようなヤツは、嫌いだ。見ていてイライラする」  追い出そうとするシリウスに、サラは必死になって頭を下げる「私をレングナー伯爵様のところで、兵士として雇っていただけないでしょうか!?」  ザカリアス領に戻れないと言うサラを仕方なく雇って一月ほどしたある日、シリウスは休暇のはずのサラが、たった一人で、肩で息をしながら魔獣の浄化をしている姿を見てしまう。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

処理中です...