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甘やかを泳ぐ
聖女と新しい鯉のぼり
しおりを挟む同じ鯉のぼりを贈れば、このまま三人と一緒にいることができる──…
とんでもなく甘美な提案に心がぐらぐら揺れる。私の心がわかっているように鈴の音のような声が囁く。
『ええ、そうよ。わざわざ花恋さんが異世界を越える必要はないわ。鯉のぼりだけ同じものを生み出せばいいのよ』
「……い、いえ! それじゃあ駄目、駄目なんです……っ!」
同じものだけど同じではない鯉のぼり。それはどんなに見た目が同じでも、同じ鯉のぼりではないと思う。
『あら、どうして? 一緒にいたくないの?』
「もちろん三人といたい、ずっと一緒いたい。でも、もし提案を受けたら、たっくんに鯉のぼりを返さなかったことを後悔すると思う。それに──」
一度言葉を切って、自分の心の奥にあった気持ちをゆっくり口にする。
「三人がたっくんのところに戻らなかったことを後悔してほしくない」
『でも、もしもたっくんの鯉のぼりに戻ってしまったら二度と三人に会えなくて後悔するかもしれないわよ?』
「っ、う……、わかっています。でも、大丈夫だって、一緒にいようって言ってくれた! 私は三人を信じているし、信じたいから……っ!」
くすりと笑う声が頭の中で鳴る。
『優しい嘘って知ってるかしら?』
「たとえ、もし会えなくなったら後悔はするかもしれないけど、でも、それでも選択したことは間違っていないと思うから! 日本に帰ってたっくんに鯉のぼりを返します。そして、三人にまた会えるって私は信じています……っ!」
真っ白な空間に沈黙が落ちた。
『ふふっ、いいわ。そこまで強い気持ちがあるなら叶えてあげる』
そう言い終わると同時に、再びまぶしい光に包まれる。私は三人とずっとずっと一緒にいれますようにと願いながら瞳をきつく瞑った──
◇◇◇
──カラン
金属が地面にぶつかるような音がして目をひらいた。視線の先に鯉のぼりが転がっている。
異世界から戻るとき、召喚された時間になると言っていたことを思い出した。鯉のぼりが落ちてきて、ぶつかりそうになった時まで時間が戻っているのだろう。
「申し訳ありません! ぶつかっていませんか? 大丈夫でしょうか? 本当に申し訳ありませんでした……!」
たっくんのお母さんにベランダから声を掛けられる。
「ぶつかっていませんし、大丈夫ですよ」
「よかった……っ」
安堵の表情を浮かべるお母さんに笑みを返し、転がってしまった鯉のぼりを拾いあげた。三匹の鯉のぼりが垂れ下がる。黒い鯉のぼり、赤い鯉のぼり、青い鯉のぼり、一匹ずつ丁寧に丁寧に土を払っているとたっくんのお母さんとたっくんが慌てながら降りてきた。
何度も謝まられてしまい大丈夫だと伝えてから、お母さんの後ろに隠れるたっくんに顔を向ける。
「鯉のぼり、とっても素敵だね。お姉さん、毎日ここから鯉のぼりが泳いでるの見てるんだよ」
「ほんと?」
ぴょこっとたっくんの顔が飛び出してきた仕草が可愛くて、にっこり笑う。しゃがんで目を合わせる。
「この鯉のぼり、好き?」
「うんっ、大すき!」
「お姉さんも大好きなんだ。たっくんの鯉のぼり、これからも大切にしてね」
「うん……っ!」
気持ちのいい返事をするたっくんに鯉のぼりを渡せば、とびきり嬉しそうに笑って受け取る。ああ、たっくんに本当に鯉のぼりを返せたんだなあ。異世界に行ったり色々あったけど、たっくんに無事に返せて本当に本当によかったと心から思った。
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