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土を泳ぐ
聖女とくす玉
しおりを挟む甘いキスに力がくたりと抜けて、ノワルに支えてもらう。恥ずかしいけど嬉しくて、頭がふわふわしている。
「ノワル、温泉を元通りにしてくれてありがとう」
「どういたしまして。でもね、花恋様、元通りなのは浄化している間だけなんだ。明日出発する予定だからずっと風車を回して浄化はできないよ」
「えっ、どうなるの?」
「しばらくは大丈夫だけど、ゆっくり浄化できなくなって温泉が出なくなるかな」
こんな気持ちのいい温泉がまた枯れてしまうなんて、悲しすぎる。固まっていたら、ノワルの片手が伸びてきて私の頬をなぞった。
「どうしたいか教えて? 花恋様の思っていることは、なんでも知りたい」
ノワルの言葉に胸がきゅんと跳ねる。やさしく髪を撫でて、私の言葉をうながした。
「ずっと温泉が出るようにしたい……」
「そうだね。花恋様が気に入っている温泉だから無くなるのは、もったいないね。今回は、一週間くらい滞在して風車を回すのは難しそうだから、くす玉を作ろうかな」
「えっ、くす玉?」
くす玉ってお祝いの時に紐をひっぱると、ぱかーんと割れて、おめでとうってたれ幕がぶら下がるものだよね? 不思議に思って、首を傾げるとノワルに髪を撫でられた。
「ベルデ殿とソレイユ姫のいた村の結界に作ろうと思っていたものだよ。聖女の木ができて必要がなくなったから、作らなかったんだ。材料は揃ってるから、明日には作ってコンキチ殿に渡せるよ」
「そうなんだ!」
「……花恋様も手伝ってくれる?」
「もちろん!」
「うん、約束だよ」
満面の笑みを浮かべたノワルに笑みを返す。爽やかな笑顔なのにちょっと迫力があった。くす玉を作るのは難しいのかどうか聞こうと思った時、コンキチさんが元気よく走ってくるのが見えた。
「花恋様、準備ができたみたいだよ。今日は疲れたからゆっくり温泉に浸かっておいで──明日、詳しく説明するね」
ノワルに唇を寄せられる。おでこに甘い感触をひとつ落とされて、温泉に向かった。
◇
竹林に囲まれた露天温泉を堪能した翌日。
一緒に寝ていた寝ぼふけ龍のラピスにキスをしたあと、待ちきれなくてノワルの部屋を訪れた。
「おはよう、花恋様」
背筋がスッと伸びるような爽やかな香りが迎えてくれる。机の上には、並べられた色々な葉っぱ、和紙、紐があった。
「おはよう、ノワル。早かったかな?」
「ううん。ちょうど準備が終わったところだよ。それに花恋様なら夜這いだって大歓迎だよ」
「ふえ? よ、夜這い……?」
「夜這いは、古代日本の婚姻当初の一形態で求婚する女のもとへ通う妻問婚のことだから、花恋様が来てくれるなら花恋様の夜這いになるね」
「ちょ、ちょちょっと待って──!」
夜這いの意味は、なんとなくはわかっている。どきどきする単語に反応したら真面目に解説されてしまった。説明を聞きながら、ノワルのベッドに潜り込むのを想像してしまって顔が熱を帯びていく。顔も身体も熱くて、ノワルの顔が見れなくて思わず両手で覆った。
「花恋様、かわいい」
「うう、揶揄わないでよ……くす玉作ろうよ?」
くすくす笑うノワルに抱っこされて運ばれる。黒い瞳に覗き込まれるのが恥ずかしくて、首に腕を回してぎゅっと抱きつく。ノワルの首すじから日だまりの匂いがする。大好きな匂いを嗅いでいると、ふふっとノワルが息を吐いた。
「花恋様は、本当にかわいいね」
ノワルの膝の上に着地する。髪をやわらかく撫でたあと、ちゅ、と甘い音が弾けた。
「今からくす玉作るから、沢山キスしようね?」
「ふえ?」
ノワルの言葉に驚いて変な声をこぼしたあとに、顔を上げる。
「くす玉に花恋様の浄化の力を込めると結界が強くなるんだよ」
頬に大きな手が添えられる。やわらかな日だまりの匂いが近づいて、唇が塞がれた──。
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