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空を泳ぐ
聖女と黒い龍
しおりを挟むさわやかな青空が広がる今日はとっても龍日和。
昨夜はノワルの黒龍の姿を遠くから見たこともあってゆっくり見るのが楽しみでわくわくしている。
「花恋様、楽しそうだね」
「うんっ! ノワルの龍を近くで見るのも楽しみだし、こんな気持ちのいい日に空を飛んだら気持ちよさそうだよね」
「花恋様、高いところ好きなんだ?」
「うん、大好き……っ」
頭をぽんぽんと撫でられ甘い笑顔を浮かべるノワルに胸が高鳴る。
草原をゆらしたそよ風が頬をするりと撫でて通り過ぎていく。
「花恋様、かわいい」
端正な顔が近づいて、ちゅ、とやさしくキスをされれば頬にじわりと熱が帯びてしまう。
ノワルが草原の真ん中に歩いていく背中を見つめながら、自分のくちびるに残ったノワルの感触を確かめるみたいに指で触れていたら振り向いたノワルに見つかってしまった。
くすくす笑うノワルにあわせるように小指が淡く光るのがおさまると、ノワルが静かに煌めく光に包まれて黒龍の姿になっていく。
「…………っ」
まるで世界がぴたりと呼吸をとめてしまったみたいに私は目の前の神秘的で吸い込まれるような黒い輝きの鱗をまとった大きな龍を見つめた。
「ノワル……」
黒龍を正面で見つめる。
ロズよりずっと大きくて巨大な壁みたいな龍なのにノワルだと思うとちっとも怖くはない。
ノワルと同じ黒い瞳の龍が、煌めくたくましい翼を広げて生まれた風が私のひとつに結わいた髪をゆらす。
巨大な龍が私の方へそっと歩み寄って頭を低く下げた。
「花恋様」
ノワルと同じ陽だまりの匂いがして、優しい声で私の名前を呼んでくれる黒い龍が愛おしい。
手を伸ばしてきらきらと透き通った黒い鱗に触れるとひんやりして気持ちいい。しっとりしているのにすべすべしていて、夜空のような漆黒さがあるのにきらりきらりと光を反射するようすは華やかで鮮やかで神秘的。
つるりと光沢のある鱗を手のひらでなでていく。鱗が鳴らすしゃらりという可憐な音が耳に心地よくて、ひんやりしている鱗はなでていると体温がとけあってあたたかくなるのも嬉しくて、ノワルにぎゅっとしがみついて離れられなくなってしまう。
「カレン様、そろそろいいでしょうか?」
呆れた声に振り返ればロズが赤い龍の姿で待っていて、もふもふ龍のラピスはパタパタと翼を動かして空に浮かんでいる。
「えっ? あっ、うん……ごめんね」
あわててノワルから離れようと思うのに腕も手のひらもなぜか離れない。ほんの少し動かせても鱗のつるんとしているのを感じてしまうと止まってしまう。やめなくちゃと思えば思うほど、つるつるすべって気持ちいい。
「花恋様、かわいい」
すり、と龍の鼻先を頬にこすられる。しゃらん、と軽やかな音が耳をかすめて大きな黒い宝石のような瞳を細めて喉を鳴らすノワル龍に愛おしさがつのっていく。
自分の指がすべらかに頬を伝って喉へおりるのを目で追っていると黒い鱗の中に金色にうっすら光る一枚の鱗を見つけた。
誘うようにきらんきらんと光を放つ一枚の鱗。
すぐに鱗の正体に気づいた。
すう、と指先が向かいたくなる気持ちは手のひらを握ってこぶしの中に押し込めた。
「ノワル、触っちゃいけない鱗ってこれだよね?」
「うん、そうだね」
「金色に光っててすごくきれいだね……」
ほお、と感嘆の息をはいたらノワルがやわらかく笑った。
「花恋様、触らないように気をつけてね」
金色の鱗はうっとりするくらい魅力的で、これ以上誘惑されないために目をつむって返事の変わりに首に腕をまわして黒色の鱗におでこをすりすり擦りつける。
金色の鱗も綺麗ですてきだけど黒鱗もたまらなくつるつるが気持ちよくて癖になってしまい止められない止まらない。
「かれんさまーめめっなのー!」
もふもふ龍のラピスがもふもふな手を腰に当てて胸をえっへんとそり返していた。控えめに言って可愛すぎて口元がによによと緩んでしまう。
「ラピス、ごめんね」
「めっなのよー」
見た目も言い方もとびきりかわいいラピス天使を捕まえて頬ずりすれば、あっという間にもふもふの虜になってしまう。ラピスのくるう、くるう、という愛らしい喉を鳴らす音も聞こえてきてキスの雨を降らしてしまう。
「花恋様」
ノワルの声に顔を上げれば、ひんやりした感触が頬に落とされた。
黒龍にキスされたと気づいた途端に頬にじわじわと熱が集まってしまう。
「そろそろ出発しようか――花恋様、動かないでね」
そう言うと、大きなかぎ爪が身体を優しく捕らえる。
鱗は透き通るような黒色なのに、かぎ爪は艶を消したしっとり深い漆黒だった。鱗と違ってほのかにあたたかい。
「ノワル、すごく大きな爪だね」
「うん、そうだね。花恋様は怖くない?」
「ノワルに包まれているみたいで、すごく安心するよ」
意外な質問に目をぱちぱちと瞬かせて思っていることをそのまま口にするとノワルに目を細めて見つめられる。
「ああ、もう……。花恋様は本当にかわいいね」
しゃらりと鱗の擦れる音が聞こえて頭にひんやりしたキスを落とされる。
「ノワルお兄様、いい加減にしてください」
「うん、そうだね――ロズ頼むね」
ノワルはかぎ爪に捕らえたままの私とラピスを赤龍のロズに差し出すと今度はもふんもふんのロズに抱きしめられていた。全身でもふんもふんを感じるなんて天国みたいに気持ちいい。
「カレン様とラピスは、ノワルお兄様の背中に乗ってもらいます」
「えーややなのーぼくもそらをとぶなのー」
ぶんぶん首をふる青龍のラピスの頭にノワルがかぎ爪の先でちょんと触れる。
「俺とロズは飛ぶのに精一杯だから、ラピスの結界がないと花恋様が風圧を受けて困るだろうな」
「そうですね、ラピスの認識阻害魔法がないと龍が飛んで大騒ぎになるでしょうし、ラピスがいれば花恋様も話し相手がいて空の旅が楽しくなるでしょうね」
かぎ爪がちょんちょんと頬をやさしく突く。
ラピスの尻尾がぱたぱた左右にゆれて得意そうに胸を張った。
「わかったなのーかれんさまのことはーぼくがまもるなのー」
ラピスを抱っこした私をロズが抱っこしてノワルの黒龍の背中乗せてもらう。
じゃあ行くよ、の言葉を合図に黒龍は青空に飛び立った――。
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