【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣

文字の大きさ
上 下
59 / 95
空を泳ぐ

聖女と花のあいだ

しおりを挟む
 

「花恋様、桃色鯉のぼりみたいだね」
「ふえっ? そ、そうかな……?」

 ソファの上でノワルの優しげな笑みに見つめられた途端に、恥ずかしくなって変な声が漏れてしまう。

 熱がたまっていく頬に慌てて手を当てると、ノワルが魔法で着替えさせてくれた淡いピンク色のワンピースにちりばめられた花柄レースの袖がふわりと揺れる。

「うん、俺たちと同じ鯉のぼりだね」

 膝の上に横抱きにされたまま執事服に着替えたノワルに見つめられるのは心臓に悪いと思う。白いシャツ姿がまぶしすぎて、どきどきしてしまう視線から逃げるように顔を横に向けた。

 窓から差し込む陽の光が、袖のレースに透けて柔らかな影の花を咲かせている。その花と花のあいだを大きな黒色の影が泳いで頬をなぞりはじめると、花は影に食べられてしまう。

「花恋様、かわいい」

 頬に指をすべらせるノワルと目が合うと、ちゅ、とおでこにキスを落とされる。
 ノワルの指が唇をゆっくりつたうと、指の熱がじんわり身体中に広がっていく。

「花恋様、そろそろのつづきをしようか?」

 吐息がかかりそうなくらいに近い顔を見つめること数秒間。


「…………うん?」

 満面の笑みのノワル抱き寄せられ、春のひだまりみたいな体温と匂いに包まれる。

 ノワルの言葉が私の頭を泳ぎ、予想もしていなかった意味にたどりついた途端に、私の心臓に突風が吹いたみたいに、どきん、と跳ね上がって身体が熱くなっていく。

「ひゃあ……っ! ま、ままま、待って! ノワル、ちょ、ちょ、ちょっと落ち着こう……っ!」

 痛いくらいに早鐘を打つ心臓とひどく火照った頬の熱を両手で押さえるのを繰り返す。
 両手じゃ全然足りなくて、鯉の胸びれも借りたい。

「うん、そうだね――花恋様、落ち着こうね」

 背中に回されていた腕がぽんぽんと優しく数回動いたあと、ノワルの両手で熱い頬を包み込まれる。
 火照った頬に鯉のぼりの両手が貸し出され、ようやく日影にはいったみたいな心地になったのに。

 にこりと微笑むノワルのふたつの黒い瞳に、視線を落ち着かない尾ひれのようにゆらしてしまう私の頬を親指で軽く押しながらあやす。

「あ、ああっ、あの、ま、ま、まって……っ」

 私の跳ね上がる胸を押さえていた両手をノワルの顔の前に反射的にかざして視線をさえぎった。
 顔も耳も全身が心臓になったみたいにどきどきして、桃色を通り越して真っ赤になっている自信がある。

「花恋様」

 壁になっていた手首にノワルの手が触れる。手首を優しく握られて顔の前から両手の壁が消えるとノワルのまっすぐな瞳に射抜かれた。

 なにか話さなくちゃと思うのに、鯉のようにぱくぱくと口が動くばかりで上手く言葉が出ない。


 ――ぐう……


 間の抜けた音が鳴った。
 今までのどきどきしていた状況が嘘のように、ノワルの瞳が凪いでいく。
 あまりの恥ずかしさに泳いで雲に隠れてしまいたい。

「かれんさまーなかまにいれてーなのー」

 視線を泳がせているとラピスの足音が、たたたっと聞こえて、腕のすきまからぴょこりと顔を出した。
 恥ずかしかった気持ちも天使の前ではかすんで消えてしまう。なんなの可愛すぎて、どうしよう。ここに執事の服を着た天使がいます。

「えっと、ラピス……何の仲間なの?」

 にこにこと楽しそうに笑う青い天使をどんな仲間にもいれてあげたいけれど、心当たりがなくて首をかたむける。

「いちゃいちゃのーなかまにいれてーなのー!」
「ふ、ふえっ?」
「だめなのー?」

 透きとおった青い瞳をぱちぱちと数回瞬かせて、首をこてりとかしげる。

「ふえっ? だ、だ、だ、だめっていうか……」
「かれんさまーいじわるはーめめっなのー!」

 ぷくっと頬をふくらませる天使にどう伝えたらいいのか悩んでいると、頭の上からくすくすとノワルの笑い声が聞こえてきた。

「ラピス、お茶の仲間にいれてあげるよ――花恋様、いいよね?」
「う、うん……っ」

 こくこくとうなずく私を見て、よかったね、と青い髪をくしゃくしゃなでている。ノワルはお茶の準備するねとキッチンへ向かい、ソファには私とラピスが残った。

「おなかぺこぺこなのー」 
「えっ?」

 ラピスの言葉に驚いて視線を向けてしまう。
 村を出発してから数時間は経っているけれど、ラピスはわんこかしわ餅をオーリ君たちとしていたはずだ。天使のお腹は異世界だと思う。

「花恋様、おまたせ」
「いただきますなのー」
「ノ、ノワル! こ、こ、これって……?」

 ラピスがぱくぱく食べはじめた横で、視線が固まっている私に気が付いたノワルはにこりと笑うと、お皿の上のものを指差した。

「ああ、かしわ餅の中身が気になるよね――こしあん、よもぎのつぶあん、それに味噌あんだよ」

 かしわ餅を見せられて、動揺してしまう。かしわ餅の秘密を聞いたあとで、どれも選ぶなんてできなくて、ただただ鯉のぼりみたいに目を見開いてしまう。

「花恋様、やらしいことを考えてるの?」
「ひゃあ……っ! や、やや、やらしいことなんて、か、か、考えてないよ!」

 ノワルが動揺している私の頬をするりとなでると、見透かすような黒い瞳でまっすぐに見つめられる。

「花恋様――本当かな?」
「ほ、本当だよっ! ま、まままじわるとか、こここ、子どもとか、交わるとか、ま、まじわるなんて考えてないよ……っ」

 突風みたいな早口言葉で言い終わると、ノワルは耐え切れないというように、くすくすと笑いだした。

「明日の龍について話をしようと思ったのに、花恋様は交わることと子供のことを考えてくれてるんだね」
「…………へっ?」

 いたずらっぽく笑うノワルに変な汗が吹き出してきて困ったように視線を向けると、楽しそうに見つめ返されるだけだ。

「花恋様の子供はきっとかわいいと思うけど、このかしわ餅に使っているのは、聖女の木の葉じゃなくてサルトリバラの葉だよ――端午の節句のかしわ餅に柏の葉で包むのは、江戸の習慣なんだよ。もともとは里山に生えているサルトリバラの葉を使っていたけど、幕府のあった江戸でサルトリバラの葉を集めるのが難しくて、代替品として使われたのが柏の葉なんだよ」

 突然はじまったノワルのかしわ餅の話に訳がわからないまま、こくんとうなずいた。

「うん、参勤交代で江戸にきていたサルトリバラを使っていた地方の者たちの評判がいまいちだったから、柏の樹が翌春に新芽が育つまで葉が落ちないこと――つまり、家系が途切れない縁起がいい樹として商人が広めたことで、かしわ餅を柏の葉で包むことが定着したんだよ」

 ノワルの説明を聞いて思わずよもぎ色のかしわ餅を手に取った。
 サルトリバラの葉っぱの表面はつるつる、つやつやしていて葉っぱの形も波模様ではなくつるんと丸い形の葉っぱだった。本当だ、柏の葉っぱとは全然ちがってる。

「サルトリバラのかしわ餅を食べて交わっても子どもはできないんだよ」
「ふえっ?」
「俺としては、しばらくは花恋様との時間を楽しみたいから交わることだけを考えて欲しいかな」
「ふえっ?」

 あまりの恥ずかしさに瞳を揺らしている私に、ノワルがやわらかく甘やかに微笑んで口をゆっくりひらく。

「花恋様、龍の話のつづきと結婚の儀のつづき――の続きをはじめたらいいかな?」


 どこか楽しそうなノワルの声が、かしわ餅と花のあいだを軽やかに泳いでいった――。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

【完結】裏切られ婚約破棄した聖女ですが、騎士団長様に求婚されすぎそれどころではありません!

綺咲 潔
恋愛
クリスタ・ウィルキンスは魔導士として、魔塔で働いている。そんなある日、彼女は8000年前に聖女・オフィーリア様のみが成功した、生贄の試練を受けないかと打診される。 本来なら受けようと思わない。しかし、クリスタは身分差を理由に反対されていた魔導士であり婚約者のレアードとの結婚を認めてもらうため、試練を受けることを決意する。 しかし、この試練の裏で、レアードはクリスタの血の繋がっていない妹のアイラととんでもないことを画策していて……。 試練に出発する直前、クリスタは見送りに来てくれた騎士団長の1人から、とあるお守りをもらう。そして、このお守りと試練が後のクリスタの運命を大きく変えることになる。 ◇   ◇   ◇ 「ずっとお慕いしておりました。どうか私と結婚してください」 「お断りいたします」 恋愛なんてもう懲り懲り……! そう思っている私が、なぜプロポーズされているの!? 果たして、クリスタの恋の行方は……!?

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です

花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。 けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。 そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。 醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。 多分短い話になると思われます。 サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

2度と恋愛なんかしない!そう決意して異世界で心機一転料理屋でもして過ごそうと思ったら、恋愛フラグ!?イヤ、んなわけ無いな

弥生菊美
恋愛
付き合った相手から1人で生きていけそう、可愛げがない。そう言われてフラれた主人公、これで何度目…もう2度と恋愛なんかしないと泣きながら決意する。そんな時に出会った巫女服姿の女性に異国での生活を勧められる。目が覚めると…異国ってこう言うこと!?フラれすぎて自己評価はマイナス値の主人公に、獣人の青年に神使に騎士!?次から次へと恋愛フラグ!?これが異世界恋愛!?って、んな訳ないな…私は1人で生きれる系可愛げの無い女だし ありきたりで使い古された逆ハー異世界生活が始まる。 ※登場キャラ「タカちゃん」の名前を変更作業中です。追いついていない章があります。ご容赦ください。2024年7月※

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【本編大改稿中】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!

七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

溺れかけた筆頭魔術師様をお助けしましたが、堅実な人魚姫なんです、私は。

氷雨そら
恋愛
転生したら人魚姫だったので、海の泡になるのを全力で避けます。 それなのに、成人の日、海面に浮かんだ私は、明らかに高貴な王子様っぽい人を助けてしまいました。 「恋になんて落ちてない。関わらなければ大丈夫!」 それなのに、筆頭魔術師と名乗るその人が、海の中まで追いかけてきて溺愛してくるのですが? 人魚姫と筆頭魔術師の必然の出会いから始まるファンタジーラブストーリー。 小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...