【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣

文字の大きさ
上 下
55 / 95
儀式を泳ぐ

聖女と結婚の儀式

しおりを挟む
 

「――カレン様」

 ぼやける視界の中で赤い鯉のぼりが泳いでいる。

「ありがとう……」

 赤い鯉のぼりが青空を泳ぐようなはんかちを受け取ろうと手を伸ばしたら、するりと方向を変えてまぶたに泳ぎついた。

「カレン様は仕方ないですね」

 そっと目元の涙を拭ってくれるロズの手つきがとてもやわらかくて、もう一度ありがとうを伝えるとくすりと空気がふるえて鯉のぼりがまぶたを泳いだ。


 告白のあと、ベルデさんとソレイユ姫が聖女の木の守り人になることが正式に決まり、私たちが村を出る前にふたりは結婚の儀を挙げることになった。
 結婚の儀は神前式によく似ているみたいだけど、唯一の違いは神さまではなく聖女と聖女の木に誓いを立てるそうだ。それはとても恥ずかしいけれど、目の前に聖女がいるなら当たり前だよ、とにっこりとノワルに微笑まれてしまえば何も言い返せるはずもなかった。

 目の前にある聖女の木は、あたたかなそよ風にうれしそうに葉をゆらし、ふたりを祝福するようにきらきらと光のかけらを舞いちらせている。
 結婚の儀を告げる雅楽が演奏される中をノワルとラピスに先導された紋付袴のベルデさんと白無垢姿のソレイユ姫、それに村の人たちがゆっくりこちらへ歩みを進めている。
 本当は聖女の木の下で待つのは私だけみたいだけれど、一人でみんなを待つのは恥ずかしくてロズの裾をつかんだらくすっと笑って腰を下ろして一緒にいてくれている。

 花嫁行列に目を向けると、ベルデさんがソレイユ姫に向ける眼差しが愛おしさにあふれていて、しあわせそうなようすに涙がはらはらと止まらない。

「カレン様、結婚の儀がはじまりますよ」
「う、うん……」

 ソレイユ姫とベルデさんの姿を目に焼きつけたいのに、目尻に涙がたまって目の前がにじんでしまう。
 くすりと笑う声がしたと思ったらほのかな温度が耳たぶにふれた。

「もしかして誘っているのですか?」
「ふえっ?」
「美味しそうな魔力の香りがただよっています――ねえ、誘ってる?」
「ひゃあ! さ、ささ、誘ってないです……っ」

 突風にあおられた鯉のぼりの尾っぽみたいに、どきん、と心臓が跳ね上がり、突風の勢いが止まらないまま左右に首をぶんぶんとふる。
 そんな私を見つめていたロズがふっと笑みをこぼした。

「儀式がはじまりますので、我慢します」

 涙がすっかり引っ込んでしまった私の頬を長い指であやすようになでた。
 その仕草に、とくん、と胸がひとつ音を鳴らして、涙を止めてくれたロズと見つめ合ってしまう。ほんの一瞬のはずなのに、沈黙が訪れるととても長い時間に感じてしまう。

「――やっぱり誘ってる?」

 すべての音が遠のいて、あやしていた指があごを掬いあげるかすかな音だけが耳に届く。

「はやくしないと、皆が到着してしまいますよ」

 私の気持ちを見透かしたロズの意地悪な言葉に、止まっていた涙がじわりとこみ上げる。

「ロズの、い、いじわる……」
「カレン様――誘ってるの?」

 ロズの色気をはらんだ言葉に胸の奥がとくんとくんとせつなくなる。

「……うん」
「まったく、カレン様は仕方ないですね」

 艶やかな声に誘われてまぶたをとじれば、とけるみたいに触れられて、きらきらした光のかけらは桜色にほんのり染まって花びらのように舞い散った。


 ロズの瞳とお揃いみたいに朱に染まった頬のまま結婚の儀がはじまる。
 聖女の木と私たちに向かってベルデさんとソレイユ姫が座っていて、真ん中に立つ神主のような和装姿のノワルに主役のふたりを置いて目を奪われてしまう。優しい黒い瞳と見つめあった途端にふっと目尻を甘やかに細める仕草を見せるから胸がきゅうきゅう締めつけられる。
 ノワルは新郎新婦に清めのおはらいをおこない、私にふたりの結婚を報告したあと、聖女の木にしあわせが永遠に続くよう祈っていく。

 ノワルが大中小の杯に勝利酒を注いだ三三九度の盃をベルデさんとソレイユ姫に交互に渡し、二人でいただくことで夫婦の契りをむすぶようすを見ていたら――お酒に弱いソレイユ姫が酔わない魔法をかけてあげると言われ、嬉しくてノワルにぎゅっと抱きつき魔力をたっぷり渡せる口づけをして過ごした時間を思い出してしまった。
 ほてる頬の熱を両手で熱を逃がすことに忙しくなってしまう。

 大きな影がゆらりと動いて、視線を向ければ。

「すべてかれん殿のおかげだ――ソレイユの本当の姿を見ることができて俺はしあわせだ。本当にありがとう」
「わたくしもずっと意地を張っていたが、これからはベルデと共に聖女の木を守りながら生きていこうと思っている――感謝している」

 目の前に立っているしあわせを絵に描いたようなふたりを見たら涙腺が緩んでしまう。

 あれからひとつ変化があった。
 守り人になったソレイユ姫は、イニーツ王の魔法が解けて金髪碧眼に戻ったらしい。
 カルパ王国からの追ってなど大丈夫なのかな、と不安を口にしたら「聖女の木がまもってくれるのー」とえっへんと胸をそらすラピスがかわいくて胸がきゅん、としたことを思い出して、口もとも緩んでしまう。

「うん、うん……っ! 本当におめでとう。しあわせになってねーー」

 心からふたりに祝福の言葉を贈ると、ふわりと風が吹いて聖女の木がきらきらと煌めいた。

「誓いの口づけを」

 ノワルが口をひらくと、ベルデさんとソレイユ姫が近づいて誓いの口づけを交わす。
 すぐに、やわらかな桃色に煌めいていた聖女の木はきらきらと金色と緑色に色を変化させて舞い上がり、ふたりを、そしてみんなをしあわせ色に染まっていった――。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です

花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。 けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。 そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。 醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。 多分短い話になると思われます。 サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

2度と恋愛なんかしない!そう決意して異世界で心機一転料理屋でもして過ごそうと思ったら、恋愛フラグ!?イヤ、んなわけ無いな

弥生菊美
恋愛
付き合った相手から1人で生きていけそう、可愛げがない。そう言われてフラれた主人公、これで何度目…もう2度と恋愛なんかしないと泣きながら決意する。そんな時に出会った巫女服姿の女性に異国での生活を勧められる。目が覚めると…異国ってこう言うこと!?フラれすぎて自己評価はマイナス値の主人公に、獣人の青年に神使に騎士!?次から次へと恋愛フラグ!?これが異世界恋愛!?って、んな訳ないな…私は1人で生きれる系可愛げの無い女だし ありきたりで使い古された逆ハー異世界生活が始まる。 ※登場キャラ「タカちゃん」の名前を変更作業中です。追いついていない章があります。ご容赦ください。2024年7月※

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

処理中です...