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儀式を泳ぐ
聖女と結婚の儀式
しおりを挟む「――カレン様」
ぼやける視界の中で赤い鯉のぼりが泳いでいる。
「ありがとう……」
赤い鯉のぼりが青空を泳ぐようなはんかちを受け取ろうと手を伸ばしたら、するりと方向を変えてまぶたに泳ぎついた。
「カレン様は仕方ないですね」
そっと目元の涙を拭ってくれるロズの手つきがとてもやわらかくて、もう一度ありがとうを伝えるとくすりと空気がふるえて鯉のぼりがまぶたを泳いだ。
告白のあと、ベルデさんとソレイユ姫が聖女の木の守り人になることが正式に決まり、私たちが村を出る前にふたりは結婚の儀を挙げることになった。
結婚の儀は神前式によく似ているみたいだけど、唯一の違いは神さまではなく聖女と聖女の木に誓いを立てるそうだ。それはとても恥ずかしいけれど、目の前に聖女がいるなら当たり前だよ、とにっこりとノワルに微笑まれてしまえば何も言い返せるはずもなかった。
目の前にある聖女の木は、あたたかなそよ風にうれしそうに葉をゆらし、ふたりを祝福するようにきらきらと光のかけらを舞いちらせている。
結婚の儀を告げる雅楽が演奏される中をノワルとラピスに先導された紋付袴のベルデさんと白無垢姿のソレイユ姫、それに村の人たちがゆっくりこちらへ歩みを進めている。
本当は聖女の木の下で待つのは私だけみたいだけれど、一人でみんなを待つのは恥ずかしくてロズの裾をつかんだらくすっと笑って腰を下ろして一緒にいてくれている。
花嫁行列に目を向けると、ベルデさんがソレイユ姫に向ける眼差しが愛おしさにあふれていて、しあわせそうなようすに涙がはらはらと止まらない。
「カレン様、結婚の儀がはじまりますよ」
「う、うん……」
ソレイユ姫とベルデさんの姿を目に焼きつけたいのに、目尻に涙がたまって目の前がにじんでしまう。
くすりと笑う声がしたと思ったらほのかな温度が耳たぶにふれた。
「もしかして誘っているのですか?」
「ふえっ?」
「美味しそうな魔力の香りがただよっています――ねえ、誘ってる?」
「ひゃあ! さ、ささ、誘ってないです……っ」
突風にあおられた鯉のぼりの尾っぽみたいに、どきん、と心臓が跳ね上がり、突風の勢いが止まらないまま左右に首をぶんぶんとふる。
そんな私を見つめていたロズがふっと笑みをこぼした。
「儀式がはじまりますので、今は我慢します」
涙がすっかり引っ込んでしまった私の頬を長い指であやすようになでた。
その仕草に、とくん、と胸がひとつ音を鳴らして、涙を止めてくれたロズと見つめ合ってしまう。ほんの一瞬のはずなのに、沈黙が訪れるととても長い時間に感じてしまう。
「――やっぱり誘ってる?」
すべての音が遠のいて、あやしていた指があごを掬いあげるかすかな音だけが耳に届く。
「はやくしないと、皆が到着してしまいますよ」
私の気持ちを見透かしたロズの意地悪な言葉に、止まっていた涙がじわりとこみ上げる。
「ロズの、い、いじわる……」
「カレン様――誘ってるの?」
ロズの色気をはらんだ言葉に胸の奥がとくんとくんとせつなくなる。
「……うん」
「まったく、カレン様は仕方ないですね」
艶やかな声に誘われてまぶたをとじれば、とけるみたいに触れられて、きらきらした光のかけらは桜色にほんのり染まって花びらのように舞い散った。
ロズの瞳とお揃いみたいに朱に染まった頬のまま結婚の儀がはじまる。
聖女の木と私たちに向かってベルデさんとソレイユ姫が座っていて、真ん中に立つ神主のような和装姿のノワルに主役のふたりを置いて目を奪われてしまう。優しい黒い瞳と見つめあった途端にふっと目尻を甘やかに細める仕草を見せるから胸がきゅうきゅう締めつけられる。
ノワルは新郎新婦に清めのおはらいをおこない、私にふたりの結婚を報告したあと、聖女の木にしあわせが永遠に続くよう祈っていく。
ノワルが大中小の杯に勝利酒を注いだ三三九度の盃をベルデさんとソレイユ姫に交互に渡し、二人でいただくことで夫婦の契りをむすぶようすを見ていたら――お酒に弱いソレイユ姫が酔わない魔法をかけてあげると言われ、嬉しくてノワルにぎゅっと抱きつき魔力をたっぷり渡せる口づけをして過ごした時間を思い出してしまった。
ほてる頬の熱を両手で熱を逃がすことに忙しくなってしまう。
大きな影がゆらりと動いて、視線を向ければ。
「すべてかれん殿のおかげだ――ソレイユの本当の姿を見ることができて俺はしあわせだ。本当にありがとう」
「わたくしもずっと意地を張っていたが、これからはベルデと共に聖女の木を守りながら生きていこうと思っている――感謝している」
目の前に立っているしあわせを絵に描いたようなふたりを見たら涙腺が緩んでしまう。
あれからひとつ変化があった。
守り人になったソレイユ姫は、イニーツ王の魔法が解けて金髪碧眼に戻ったらしい。
カルパ王国からの追ってなど大丈夫なのかな、と不安を口にしたら「聖女の木がまもってくれるのー」とえっへんと胸をそらすラピスがかわいくて胸がきゅん、としたことを思い出して、口もとも緩んでしまう。
「うん、うん……っ! 本当におめでとう。しあわせになってねーー」
心からふたりに祝福の言葉を贈ると、ふわりと風が吹いて聖女の木がきらきらと煌めいた。
「誓いの口づけを」
ノワルが口をひらくと、ベルデさんとソレイユ姫が近づいて誓いの口づけを交わす。
すぐに、やわらかな桃色に煌めいていた聖女の木はきらきらと金色と緑色に色を変化させて舞い上がり、ふたりを、そしてみんなをしあわせ色に染まっていった――。
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