【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣

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儀式を泳ぐ

聖女と柏の木

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 引き寄せられるように立ち上がって、無風の鯉のぼりのようにぽかんと大きな口をひらいているうちに、きらきらしたピンク色の光りはゆっくり収まっていった。

「――きれいだね」

 思わずうっとりとつぶやいてしまう。
 生えたばかりの柏の木を見上げると、うねうねした幹の間から芽吹いたばかりの新葉が太陽の光を浴びてあざやかに黄緑色に光っている。

 元の世界にいたころ樹齢二百年を超える柏の木が近所の公園にシンボルツリーして生えていて、この独特な波うつ柏の葉っぱも優しい木陰も憩いの場として利用していたから親しみがあるのだ。

「うん、立派な聖女の木になってるね」
「ひゃあっ!」

 いきなり後ろから抱きしめられて変な声が出た。
 ノワルが肩にあごを乗せて耳元でささやくように話すからくすぐったくて身をよじる。

「起きたら花恋様がいないから、心配したよ」
「んっ、ご、ごめんね――ひゃあ、耳くすぐったい! やっ、耳、食べないで……! ノ、ノワル、み、みみは食べれないから、お、おにぎり、食べて……?」

 ノワルが突然現れたのにも驚いているのに、はむりと耳を食べはじめたから梅干しみたいに赤くなった顔でぽかぽかと腕をたたいてるのに、逆にもっと力強く抱き寄せられた。
 その仕草に心臓がどきんと跳ね上がってしまう。

「うん、おにぎりじゃなくておむすびは食べてきたよ――デザートに花恋様を食べたいかな」
「ひゃあ! 耳は、た、た、食べれないから……っ!」
「試してみようか?」
「――っ!」

 必死に耳を隠してノワルから離れたら、おかしそうに笑っている。
 からかわれたとわかって、じっとりとした視線でノワルをにらんだ。

「花恋様、ごめんね」

 ノワルが見つめる目を優しく甘やかに細めるから心臓がきゅうんと音を立てる。
 ずるい、ずるい――そんな風にノワルに見つめられるとやわらかな風に泳ぎはじめる鯉のぼりみたいに、気持ちがふわふわ浮き立ってしまうのに。
 ノワルの甘い視線から逃げるように顔を横に向けた。

「ノワル、さっき言っていた聖女の木ってなになの? あと、おむすびとおにぎりは同じじゃないの?」

 髪をやわらかく梳きなでつづけるノワルには敵わないとあきらめて、先ほど思った疑問をそのまま口にした。

「花恋様、かわいいね」

 ノワルがくすくすと笑いだした。
 見上げた顔がさあっと朱色に染まると、ノワルが片手を伸ばしてからかうように頬をなでる。

「うん、おむすびとおにぎりは似てるけど、少しちがうんだよ――神の力を授かるために米を、山型、つまり神さまの形にかたどって食べるものを『おむすび』と言うんだよ。『おにぎり』は、にぎりめしが転じたものだから、どんな形でもいいんだよ」
「へえ、そうだったんだね」
「そうだよ――だから、ロズのむすんだものは聖女様の力を授かるための『おむすび』なんだよ」

 頬をなでていた手があごを掬いあげると、ゆっくりと顔が近づいてきて。

「ひゃあ! だ、だめ……っ!」

 甘やかな視線にあわてて口元を両手で覆った。

「ま、まだ質問のつづきが残ってるよ!」
「そうだね、質問に答えたらキスのつづきをしようね?」

 ノワルは私の口元から両手を引きはなすと、私の赤い唇に指をなぞっていく。
 くすりと笑みを浮かべるノワルの色気に当てられて、くらくらしてしまったのは仕方ないと思う。ただただ、どきどきする胸に手を当てて、ゆっくりと息を吐く。

「この柏の木は、花恋様の魔力がたっぷりこもったから聖女の木になったんだよ」
「ふえっ? でも、どうして……?」

 いまいちわかっていない私に、ノワルがにこりと微笑むと口をひらいた。

「花恋様がロズと何度もとろけるようにキスをしていたからだよ」
「ひゃあ! ち、ちがうの! ど、どうして柏の木が生えたのかなと思ってただけで、どうして魔力がこもったかはいいのに……っ」

 涙目でノワルをにらんでるのに、くすくす笑うと、なんでもないようにうなずいた。

「ああ、昔から鯉のぼりと柏は縁があるから魔力がこもったんだよ」

 こどもの日に食べるかしわ餅の甘さを思い出して、笑顔でうなずいた。
 でも、そうすると昨日の田植えの苗はどうしてだろうと小さく首をかしげたら、やわらかな眼差しでこちらを見ていたノワルと目があった。

「昨日の苗は、花恋様が丁寧に心をこめて植えていたからだよ。ちょうど豊穣の神さまもいたから花恋様の魔力と反応して、収穫できるくらい育ったんだよ」
「……へっ? 神さまっているの?」

 ノワルは意表を突かれたような顔で、目をまたたかせる。

「もちろんいるよ。妖精も精霊も、それにサンタクロースもいるよ」
「えっ」

 予想外の存在の告白に驚きの声が漏れてしまう。目をまん丸にしてノワルを見上げてしまった。

「大切なものは、目に見えないからね」

 そう言ってにっこり笑ったあと、ノワルは眉を寄せて、考え込むようにあごに手を当てる。

「ノワル、どうしたの?」
「うん。この聖女の木なんだけど、花恋様の魔力がすごく多いから困ったなと思って……」
「……ごめん、なさい」

 眉尻を下げたノワルが言いよどむので、いけないことをしたのだと思ってじわりと目尻に涙がたまっていく。

「花恋様、大丈夫だよ。あの柏の木はまわりを豊かにするから、誰か信頼のできる人に事情を話して、ちゃんとお世話してもらえば安心なんだよ――悪い人たちが柏の木のまわりに住みはじめたらいやでしょう?」

 優しい声色で尋ねられ、こくんとうなずくとあたたかくて安心するノワルの日だまりの温もりに包まれる。

「もう質問は終わった?」
「――うん」

 その言葉で上気した頬にノワルが指が添わせると、とろりと甘く細めた黒い瞳と見つめあう。まるで引き寄せあうように、お互いの顔がゆっくりと近づいていく……。

「ううんっ!」

 咳払いの音が聞こえて、驚いてそちらを振り向いた途端に固まった。
 真っ赤な顔のソレイユ姫と村の人たちが、なぜかすぐそばに立ってこちらを見ていた――。
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