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儀式を泳ぐ
聖女の村の滞在記四日目
しおりを挟むさわやかな朝日がまぶたを刺激する。
昨日はラピスとあっという間に寝てしまったから、気持ちよくぱちりとまぶたをひらくと、目の前にかわいい寝息をすうすう立てるもふもふ龍のラピスがいた。
「ラピス、おはよう」
「なの……」
小さな声で話しかけたのに、寝ぼけたラピスがむにゃりと返事をしてくれて朝から胸がきゅんとしてしまう。
もふもふの天使の寝顔をじっと見つめる。
(お鼻もかわいい……!)
お鼻と肉球は同じ色をしていて、三角形のお鼻は深い海を掬ったような深海色をしていて猫や犬のようにしっとりしている。
お鼻の上にあるもふもふしていない短い毛が気になってそっとなでると不思議な感触がして、何回かなでているとラピスがむにゃりと寝返りをうってしまう。
「めぇめ、なの……」
ラピスは寝ぼけながらもふもふの両手でお鼻を隠すとくるんと丸まってしまい、もふもふ玉になってしまった。
(めぇめ、か、かわいい……!)
舌足らずな言葉とかわいい仕草に胸のきゅんきゅんが止まらない。
背中を優しく数回なでるともふもふ玉から、くるぅくるぅと愛らしい音が聞こえてはじめ、お鼻を隠していた両手がゆるんだすきにもふもふな口にちゅっとキスをする。
「ラピス、大好き……!」
「ぼく、も……しゅき、なの……」
寝ぼけたもふもふ龍にもう一度キスをすると、きらきらと小指がピンク色にきらめいていく。
きゅんきゅんしたまま、寝室をそっと後にした。
もうロズは起きているかなと思って、早足でキッチンの扉をあけると、ふわふわの赤髪をひとつに結んだロズと目があった。
ふわりと笑うロズを見た途端に胸が、とくんと大きく跳ねる。
とくとくと忙しく動きだす心臓にあわせて、ぱたぱたとロズに向かって足を速める。
ロズの唇がきれいな弧を描くと、両手を広げてくれたのでそのままぎゅっと抱きついた。
若葉の瑞々しい香りと一緒に包み込まれるとロズが足りていないのがよくわかる。
ロズが足りなくて、ロズの肩におでこを押しつけるようにぐりぐりすると、ふふっと笑われてしまった。
「――カレン様」
甘くて柔らかな声にロズに顔を向けると、さわやかな朝には多すぎる色気を纏っていて、赤い瞳に見つめられると恥ずかしくなってしまい、今度は赤らんだ顔を隠すために肩に顔を押しつける。
優しく腰に腕がまわされるとぎゅうと抱きしめ合う。
ロズの匂いに包まれると安心するのに、心臓がとくとくと早鐘を打っていく。
「カレン様、心臓の音が早いですね」
ロズの言葉にどきんと大きく心臓が跳ねあがる。
細い指があごに手をかけると、ロズの顔を見るようにくいっと動かす。
まっすぐに赤い瞳に見つめられると、恥ずかしくてどんどん顔に熱が集まってしまう。
「カレン様、随分と顔も赤いですね――これは、お熱でしょうか?」
かあ、と赤くなって、目尻に涙が浮かんでいく。
「ロ、ロズのいじわる……」
赤いを通り越して、真っ赤になっているはずの私を見て、ロズは満足そうに笑みを浮かべた。
「カレン様、照れているんですか?」
涼やかな言葉にますます顔が熱くなり、視線が左右をさまようと、たくさん握られたおにぎりととろりとした飴色の竹編のお弁当箱をふたつ視界の端にとらえた。
つやつやのおにぎりを見たらお腹が空いてきて、じいっと見つめてしまう。
「カレン様はかわいいですね」
「ふえっ?」
食いしん坊の間違いじゃないのかなと顔を横に傾けるとロズは色気をまとった笑みを私にむけるから、再び心臓が大きく跳ねた。
「カレン様は、今日は誰とお過ごしになるつもりでしょうか?」
どういう意味だろうと反対に首を傾けると、ロズがはあ、とため息をこぼして肩を落とす。
「そうですか……私では駄目なんですね?」
「ふえっ? ち、ちがうの! だめじゃないよ!」
「はい――では、今日は一緒に過ごしましょうね」
ゆっくりと顔を上げたロズは花がほころぶようにやわらかく笑う。
ロズの肩を落としている姿を見なくてほっとしたのと同時に、今日はずっと一緒に過ごすことが嬉しくて、思わず口元が緩んでしまう。
「ロズ、嬉しい!」
目の前のロズにぎゅうっと抱きつくと大好きなロズの匂いを吸い込んで身体中に広がっていく。
ロズの唇が耳に触れるぎりぎりまで近づいてきて。
「そんな可愛いこと言うと……襲うよ?」
「……っ」
耳元で色気たっぷりに囁かれ、ぱっとロズを見つめると赤い瞳にとらわれる。
「カレン様、顔が真っ赤ですよ」
ロズの言葉に視線が鯉のぼりの尾ひれのように空を泳ぐ。
「どうして顔が真っ赤なのか教えてください」
「……ロ、ロズのいじわる」
細くて長い指が頬をするりとなぞり、ロズの赤い瞳にうながされる。
こういうロズは私がちゃんと話すまでやめてくれないから、恥ずかしいけれど、とにかく素直になることにした。
ロズと一緒に過ごすのが嬉しいことや、ロズといるとどきどきすることも、ロズが好きだということを思いついた顔が赤い理由を次々に口にしていくと、これ以上ないくらい顔が熱いのに、ロズの反応がなくて泣きたくなってくる。
最後はもうロズが好きなことしか言えない。
「あ、あのね、ロズのこと、好き……なの! だ、大好きなの……っ!」
「――カレン様は仕方がないですね」
「ふえっ?」
ひたすら素直に思っていることを言っていたら、目の前のロズがため息をこぼしながら片手で顔を覆っていた。
「ノワルとラピスが起きてきます――早く行きましょう」
片手の覆いをやめた途端、強風の鯉のぼりのようにロズがあっという間に仕度を整え終えて、まだ全身がほてっている私の手をさっと繋いで、扉をひらいた――。
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