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儀式を泳ぐ
聖女は不安を口にする
しおりを挟む「花恋様、こっちにおいで」
数日ぶりに見るノワルの執事姿に胸がときめいてしまい、足に根が生えたみたいに動かすことが出来ない。
そんな私を見るとノワルは柔らかな笑みを浮かべて、さっと横抱きにしてソファに運んでくれる。
田植えで疲れているだろうから菖蒲と蓬の薬湯にゆっくり浸かっておいでといわれ、村に来てからはじめてテントの中にある空間拡張した部屋に戻って、ほこほこの湯上がりなのだ。
やっぱりドライヤーは置いていなくて、軽くタオルドライした状態でノワルの膝の上に乗っている。
「濡れていると風邪引いちゃうから乾かすね」
「……うん」
にっこり微笑んだノワルの手がゆっくり髪に差し込まれると、魔法でさらりと髪は乾いていく。
「花恋様、清めの儀式はどうだった?」
「えっと、うん、楽しかったかな?」
「そうなんだ――どんなこと話したの?」
するすると髪を梳きながら優しくたずねられる。
最後にリリエさんと話したことが頭をかすめてしまい、心臓がちくちくするのに気がつかないふりをする。
「花恋様、ここの姫さまがカルパ王国の逃げ延びた姫なのは聞いた?」
「ふえっ? なんで知ってるの?」
「聖獣だからだよ」
ノワルの優しい黒い瞳に見つめられると胸がどきどき高鳴ってしまう。
「他にはどんな話をしたの?」
「えっと、勝利酒の作り方とか、あとソレイユ姫がお酒に弱い話とか、だよ」
「そうなんだ」
私の前髪をつまみながら瞳をのぞきこむノワルと目が合うと心臓がどきんと跳ね上がる。
「このまま村にいませんかって言われなかった?」
「ふえっ? なんでわかったの?」
「聖獣だからかな」
見透かすように黒い瞳にまっすぐ見つめられると、今度は違う意味で心臓がどきりと跳ねた上がった。
私がリリエさんから言われた色々なことも見透かされているみたいで、あわてて目を伏せる。
「花恋様、後ろの髪を乾かすから首に腕をまわしてね」
「ふえっ?」
ノワルが私の腕をつかんだので、そのまま誘われるように腕を首にまわした。
ノワルに顔を見られなくてほっとしてしまう。
ぽんぽんと頭をなでる手が気持ちよくて目をつむる。
「――花恋様、終わったよ」
「うん、ありがとう……」
まだ離れたくなくて、ぎゅっと抱きつくと髪をなでるノワルの手が髪から降りてきて背中にまわされる。
ノワルに優しく抱きしめられるとお日さまのぽかぽかした匂いに包まれる。
「甘える花恋様もかわいいね」
あやすようにノワルが背中をとんとんする音が続く。ノワルとこのまま過ごせたらいいのに。
「花恋様、元気がないね」
「そっ、そんなこと、ないよ……」
うかがうようにノワルへ視線を向けるとやわらかな黒い瞳とばっちりと目が合う。
私の心のつんつんが大きくなって、ふいと視線をそらして口を開いた。
「……元の世界へ戻る魔法があるって聞いたよ」
「うん、あるよ」
ノワルの返事はあっさりしていて、ますます心のつんつんが大きくなってしまう。
すぐに元の世界に戻してくれていたら、離れることが寂しいって思わなかったのに。
こんなに心がつんつんするみたいな気持ちを知ることもなかったのに。
「つんつんしている花恋様もかわいいね」
「全然、可愛くないよ――!」
私がどこまでも沈んでいきそうな気持ちを持て余して困っているのに、なにも気にしていない様子のノワルの肩に胸のもやもやを押しつけるように、おでこをぐりぐり押しつける。
「聖女と聖獣の話も色々聞いたみたいだね」
「――うん」
「花恋様、元の世界に戻る魔法について話してもいいかな?」
「うん……」
小さな子供をあやすみたいに背中をとんとんしているノワルに小さくうなずいた。
子供みたいで恥ずかしいけど、なぜかもやもやする気持ちをうまくおさめることができない。
「カルパ王国にある元の世界に戻る魔法にはふたつ問題があって、花恋様に使うことができなかったんだよ」
「そうなの?」
「うん、ひとつめの問題はね――戻す地点が大雑把すぎるんだよ。たしかに地球に戻ることはできるんだけど、場所の指定ができない」
「えっ? それってどこに戻るか戻るまでわからないってこと?」
「そうなんだ。日本ならまだいいけど、南極や砂漠のど真ん中に放り出されるかもしれないんだよ」
うわあ、それは困る。
思いっきり顔をしかめてしまう。
たとえ日本だとしても人里離れた山の中だって困ってしまうと思う。
「ノワル、ふたつめの問題は何なの?」
怖いものみたさというか好奇心のおもむくまま軽い気持ちで聞いたつもりだった。
「……えっ!」
一瞬で視界がぐるりと反転していて、気づいたらノワルにソファへ押し倒されていた。
ノワルの両腕が自分の顔の横にあって、きれいな黒い瞳に見下ろされていた。
「ふたつめの問題はね――魔力がすごく必要なんだよ」
吐息がかかるくらい近くに顔があって、透き通るような瞳にじっくり見下ろされて、顔がとにかく熱い。
今までだってキスはしているけれど、この体勢はだめだと本能でわかる。
端整な顔を見つめていると、ぶわっと変な汗がでてきて、ノワルの熱い視線から逃げるように顔をそらした私を見てノワルはくすりと余裕たっぷりに笑う。
「花恋様、たくさんの魔力を一度にもらう方法を教えてあげようか――?」
「――っ!」
そう言うと、ソファがきしむ音を小さく立てた――。
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