【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣

文字の大きさ
上 下
47 / 95
儀式を泳ぐ

聖女は聖獣に再会する

しおりを挟む
 

「リリエ、かれん様に無理を言ってはならぬ」

 ソレイユ姫がぴりっとした空気をまといながら起き上がるとリリエさんに告げた。

「ですが――」
「わたくしがベルデと結ばれたいなんてたわごとをいつ言ったのだ? そろそろ田植えの時間だ、さあ行こう――」

 リリエさんの言葉をさえぎり立ち上がったソレイユ姫は少しもふらついていなければ、酔っ払っていたかけらも残っていなかった。
 ふにゃふにゃしていたのが嘘みたいにつんつんしたお姫様に戻っていた。

「きつねに化かされたみたい……」

 ぽつりとつぶやくとリリエさんが小さくうなずいたのが目の端に映った。

「姫さまはお酒にとびきり弱いので酔っ払っていた時の記憶はないのですが、回復がとても早いのです」
「ああ、そうなんですね――」
「かれん様、先ほどは出過ぎたことを言ってしまい申し訳ありません。さあ、私たちも急ぎましょう」
「あっ、いえ――はい、行きましょう」

 正直なところほっとした自分がいた。
 あのままリリエさんと話していたら、私は自信を持って前の世界に帰りたいと言えただろうか――その答えが浮かぶ前に私はあわてて首を横にふった。

「かれん様、行きましょう」

 リリエさんに手を引かれて姫さまたちに追いつくと、清めの儀式が行われた別棟から水をはった田植え前の田んぼ――代田しろたに到着すると水面が光ってきらきら輝いている。

「わあ――! すごいんだね!」

 代田しろたの土の表面を平らにする代掻しろかき作業をする牛は美しい鞍やきらびやかな玉飾りをつけて飾られていて、村の男性たちは太鼓や笛を持って私たちの到着を待っていた。

「さあ、はじめよう――」

 ソレイユ姫のかけ声と共に、牛は田に入ると縦一列になって代掻きをはじめる。艶やかな服を着た私たち早乙女が後ろに並んでいる男性たちの太鼓や笛の音にあわせて、は苗を植えていった。

 私は、田植えをするのがはじめてなこともあって、ぬかるんでいる田んぼを歩くことも、一箇所で白飯一杯分収穫できるように三本ずつ苗を植えていくのも難しい。
 リリエさんからも無理はしなくて大丈夫ですよと言われていたこともあって、私だけは太鼓も笛の音も関係なくのんびりと植えていくことにした。
 遅いけど、丁寧に心をこめて植えようと思って三本の苗をよいしょ、よいしょと植えていると視線を感じた。

「っ――!」

 思っていた以上に横笛を吹くノワルが近くにいて、ノワルの目を細めた仕草を見たら心臓がきゅうきゅう音をたてていく。
 瞳がノワルをとらえた瞬間、ノワルのいる場所だけが別の世界になったようにきらきら輝いて見えて、自分の呼吸と心臓の音だけが耳に響くような気がした。

「花恋様、手が止まってるよ」

 完全に手が止まってノワルを見つめていたら、横笛を吹くのをやめたノワルがからかうように話しかけてきた。ノワルに会えたことが嬉しくて代田しろたの端まで歩いていく。
 みんなはどんどん先に進んでいき、にぎやかな笛や太鼓の音も遠ざかっていく。

「泥がついてるよ」
「うん……」

 ノワルの優しい瞳が細められ、親指が頬の泥をぬぐってくれる。触れたところからノワルの体温が広がるのが愛おしくて、心臓がきゅうきゅう痛いくらいに締めつけられていく。
でも、元の世界で結ばれることのない相手だという言葉がちらりと頭をよぎると心臓をきゅっとわしづかみされたように苦しくなる。

「花恋様、こっちにもついてる」
「……うん」

 ノワルの体温がゆっくりなぞっていくのが気持ちいい。気持ちよさに身をまかせるふりをして、思い出したくないことを忘れるように目をゆっくりつむった。
 ノワルのお日さまの匂いが鼻をかすめると同時に唇にやわらかな感触がかすめていた。

「ふえっ?」

 まぬけな声をあげてまぶたを押し上げると、ノワルの黒い瞳に見つめられていて、かあっと身体中が熱くなっていく。

「あれ? おねだりじゃなかった?」

 ノワルがからかうように笑っていて、その顔を見たら胸がきゅうきゅうせつなくないていて、ノワルの言葉にもう一度ゆっくりまぶたを閉じて赤らんだ顔を上に向けた。
 ノワルがたまらずと言う感じにため息をついた。

「ああ、もう……。本当にかわいいね」

 もう一度、ノワルの甘くて温かな感触が唇に落とされたけど、すぐに離れてしまう。
 胸のきゅうきゅうが全然収まらなくて、ノワルをじっと見つめる。今はただノワルに触れていたい。

「もう一回する?」
「うん……」
「ああ、もう……。本当にかわいいね」

 ノワルの長い指が頬をなぞり耳のうしろに滑りこむと、体温を感じる甘いキスを唇に感じた。
 ゆっくりまぶたをひらくと、小指が嬉しくてたまらないみたいに、ぱあっときらきら華やかなピンク色に光りはじめる。

「えっ?」

 いつものように小指の光が消えるのを見つめていたのに、きらきらした光は消えるどころか苗にからみつき苗もきらきら若草色に煌めいている。

「花恋様は、この一列を植えたら終わりの予定だったの?」
「えっ、あっ、そうだけど――」

 どうして苗がきらきら煌めいているのかわからなくて、きょとんと首を傾けているとノワルが苗を受け取ってくれた。
 ぱちんと指をならすとノワルの手の中の苗が消えてしまった。

「えっ、ひゃあ、ノ、ノワル!?」
「うん、慌ててる花恋様もかわいいね――ほら、ちゃんと植えてあるよ」
「えっ? あっ、本当だ――ノワルってすごいね」

 ノワルの指差した方向を見るときらきらした苗がきれいに一列に並んでいる。

「きゃあ!」

 魔法に感心してながめていたら、突然の浮遊感を感じて悲鳴をあげるとノワルが両脇に手をいれて代田しろたから出してくれたところだった。

「驚いた花恋様もかわいいね――じゃあ戻ろうか」

 ノワルがもう一度ぱちんと指をならすと泥がついていたところはきれいになり、今度は私の膝裏と背中に腕を回し、私を抱き上げた。

「ノ、ノワル! 自分で歩けるよ!」
「恥ずかしがる花恋様もかわいいね――大丈夫だよ、みんなは田植えに夢中で誰も見ていないよ。慣れないことをすると、思っている以上に疲れてしまうから心配なんだよ。だからこのまま大人しくしててね」
「う、うん……」

 疲れていると言われると不思議とそういう気持ちになるもので、私は筋肉のついたノワルの胸に顔をそっとあずけると「かわいい」とつぶやき、褒めるようにさらりと髪をなでてくれる。
 お日さまのぽかぽかした匂いに包まれて、身体の力がふにゃふにゃと抜けてしまった私をノワルは安定した足取りで田んぼをあとにした。

 もちろん村の人たちに、いちゃいちゃはばっちり見られていたけれど、それに私が気づくことはなかった――。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です

花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。 けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。 そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。 醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。 多分短い話になると思われます。 サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

2度と恋愛なんかしない!そう決意して異世界で心機一転料理屋でもして過ごそうと思ったら、恋愛フラグ!?イヤ、んなわけ無いな

弥生菊美
恋愛
付き合った相手から1人で生きていけそう、可愛げがない。そう言われてフラれた主人公、これで何度目…もう2度と恋愛なんかしないと泣きながら決意する。そんな時に出会った巫女服姿の女性に異国での生活を勧められる。目が覚めると…異国ってこう言うこと!?フラれすぎて自己評価はマイナス値の主人公に、獣人の青年に神使に騎士!?次から次へと恋愛フラグ!?これが異世界恋愛!?って、んな訳ないな…私は1人で生きれる系可愛げの無い女だし ありきたりで使い古された逆ハー異世界生活が始まる。 ※登場キャラ「タカちゃん」の名前を変更作業中です。追いついていない章があります。ご容赦ください。2024年7月※

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

処理中です...