【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣

文字の大きさ
上 下
43 / 95
儀式を泳ぐ

聖女と清めの儀式

しおりを挟む

 ベルデさんについて詳しく説明したかったけれど、リリエさんから私たち以外はすでに揃っていると聞いて、艶やかな黄色の衣装と紅色のたすきを身につけると清めの儀式が行われる別棟に急ぐことにした。
 
「姫さま、リリエです。かれん様をお連れしました」

 どうぞ、と凛としたお姫さまの声にリリエさんが夏障子を開くと、村の女性たちが着飾った華やかな様子に目を奪われた。
 清めの儀式というくらいだから厳かに行われるかと思ったら、みんな好きな場所に座りゆったりくつろいで思い思いに話をしている。リリエさんに案内されている間も、数日の間に知り合いになった村の人たちに和やかに挨拶をされながら、空いている席に腰を下ろした。

「かれん様、どうぞ」

 着席するとお姫さまが勝利酒が入っているであろう白い酒壺——お姫さまの瞳と髪の色と同じ青空みたいな青色と金色で複雑な模様が描かれているものを手にしている。目の前に置かれている白くて同じ模様のお猪口を手に持つとお姫さまが酒壺を傾けて静かに勝利酒を注いでいった。

 注がれた勝利酒からは、若葉の香りを含んだような穏やかな薫風くんぷうみたいな爽やかな香りが漂ってくる。

「さあ、全員が揃ったことだし、清めの儀式を始めよう」

 お姫さまの声に、すうっと透明な静けさに包まれると、すだれの隙間から入る風はゆるやかに吹き抜けて頬を涼やかに撫でていく。

 乾杯の合図で勝利酒を口にする。目をつむり爽やかな夏風の香りが鼻を抜けるのを楽しんでいく。口あたりも柔らかくて、思いのほかすいすい飲めてしまう。清めの儀式が始まると、近くの人と自由に話す人たちや卓に並んだ村で採れたびわやそら豆、ちまきなどのご馳走に舌鼓をうつ人たちなど、好きなようにゆったりと過ごしている。

 そんな中、お姫さまだけは酒壺を持ち、村の女性たちのもとへ赴き、お酒を注いで少し談笑すると次の女性たちのもとへ移動をしている。

「姫さまは毎年必ずあのように、村の者たちに労いの言葉をかけてくださるのですよ」

 私の視線に気づいたリリエさんが教えてくれた。お姫さまの言葉を聞いた村の女性たちは、皆嬉しそうな笑みを浮かべていて、この清めの儀式は村の女性たちにとっては、苦労や喜びをひとつずつお姫さまと確かめ合い受け入れてもらう儀式なのかもしれない。目を細め柔和な表情をしたお姫さまは、村の女性たちから慕われているのがよくわかった。
 儀式が始まってからしばらくが経過した後、お姫さまが再び私のところへやってきた。

「かれん様には感謝しても感謝しきれません。かれん様の勝利草で、わたくしをはじめ村の多くの者たちが助かったこと、心から感謝いたします」

 真剣な表情のお姫さまがそろえられた膝に向かい深々と頭を下げたのを見て、ものすごく慌ててしまう。魔力池を見つけたのは三人だし、勝利草もロズに採り方を教えてもらったものだと、わたわたと思っている内に、すっと頭を上げたお姫さまのまっすぐな眼差しに見つめられる。

「うん、……よかった! お姫さまもみんなも無事で、本当によかったよーー」

 気づいたらその空色の瞳をまっすぐに見つめ返して、ただただ笑って答えていた。
 私からの視線を受けるとお姫さまは、つんと顔をそらした。丸見えになった耳は、やっぱりほんのり赤く染まっている。

「えっと、あの、ありがとうございます」
「かれん様は、おかしなことを言うな。これは、かれん様が準備してくださったものだろう?」
「あっ、えっと、お酒じゃなくて、この紅花で染めた衣装、です。お姫さまが準備してくださったとリリエさんからうかがいました。とっても色がきれいで、かわいいし、みんなとお揃いなのも嬉しいです!」
「べ、べつに……清めの儀式は、この衣装と決まっているだけだ」

 ますます顎を上向けて澄ましたお姫さまは、言葉をほんの少し濁したが、ほんのり赤い耳は真っ赤なりんごみたいに染め上がった。私は、白い酒壺を手に取るとお姫さまの前へ差し出した。お姫さまは最初の乾杯の音頭を取って以来、なにも飲み食いしていないのが気になっていたのだ。

「お姫さまも、どうぞ」
「いや、わたくしは、いい」

 空色の瞳を戸惑いで左右に揺らしながらも、きっぱりと断られてしまう。

「そうですか、ごめんなさい……」

 やっぱり私のこと嫌いなのかな、としおしおと肩を落としていると、くすくすと鈴を転がすような声でリリエさんが笑い声を上げた。

「あらあら、かれん様のお酒を断るなんて、いけない姫さまですこと?」
「べつに、そんなつもりではない」
「あらあら、それならお受けしなくちゃいけませんよ」

 リリエさんがお姫さまの手から酒壺を取り上げると、代わりにその手に白いお猪口を手渡した。戸惑っていたお姫さまは、迷いながらも私にお猪口を差し出してくれた。
 その様子が、懐かないのら猫が気まぐれに撫でさせてくれるみたいで、飛び上がりたいくらいに嬉しいけれど、はしゃいでしまったら逃げてしまいそうで、ふにゃりと緩みそうな頬をできるだけ緩めないように気をつけて酒壺を持ち上げる。

「お姫さま、どうぞ」

 口調はできるだけ冷静にしたものの、やっぱり嬉しくて仕方ない私は、複雑な紋様が描かれている酒壺から勝利酒をなみなみとお姫さまのお猪口へ注いだ。酒壺を置くとすかさずリリエさんが私にも勝利酒を注いでくれて、リリエさんの勧めでもう一度乾杯をした。

 ――口に含んだ瞬間。芳醇な香りが鼻を抜けていく。

 美味しい、と呟きながら勝利酒をうっとり味わっていく。お姫さまと一緒に飲むとまた美味しいと思いつつ、村で採れた今が旬のそら豆の茹でたものを口に運ぶ。そら豆はほくほくしていて、旨味がぎゅっと濃縮されていて、とても勝利酒に合うのだ。

「かれんしゃまは、そら豆がすきなのか?」

 そら豆と勝利酒の魅惑のハーモニーに夢中になっていたら、お姫さまから話しかけられた——。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

2度と恋愛なんかしない!そう決意して異世界で心機一転料理屋でもして過ごそうと思ったら、恋愛フラグ!?イヤ、んなわけ無いな

弥生菊美
恋愛
付き合った相手から1人で生きていけそう、可愛げがない。そう言われてフラれた主人公、これで何度目…もう2度と恋愛なんかしないと泣きながら決意する。そんな時に出会った巫女服姿の女性に異国での生活を勧められる。目が覚めると…異国ってこう言うこと!?フラれすぎて自己評価はマイナス値の主人公に、獣人の青年に神使に騎士!?次から次へと恋愛フラグ!?これが異世界恋愛!?って、んな訳ないな…私は1人で生きれる系可愛げの無い女だし ありきたりで使い古された逆ハー異世界生活が始まる。 ※登場キャラ「タカちゃん」の名前を変更作業中です。追いついていない章があります。ご容赦ください。2024年7月※

溺れかけた筆頭魔術師様をお助けしましたが、堅実な人魚姫なんです、私は。

氷雨そら
恋愛
転生したら人魚姫だったので、海の泡になるのを全力で避けます。 それなのに、成人の日、海面に浮かんだ私は、明らかに高貴な王子様っぽい人を助けてしまいました。 「恋になんて落ちてない。関わらなければ大丈夫!」 それなのに、筆頭魔術師と名乗るその人が、海の中まで追いかけてきて溺愛してくるのですが? 人魚姫と筆頭魔術師の必然の出会いから始まるファンタジーラブストーリー。 小説家になろうにも投稿しています。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

【本編大改稿中】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!

七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。 この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

処理中です...