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村を泳ぐ
聖女の滞在記はつづく
しおりを挟むぽかんと呆気に取られた村の男の子たち——若草や深緑や織部色の彩り豊かな緑色の横で、真っ赤な柔らかな髪をふわりと揺らしたロズは器用にびわの皮をするするとむくと、柔らかそうな橙色の瑞々しい果肉があらわれる。丁寧に種もワタも取り除いたロズが、口元にびわを運んでくれる。
男の子たちの前で、あーんは流石に恥ずかしくて首を横にふるふると振る。
「そうですか、私では駄目なんですね?」
「ち、ちがうの! だめじゃないよ!」
「はい、ではどうぞ」
ロズがあからさまに肩を落とすから慌てて違うと伝えたら、今度はしっとり艶やかな笑みを浮かべて、もう一度びわを口元に近づける。
(うう、これ絶対食べないとだめなやつだよね……)
ちらりとロズに視線を送ると、綺麗に広角が上がった端正な顔は涼しそうな眼差しをこちらに向けている。
男の子たちからの興味津々な視線は感じるけれど、そちらを見る勇気はなくて、熱が集まる顔で目をつむって、口を開いた。すぐに舌の上に、瑞々しい甘いものが乗せられる感触がした。
「ん……っ! 美味しいね!」
びわの上品な香りと瑞々しい甘みが口いっぱいに広がる。こんなに美味しいなんて知らなかったな、と頬を緩めていると、びわがもうひとつ口元に差し出されたので、反射的にぱくりと口に入れる。
ひとつのつもりがもう一つ、もう一つと、ついつい口に運んでしまう。いくつか食べて油断したのか、びわの果汁がほんの少し口の端からたらりと溢れる。
「カレン様は仕方がないですね」
ロズにくすりと色気のある声で言われ、細い指で拭われる。そのままロズが指をペロリと舐めた。
「……っ!」
「確かに甘くて美味しいですね」
かあ、と顔が熱く赤くなる。赤いロズの瞳から慌てて目を逸らすと、ふっと笑われた。
「父ちゃんから聞いてたけど、お姉ちゃんって本当にずっといちゃいちゃしてるんだね」
「ひゃあ……っ!」
びわに夢中になっていたら村の男の子たちがいるのを忘れてしまっていた。しかも、ずっといちゃいちゃしてるって村の人に言われてるなんて、それってみんなが勝利草で治った後の夜にロズ特性絶品赤熊料理をノワルの膝の上で食べさせてもらっていたからだろうか?
どちらにせよ恥ずかしくて穴があったら入りたい。
「かれんさまはーぼくともいちゃいちゃするんだぜーなのー」
「まじかよ! さすがラピスだな!」
「えっへんだぜーなのー」
びわをたっぷり食べ終えたぽんぽこお腹のラピスが、ちょっとやんちゃな言葉使いでえっへんと胸を張ると男の子たちに尊敬に染まる緑色の眼差しで見られている。
悪ぶってるラピスが可愛すぎて、きゅんきゅん胸が苦しくて、思わず胸を押さえてしまう。
「でもな、ロズ兄ちゃんくらい、ベルデ兄ちゃんも分かりやすく出来たらいいのに」
「ベルデ兄ちゃんへたれだもん、無理だよ」
「せっかく勝利草持って帰ってきたのにね」
男の子たちが話題をベルデさんに変えたので、視線を向ける。
「えっ、えっ、どういうこと?」
「ベルデ兄ちゃんは、この村の姫さまが昔からずっと好きなんだよな」
「そうそう、姫さまもベルデ兄ちゃんのこと、まんざらじゃないと思うんだけど……」
「ええっ! じゃあベルデさんとお姫さまの二人は両想いなんだ?」
ベルデさんの意中の相手は、この村の村長さんの娘さんで、とても美人なので村の人たちからお姫さまと呼ばれていると、夜の宴で村の人から聞いたのだ。
ベルデさんの話ぶりからてっきり片想いなのかと思っていたら、まさかの突然の両想い説に胸がわくわく高鳴っていく。だけど、私の胸の高鳴りとは反対に男の子たちの顔色は沈んでいく。
ひとりの男の子——深みのある美しい暗緑の織部色の髪と瞳を持つ一番年上っぽいオーリ君が、困った風に口を開いた。
「なんていうか、ベルデ兄ちゃんはさ、この村の生まれじゃないんだよ」
「同じ村で生まれないとだめなの?」
「いや、だめじゃないけど……」
けど、の続きが気になって首を傾げるけれど、オーリ君も他の男の子たちも俯いてしまって答えてくれそうにない。
みんなとの間に気まずい沈黙が流れる。
どこからか可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえてきた。浄化が進んでいる村には小さなお客さまも増えている。
部屋に満ちた沈黙をやぶったのはロズだった。
「カレン様、それでは姫さまに直接お会いしてベルデ殿のことを聞いてみたらどうですか?」
「えっ?」
ベルデさんから助かったとは聞いていたけれど、まだ姿は見たことがなくて、身体の調子がいまいちなのかなと思っていた。
ロズの片手が伸びてきて、下ろした髪を梳き撫でる。その手つきが柔らかくて、胸がとくんと大きくひとつ音を立てる。
「勝利草で治したのですよ? もうすっかり元気だと村の者が話しておりました。会えないのは、おそらく明日に行われる田植え前の清めの準備で忙しいからでしょう」
赤いロズの瞳に見つめられて、惹き寄せられるように目が離せなくなる。
優しく撫で梳いた髪を耳にかけられると、くすぐったくて肩が揺れてしまう。ロズがくすりと艶やかに唇が弧を描く。
「このカルパ王国では、田植えは生命を生み出す存在である女性たちの仕事なのですよ」
「そうなんだ?」
「ええ、田植えが始まる前に、女性たちが身を清めるために薬草で清めた小屋にこもり、薬草酒を飲むのですよ」
「ロズ、すごい! 詳しいんだね!」
ロズを見つめると目が甘く細められ、細くて長い指が頬をなぞる。途端にとくんとくんと心臓が踊るように音を立てて、顔に熱を集めていく。
「日本でも、平安時代の頃から大変な田植えが少しでも楽になるように『田楽』といって笛や太鼓のお囃子に合わせて苗を植えていて、能や狂言などの芸術もここから生まれたと言われております」
「……そう、なんだ」
ロズの近づく顔が恥ずかしくて目を伏せていると、ロズの唇が耳に寄せられ、「ええ、そうですよ」と甘い声が耳をくすぐり、心臓がどきんと跳ね上がる。ふわりと漂う春の瑞々しい香りに、頭がくらくらしてくる。
そんな私からロズの顔が離れていくと、まだ話は続いている。
「田植えは田の神を迎えるので、神迎えをする若い女性——早乙女たちは、田植えを前に家や小屋にこもって穢れをはらい身を清めるのです。これを『五月忌み』と呼んでいて、日本の端午の節句は、この五月忌みと、中国の端午の風習と合わさって出来たものだと言われております」
ロズの細くて長い指が頬をゆるくすべるように、ロズの言葉も耳からすべり落ちていく。ただロズの指先の熱が広がっていく感覚に意識が向いてしまう。
頬をすべっていた熱が止まると、私のあごをゆっくりと掬い上げた——
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