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村を泳ぐ
聖女は村に到着する
しおりを挟むベルデさんから地図にも載っていない片隅にある村だと聞いていたけれど、本当に山の奥深くに存在していた。
まるで隠れるように、人が近寄りがたい場所に村があるので、ベルデさんの案内がなければ気づかず通り過ぎてしまいそうだった。
「あのな、……この村はあんまり他所から人が来ないんだ」
「ああ、だろうな。いきなり大勢で行くと驚いてしまうから、俺とベルデ殿で説明に行ったほうがいいかな」
「——ああ、助かる……」
おずおずと言いずらそうに口を開いたベルデさんは、毒気を抜かれた顔でノワルを見つめている。ノワルは落ち着いた様子で、私に向き直ると安心させるように口を開いた。
「花恋様、ロズとラピスと一緒に少しだけ待っててくれるかな」
「うん、分かった。でも、早く戻ってきてね……」
私の返事を聞くと、嬉しそうに柔らかな感触をおでこに残して、ノワルはベルデさんを促して村へ入って行った。
枯れ木のすき間から茜色の空が濃紫の空へと変わりつつあり、辺りの暗さが深まっていくことが不安を高まらせる。
「かれんさまーてをつないであげるのー」
「うん、ありがとう。なんだか暗くて……ちょっと怖いね」
「だいじょうぶなのーぼくがまもってあげるのー」
「うん。ラピスとっても強いから頼りにしてるね」
「えっへんなのーまかせてなのー」
不安そうにしていると、ラピスが可愛い小さな手を差し出してくれたけど、手を繋いでもらうだけだと、まだ不安で怖くて、お膝の上に座ってもらったラピスを抱きしめさせてもらった。
子ども特有の体温の高さとくるんくるんの髪を撫でると雨上がりの優しい匂いで不安が和らいでいく。気持ちに任せて、ぎゅうぎゅうと抱きしめていると、ノワルが一人だけで戻ってきた。
「花恋様、おまたせ」
「ノワル! 大丈夫だった? ベルデさんは?」
「うん、大丈夫だよ。それより花恋様、ラピスがつぶれそうだよ」
「えっ? わっ、ラピス、ごめんね」
「いいよなのー」
もぞもぞと腕の中からラピスが顔を出す。ぷはっと息を吐いたラピスを見て、もう一度「ごめんね」と謝った。
くすくす笑うノワルに案内されて、村の中に入る。
辺りが薄暗くなるにつれて不安になり、そわそわ落ち着かない。それに気づいたようにノワルが手を絡ませて繋いでくれると、ノワルの体温がほわりと伝わり不安な気持ちが薄まっていく。
「ベルデ殿は、村の人たちと手分けして、病いにかかった人たちを勝利草で治療しているよ」
「ちゃんと治るかな?」
「うん、みんなすぐに良くなると思うよ」
「よかった……」
ノワルの言葉に、胸がじんと熱くなる。
話していると、すぐに一軒のこじんまりとした家の前で止まった。
「滞在する間は、ここを貸してもらうことになったんだ」
「えっ、家を丸々貸してくれるの?」
「ああ、ちょうど家が空いたままだったみたいだよ」
驚いてノワルに問いかけると、ノワルはにこりと笑う。この世界の普通が私には分からないから、そういうものなのかなと頷いた。
ノワルが私の耳朶と髪につけている鯉のぼりの回転球と矢車のイヤリングとかんざしを外した。
——ぽわん。
二つが金色に輝くと、パッと金色の粉がキラキラと煌めきながら消えていき、ノワルの手の中でキラキラ輝いて鯉のぼり模様の風鈴に変わった。
じいっとノワルの手を見つめていたら、ふふっと笑われた。
「昔はね、強い風は流行り病や邪気などの災いを運んでくるって考えていて、風鈴の音が聞こえる範囲を聖域として守ってくれると考えていたんだよ」
「そうなんだ!」
「うん。魔物や野生動物が襲ってきたら困るから、この家を中心に村まで結界を張るね」
黒と赤と青の鯉のぼりが涼やかに泳ぐ風鈴は、ノワルとロズとラピスを連想してしまい思わず笑みがこぼれる。ノワルの手のひらにある風鈴に手を伸ばすと、私と同じように柔らかな笑みを浮かべるノワルが風鈴を手渡してくれたので、持ち上げてじっくりと眺めてみる。
黒、赤、そして青の鯉のぼりを、そっと指でなぞる。いつもと違って、ちゃんと鯉のぼりの姿。
三人はたっくんの鯉のぼりなんだよね——そう思った途端に、飲みたくないシロップ薬を飲み干したみたいな淡い苦みが喉を通る感覚に驚いて固まってしまう。
これって、なんだろう……。
「花恋様、そろそろ軒先に吊るしていい?」
「あっ、うん……。ぼうっとして、ごめんね」
「ああ。花恋様は、本当にかわいいね」
なぜか嬉しそうなノワルを見たら、淡い苦みはするりと喉を通り抜けていく。今度は胸がきゅうきゅう音を立てて愛おしさがこみ上げてくる。
ノワルに戻そうとした風鈴をもう一度見つめる。
気づいたら風鈴にキスをしていた。
——ぽわん。
小指と風鈴が金色に輝くと、風鈴にピンク色の小さな花が鯉のぼりの間にいくつも描かれていた。
「……へっ? なんで?」
驚いてノワルを見上げる。目が合ったノワルはにこやかに笑った。
「さあ? なんでだろうね?」
意味ありそうな言いかたが気になったけど、ノワルは何事もなかったように、私の手のひらにあった風鈴を取ると軒先に吊るしていた。
どこからか吹いてきた風で、風鈴がかろやかに鳴った——。
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