28 / 95
結界を泳ぐ
聖女は冒険の旅に出る
しおりを挟む甘い唇が離れてもぽやりとノワルを見つめたままでいると、目を細めたノワルがくすくす笑いながら小鳥みたいに唇の先で、ちゅっと音のするキスをおでこやまぶたに何回も繰り返す。
小鳥のくちばしみたいに尖った唇が軽く触れるとすぐに離れていく。何度も繰り返されるキスからノワルの愛おしさをいっぱい感じて、胸がきゅうきゅう甘く音を鳴らす。
なんだかとってもノワルに触れたくて、手を伸ばすと絡めるようにつないでくれる。その仕草や体温に、また胸がきゅうきゅうと切なくなっていく。
「ん、かわいい」
薄く目を開けたらノワルと目が合って、ちゅっと頬にキスされる。ノワルの髪が頬をくすぐって、笑みが溢れると自然と見つめ合って笑ってしまう。
「カレン様、そろそろ出発してもいいでしょうか?」
「ひゃあ……っ」
びくっと肩を揺らしてしまう。
ベルデさんと話し合いをしていたはずのロズとベルデさんが気づいたら近くにいて、心臓が飛び出るくらい驚いた。
「んん、かれんさまー、めっなのー」
「ごめん……」
「ラピスおいで」
「にいにーだっこなのー」
大きな声を上げたらむにゃむにゃ天使がノワルにひょいと抱っこされて、去っていってしまった。さ、さみしい……。
私はロズに腕を引かれ立ち上がり、どぎまぎしながら気になっていることを口にする。
「ロ、ロズ……えっと、いつから見ていたの?」
「そうですね。カレン様が口元を覆っていた手を外したあたりですかね」
「ひゃああ! それってほとんど全部ってことだよね……っ!」
「ずっと見ていたわけではありませんよ。こちらも色々話すことはありましたから」
本当に? と期待をこめてベルデさんに視線を移すと、真っ赤な顔のベルデさんの視線が宙を彷徨っていてまったく目が合わない。
ロズをじとりと睨むと、綺麗に口角を上げて艶やかに笑う。
「まったくカレン様は仕方がないですね。ベルデ殿には、きちんと結界の効果を説明しておきましたよ」
「あっ……」
さっきベルデさんは早く好きな人のところに帰りたいって思っていたのに……。
自分が情けなくて、ベルデさんやロズに申し訳なくて、目尻に涙がたまる。
「ベルデさん、ごめんなさい……。早く帰りたいの分かってたのに……」
「いやいや、いいんだ! カレン殿の持っている結界の魔道具の効果をロズ殿に聞いた! あと一年ならと思って、覚悟して彷徨いの森に入ったんだ。ロズ殿と話した様子だと、俺は村を出て、一ヶ月も経たないで勝利草を持って村に戻れる。——それならきっと間に合うはずだ」
ベルデさんはニカッと大きく朗らかに笑う。
「だから、口づけのひとつやふたつしたって構わない」
「わあああ……っ! やっぱり見てたんじゃないですか!」
真っ赤な顔で叫んだら、ラピスに「めっなのー」とまた叱られてしまった——。
その後、すぐにマジックバックに全てを収納してベルデさんの村を目指して歩き始めた。
ラピスは私の大声に目が覚めてしまったようで、今はベルデさんに肩車をしてもらいながら彷徨いの森を歩いている。ベルデさんは分かれ道の度に目印をつけていたらしく、目に眩しい青葉の中を迷うこともなく進んでいる。
「カレン殿、まもなく彷徨いの森を出るところだ。すべてカレン殿たちのお陰だ……。本当に本当に、なんとお礼を言ったらいいのか——ありがとう!」
「いえ、私はなんにもしてないですよ? 魔力池を見つけたのも、勝利草を教えてくれたのも、魔物を倒したのもノワルとロズとラピスだから、お礼なら三人に言って下さい」
そう伝えたのに、ベルデさんにガシッと手を握られ、ぶんぶんと勢いよく上下に振る。目元に涙をうっすら浮かべたベルデさんが感極まったように、握っていた手を離し、私の身体を抱きしめようと腕を大きく広げてせまって来た。
あまりに突然の出来事に、心臓が固まったみたいに驚いて声も出せないでいると、身体が引き寄せられ瑞々しい若葉の匂いが鼻を掠める。
「めっ! めーーーっ! かれんさまはぼくたちのなのー!」
大きな声に視線を向けると、頭の上に座っていたラピスがベルデさんの緑色の髪をものすごい勢いで、ぐいっと引っ張っている。
はっと慌てた様子でベルデさんの腕の動きが止まったのが分かり、ロズの腕の中でほっと安堵の息を吐いた。
「いや、その、悪かった。カレン殿、あまりに嬉しくてな。その、すまない……」
「めっなのー! かれんさまも、めっなのー」
また天使に叱られてしまって、しゅんと落ち込んでいると、悩ましげなため息が聞こえてきた。
「……カレン様」
「ご、ごめんなさい……」
ちゃんと謝るつもりが出てきた声は思ったより小さくて掠れていた。ロズに呆れられたと思うと、じわりと目に涙が浮かんで目の前の赤い色が滲んでいく。
腕が腰に回され抱き寄せられると、ロズの匂いと体温に包まれる。
細い指が頬をなぞりながら耳朶へ手を差し込まれ、ロズを見るようにうながされる。ロズの細い指が目尻の涙を優しく拭う。
「カレン様、こういうときはなんて言うのか、もうお忘れですか?」
「……ありがとう」
どういたしまして、と艶のある声が耳に届くと同時にぎゅっと強く抱きしめられる。ロズが落ち着くように背中をさすり続けてくれて、その優しい手つきに愛おしさがこみ上げてくる。
「カレン様は隙だらけですね」
「……ごめんなさい」
「カレン様は目が離せないですね」
「……ごめんなさい」
呆れた言葉なのに、ロズの声がすごく優しくて、愛おしいと言われているみたいに思えてしまい、おずおずと顔を上げると甘い赤色の瞳と目が合った。その瞬間、どきん、と胸が強く高鳴った。どきん、どきん、と心臓が大きく跳ね上がる音がする。
ロズの大好きな赤い瞳をまっすぐに見つめる。
「うん、だから……ちゃんと見ててくれる?」
そう言うと、ロズがきつく私を抱きしめて胸に押しつける。ロズの匂いにゆっくり力が抜けていく。
「カレン様は、本当に仕方ないですね」
ロズの甘い柔らかな声が耳元に優しく届いた。
1
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説

捕まり癒やされし異世界
波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。
飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。
異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。
「これ、売れる」と。
自分の中では砂糖多めなお話です。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます

騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

【本編大改稿中】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!
七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。
この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です
花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。
けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。
そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。
醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。
多分短い話になると思われます。
サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる