26 / 95
結界を泳ぐ
聖女は薬草に驚く
しおりを挟む彷徨いの森をざわざわと吹き抜けた風が、ラピスのくるんくるんな髪をさらりと揺らす。病いの話を聞いたからなのか、風の音に怖さを感じて身体を両腕で抱くと、ラピスが膝の上にちょこんと座った。
ラピスの癒される青い瞳に、じっと見つめられる。
「かれんさまー、ぎゅうしてあげるのー」
「うん、ありがとう……っ」
天使と向かい合って抱きしめると、ラピスの優しい雨上がりの匂いとほっとする体温を感じて、知らない間に気を張っていたのが抜けていく。
ラピスのくるんくるんの柔らかな髪の感触を頬に感じた後に、ベルデさんに視線を戻した。
「ベルデさん、その瘴気の病いというのは、どういう病いなんですか?」
「ああ、最初は元気がないような状態が続いて、その内、ぼんやりとして、無気力になっていくんだ。最期はな、瞳に生気がなくなり、生きているのに死んでいるみたいになるんだ」
「そんな……」
なにそれ。亡霊みたいで怖い。
自分の好きな人がどんどん生きる気力をなくしていくのを見るのってすごく辛かっただろうな。私だってラピスやロズ、ノワルがそんな病いになったらと想像するだけで泣きそうになってしまう。
村を飛び出して軽装のまま彷徨いの森に入ってくるぐらいだから、ベルデさんの好きな人の状態はよくないんだろう。早く薬草を見つけてあげたい。
気づいたらラピスをぎゅっと抱きしめていて、くるんくるんの髪の毛に埋もれていた。
なにこれ。柔らかくていい匂いに癒される……。ラピスに元気をもらい、ゆっくり顔を上げる。
「ベルデさん、その瘴気の病いに効くのは、どんな薬草なんですか?」
聖獣が瘴気を浄化できるなら、それで何もかも解決になればいいけれど、絶対の保証があるわけではない。むしろ、その病いに効く薬草があるのなら薬草をちゃんと見つけて採っていく方がいいと思う。
村に蔓延している病いなら薬草も沢山必要だろうし、みんなで探したら沢山見つかるかもしれない。
ベルデさんは大きく頷いて私を見る。
「彷徨いの森では『ショウリソウ』といわれる薬草なんだ」
「ショウリソウ?」
初めて聞く薬草の名前に私はそのままオウム返しでたずねる。
「ああ、万病に勝つことが出来るから『勝利草』と呼ばれているんだ」
「わあ……っ! すごい薬草があるんですね。どこに生えているんですか?」
ベルデさんがニカッと明るく笑い、ぽりぽりと頭をかいた。
「それがな、わからん!」
「…………。へっ?」
あっけらかんとそう言い放ったベルデさんに、私はあっけに取られた。
「いやな、まったく分からないわけじゃないんだ。彷徨いの森の外では効果は落ちるんだが、『ショウブソウ』として生えているからな」
「ショウブソウ?」
「そうだ。病気に勝負を挑んで、勝ったり負けたりするから『勝負草』なんだ」
「なんか、勝利草より効き目が随分と悪そうですね……」
私がそう言うと、ベルデさんは大きく頷いた。
「同じ薬草なんだけどな、彷徨いの森に生えているものは効果が全然ちがうんだ。でも『勝負草』は池や川の湿地に生えているから、ここの川も探してたんだ。まあ、夢中になりすぎて赤熊に襲われちまったんだけどな」
くしゃっと笑いながらベルデさんは話を続ける。
「彷徨いの森の中にな、勝利草が生えまくってる魔力池があるらしいんだ」
「勝利草の池! じゃあ、それを見つけたらいいってことですね!」
「理想はそうなんだけどな。ここ最近見かけたって話は聞かなくて、いまは幻なんじゃないかって言われてるんだよな……。だから地道に水辺を見つけて、探すのがいいと思うんだ」
「そうなんだ……」
なんだ、幻の池なのか。残念だな。
でも、そうだよね。いま最優先するべきは、あるかどうか分からない幻の池を探すより、少しでもいいから勝利草を見つけることだよね。
「あっ、勝利草ってどんな特徴のある薬草なんですか?」
「ええっとな、まっすぐに平たくて細い剣のような尖った草だ」
「意外と普通の草なんですね」
「まあな、見た目は地味な草だな。ああ、そうだ。勝利草によく似た草があるから注意してくれるか」
ベルデさんの緑の瞳が心配そうに揺れる。うん、ベルデさんに変なところを見られているから心配になるのは分かるし、少し申し訳なく感じるけど、多分私はみんなと一緒に探すから大丈夫だと思うんだよね。
大丈夫だという気持ちを込めて大きく頷くと、ベルデさんはニカッと笑う。やっぱり大型犬みたい。
「それでな、よく似た草は、白色や紫色の鮮やかな目立つ花が咲いているんだがな、勝利草は、花が蒲の穂のような薄黄緑色で、すごく地味なんだ。あと最大のちがいは——邪気を祓うような爽やかな強い香りを持つこと、だな」
ベルデさんが言い終わると同時に私は叫んだ。
「えええっ!」
「おおっ? カ、カレン殿、突然どうした?」
「んん……、かれん、しゃま……おおきなこえは、めっ、なのー」
大きな声に目の前のベルデさんは目をまん丸にしていて、ラピスは知らない内に眠っていたらしい。とろりと眠そうな青い瞳に見つめられる。
むにゃむにゃと叱られてしまった。怒ってもかわいいなんて、やっぱり天使に違いない。
「ラピス寝てたんだね。大きな声を出して、ごめんね」
「いいよ……なのー。なでなで、して、なのー」
天使の可愛いおねだりに青いくるんくるんの髪を優しく撫でると、かれんしゃま、すきなの、とふにゃりと笑いながらすうすう寝息を立て始めた。か、かわいい。
可愛くて仕方のない私の天使の髪を撫でながら、心を落ち着かせる。だって、だって、ベルデさんの探している勝利草って、きっと——。
どうしよう!
嬉しくて、本当に嬉しくて、胸のどきどきを抑えられない——。
1
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説

捕まり癒やされし異世界
波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。
飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。
異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。
「これ、売れる」と。
自分の中では砂糖多めなお話です。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます

騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

【本編大改稿中】五人のイケメン薔薇騎士団団長に溺愛されて200年の眠りから覚めた聖女王女は困惑するばかりです!
七海美桜
恋愛
フーゲンベルク大陸で、長く大陸の大半を治めていたバッハシュタイン王国で、最後の古龍への生贄となった第三王女のヴェンデルガルト。しかしそれ以降古龍が亡くなり王国は滅びバルシュミーデ皇国の治世になり二百年後。封印されていたヴェンデルガルトが目覚めると、魔法は滅びた世で「治癒魔法」を使えるのは彼女だけ。亡き王国の王女という事で城に客人として滞在する事になるのだが、治癒魔法を使える上「金髪」である事から「黄金の魔女」と恐れられてしまう。しかしそんな中。五人の美青年騎士団長たちに溺愛されて、愛され過ぎて困惑する毎日。彼女を生涯の伴侶として愛する古龍・コンスタンティンは生まれ変わり彼女と出逢う事が出来るのか。龍と薔薇に愛されたヴェンデルガルトは、誰と結ばれるのか。
この作品は、小説家になろうにも掲載しています。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です
花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。
けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。
そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。
醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。
多分短い話になると思われます。
サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる