25 / 95
結界を泳ぐ
聖女は指折り数える
しおりを挟むノワルは渋ったけど、膝の上から下りて正座をして座り直した。みんなの協力もお願い出来たので、薬草探しを頑張るぞって意気込みを瞳にたたえてベルデさんを見つめる。
「そういうわけなので。ベルデさん、薬草について教えて下さい」
ベルデさんの顔の赤みはひいて、今度は顔に明らかな困惑が浮かんでいた。
「いや、ちょっと、待ってくれ。どうして一緒に薬草を探すことに決まったんだ?」
「だって気になるじゃないですか……。ベルデさん、薬草も食べ物も持ってないし。それに、こんな危険な彷徨いの森に来てまで、好きな人に薬草を持ち帰りたいってことは、その人は、なにか大変な怪我や病気なんでしょう?」
私が問いかけると、ベルデさんがこぶしを握って、くぐもった声で言葉を絞り出す。
「ああ、そうだ……。彷徨いの森の薬草がないとあの方はもう長くはもたないんだ。だから、俺は、俺は……」
敷物を見つめて話すベルデさんの目には、俯いたままでも憔悴した色が浮かんでいる。
「じゃあ、一緒に探しましょう!」
「なんでだ? さっき会ったばかりのカレン殿達が、どうしてそこまで俺にしようとするんだ? 得をするようなことなんて、一つも無いだろう?」
「ええっ? いっぱいありますよ!」
私の言葉にベルデさんは弾かれたように私に視線を向ける。
「一つ目、ベルデさんが死んでいないか心配しなくていい。二つ目、ベルデさんが薬草見つけたのか心配しなくていい。三つ目、村に帰るまでに魔物に襲われていないか心配しなくていい。四つ目、好きな人に薬草を無事に届けたのか心配しなくていい。うん、四つも良いことがあります!」
指を折数えて話し合えて、ベルデさんに顔を向けると、これ以上ないくらい目を見開き、口をあんぐり開けているベルデさんと目が合った。
「へ……? それだけ?」
ベルデさんから、そっと視線を外す。
ごめんなさい、本当は五つ目もあって、好きな人を見てみたいとか、その好きな人がちゃんと怪我か病気が治ったどうかとか、二人の恋の行方が気になるとか、あっ、それだと全部で七つになるかもしれない。
「ベルデ殿、早く諦めて薬草をお願いしたほうがいいですよ。あんまりのんびりしていると、カレン様なら好きな人が見たいとかお二人をくっつけようとか言い出しかねません」
「「えっ?」」
ベルデさんと綺麗にハモった。
「ロズ、ど、どうして分かったの?」
「カレン様は分かりやすいですからね、お顔に書いてありますよ」
恥ずかしくて頬をぐにぐにと揉んでいると、ロズがくすりと笑みを浮かべていて、心臓がどきんと跳ねる。
「消してあげましょうか?」
「ふえっ? 本当に書いてあるの?」
「ええ、ハッキリと」
顔に出やすいという意味ではなく、本当に顔に文字が書いてあるなんて恥ずかしい。と言うより、なにそれ、やだ。異世界って恐ろしい。薄っすら瞳に涙がたまって来る。慌てて、こくこくと大きく頷くと、するりと細長い指が頬をなぞる。
「じゃあ、瞳を閉じて」
「うん……っ」
慌てて目をぎゅっと閉じると、頬をなぞっていた指が耳朶の方にするりと入ってきた。指が耳朶を掠めた時に肩が揺れてしまう。
ロズにうながされて顔を上げると、ふわりとロズの匂いが近づいて、あれ、と思った瞬間。
「ぶはははは……っ!」
ベルデさんの大きな笑い声に、ぱっと目を開くと、睫毛が長くて綺麗なロズの顔が、まるでキスするみたいに目の前にある。思わず息を呑むと、もう一度、ぶはっ、と噴き出した音が耳に届く。ベルデさんは、ニカっと笑っている。
「カレン殿っ! なんだかカレン殿達を見ていたら、なんとかなるような気がして来た。あの方にも、俺じゃなくていい、元気になって好いた方と冗談を言い合って、また笑って欲しいんだ。どうか、薬草を探すのを手伝って欲しい!」
「はい、もちろんです!」
そう大きく頷くと、頬に触れる甘い感触に目を向ける。
綺麗な笑みを浮かべるロズが耳元に触れるか触れないかギリギリまで、唇をよせてきた。
「いつでも消してあげますよ」
「……っ!」
揶揄うような甘い声に、顔が一気に熱を持つ。ロズの意地悪、と叫んで肩をぽかぽか叩くと、満足そうに頷くと花が咲いたみたいに微笑み、それを見たベルデさんがニカっと笑った——。
ベルデさんは、さっきまでの憔悴した様子は消えて、どこか吹っ切れたみたいに目に光が浮かぶ。きっと回りを照らすような明るさがベルデさんの本来の姿なんだろうなと思う。
「俺の村は、カルパ王国の地図にも載っていないような片隅にある村なんだ。街道からも遠く離れていて、村の入り口までも道のりが険しいが、瘴気が濃くなる前は、それなりに豊かなで平和な村だったんだ」
そこで一度息を吐くと、ベルデさんの眉間にしわが寄った。
「けれど、ここ数年で瘴気が一気に濃くなった。村の作物は育たなくなり、村の周辺にも魔物が頻繁に現れるようになったんだ。瘴気が村にも流れて、病気になる者が次々と増えていった。それでも、最初は村や回りの薬草を使っていたんだがな……。瘴気が濃くなると薬草は生えん。村の病に伏せる者は増える一方だ……その中に、あの方もいらっしゃる」
ベルデさんの声が震える。
「こんなに瘴気が濃いんだ。きっと瘴気を浄化する聖獣と聖女が召喚されるが、王都の中心から浄化していくんだ。俺たちの村まで浄化を待っていたら、あの方はもう間に合わない。俺は、あの方が苦しむのはもう見たくなくて、気づいたら村を飛び出して……彷徨いの森に入ってたんだ」
ベルデさんの緑色の目元が、辛そうに歪むのが見えた。
彷徨いの森を時折吹き抜ける風が、木の葉をざわざわと揺らし、悲しげな音を響かせていた。
1
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説

捕まり癒やされし異世界
波間柏
恋愛
飲んでものまれるな。
飲まれて異世界に飛んでしまい手遅れだが、そう固く決意した大学生 野々村 未来の異世界生活。
異世界から来た者は何か能力をもつはずが、彼女は何もなかった。ただ、とある声を聞き閃いた。
「これ、売れる」と。
自分の中では砂糖多めなお話です。

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます


【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
【完結】処刑後転生した悪女は、狼男と山奥でスローライフを満喫するようです。〜皇帝陛下、今更愛に気づいてももう遅い〜
二位関りをん
恋愛
ナターシャは皇太子の妃だったが、数々の悪逆な行為が皇帝と皇太子にバレて火あぶりの刑となった。
処刑後、農民の娘に転生した彼女は山の中をさまよっていると、狼男のリークと出会う。
口数は少ないが親切なリークとのほのぼのスローライフを満喫するナターシャだったが、ナターシャへかつての皇太子で今は皇帝に即位したキムの魔の手が迫り来る…
※表紙はaiartで生成したものを使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる