【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣

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結界を泳ぐ

聖女は異世界人と話してみる

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「はひがとう、ござひまひゅ……」

 もごもごとお礼を言い、大柄な男性に差し出された黄土色の布を受け取ろうと手を伸ばしたのに、気づいたら馴染みのある白いティッシュを握っていた。
 目を瞬かせていると、盛大なため息が頭の上で聞こえた。

「カレン様、知らない人から物を貰ってはいけないと教わりませんでしたか?」
「はひ、ごめんにゃさひ……」

 窺うように見上げると、何とも悩ましげに眉をひそめ、色気を漂わせたロズが軽く睨んでいる。何だろう、色々と心臓によくない。色気纏い禁止法を発令したくなる。

「カレン様は、無防備すぎです」
「はひ、ごめんにゃさひ……」
「それに、まずは口の中の種を出して下さい」
「あっ、はひ……」

 慌てて山桜桃ゆすらうめの種を取り出そうとしたら、手に持っていたはずのティッシュが白い塊に変わっていた。自分の間抜けさが情けなくて、顔が赤くなるのが分かった。
 困ってロズを見上げれば、色気を含んだ悩ましいため息が降って来た。

「仕方がないですね」

 ロズがすっと身体を支えると、いつのまにか立ち上がっていた。もう一度、ティッシュを差し出してくれるので受け取ろうとすると、ロズの手がするりと避ける。
 種が取り出したいのか、ロズの意地悪になのか分からないけれど、目元に薄っすら涙がたまる。

「カレン様は危なっかしいのですよ。御守りするこちらの身にもなって貰いたいのですけど——」

 色気をたっぷり含む眼差しに耐えきれず、視線を泳がせると春の柔らかな陽射しでロズの赤い髪がキラキラとルビーみたいに輝かせている。
 綺麗だなと見惚れてしまうと、ロズが口を覆っていた私の両手を掴んで指を絡ませて来て、心臓がどきりと跳ねた。

「カレン様、……聞いてますか?」

 耳まで赤くなった顔でこくこく大きく頷くと、仕方ないですねと解放され、私は山桜桃ゆすらうめの木々の裏へ、ぱたぱたと走った——。

「んん……っ」

 ようやく山桜桃ゆすらうめ問題が解決したことで、ほっと胸を撫で下ろし、そして目の前に広がった青々とした景色に、ゆっくり深呼吸をすると、瑞々しい空気が胸いっぱいに広がる。
 澄んだ小さな流れがさらさらと涼しげな水音を立てる様子を眺めていると、ぽんっと大きな手が頭に置かれる。

「花恋様、そろそろ戻ろうか」
「あっ、うん」

 ゆっくり見上げると、ノワルの優しげな笑みに見つめられていて、視線が合った途端に照れてしまい思わず俯いてしまう。ノワルに優しく引き寄せられ、陽だまりの匂いに包まれる。
 柔らかな感触を頭の上で感じた後、優しい声が降って来た。

「ロズがお昼の用意をしているから、そこでゆっくり休もうね」

 戻ると木陰に敷物が敷いてあり、ラピスが寛ぐように座っている。
 すっかり忘れていたけど緑色の髪と瞳をした、がっちりした大柄な男性が私とノワルを見つけると気迫溢れる様子でこちらに向かって来る。
 黄土色の布を受け取らなかったことを思い出して、ノワルの手をぎゅっと握ると、繋いだ手を持ち上げて手の甲にキスを落とされる。

「ひゃあ!」

 予想外の出来事に思わず変な声を上げてしまう。
 私の声に大柄な男性の動きも止まり、聞こえていた事実に顔が赤らんでいくのが分かる。
 知らない人に変なところを見られたのが恥ずかしくて、八つ当たりみたいに、ぽかぽかと片手でノワルの胸を叩くと、くすくすと笑って頭をあやすように撫でられる。

 ごほんという咳払いの音に、ぱっと視線を向けると緑色の瞳と目が合った。春の日差しで日焼けしたのか、ほんのり顔が赤い。

「助けてもらった礼を言わせてくれ。俺はベルデって言うんだ」
「えっと、私は何もしてないですよ……」
「ラピス殿が赤熊レッドベアーを倒してくれなかったら、俺は今ここにいないはずだ。あんたが魔物の気配に気づいたから、ここに来たって聞いたんだ。——本当にありがとう」
 
 そう言ってニカッと笑うと、ベルデさんはずんずん近づいて来ると両手でガシッと握手をして、繋いだ手をぶんぶんと上下に振り出した。勢いがすごくて自分も揺れながら、ノワルが吹き流しマジックバックにしまった赤い毛むくじゃらは赤熊レッドベアーという魔物なんだと思うと、どんな反応をすればいいのか困って固まってしまう。

 困ったままベルデさんを見ると、先程は気づかなかったが腕に切り傷が沢山あるし、おそらく赤熊レッドベアーの爪で切り裂かれた服は酷いことになっているし、血痕も付いていた。

「ひゃ……! ベルデさん、怪我してるじゃないですか!」
「ロズ殿に手当てを手伝ってもらったんだが、手持ちの薬があんまりなくてな。村の薬も無くてな、彷徨いの森に薬草を採りに来たんだ」

 それで襲われたなんて情けないよな、と頭を掻いてベルデさんはニカッと笑う。
 手持ちに薬もない、村にも薬がない。そんなの全然笑えない。

「情けなくないです! ベルデさん、みんなの為に魔物がいる森に薬草を採りに来たんでしょう? それって勇気がある、すごい事だと思います!」

 勢いに任せてベルデさんに言い切った後、ベルデさんが赤面した顔で、ありがとうと小さく呟いた。
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