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結界を泳ぐ
聖女は赤い実に誘われる
しおりを挟むノワルの優しいキスがゆっくりと離れていくと同時にほわりと身体が温かく感じた。耳元でシャラリと涼やかな音が鳴り、空気が澄んだ感覚を感じた。
先程から感じていた妙な胸騒ぎも落ち着いて、ノワルのぽかぽかした陽だまりの匂いも心地いい。
「魔物はいなくなったみたいだよ」
「よかった……」
安心して、ほっと大きく息を吐くと同時に、ふにゃふにゃと力が抜けるのをノワルが支えてくれる。
魔物がいないと聞けば、もう勇気は必要ないけれど、元気も勇気も湧き上がる。ノワルに支えてもらったままの情けない格好で、顔だけキリリと表情を引き締める。
「ノワル、早くロズとラピスのところに行こう!」
ノワルはそんな私を見て、くすくす揶揄うように笑うと、もう一度あやすように抱きしめてくれる。頭の上で柔らかな感触を感じた後、するりと手を絡めるように繋ぎ、ノワルが歩き始めた。
「結界はね、花恋様を中心に四キロくらいの距離を護っているんだよね」
「……。えっ?」
「うん、だから頑張って歩こうね」
思っていたよりずっと遠くに魔物がいたらしい。
ぽかんと口を開けて、目を瞬かせる。
「花恋様が甘えてくれるのが、可愛くて言いそびれたんだよね」
驚いて目を見開き、ただただノワルを見つめると、ノワルは揶揄うようにパチンとウインクを投げて来た。
「……っ!」
「花恋様、耳まで真っ赤でかわいい」
美青年のウインクは心臓に悪い。ものすごく悪い。
心臓がありえない速さで鼓動を打ち、耳が痛いのに、横からの熱い視線も感じてしまい、逃げるように早足で歩いていく。ロズとラピスにも早く会いたい。
ノワルの笑う気配を背中に感じた。
くねくね曲がる道をひたすらに歩いていくと、花の匂い、水の音、風の音が誘うように聴こえてくる。それに誘われるように足を踏み入れると、真っ赤な山桜桃が迎えてくれる。
「ロズ!」
真っ赤な髪のロズを見つけて駆け出せば、ロズが赤い瞳を優しく細めて両手を広げてくれる。迷いなく飛び込めば、見た目は細いのに、力強くぎゅっと抱きしめられ、若葉の瑞々しい香りと一緒に包み込まれる。
「ロズ、怪我してない? 痛いところない? 何にも出来なくて、ごめんね」
「カレン様、こういう時は、ありがとうって言うんですよ」
「うん、そっか、そうだよね……。ロズ、守ってくれて、ありがとう……」
「はい、よく出来ましたね。でも、ラピスが張り切ったので、魔物を倒したのはラピスですよ」
困ったような表情を浮かべるロズに首を振る。
「そんなことない! 私、魔物がいるって聞いて、怖くて震えるだけで、一歩も動けなかったもん。魔物に立ち向かうなんて、それだけですごいよ!」
ロズの赤い瞳を見つめて伝えると、ふわりと花が咲いたみたいに笑う。
「かれんさまー! ラピスがやっつけたのー!」
ててっと走って来たラピスが、えっへんと胸を張って教えてくれる。くるくるの髪を優しく撫でるとふにゃりと笑い、抱きついてくる。
「ラピスありがとう! ラピスは小さいのに凄いんだね」
「えっへんなのー!」
ラピスはまだ興奮しているようで、今度はヒーローポーズを次々に見せてくれる。
その様子に癒されて、回りを見渡す余裕が生まれる。
先程感じた水の音は、小さな川のせせらぎの音だったらしい。山桜桃の木々が何本も生えており、食べてと誘うように小さな真っ赤な実を揺らしている。
視線の先にノワルとロズがいて、赤い大きな毛むくじゃらな塊が見えたと思ったら、ノワルの吹き流しマジックバックにひゅんと一瞬で収納された。
(もしかして、あんな大きいものが魔物……?)
ふるりと身体が震え始めたと思った瞬間。
「かれんさまー、これおいしいのー!」
ラピスが小さな手のひらに真っ赤な山桜桃を乗せている。
「あーん、なのー!」
小さな指で小さな山桜桃を摘み、背伸びして私の口に入れようとしてくれる仕草に身体の震えは止まり、代わりに胸のキュンキュンが止まらない。
しゃがみ込み、口を開くと、ラピスが山桜桃をぽんっと放り込む。
「ん……っ! 甘酸っぱくて美味しい!」
「ねーなのー。おいしいのー」
ラピスが次々に山桜桃を口に入れてくれるので、あっという間に口の中が種でいっぱいになってしまう。
手で口を押さえながら、もごもごとラピスに話しかける。
「らひす、くひに、たねにゃ、いっはひ、なの……」
「かれんさまーなんていってるの、なのー? もうひとつ、あーんなのー!」
今度、口を開けたら種が溢れちゃうと両手で口を押さえて、無理だと示すように、ふるふると首を振る。
きょとんと首を傾げるラピスの横からスッと黄土色の布を差し出される。
見慣れない腕に疑問を覚えて見上げれば、緑色の髪と瞳の大柄な男性と目が合った。
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