【完結】甘やかな聖獣たちは、聖女様がとろけるようにキスをする

楠結衣

文字の大きさ
上 下
12 / 95
森を泳ぐ

聖女は菖蒲の違いを学ぶ

しおりを挟む


 二人の間に優しい沈黙が流れる。
 菖蒲しょうぶの池を風がさらさらと渡って、菖蒲の花を揺らす音が聞こえる。
 ほてった頬を爽やかな風が撫でていく。

「ノワルお兄様、誤解は解けたようですね。さあ、ご飯にいたしましょう」
「かれんさまーノワルは、にいになの」
「三兄弟だったんだね!」

 ロズとラピスが手に持った竹かごをノワルに渡しながら話しかけてくる。
 ノワルが頭の上で笑う気配がする。二人にとっていいお兄ちゃんなんだなと思うと、ほわりと温かい気持ちになった。
 
「花恋様、温かい内に食べよう。弟たちの料理は絶品なんだ」

 ノワルの膝の上から降りようと思ったのに、腰に回された腕に力が篭る。驚いて、視線を向けるとにこりと笑みを浮かべるノワルと目が合った。
 
「膝の上で自分で食べるのと、敷物の上で俺が食べさせるの、どっちがいい?」
「それって、どっちも恥ずかしいと思う……」
「そう? 本当は膝の上に乗せたまま、食べさせたいんだけどな」
 
 思わずぽかんと口を開けてしまった。
 その選択肢には、敷物の上で自分で食べるという一番普通の選択肢が入っていない。
 どちらも選べなくて熱くなった顔で困っていると、くすくす笑いながら竹かごを渡される。

「花恋様って本当にかわいいよね。これ以上、花恋様を一人占めにするとロズとラピスが拗ねちゃうからね」
「う、うん……?」

 そう言うと、するっとノワルの膝の上から敷物に下ろされる。

「カレン様のお口に合うといいのですが……」

 長いまつ毛を伏せて、はにかむロズは本当に愛らしい。
 手元に乗せられた竹かごをじっと見つめる。
 竹を編んで作られた編み目の美しい竹かごは、底がじんわりと温かい。
 とろりとした飴色の蓋をそっと開けてみた。

「ロズ、すごい!」

 勢いよくロズを見つめると、ふわりと花が咲いたように笑う。

 和風な竹かごの中には、意外にもハンバーガーセットが入っていた。
 意外な顔をしている私を見つけたロズからカルパ王都はパンが主食だけど、王都から離れると地域の特徴によってさまざまな食文化が発展していて、米やパスタなんかもあるらしいーー食文化は、元の世界とそこまで違いがないそうだ。
 竹皮を敷いて、焼かれたバンズに肉汁溢れそうなパティとチーズ、瑞々しいトマトやオニオンなどの野菜が挟んである。中身がずれないようにピンク色の鯉のぼりピックが刺さっていた。
 更に波形のフライドポテトと竹の器にミニサラダが盛り付けされている。

「風情があって、とっても素敵だね! ロズ、ありがとう! いただきます!」

 見た目が可愛いだけじゃなく、ハンバーガーは絶品だった。
 粗挽きのパティは、食べ応えも肉汁もたっぷりだったし、バンズも挟む具材の美味しさをそっと引き立てるようなフワフワの食感。トマトやレタスの瑞々しさが加わって、最後の一口まで美味しく味わうことが出来た。

 ペロリと食べ終えた私に、ロズが竹の水筒から竹の器によく冷えたお水を注いでくれる。口に含むと竹の青々しい爽やかな香りが鼻を抜ける。
 目の前の池に広がる花菖蒲に目を向けると、池の一面に鮮やかな彩りの花が咲き、穏やかな時間が流れていく。

「カレン様、この池の菖蒲しょうぶの葉をいくらか採取して行こうと思いますが、いいでしょうか?」
「うん、いいよ。何かに使うの?」
菖蒲しょうぶ湯に使おうと思います。彷徨いの森の薬草は効果が高いのです」
「あっ、子供の日に入るやつだね!」

 ゆったりとした休憩を終えて、池のほとりに近づくと水がとても透き通っていて驚いてしまう。
 ノワルとラピスは片付けをしてから合流するというので、ひと足早く二人で池にやって来たのだ。
 綺麗に花が咲いている菖蒲しょうぶを指差して、ロズを見上げる。

「ロズ、この菖蒲しょうぶの葉っぱを採ればいいの?」
「いえ、この花が咲いているのは花菖蒲しょうぶで、菖蒲しょうぶ湯に使うのは葉菖蒲しょうぶで全くの別物なんですよ」
「えっ、そうなの?」

 ロズが口角を綺麗に上げると、優しく腕を引き寄せる。
 少し池のほとりを一緒に歩くと、ロズが葉っぱだけの菖蒲しょうぶを指差した。

「こちらが葉菖蒲《しょうぶ》です。元々は、菖蒲しょうぶと言えば、こちらの葉菖蒲しょうぶだったのですが、葉っぱの形が似ている花菖蒲しょうぶの印象が強くなったので、二つを区別するために、『葉菖蒲しょうぶ』と『花菖蒲しょうぶ』と呼ぶようになったのです」

 ロズが指し示した二つの菖蒲しょうぶを見比べてみると、剣のような尖った葉っぱがそっくりだった。
 教えてもらった葉菖蒲しょうぶの花は、ヤングコーンを穂にしたような、薄黄緑色の目立たない地味な花を咲かせている。

「へえ、全然違うんだね!」
「そうなのです。花菖蒲しょうぶはカレン様が菖蒲あやめと間違えていたように、アヤメ科の植物です」
「ええっ? ややこしい……」
「そうなのです。『いずれ菖蒲あやめ杜若かきつばた』と言うことわざがあるように、見分けがとても難しいのです。菖蒲あやめ杜若かきつばただけでも分かりにくいのですが、ここに花菖蒲しょうぶも加わって三つ巴状態ですね」

 驚きのまま目を大きく開いてロズに視線を向けると、ロズがふっと笑みを零した。

「今は、葉菖蒲しょうぶが分かれば十分ですよ。カレン様も採取してみますか?」
「うんっ! やってみたい!」

 ロズに教えてもらい葉菖蒲しょうぶの根の元から刈り取るように採取する。
 根に香りの成分が沢山含まれているので、根本から芯が抜けてしまわないように気をつけて採っていると、あのゆったりとした懐かしい香りが辺り一面に立ち込める。

「そういえば、カレン様はどうして葉菖蒲しょうぶを湯に浮かべるか知っていますか?」

 何となくそういうものと思っていたので、ふるふると首を横に振る。

「邪気を払い魔物を祓うような爽やかな香りを持つ薬草ということと、そのまっすぐな葉が刀に似ており、男の子に縁起のいい植物とされたためです」

 ロズのルビーのような赤い瞳に見つめられると、心臓がトクンと、ひとつ音を立てた。

「その後、時代が武家社会になると『菖蒲しょうぶ』を、武道や軍事などを大切に考える『尚武しょうぶ』にかけた武士を尊ぶ尚武の節句になり、今でも強い香気による厄払いという意味の込められた『菖蒲湯』が伝統として残っているのですよ」
 
 神秘的な芳香が立ち込める。
 美しい顔立ちのロズに魅入られるようにぽんやり見つめると、ロズが困ったように笑みを浮かべる。

「カレン様……、そうやって見つめられると照れてしまいます……」
「ふあっ! ご、ごめんなさい……」

 ロズの細くて長い指が、するりと頬を滑っていく。
 熱っぽい瞳に見つめられると、恥ずかしくて頬に熱が集まるのが分かる。

「いいえ、違います。毎日毎日、カレン様が見上げてくださるのを楽しみにしていました。でも今は、同じ目線で見合うことや触れること、それに私の言葉で赤く頬を染めるカレン様が愛おしくて困ってしまうと言う意味ですよ」

 頬をすべるロズの手に、自分の熱い手を重ねると、ロズが目をみはった。

「——私もずっとロズのこと見上げていたよ……」

 ロズの熱い吐息が頬にかかる。
 ゆらりと揺れる熱を持つ瞳に射抜かれると、心臓が跳ね上がる。
 ロズの口角が綺麗な弧を描き、これ以上はないほど艶やかな笑みを浮かべる。

「カレン様、好きです——」

 甘い唇が優しくそっと重ねられた。
 ぽわりと小指がほんのりピンク色に煌めいていた——。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

美醜逆転異世界で、非モテなのに前向きな騎士様が素敵です

花野はる
恋愛
先祖返りで醜い容貌に生まれてしまったセドリック・ローランド、18歳は非モテの騎士副団長。 けれども曽祖父が同じ醜さでありながら、愛する人と幸せな一生を送ったと祖父から聞いて育ったセドリックは、顔を隠すことなく前向きに希望を持って生きている。けれどやはりこの世界の女性からは忌み嫌われ、中身を見ようとしてくれる人はいない。 そんな中、セドリックの元に異世界の稀人がやって来た!外見はこんなでも、中身で勝負し、専属護衛になりたいと頑張るセドリックだが……。 醜いイケメン騎士とぽっちゃり喪女のラブストーリーです。 多分短い話になると思われます。 サクサク読めるように、一話ずつを短めにしてみました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

2度と恋愛なんかしない!そう決意して異世界で心機一転料理屋でもして過ごそうと思ったら、恋愛フラグ!?イヤ、んなわけ無いな

弥生菊美
恋愛
付き合った相手から1人で生きていけそう、可愛げがない。そう言われてフラれた主人公、これで何度目…もう2度と恋愛なんかしないと泣きながら決意する。そんな時に出会った巫女服姿の女性に異国での生活を勧められる。目が覚めると…異国ってこう言うこと!?フラれすぎて自己評価はマイナス値の主人公に、獣人の青年に神使に騎士!?次から次へと恋愛フラグ!?これが異世界恋愛!?って、んな訳ないな…私は1人で生きれる系可愛げの無い女だし ありきたりで使い古された逆ハー異世界生活が始まる。 ※登場キャラ「タカちゃん」の名前を変更作業中です。追いついていない章があります。ご容赦ください。2024年7月※

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

処理中です...