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森を泳ぐ

聖女は大切なことを思い出す

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 三人に同時に花菖蒲しょうぶだと言われたことに、驚いて目をまん丸にしていると、ノワルがにこりと笑う。

「花恋様、アヤメを漢字で書くと菖蒲なんだよ」
「そうなの? あれ、じゃあ菖蒲しょうぶ菖蒲あやめも同じ花なの?」
「それが、違うんだよね」
「ええっ? ややこしい……」

 本当だね、と楽しそうにくすりと笑うノワルと目が合った。

「花恋様、そろそろ食事にしようか」

 ノワルはそう言い終わると、吹き流しのマジックバックから敷物を取り出し、ロズと一緒に手際よく池のほとりの草原に敷き始める。
 空を見上げると、太陽はだいぶ高い位置にあった。
 お昼だと思った途端に、お腹が空いて来るから不思議だと思う。

「かれんさまー、いっしょに行くのー」

 敷物を敷き終えたノワルが手招きするのが目に入る。
 ラピスに手を繋いでもらって敷物に到着すると、ノワルが丁寧にブーツを脱がしてくれる。
 恥ずかしくて自分で脱ぐと言うと、へにょんと眉毛をハの字に下げ、悲しそうな顔をするので結局私が折れた形だ。
 今朝もブーツを履かせる時に、このやり取りをしたけれど、美青年が悲しそうな顔をするのは、こちらが悪いことをした気持ちになるから、ずるいと思う。

 敷物の端にちょこんと座った私を見て、ノワルは楽しそうにブーツを脱がし、靴下を脱がしていく。

「な、なんで裸足にするの?」
「足の疲れに効く湿布を貼るからだよ。それとも夜にたっぷりマッサージする方がいい?」

 ノワルのにこりとした笑顔を見て、なぜか背中にぞくりとしたものを感じ、慌ててふるふると首を横に振った。
 くすくす笑いながら、ノワルが吹き流しマジックバックの中から湿布を数枚取り出すと、ふくらはぎにぴたっと貼ってくれる。

「ひゃん……っ」

 予想以上に冷たくて、変な声を上げてしまうと、ノワルがくすりと笑みを漏らす。頬に熱が急速に集まる。
 ふくらはぎと足の裏に湿布を貼り終わると、ノワルが後ろに回り腰を下ろした。するりと腰の横に伸びて来たノワルの腕を見た途端に声を上げた。
 
「ひゃあっ?」
「花恋様って反応がいちいち可愛いよね。疲れただろうから俺のこと、背もたれにしていいよ」

 耳元で囁かれ、肩がびくりと揺れると、ノワルが揶揄うようにくすくすと笑いながら、後ろから私を抱きしめる。
 顔は痛いくらいに熱いし、頭に柔らかくて甘い感触も落ちてくる。心臓が跳ね上がってしまうのに、お日さまのぽかぽかした匂いに包まれる安心感に、身を委ねたくなる矛盾した気持ちも生まれ、慌てて否定するように首を左右に振る。

「変態ノワル、いい加減にして下さい。カレン様が困っています。こちらを手伝って下さい」
「ロズの方が、火魔法も家事魔法も得意だろう」
「私の方が得意ですが、マジックバックがないと何も取り出せないことくらい気付いて下さい。変態鯉のぼり」

 ロズがノワルを睨みつける。
 バチバチと火花が散るようなロズの迫力に、慌てて立ち上がろうとする。

「あっ、あの、私も手伝うよ……っ?」
「だーめ、花恋様は休んでないと駄目だよ」
 
 後ろから回された腕に力が込められ、ぎゅっと抱き締められると動けない。
 背中からノワルの体温が伝わり、あわあわと顔が真っ赤に染まり、耳まで痛い。
 目の前のロズの表情が更に怒りに染まる。ロズの表情を見て、この前忘れていた大切なことを思い出した。

「だ、だめだよ! ノワルはお父さん・・・・なんだから、子供の前で他の女の人とか抱きしめちゃ、駄目なんだよっ! めっ! なんだよ!」

 ノワルに首を向けて、そう伝えると、ノワルがきょとんとした顔をして首を傾げる。
 長くない沈黙の後、くつくつと堪える声が後ろから聞こえ、首を戻すとロズが苦しそうにお腹を抱えている姿が目に入る。

「ノワルがお父さんって……もうっ、ふふっ、カレン様は面白いですね……」
「……。へっ? 大きな真鯉は、お父さんなんでしょう? ノワルはお父さんじゃないの?」

 今度は私がロズを見上げて目を数回瞬き、首を傾げると、ロズが何かに気付いたような表情に変わり、嬉しそうに目を細めた。

「カレン様、手伝って下さると仰いましたよね?」
「あっ、うんっ!」
「今から火の魔法と家事魔法と、魔力を色々と使いますので、キスを……いい?」

 ロズが「いい?」と言い終わるより前に、真っ赤に頬が染まる私に、ロズが顔を寄せると、ちゅ、と柔らかな唇が触れていた。
 小指がぽわりと小さく光るのが、目の端に見えたけれど、呆気に取られた私の口が鯉みたいにぱくぱくと酸素を求める。

「あーずるいのー! ぼくもなのー」

 たたっと走って来たラピスに抱き着かれると、ぷにぷにの唇が押し付けられる。

 ——ぽんっ

 青いもふもふ龍のラピスに変身する。
 翼をパタパタと動かす様子も可愛くて、頭や背中を撫でると、手がもふんっと埋まる。
 優しい雨の匂いがするラピスをもふもふ撫でていると、くるぅくるぅ……と喉を鳴らす小さな音が手に響く。すごく癒される。やっぱりラピスは龍になっても天使だ。

「ラピス、そろそろ手伝って下さい」
「分かったなのー」

 ロズがノワルからマジックバックを預かると、パタパタと翼を動かす青い龍のラピスと去っていく。
 もふもふの青い龍のお尻と尻尾がふりふりしていて、もっと撫でたいなと見つめてしまった。

 ——ぽんっ

 可愛い音がなると、ラピスは元の姿に戻り、ロズと一緒に近くにある石などを使って、簡易の調理場を作ると、マジックバックから鍋を取り出すのを眺めていると。

 もぞりと腰に回された手が動くと、意識がノワルに一気に引き戻される。

「ねえ、花恋様は、俺のこと父親だと思ってたの?」

 身体を半分くらいノワルに向け、へらりと笑って誤魔化そうとしてみると、にっこり笑うノワルと目が合った。

「あのね、俺たちは兄弟だよ」

 ノワルはそう言うと、私の背中と膝の下に腕を入れ、ひょいと自身の膝の上に横抱きにした。
 お日さまのぽかぽかした光の匂いに包まれると、不思議といつも、くたりと力が抜けそうになる。ノワルが優しく頭を引き寄せ、ノワルの胸板にこてんと頭を預けると、心臓がどきりと跳ねるのに、すごく安心する。

「ノワル、ごめんなさい。大きな真鯉は、お父さんなのかと思って……」
「いや、いいよ。ロズの話し方だと誤解してもおかしくないからね」

 横抱きにされたまま、ノワルに頭をぽんぽんと撫でられると、ふにゃりと力が抜けて行くのが分かった。
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