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異世界を泳ぐ
聖女と聖獣の仲直り
しおりを挟む私の目の前で、執事服に身を包んだ黒髪の美青年が、にこやかに説明をしている。
「この国はカルパ王国で、聖女様のいた世界とは異なる異界だよ。カルパ王国は、魔物を発生させる瘴気が濃くなると、浄化する力のある聖獣と聖獣に力を与える事の出来る聖女を召喚する慣例があるんだよ」
あんな事をした黒髪さんと和やかに話をしているのには、沼よりも深い理由がある。
どうやら黒髪さんは一晩中うなされる私を心配して、傍についてくれたらしい。疲れが出て、ほんの少しと横になった途端に、私がすり寄って来たのが嬉しくて暴走してしまったと言い、聖女様の嫌がることはもう絶対にしないと私に差し出してくれたのが、子供が大好きぷるぷるプリンだった。
スーパーで三個まとまって売ってるプリンで、裏の突起をプチっとすると、お皿にぷるんと出てくるお馴染みのアレを美青年の執事が恭しく運んで来たのだ。
浮世離れした端整な顔立ちの美青年が困ったように眉毛を下げて、しゅんとした表情で見つめられ、もし尻尾があったなら、あっ、鯉のぼりだから尾びれかな? がペタンとしているように見えるのに、手にはぷるぷる震えるプリンを持つ姿に、不覚にもときめいてしまった。
それに、自分を心配してくれている人に怒り続けることが出来なくて、許すことにしたのだ。
その時の黒髪さんの破顔の破壊力に、心臓が止まるかと思ったのは仕方ないと思う。
「聖女様、ちゃんと聞いてる?」
「あっ、うん! 聞いてるよ」
先程のことを思い出してぼんやりしていたら、黒髪さん目を細めてくすくす笑い、話を続ける。
「カルパ王国に召喚されるのは、運命の番か、それと同等くらいに相性が良い組み合せなんだ。聖獣に力を与えられるのは聖女だけだからね。聖獣は強いが、力を与えられなければ死んでしまう」
「えっ? 死んじゃうの?」
「聖女様だって、ずっと食べないと死ぬだろう?」
黒髪さんが、意表を突かれたような顔をして、首を傾げる。
当たり前だけど、食べないと死ぬよね。
「それで、これからどうしたい? カルパ王国に戻れば聖女様は俺たち聖獣もいるから大切に扱ってもらえると思うけど……」
「それは、絶対に嫌!」
首をふるふると振った。
あそこに戻るなんて、たとえ大切に扱って貰えるとしても、あの国王陛下のネットリした視線や笑いながら助けてくれなかった黒ローブ集団がいる場所に戻るなんて、絶対に嫌だった。
「もう元の世界に戻れなくても、あのカルパ王国に戻るのは絶対に嫌だよ……」
戻れないと思うと声が震え、目にじわりと涙が浮かぶ。その様子を見た黒髪さんが怪訝な表情をしたが、すぐに何かに気付いたみたいに表情を和らげる。
「聖女様、元の世界に戻れるよ」
「…………へ?」
驚き過ぎて固まってしまう。
召喚された後に元の世界に戻れるなんて初耳だ。それにネットリ国王陛下も戻れないみたいなことを言っていたような気がする。
訳が分からなくて、黒髪さんを見つめる。
「俺たちは、元々はこの世界の鯉だったけど、鯉の滝登りをして登龍門を突破して龍になったんだ」
「……えっ? 鯉のぼりじゃないの?」
間抜けな声を上げると、黒髪さんはにっこり微笑んだ。
「登龍門を突破して龍になると、この世界で龍になるか、異界で鯉のぼりになるかを選択するんだ。この世界の登龍門は、異界から戻り鯉の姿でもう一度、登龍門を突破すれば、どんな願いも叶えられるんだ」
「ええっ? じゃあ鯉のぼりってみんな龍が入っているってこと?」
「いや、さすがに全部ではないな。普通は、匠が作るものの中でも魂がこめられた極上の鯉のぼりにしか龍の魂は入らないんだ」
(あれ、でも、たっくんの鯉のぼりはよく見る量産タイプのものだよね……?)
「ああ、たつや様の鯉のぼりは、ちょっと特殊なんだ。どんな極上の鯉のぼりでも、龍の魂はひとつしか入らない。だけど、たつや様の鯉のぼりは龍の魂が三つ入ってる」
「たっくんの鯉のぼりってすごいんだ……」
驚いて黒髪さんを見上げて、素直に思ったことを言うと、目が合った黒髪さんは嬉しそうににこりと笑った。
「たつや様の清らかな心もだけど、聖女様も通る度に見上げてくれてただろう? たつや様の鯉のぼりは、あそこを通る人達に愛されている内に、神に祝福された至高の鯉のぼりになったんだ」
「そうだったんだ……っ!」
色々驚くけど、たっくんの鯉のぼりを見ると清々しい気持ちになっていたからパワースポットみたいになっていたのかな、と思わず納得してしまう。
それくらいたっくんの鯉のぼりは魅力的だった。
黒髪さんがにこりと微笑むと、吸い込まれそうな黒色の瞳でまっすぐに見つめる。
すごく真剣な眼差しに、心臓がトクンと音をひとつ立てる。
「元の世界に戻れるって分かってもらえた? それで、聖女様はこれからどうしたい?」
「——戻りたい。元の世界に戻りたい……っ」
元の世界に戻れると分かり、嬉しくて、本当に嬉しくて、滲んだ視界の中で私は笑った。
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