上 下
9 / 22
本編

9.またたび

しおりを挟む
 

「あ、あの、ごめんなさい……」

 アレックス様にどっさりかかってしまった茶葉を払おうと手を伸ばした途端に、大きな身体に覆われるようにきつく抱きしめられる。
 いつも馬車が揺れるときは落ちないように、やさしく抱きしめてくれるけど今日のアレックス様は身体が熱くて呼吸が荒い。

「、っ――…、っ……」

 苦しそうに息をするアレックス様が心配で背中にゆっくり腕をまわしてやさしく背中をさする。
 ゆるんだ腕のすきまから手を伸ばして、金髪の髪や黄色の丸い耳、肩に残っている茶葉をそっと落とす度に、またたび紅茶の甘い匂いがゆらりと大きく立ちのぼってアレックス様の体温と混ざり合っていく。

「ん、……あ、れく、さま――…」

 呼吸をするたびに頭の芯がくらりと痺れる。ふにゃりと力が抜けるみたいに心がとろとろほどけてしまう。
 アレックス様の熱い体温も心地よくて、抱きしめられた腕のたくましさも混ざり合う匂いも、ぜんぶ――…

「あれく、さま――す、き……だいすき――」

 わたしの身体は、力がくたんと抜けてアレックス様に寄りかかってしまう。アレックス様の胸に、どうしてもぺたたんと垂れるたれ耳を擦りつけたくて涙がにじんでとろりとする瞳でアレックス様を見つめた。

「っ、ソフィー…………っ、集合アンサンブル

 アレックス様が魔術を唱えると、散らばった茶葉がきらきら煌めいて紅茶缶の中に戻っていく。アレックス様がまたたび紅茶の蓋をきっちり閉め、わたしがぽんやりしている内に馬車の窓が開けられて、さわやかな風が馬車の中を流れている。

「ソフィー、もう気分は悪くないかな?」

 アレックス様の言葉にこくんとうなずく。頭のくらくらした痺れもすっきりして、身体の力が抜けていたのも治っていた。

「あ、あの、アレク様、ごめんなさい……」

 たれ耳をやさしく撫でられると、いつもよりずっとずっとアレックス様にひっつきたくなってしまう。アレックス様の洋服をぎゅっと掴んで、どうしようと迷っていると、ふわりと笑ったアレックス様がわたしをやさしく引きよせる。

「ソフィー、おいで」

 その声に誘われて、ぺったりと寄りかかって目をつむればアレックス様のいつもより早い心臓の音が聞こえて、わたしもアレックス様もなにも話さないままゆっくり時間が流れていく。
 ふいにアレックス様がくすりと笑った。

「ねえ、ソフィーはどうしてまたたびを知っていたの?」
「うん……、この前読んだロマンス小説の中で出てきていて、小説の中でハムスター獣人の彼女が猫獣人の彼のためにお香を焚くと朝まで元気いっぱいになっていたから、虎獣人のアレックス様も元気になると思って……」
「なるほど、そうだったんだね。ソフィー、ありがとう」

 やさしく労わるようにたれ耳を撫でられたけど、茶葉をこぼしてしまったことが申し訳なくて、たれ耳をぷるぷる震わせてうつむく。
 アレックス様にたれ耳をぺろりとまくられる。


「ソフィー、またたびはね――子づくりするときに使うんだよ」


 アレックス様がささやいた秘密に間抜けな声が口から漏れる。

「………………えっ」

 たしかに言われてみれば、ロマンス小説でも2人は結婚してから使っていたし、エミリーとクロエも顔を赤らめていたことを思い出す。
 とんでもない勘違いに気づいて、わたしの顔が真っ赤に熱くなったり真っ青に青ざめたりと忙しく変わっていく。

「大丈夫だよ。うさぎ獣人のソフィーは、またたびのことをよく知らなくても仕方ないからね」

 ぽんぽんとたれ耳を撫でられても、子づくりのときに使うものを今から飲んでほしいとアレックス様に勧めたことが恥ずかし過ぎて、たれ耳も丸い尻尾もぷるぷる震えてしまう。穴を掘って飛び込んでしまいたくてアレックス様の胸に飛び込んだ。

「ソフィーは本当にかわいいね。でも、これを僕以外の人に渡したら食べられちゃうから絶対にだめだよ」
「う、うう、もうまたたびは使わない――…」

 ひたすら恥ずかしくて、こくこくうなずきながらたれ耳をぐりぐりアレックス様の胸に擦りつける。くすくす笑うアレックス様を見上げれば、きらりと光る黒眼に見つめられていた。

「ソフィーの贈り物は、結婚したら一緒に使おうね」

 またたびグッズのつまった風呂敷を手に持ったアレックス様に有無を言わせない迫力で告げられて、わたしはこくんとうなずくしかなかった。

「――転移ス・デプラセ

 アレックス様の魔術で風呂敷が光に包まれていき強く輝いたと思ったら、またたびグッズのつまった風呂敷はなくなっていた。

「え、えっ、あれ……?」
「転移魔術だよ。僕の部屋にきちんと転移させたから安心してね」

 転移魔術は、失敗すると転移するものが弾けたり消失してしまう難しい魔術なので魔力をすごく消耗すると習っている。眉をさげたアレックス様がふう、と大きな息をはく。

「アレク様、大丈夫……?」
「ううん、ちょっと色々大丈夫じゃないかな……。ソフィーに癒されたいな」

 そう言い終わると同時に、ぽすんとたれ耳に顔をうずめるアレックス様にどきどきが止まらない。身をよじろうとしても縞模様の尻尾にぎゅっと巻きつかれ、ふわふわの髪を梳き撫でられる。

「ソフィー、かわいい……癒される……」

 それからアレックス様は、わたしのたれ耳をやさしく撫でて頬ずりとキスを落とすのをひたすら繰り返す。

「もう、本当にソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……。こんなかわいい勘違いしちゃうなんて……はあ、本当に癒されるよ――…」

 かわいい、好き、癒される、可愛すぎるをずっとずっと繰り返すから恥ずかしくてたまらないのに、いくら身をよじってもやめてくれない。
 ティーグレ公爵家の別荘に到着したとき、わたしの身体は力がくたんと抜けきって立とうと思ってもぷるぷるしてしまう。

 嬉しそうなアレックス様にお姫さま抱っこで運ばれながら、ポミエス王国のことわざに『虎にまたたび』ができる日がくるかもしれないと思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件

バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。 そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。 志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。 そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。 「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」 「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」 「お…重い……」 「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」 「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」 過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。 二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。 全31話

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】最推しは悪役王女ですから、婚約者とのハピエンを希望します。氷の皇帝が番だとか言ってきますが、そんなの知りません。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
愛読書「失われた王国」の世界に転生してしまった。しかも悪役令嬢役の王女リヴシェ・ヴィシェフラドにだ。待ち受ける未来は、ヒロインを虐め倒しての断罪と処刑、お約束の鉄板設定で。 前世の記憶を思い出したリヴシェは、へらりと笑った。 これぞ究極の推し活だ。思う存分リヴシェを愛でて、幸せにしてあげられる。アンチヒロイン、最推しは悪役令嬢役のリヴシェだったから、喜ぶなという方が無理。 早速リヴシェ幸福化計画を、実行に移した。 ヒロイン異母妹にはできる限り関わらず、ヒーロー帝国皇太子にも同様で、二番手ヒーローの婚約者とは仲良くしよう。 なのにどうして? ヒーローは黒狼の獣人で「おまえは番だ」なんて言い寄ってくるけど、そんなの小説の設定にはなかったし、2番手ヒーローはヤンデレ風味で、優しいはずの小説設定とは違うし。天真爛漫で清らかな設定のヒロインは、どうやらものすっごい腹黒で、リヴシェに積極的に関わってくるし……。 小説設定と違い過ぎる世界だけど、幸福化計画はやめる気はない。 元23歳オタク女が、最推しの悪役王女を幸せにするために今日も頑張るお話し。

レンタル悪女を始めましたが、悪女どころか本物の婚約者のように連れ回されています。一生独占契約、それってもしかして「結婚」っていいませんか?

石河 翠
恋愛
浮気相手の女性とその子どもを溺愛する父親に家を追い出され、家庭教師として生計を立てる主人公クララ。雇い主から悪質なセクハラを受け続けついにキレたクララは、「レンタル悪女」を商売として立ち上げることを決意する。 そこへ、公爵家の跡取り息子ギルバートが訪ねてくる。なんと彼は、年の離れた妹の家庭教師としてクララを雇う予定だったらしい。そうとは知らず「レンタル悪女」の宣伝をしてしまうクララ。ところが意外なことに、ギルバートは「レンタル悪女」の契約を承諾する。 雇用契約にもとづいた関係でありながら、日に日にお互いの距離を縮めていくふたり。ギルバートの妹も交えて、まるで本当の婚約者のように仲良くなっていき……。 家族に恵まれなかったために、辛いときこそ空元気と勢いでのりきってきたヒロインと、女性にモテすぎるがゆえに人間不信気味だったヒーローとの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

双子の姉妹の聖女じゃない方、そして彼女を取り巻く人々

神田柊子
恋愛
【2024/3/10:完結しました】 「双子の聖女」だと思われてきた姉妹だけれど、十二歳のときの聖女認定会で妹だけが聖女だとわかり、姉のステラは家の中で居場所を失う。 たくさんの人が気にかけてくれた結果、隣国に嫁いだ伯母の養子になり……。 ヒロインが出て行ったあとの生家や祖国は危機に見舞われないし、ヒロインも聖女の力に目覚めない話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ヒロイン以外の視点も多いです。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/3/6:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

平民として追放される予定が、突然知り合いの魔術師の妻にされました。奴隷扱いを覚悟していたのに、なぜか優しくされているのですが。

石河 翠
恋愛
侯爵令嬢のジャクリーンは、婚約者を幸せにするため、実家もろとも断罪されることにした。 一応まだ死にたくはないので、鉱山や娼館送りではなく平民落ちを目指すことに。ところが処分が下される直前、知人の魔術師トビアスの嫁になってしまった。 奴隷にされるのかと思いきや、トビアスはジャクリーンの願いを聞き入れ、元婚約者と親友の結婚式に連れていき、特別な魔術まで披露してくれた。 ジャクリーンは妻としての役割を果たすため、トビアスを初夜に誘うが……。 劣悪な家庭環境にありながらどこかのほほんとしているヒロインと、ヒロインに振り回されてばかりのヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID3103740)をお借りしております。

「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~

卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」 絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。 だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。 ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。 なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!? 「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」 書き溜めがある内は、1日1~話更新します それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります *仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。 *ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。 *コメディ強めです。 *hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!

処理中です...