【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣

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「レオナルド様、お待たせしました」
「いや、ちょうど来たところだ」

 レオナルド様に大きな手のひらを差し出されたので、そっと乗せると優しく握られて二人で街を歩く。
 最初は驚いたけれど、レオナルド様に女性をエスコートするのは紳士のたしなみだと言われてしまい今の形に落ち着いた。レオナルド様の手はあたたかい。

 秋の夜風が肌に心地いい。ふわふわとくせっ毛が風に流されていく。夕食を求める時間帯なのもあって王都の通りは賑わっているのを眺めながら明るい夜空に視線をうつした。

「今夜は満月だったんですね」
「ああ、そうだな。オオカミに襲われないようにくれぐれも気をつけなさい」
「ぷっ……オオカミなんて王都にいませんよ」

 レオナルド様の冗談にくすくす笑いながら大通りから裏道へ抜けて歩いていく。
 私たちが向かっているのは、最近できたばかりの少し敷居の高そうな隠れ家レストラン。最初はもう少しお財布に優しいカフェを提案したのに本当に食べたいものを聞かれてしまいお言葉に甘えてしまった。

 ささいなためらいというものは、食欲の前では意味を持たない。あっさり溶けて消えてしまう。


「レオナルド様、どれも美味しいです……っ」


 旬の秋野菜のスープに口をつける。
 ハーブオイルで香りづけしたスープが舌の上を溶けていく。日替わりのリエットは林檎のジャムがアクセントになっているし、食感のいいショートパスタはカラフルトマトが目に鮮やかで燻製されたチーズの香りに思わず目をつむって味わった。

「ローズは美味しそうに食べるな」
「こんな豪華な料理を食べるのは、レオナルド様にご馳走してもらう時と実家に帰った時だけです――でも、実家に帰るとずっとお見合いを勧められるので味がしなくて……」

 メインの牛フィレ肉のローストと香り豊かなポルチーニ茸のソースを食べ終えて赤ワインをひと口含む。
 疲れた身体と心が癒されるのを感じる。美味しいものって素晴らしい。

「連休は実家に帰っていたのだろう?」
「はい……今回もお見合いばっかりで、ぐったりです」

 実家の服飾事業が好調なのもあって次から次へとお見合い話を父と兄が持ってくる。
 さらに実家に戻ると母と兄嫁の着せ替え人形にされるので本当にぐったりする。
 仕事が楽しくて結婚についてのらりくらりと先延ばしにしていたら、行き遅れになりそうな娘のために明日の休みもお見合いが組まれていた。お見合いにも休暇届を申請したい。お見合いの席で誰となにを食べても美味しいと思えなくていつも断ってしまう。

「誰かいい人がいるのか?」

 思考の海に深く沈んでいたらレオナルド様の声で浮上する。なぜだかロイヤルブルーの瞳に真剣に見つめられている。
 これはあれだろうか? 上司として辞める人員の把握がしたいということだろう。

「レオナルド様、辞めるときは早めにお伝えします」

 きっぱりと断言すればレオナルド様が額に手を置いてうなっている。
 医務局の調剤師は人材不足ではないはずだけど、新人を育てるのはそれなりに時間がかかるのだろうか? それとも誰か他に辞める予定とか?

「――誰だ?」
「えっ?」
「相手は誰なんだ?」

 なぜか焦ったようなレオナルド様にぱちぱちと目を瞬かせながら私は言葉を探した。

「あの、相手はまだ見つかっていません。明日もお見合いですし……」

 私は遠い目をしてため息をはいた。
 なぜか機嫌がよくなったレオナルド様はデザートワゴンからいくつか追加すると私にも勧めてくれる。

 明日の憂うつというものは、煌びやかなデザートの前では意味を持たない。あっという間に美味しいデザートと一緒に胃袋の中に消え去っていく。

 レオナルド様と一緒に食べたレモンアイスは満月みたいなきれいな色だと思った。
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