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 ごりごり、ごりごり――

 ごりごり、ごりごり――


 王立医務局の調剤室は薬草をすり合わせる音だけが響いている。
 ちらりと処方箋の木箱を見やると箱には収まらずそびえ立つ山のようだった。見なければよかったと思いながら手元に集中して最後の仕上げに取り掛かる。

 ぽわん、と手元がピンク色に光ったのを保ちながら薬草と魔力を練り合わせていく。
 粘度が高くなるので力を込めて練ると、ふっと軽くなった。

「ふう、完成――」

 ピンク色のさらさらした粉薬は電球の明かりでキラキラしていて宝石みたい――いや、熱下げの粉薬なんだけどね。
 薬包紙やくほうしと呼ばれる粉薬を一回分に分包する薄手の紙に入れて処方箋と一緒に木箱に収めて受付へ回す。
 これを山積みの処方箋がなくなるまで繰り返して処方箋がなくなれば仕事は終了になるはずなのだが、連休明けは騎士団から沢山の依頼書もきている。

 今日は残業になるのを覚悟しながら騎士団の依頼書の木箱に手を伸ばすと紙ではない感触をつかんでいた。

「ローズ、俺の手は依頼書ではないのだが」
「レオナルド様、すみません……っ」

 うっかり上司の手をにぎってしまったらしい。ごつごつしている大きな手をあわてて手を離す。
 男気溢れる切れ長のロイヤルブルーの瞳と大柄で筋肉質な体つきのレオナルド様は騎士のような見た目なのに、調剤に必要な繊細さと豊富な魔力量を持っている憧れの上司はなぜか明後日の方向を見ながら口許を押さえている。

「レオナルド様」

 調剤の仕事は人の役に立つやりがいがある仕事で誇りに思っているが、私は連休明けの仕事量の多さにため息をついた。
 医務局の調剤師は人数がそれなりにいるのに、なぜ連休明けの忙しい日ばかり上司と二人きりの勤務なのだろうと疑問が浮かんだ。

「連休明けは、騎士団の依頼書が多いな」
「それは同感です……あの、」
「ローズ、一気に仕上げて夕食を一緒にどうだろうか――好きな物をなんでもご馳走しよう」
「やりましょう!」

 疑問というものは、食欲の前では意味を持たない。たった今、溶けて消えました。

 満月の光をたっぷり浴びた薬草にレオナルド様と私の魔力を込めていく。
 レオナルド様のロイヤルブルーの魔力と私のピンクの魔力が混ざり合ってライラックのような紫色に変化した。とろりとした美しい液体は回復薬ポーションと呼ばれる水薬、宝石のように煌めく粒は解毒薬、それに止血剤や鎮痛剤など依頼書のすべてをライラック色に染めて作り上げた。

「レオナルド様、今から騎士団に届けてきます」

 薬の木箱を持ち上げながらレオナルド様に話しかけると、ガラス瓶にたっぷり詰められたライラック色の薬液が揺れた。
 薬の木箱は何度か往復すれば終わるだろう。私の見た目は色白で小柄なので力がないと思われるのだが、調剤師は地味に力仕事なので体力や筋肉にはそれなりに自信がある。

「ローズ、先に着替えてきなさい。俺が騎士団の連中にも手伝わせて終わらせておこう」

 あっさり木箱を取り上げられてしまう。
 すべて上司に任せてもいいのだろうかと悩んでいると。

「騎士団に行くのを悩むなら、何を食べたいか悩んでおいてくれないだろうか」
「お言葉に甘えて着替えてきます!」
「ああ、そうしてくれ」

 ささいな悩みというものは、食欲の前では意味を持たない。たった今、溶けて消えました。
 更衣室で白衣を脱いでひとつに結んでいた髪をほどくとピンク色のくせっ毛がふわふわと広がった。
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