10 / 14
10.刺繍
しおりを挟む
ドラゴン討伐の日程が二週間後に決まり、ジェラール様は出立の準備が忙しくなった。僕はハーブガーデンのお手入れを終えるとスケッチブックを持って刺繍の図案を書き起こす。
「うん、やっぱりハーブガーデンの刺繍にしよう」
ドラゴンは強くて恐ろしい生き物。いくらジェラール様が強いといっても不死身ではない。討伐依頼が来ていたとはいえ、僕のわがままを聞いてもらうのだ。僕の刺繍に祝福の力が宿るなら心を込めて刺繍したものをせめて贈りたい。ハーブガーデンの刺繍にするのは、ここに戻ってきてほしいから――。
椅子に腰掛け、スケッチブックにハーブガーデンを描いていく。夢中で描いていたらスケッチブックに影が落ちる。
「エリオットは、絵も上手いんだな」
「っ、……!」
耳たぶに唇が触れそうな距離で囁かれて、心臓が大きく跳ねた。後ろから抱きしめるような体勢は、背中にジェラール様の体温が広がって僕の心拍が早鐘を打ちはじめる。
「えっと、これは刺繍の図案なんですけど、……刺繍のハンカチ、贈ってもいいですか……?」
「……っ」
ジェラール様の息を呑んだ空気の揺れが僕の耳に届く。僅かに訪れた沈黙。男の僕が刺繍のハンカチを贈ることを否定された過去が頭をよぎり、慌てて言葉を重ねる。
「あ、あの、僕の刺繍には祝福の加護があると聞いたので……ハーブガーデンじゃなくても、イニシャルや家紋とかもっとシンプルなものがよければ……でも、なにか刺繍させてほしいです……」
「…………」
流れる沈黙に心臓がキュッと縮む。目をぎゅっとつむってジェラール様から断られる衝撃に備える。アンナにもスティーブにも言われたことなのに、ジェラール様に言われたらと思うだけで心臓が痛くて辛い。
「蝶を飛ばせるか?」
「……え」
「エリオットの瞳と同じピンク色の蝶がいいんだが、難しいか?」
「え、あっ、いえ……蝶の刺繍はできますけど、えっと、そうじゃなくて、僕が刺繍してもいいんですか?」
「当たり前だろう。婚約者が俺のために刺繍をしてくれるのが嬉しい――祝福はあってもなくてもどちらでも構わないくらいだが」
甘く鼓膜を揺らすジェラール様の柔らかな声に僕の鼓動は高鳴っていく。ばくばくうるさい心臓を両手で押さえてジェラール様に振り向く。
「楽しみにしている」
「はい……っ! 最高傑作にしますから期待しててください!」
「間に合うように頼む、婚約者殿」
くつくつ笑うジェラール様に大きく頷けば、頭をぽんぽんと優しく撫でられる。大きな手のひらに撫でられる感覚に胸がドキドキと高鳴っていく。見合う瞳はとろりと甘い。ああ、僕はこの人のことを好きなんだ――ストンと腑に落ちた。甘やかな視線で焦がれる頬が痛くて視線を落とす。ジェラール様のローブの端をキュッと摘む。伝えたい。
「あの、僕、ジェラール様のことが、す」
「エリオット」
ジェラール様のスラリと長い指が僕の唇に当てられる。
「まだ言ってはいけないよ」
「…………?」
目をぱちぱちと瞬かせる僕にジェラール様は艶やかに笑う。どんな時でもジェラール様は見惚れるくらいに格好よくて体温が更に上がってしまう。
「今、その言葉を聞いてしまったらエリオットの望む魔術を完成させてあげれない。知らなかったんだが、どうやら俺は独占欲が強いみたいでね――二人きりでいたいと思ってしまうだろう?」
「っ」
「今回のドラゴン討伐で逆鱗を採取してくる。ドラゴンは、自身の逆鱗を愛する者にのみ触れさせるんだ。逆鱗に触れられることで自らを晒し、愛と繋がりを持つ永遠の絆を紡ぐ番契約をする」
今度は目をこれでもかと大きく見開いてしまった。まさか、本当にできるのだろうか?!
「番は性別を超える。だから番契約を結べばいいと気づいてからはあっという間だった。エリオットの望むだけ子を育てよう」
「ほ、本当に……っ?」
「ああ。だから、その言葉は俺が討伐から戻ってきたら言ってくれるか?」
こくこくと縦に首を動かせば、ジェラール様がフッと笑みを見せる。
「いい子にはご褒美をあげないとな」
ジェラール様の顔がゆっくり近づいて唇に着地した。甘い熱に驚いて肩が揺れたのは一瞬、甘い唇は何度も離れては触れ合うのを繰り返す。頭の芯が痺れたみたいに浮かされる。甘い熱と触れ合いに心がとろりと溶けて、気づけばジェラール様のローブに縋り付いていた。
それから討伐に出立するまでの二週間、刺繍をひたすら刺す。もちろん助手の仕事であるハーブガーデンのお手入れは欠かさないけど、掃除は兄上が魔術であっという間に終わらせてくれている。
最初のひと針の傾きで仕上がりに差が出る刺繍は、ひと針ひと針心を込める。僕の持てる技術を全部使い、細部までこだわり葉脈や花芯を意識した。ハンカチに広がる図案が彩りよく刺し埋まっていくのが嬉しくてたまらない。
「で、できた……っ」
最後の刺繍を刺して、糸始末を終わらせた。嬉しすぎて刺繍ハンカチを広げて頭上に掲げれば、降り注ぐ陽光を受けてキラキラ輝いていた――。
「うん、やっぱりハーブガーデンの刺繍にしよう」
ドラゴンは強くて恐ろしい生き物。いくらジェラール様が強いといっても不死身ではない。討伐依頼が来ていたとはいえ、僕のわがままを聞いてもらうのだ。僕の刺繍に祝福の力が宿るなら心を込めて刺繍したものをせめて贈りたい。ハーブガーデンの刺繍にするのは、ここに戻ってきてほしいから――。
椅子に腰掛け、スケッチブックにハーブガーデンを描いていく。夢中で描いていたらスケッチブックに影が落ちる。
「エリオットは、絵も上手いんだな」
「っ、……!」
耳たぶに唇が触れそうな距離で囁かれて、心臓が大きく跳ねた。後ろから抱きしめるような体勢は、背中にジェラール様の体温が広がって僕の心拍が早鐘を打ちはじめる。
「えっと、これは刺繍の図案なんですけど、……刺繍のハンカチ、贈ってもいいですか……?」
「……っ」
ジェラール様の息を呑んだ空気の揺れが僕の耳に届く。僅かに訪れた沈黙。男の僕が刺繍のハンカチを贈ることを否定された過去が頭をよぎり、慌てて言葉を重ねる。
「あ、あの、僕の刺繍には祝福の加護があると聞いたので……ハーブガーデンじゃなくても、イニシャルや家紋とかもっとシンプルなものがよければ……でも、なにか刺繍させてほしいです……」
「…………」
流れる沈黙に心臓がキュッと縮む。目をぎゅっとつむってジェラール様から断られる衝撃に備える。アンナにもスティーブにも言われたことなのに、ジェラール様に言われたらと思うだけで心臓が痛くて辛い。
「蝶を飛ばせるか?」
「……え」
「エリオットの瞳と同じピンク色の蝶がいいんだが、難しいか?」
「え、あっ、いえ……蝶の刺繍はできますけど、えっと、そうじゃなくて、僕が刺繍してもいいんですか?」
「当たり前だろう。婚約者が俺のために刺繍をしてくれるのが嬉しい――祝福はあってもなくてもどちらでも構わないくらいだが」
甘く鼓膜を揺らすジェラール様の柔らかな声に僕の鼓動は高鳴っていく。ばくばくうるさい心臓を両手で押さえてジェラール様に振り向く。
「楽しみにしている」
「はい……っ! 最高傑作にしますから期待しててください!」
「間に合うように頼む、婚約者殿」
くつくつ笑うジェラール様に大きく頷けば、頭をぽんぽんと優しく撫でられる。大きな手のひらに撫でられる感覚に胸がドキドキと高鳴っていく。見合う瞳はとろりと甘い。ああ、僕はこの人のことを好きなんだ――ストンと腑に落ちた。甘やかな視線で焦がれる頬が痛くて視線を落とす。ジェラール様のローブの端をキュッと摘む。伝えたい。
「あの、僕、ジェラール様のことが、す」
「エリオット」
ジェラール様のスラリと長い指が僕の唇に当てられる。
「まだ言ってはいけないよ」
「…………?」
目をぱちぱちと瞬かせる僕にジェラール様は艶やかに笑う。どんな時でもジェラール様は見惚れるくらいに格好よくて体温が更に上がってしまう。
「今、その言葉を聞いてしまったらエリオットの望む魔術を完成させてあげれない。知らなかったんだが、どうやら俺は独占欲が強いみたいでね――二人きりでいたいと思ってしまうだろう?」
「っ」
「今回のドラゴン討伐で逆鱗を採取してくる。ドラゴンは、自身の逆鱗を愛する者にのみ触れさせるんだ。逆鱗に触れられることで自らを晒し、愛と繋がりを持つ永遠の絆を紡ぐ番契約をする」
今度は目をこれでもかと大きく見開いてしまった。まさか、本当にできるのだろうか?!
「番は性別を超える。だから番契約を結べばいいと気づいてからはあっという間だった。エリオットの望むだけ子を育てよう」
「ほ、本当に……っ?」
「ああ。だから、その言葉は俺が討伐から戻ってきたら言ってくれるか?」
こくこくと縦に首を動かせば、ジェラール様がフッと笑みを見せる。
「いい子にはご褒美をあげないとな」
ジェラール様の顔がゆっくり近づいて唇に着地した。甘い熱に驚いて肩が揺れたのは一瞬、甘い唇は何度も離れては触れ合うのを繰り返す。頭の芯が痺れたみたいに浮かされる。甘い熱と触れ合いに心がとろりと溶けて、気づけばジェラール様のローブに縋り付いていた。
それから討伐に出立するまでの二週間、刺繍をひたすら刺す。もちろん助手の仕事であるハーブガーデンのお手入れは欠かさないけど、掃除は兄上が魔術であっという間に終わらせてくれている。
最初のひと針の傾きで仕上がりに差が出る刺繍は、ひと針ひと針心を込める。僕の持てる技術を全部使い、細部までこだわり葉脈や花芯を意識した。ハンカチに広がる図案が彩りよく刺し埋まっていくのが嬉しくてたまらない。
「で、できた……っ」
最後の刺繍を刺して、糸始末を終わらせた。嬉しすぎて刺繍ハンカチを広げて頭上に掲げれば、降り注ぐ陽光を受けてキラキラ輝いていた――。
521
お気に入りに追加
526
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!
僕はただの平民なのに、やたら敵視されています
カシナシ
BL
僕はド田舎出身の定食屋の息子。貴族の学園に特待生枠で通っている。ちょっと光属性の魔法が使えるだけの平凡で善良な平民だ。
平民の肩身は狭いけれど、だんだん周りにも馴染んできた所。
真面目に勉強をしているだけなのに、何故か公爵令嬢に目をつけられてしまったようでーー?
ギャルゲー主人公に狙われてます
白兪
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。
自分の役割は主人公の親友ポジ
ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる