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6.聖女
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驚きで眉を跳ね上げたジェラール様に頭の上から足の先まで、まじまじ見られる。あまりの居た堪れなさに、僕はローブのフードを掴んで目元までぽすりと覆った。
「……そ、そんなに見ないでください……っ! 恥ずかしいです……」
「っ、失礼した」
「い、いえ。僕も驚いてしまってすみません。エリーという愛称は女の子みたいですけど、家族から呼ばれている愛称なんです。僕はハワード伯爵家の次男エリオットです」
「エリオットか――俺はこの魔術塔の筆頭魔術師ジェラールだ」
妙な空気が流れる部屋で自己紹介を終えてから兄上の顔を窺った。
「兄上、僕が聖女とはどういうことですか?」
「古い文献によると、過去にも男性の聖女がいたのはわかってるんだよ――国によっては聖人や聖者と呼ばれていたみたいだね」
「あっ、そうなんですね……!」
「うん、そうなんだ。聖属性魔法を使えるのは女性が多いから次第に男性に聖女がいる歴史が忘れられてしまったんだと思う」
「――よかった」
聖女に男の人もいると兄上から聞いて、自分だけではないと知り安堵した。
「エリー、聖女の聖属性魔法は大きく分けて三種類──傷や呪いを治す治癒、魔物や悪意を跳ね除ける結界、能力や成長を高める祝福がある」
兄上の言葉に頷く。聖女は聖属性魔法の適性により治癒の聖女、結界の聖女、祝福の聖女と呼ばれている。
「それでね、エリーの聖女の力は治癒と祝福だね」
「えっ、二つもですか……?」
「エリーの淹れるハーブティーに治癒と祝福、刺繍にも祝福の力があるよ」
「ええっ、ハーブティーだけじゃなくて刺繍もですか?」
兄上がにこやかに頷いて肯定する。ハーブティーだけでも受け止めきれていないのに刺繍も追加されてしまった。
国中で聖女鑑定をするほど聖女は貴重な存在だ。聖属性魔法の適性が一つあれば神殿に保護されるのだから二つも適性があるのは珍しいはず。
「――なるほど、興味深いな」
次々と出てくる情報に理解できず呆気にとられている僕とは対照的に、ジェラール様から面白そうに瞳を向けられる。
「エドワード、エリオットの刺繍は持っているか?」
話の展開についていけない僕を置いて、兄上とジェラール様のやり取りが続いていく。兄上から僕の刺した刺繍入りのハンカチをジェラール様が受け取り、検分をはじめる。真剣に僕の刺繍を見つめる視線に緊張してしまう。
最後に刺繍をひと撫でした仕草の色っぽさにドキリと心臓が跳ねた。それからゆっくり顔を上げたジェラール様と視線が絡む。
「刺繍の腕も悪くないな――それに祝福の力がある」
「……っ!」
何気なく放たれたジェラール様の刺繍を褒める言葉に心臓が跳ねた。家族以外に褒められるのは慣れなくて面映い。
ジェラール様は、男の僕がハーブティーを淹れるのも刺繍をするのも気にしていない。ハーブティーと刺繍を見てどう思ったかを口にしてくれている。ただそれだけなのに、こんなにも嬉しいなんて思っていなかった――。
「ええ、そうでしょう。エリーは自慢の弟ですから」
兄上が嬉しそうに微笑みながら僕の頭を撫でる。
「ありがとうございます、兄上。まさか僕に聖属性魔法の適性がある思ってもいなくて――これなら聖女として神殿預かりになれば、ハワード伯爵家の迷惑にならずに済みますね! お荷物にならなくてよかったです……っ」
僕は心底安心して本音をこぼした。聖属性魔法の適性が二つとあるとわかれば、神殿預かりになると思う。そうすれば、取り柄のない僕でも生活の心配をする必要もなくなる。落ちこぼれな僕が聖女に認定されれば、ハワード伯爵家の役に立つこともできるかもしれない。
「神殿預かり? ハワード伯爵家のお荷物……?」
いつもにこやかな兄上が怪訝な表情を浮かべて僕を見る。しばらく黙っていた兄上の顔色がみるみるうちに悪くなって――。
「もしかして……」
そこで一度言葉を切って、水色の瞳を揺らす。
「エリーは魔術ができないから、自分は役に立たないと思ってたのかい……?」
「はい……。えっと、あの、違うのですか? 僕は歴史ある魔術一族のハワード伯爵家に生まれたのにも関わらず、わずかな魔力を持たず魔術も使えない役立たずでしょう。だから早々に婿入り先を決めてもらったと思っていました」
「違う! それは絶対に違う……っ! そうか、そうだよね……家族の誰もエリーに説明しなかったから勘違いさせてしまったんだね――」
両手で顔を覆って天を見上げる兄上。
あまりに普段と違う様子の兄上に、僕はなんて声を掛ければいいのかわからず戸惑ってしまう。
「あのねエリー、今さらいい訳にしか聞こえないと思うけど――わたしたちはね、エリーが聖女だと気づいても神殿に報告しなかったのは理由があるんだよ」
「……僕が男だからですよね?」
「それも勿論ある。でも、最大の理由は、聖女判定されればエリーは神殿預りになって、家族と離れなければならないからだよ。聖女は数少なく、輩出した家門は名誉を与えられる――でも、名誉より大切なエリーがわたしたち家族と離れ離れになるのが嫌だったんだよ」
予想外の言葉に戸惑って兄上を見つめ返すしかできない。
「エリーに話さなかったのは、嘘のつけない優しい天使みたいな性格をみんなで案じたんだよ。もしも聖女の力を持っていると教えたら、自身の限界を越えて祝福も治癒も与えようとしてしまうだろうからね」
「…………はい」
僕自身をお人よしだとは思っていない。でも、僕のできることで力になれるならば手助けはしたいと思うだろうなと思い、曖昧に頷いた。
「幼い頃に婚約を結ばせたのは、幸せになってほしかったから――聖女の力に気づかず、エリーの力を利用できないボンクラ。でも、善良平々凡々人畜無害、すぐに異変の気付ける隣領地の子爵家を選んで婚約させたんだ。でも、わたしたちの勝手な思い込みのせいでエリーを酷く傷つけてしまった……本当にすまなかった」
「あ、兄上……顔をあげてください!」
頭を下げる兄上にあわてて首を横に振る。兄上が怒ってくれているのは知っていたけど、ここまで怒っているなんて思っていなかった。
「魔術や聖女の力が使えても使えなくても、エリーは大切な家族で、大事な弟だよ。それはハワード家全員の総意だよ――自分のことをお荷物だと思ったり、神殿に行くなんて寂しいことを言わないでほしい」
「兄上、ありがとうございます……っ」
真っ直ぐな瞳に見つめられ感激で言葉が詰まり、これ以上なにも話せなくなってしまう。そんな僕の背中を兄上があやすように撫でてくれた――。
「エリオット」
ジェラール様に名を呼ばれ、目に溜まった涙を拭ってから顔を上げると紫の瞳と目があった。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
「……そ、そんなに見ないでください……っ! 恥ずかしいです……」
「っ、失礼した」
「い、いえ。僕も驚いてしまってすみません。エリーという愛称は女の子みたいですけど、家族から呼ばれている愛称なんです。僕はハワード伯爵家の次男エリオットです」
「エリオットか――俺はこの魔術塔の筆頭魔術師ジェラールだ」
妙な空気が流れる部屋で自己紹介を終えてから兄上の顔を窺った。
「兄上、僕が聖女とはどういうことですか?」
「古い文献によると、過去にも男性の聖女がいたのはわかってるんだよ――国によっては聖人や聖者と呼ばれていたみたいだね」
「あっ、そうなんですね……!」
「うん、そうなんだ。聖属性魔法を使えるのは女性が多いから次第に男性に聖女がいる歴史が忘れられてしまったんだと思う」
「――よかった」
聖女に男の人もいると兄上から聞いて、自分だけではないと知り安堵した。
「エリー、聖女の聖属性魔法は大きく分けて三種類──傷や呪いを治す治癒、魔物や悪意を跳ね除ける結界、能力や成長を高める祝福がある」
兄上の言葉に頷く。聖女は聖属性魔法の適性により治癒の聖女、結界の聖女、祝福の聖女と呼ばれている。
「それでね、エリーの聖女の力は治癒と祝福だね」
「えっ、二つもですか……?」
「エリーの淹れるハーブティーに治癒と祝福、刺繍にも祝福の力があるよ」
「ええっ、ハーブティーだけじゃなくて刺繍もですか?」
兄上がにこやかに頷いて肯定する。ハーブティーだけでも受け止めきれていないのに刺繍も追加されてしまった。
国中で聖女鑑定をするほど聖女は貴重な存在だ。聖属性魔法の適性が一つあれば神殿に保護されるのだから二つも適性があるのは珍しいはず。
「――なるほど、興味深いな」
次々と出てくる情報に理解できず呆気にとられている僕とは対照的に、ジェラール様から面白そうに瞳を向けられる。
「エドワード、エリオットの刺繍は持っているか?」
話の展開についていけない僕を置いて、兄上とジェラール様のやり取りが続いていく。兄上から僕の刺した刺繍入りのハンカチをジェラール様が受け取り、検分をはじめる。真剣に僕の刺繍を見つめる視線に緊張してしまう。
最後に刺繍をひと撫でした仕草の色っぽさにドキリと心臓が跳ねた。それからゆっくり顔を上げたジェラール様と視線が絡む。
「刺繍の腕も悪くないな――それに祝福の力がある」
「……っ!」
何気なく放たれたジェラール様の刺繍を褒める言葉に心臓が跳ねた。家族以外に褒められるのは慣れなくて面映い。
ジェラール様は、男の僕がハーブティーを淹れるのも刺繍をするのも気にしていない。ハーブティーと刺繍を見てどう思ったかを口にしてくれている。ただそれだけなのに、こんなにも嬉しいなんて思っていなかった――。
「ええ、そうでしょう。エリーは自慢の弟ですから」
兄上が嬉しそうに微笑みながら僕の頭を撫でる。
「ありがとうございます、兄上。まさか僕に聖属性魔法の適性がある思ってもいなくて――これなら聖女として神殿預かりになれば、ハワード伯爵家の迷惑にならずに済みますね! お荷物にならなくてよかったです……っ」
僕は心底安心して本音をこぼした。聖属性魔法の適性が二つとあるとわかれば、神殿預かりになると思う。そうすれば、取り柄のない僕でも生活の心配をする必要もなくなる。落ちこぼれな僕が聖女に認定されれば、ハワード伯爵家の役に立つこともできるかもしれない。
「神殿預かり? ハワード伯爵家のお荷物……?」
いつもにこやかな兄上が怪訝な表情を浮かべて僕を見る。しばらく黙っていた兄上の顔色がみるみるうちに悪くなって――。
「もしかして……」
そこで一度言葉を切って、水色の瞳を揺らす。
「エリーは魔術ができないから、自分は役に立たないと思ってたのかい……?」
「はい……。えっと、あの、違うのですか? 僕は歴史ある魔術一族のハワード伯爵家に生まれたのにも関わらず、わずかな魔力を持たず魔術も使えない役立たずでしょう。だから早々に婿入り先を決めてもらったと思っていました」
「違う! それは絶対に違う……っ! そうか、そうだよね……家族の誰もエリーに説明しなかったから勘違いさせてしまったんだね――」
両手で顔を覆って天を見上げる兄上。
あまりに普段と違う様子の兄上に、僕はなんて声を掛ければいいのかわからず戸惑ってしまう。
「あのねエリー、今さらいい訳にしか聞こえないと思うけど――わたしたちはね、エリーが聖女だと気づいても神殿に報告しなかったのは理由があるんだよ」
「……僕が男だからですよね?」
「それも勿論ある。でも、最大の理由は、聖女判定されればエリーは神殿預りになって、家族と離れなければならないからだよ。聖女は数少なく、輩出した家門は名誉を与えられる――でも、名誉より大切なエリーがわたしたち家族と離れ離れになるのが嫌だったんだよ」
予想外の言葉に戸惑って兄上を見つめ返すしかできない。
「エリーに話さなかったのは、嘘のつけない優しい天使みたいな性格をみんなで案じたんだよ。もしも聖女の力を持っていると教えたら、自身の限界を越えて祝福も治癒も与えようとしてしまうだろうからね」
「…………はい」
僕自身をお人よしだとは思っていない。でも、僕のできることで力になれるならば手助けはしたいと思うだろうなと思い、曖昧に頷いた。
「幼い頃に婚約を結ばせたのは、幸せになってほしかったから――聖女の力に気づかず、エリーの力を利用できないボンクラ。でも、善良平々凡々人畜無害、すぐに異変の気付ける隣領地の子爵家を選んで婚約させたんだ。でも、わたしたちの勝手な思い込みのせいでエリーを酷く傷つけてしまった……本当にすまなかった」
「あ、兄上……顔をあげてください!」
頭を下げる兄上にあわてて首を横に振る。兄上が怒ってくれているのは知っていたけど、ここまで怒っているなんて思っていなかった。
「魔術や聖女の力が使えても使えなくても、エリーは大切な家族で、大事な弟だよ。それはハワード家全員の総意だよ――自分のことをお荷物だと思ったり、神殿に行くなんて寂しいことを言わないでほしい」
「兄上、ありがとうございます……っ」
真っ直ぐな瞳に見つめられ感激で言葉が詰まり、これ以上なにも話せなくなってしまう。そんな僕の背中を兄上があやすように撫でてくれた――。
「エリオット」
ジェラール様に名を呼ばれ、目に溜まった涙を拭ってから顔を上げると紫の瞳と目があった。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
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