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5.ハーブティー

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「……あった!」

 
 疲れに効くハーブを特製ブレンドしたハーブティー缶を手にした。甘い匂いのカモミール、爽やかな味わいで疲れを癒すレモンバーム、リフレッシュ効果のあるペパーミント。
 
 ハーブティーを淹れる道具を王宮魔術塔に持ち込んでおいてよかったと思う。ガラス製のティーポットに茶葉を入れ、お湯を注いで蓋をしたら五分間蒸らすために砂時計をひっくり返す。砂がさらさら流れて時を刻んでいく。
 
 僕の動きを見ていた兄上が話しかけてきた。

「ジェラール筆頭は甘党だよ」
「あっ、そうなんですね。それなら蜂蜜と今朝焼いてきたクッキーも添えます」
「……わたしもエリーのクッキーを食べたいな」
「沢山焼いたので兄上の分もありますよ」
「やっぱりエリーは最高だね」

 相変わらず大袈裟に褒めてくれる兄上に苦笑いを浮かべながらクッキーを皿に盛っていく。砂時計の最後の砂が落ちたのを確認した後、あらかじめ温めておいたカップにハーブティーを注いだ。

 

「どうぞ――」
 
 ドキドキしながらジェラール様と兄上に給仕する。
 ジェラール様が湯気の立つハーブティーの香りを味わうと柔らかく目を細めた。表情を緩める姿は、とんでもなく色気を振りまいていて、一枚の絵画のようだと見惚れてしまう。

 優雅な仕草でジェラール様がハーブティーを口にして――。





「っ! おい、なんだこれは……っ!」
 
 これでもかと目を見開いたジェラール様に射抜かれ、僕はびっくりして肩が跳ねる。僕のハーブティーがジェラール様の口に合わず不快な思いをさせてしまったと頭を深く下げた。

「も、申し訳ありません……っ! ハーブティーがお口に合いませんでしたね……。今すぐ出て行きます。本当に申し訳ありませんでした……っ」

 ハーブティーを拒絶されて僕の目に涙が溜まる。
 スティーブやアンナでさえ文句を言いつつも、ハーブティーを飲んでくれていたから自惚れていたのかもしれない。身体中の血液が沸騰するみたいな羞恥が僕を駆け巡る。
 
 今すぐこの場から立ち去りたくて、目につく荷物をかき集めて急いで扉に向かった。



「――待て」
「っ、ひゃああああ!」

 扉に手をかけようとした途端、またさっきと同じ浮遊感が身体を襲う。外へ出ようと思うのに風に巻き上げられた身体はいうことを聞かず、ソファの上にゆっくり戻された。

「許可なく勝手に帰るな」
「え……、さっきはハーブティーを飲んだら帰れって……?」
「俺はひと言も帰れと言っていない」
「……? あの、ハーブティーが美味しくなかったのではないのですか……?」

 残された理由がわからないまま首を傾げると、ジェラール様の紫の瞳に見つめられていて。
 
「なにを言っている? ハーブティーは悪くなかった。俺が聞きたいのハーブティーに入っている聖女の力だ」

 ハーブティーを認めるジェラール様の言葉に思わず嬉しく思ったものの、すぐに聖女という僕には縁のない単語に困惑した。聖女は聖属性魔法を使える女性のことを意味しているので、男の僕にはまったく関係がないと思う。

「聖属性魔法がハーブティーに含まれていた。どこで茶葉を手に入れた?」
「? わが家のハーブガーデンで育てたハーブで作ったものですけど」
 
 意図が掴めずわかるところだけ返事をすれば、ジェラール様がティーカップを手にしたまま固まってしまった。

「……あ、あの。ジェラール様?」
 
 固まってしまったジェラール様を見て、僕は恐る恐る声をかける。ジェラール様が顔をゆっくり上げて紫の瞳を僕に向けた。

「このハーブティーはお前が作ったのか?」
「あっ、そうですね……ハーブ栽培は男性の庭師にも手伝ってもらいますが、ハーブティーにするのは一人でやっています」

 ジェラール様の質問に答える。これで僕も庭師も男性だから聖女の力は勘違いだと気づいてもらえるだろうか。

「あ、あの、ハーブには様々な効能があるので、聖女の力とは違うのでは……?」
「いや、俺が間違えるわけがない」
「そ、そうですか」

 あまりに自信たっぷりなジェラール様になにも言えなくなってしまう。
 もう一度ジェラール様がティーカップを持ち上げて口に含む。目をつむり、時間をかけてゆっくり飲み干した。

「ふむ、間違いないな。聖女の力が使われている」
「やはりジェラール筆頭はすぐにわかりましたね――そうです、エリーは聖属性魔法を使う聖女です」



 
「…………。へ?」

 兄上の衝撃的な発言に思考がついて行かず、僕の声からまぬけな声がもれる。目の前のジェラール様も困惑したように眉を寄せた。
 
「エドワード、どういうことだ? ハワード家から聖女を輩出した覚えはないぞ。大体、この国に生まれた女児は必ず聖女鑑定を受けるはずだ。ああ、そうか――もしかして後から聖属性魔法の能力が発現したのか? それなら今日俺の前に連れてきたのも納得だな」

 一人で結論付けたジェラール様に慌てて口をはさむ。
 
「えっ、あ、あの……僕は――」
「ジェラール筆頭、エリーは可愛い弟ですよ」
「なっ……はあ? ――男だと!?」
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