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2.兄上からの誘い
しおりを挟む家族の勧めに甘え、熱が下がってからも学園に戻らないまま、僕は卒業を迎えた。
「これから僕、どうしたらいいんだろう……?」
優しい両親と兄上は、僕を責めないでアンナ達に憤慨してくれている。だけど、落ちこぼれの僕がノルマン子爵家の入婿になるのが、唯一ハワード伯爵家に迷惑をかけない方法だったのに。
優秀ではないけど、学園で経済や地理、法律を学び、領地経営についてノルマン子爵から教わってきた。アンナを全力でサポートするために過ごしてきたから、婚約がなくなった今、何をしたらいいのかわからない。
いくら婚約解消の慰謝料をもらっても、王宮魔術師を務める優秀な家族と違って、僕はハワード家のお荷物まっしぐら。
途方に暮れた僕は、いつものようにハーブガーデンに足が向いていた。
アンナには地味な植物ばかりでつまらないと言われたけど、僕はハーブが大好きで、手入れも自分でしている。
ハーブガーデンの入り口。
春の初めは、ミモザの黄色のふわふわな花が咲く。優しくて甘い匂いのするミモザをハーブティーで淹れれば、心を落ち着かせ、神経性の不調を整えることができる。
ハーブガーデンを歩けば枝の伸びてきたローズマリーにズボンの裾が擦れ、清々しいグリーンの香りが立ち上った。ローズマリーのハーブティーには集中力と記憶力を高める効果がある。
ハーブティーのことを考えている時間が、僕にとって至福な時間。
魔力量が足りず、優秀な兄上と違って魔術の勉強をする必要のなかった幼少期。僕は両親にお願いしてハーブの書物を沢山集めてもらい、読み漁った。読むだけでは飽き足らず庭の片隅にハーブを植えていたら、僕専用のハーブガーデンまで作ってくれて。
魔術の才能のない僕にも兄上と同じように愛情を注いでくれる両親には感謝しかない。
「おっ、エリー、やっぱりここにいたね」
春先の剪定についてハーブガーデンを眺めながら考えていたら、エドワード兄上の声が聞こえた。
「兄上! こんなお昼に珍しいですね。お仕事はどうしたのですか?」
王宮魔術塔で働いているはずの兄上が、真っ昼間に我が家にいるなんて珍しい。僕と違って長身の兄上は、伸ばした金髪を一括りに結び、眼鏡をかけた涼やかな色男。今日は少しばかり目の下のクマが深い。
「エリーのハーブティーを飲みたくなってね」
「兄上、嬉しいです……っ! ハーブティーは、僕のおまかせで淹れていいですか?」
「ああ、頼む」
ハーブガーデンの中心にある僕の隠れ家に案内する。ハーブを摘んでハーブティーの美味しい配合を考えたり、刺繍やお菓子を焼いて過ごす僕の秘密基地。
兄上は時間があるときに遊びにきてハーブティーを飲んでいく。でも、兄上が仕事の時間に訪れるのは珍しい。
「折角なのでフレッシュハーブティーを淹れますね。少し待っててください」
兄上を僕のお気に入りのこじんまりしたソファに残して、カゴを持ってハーブガーデンに戻った。眼鏡の壊し屋と呼ばれる昔から目に良いとされるアイブライトを収穫する。春先のトラブルに効果的なネトル、リラックス効果の高いカモミールやレモンバームを選んだ。
ガラスのポットに一つかみ摘んだハーブを入れ、沸騰したお湯を注いで蒸らす。ポットの中のハーブから少しずつ色が出る様子を兄上と眺めて待つ。三分ほど蒸らしたら、カップに注いで完成。
兄上はカップを手に持ち、香りを楽しんでからハーブティーを口にする。
「ああ、エリーの淹れてくれたハーブティーは癒されるな。本当に生き返る……っ」
「ふふっ、兄上は大袈裟ですね。でもフレッシュハーブティーは元気をもらえるので、僕も大好きですよ」
いつものように大袈裟に褒める兄上に苦笑いを浮かべつつ、やっぱり褒められるのは嬉しい。アンナもスティーブもなにも言わずに飲んでいたことを思い出し、胸の奥がチクリと痛む。慌てて、首を横に振って思い出したくない記憶を追い出した。
全部飲み干した兄上におかわりを勧めると笑顔で頷いたので、ポットに新しいハーブを入れる。お湯を注げば、ポットの中がゆっくり黄金色に染まっていく。
ふと、兄上の視線を感じて顔をあげた。
「今日来たのは、エリーにお願いがあってね」
「僕にお願いですか?」
「そうなんだ。エリーがハーブガーデンにずっといるのを、母上が心配しているのは知ってるだろう?」
「……はい。でも、なにをすればいいかわからなくて」
しゅん、と俯くと兄上の大きな手が頭をぽんぽんと撫でてくれる。兄上は小さな頃から、いつも僕を甘やかす。
「実は今、王宮魔術塔はとても忙しくてね……」
「ああ、だから兄上の目の下のクマがひどいんですね」
「エリーにはなんでもお見通しだな」
兄上が感心したように頷くけど、誰が見ても兄上のクマは気づくと思う。
「エリー、しばらく王宮魔術塔で魔王の助手として働いてくれないかい?」
「…………はい?」
あれ、今、とんでもない単語が混ざってなかった……?
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