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1.婚約破棄

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 卒業を控えた貴族学園。近づく別れと訪れる巣立ちに寂しさと期待を混ぜたような雰囲気が漂う。

 授業を終えた僕──エリオット・ハワードは、婚約者のアンナのもとへ急いで向かう。同じ学園にいても学科の違うアンナと顔を合わせる機会は少ない。それなのに、僕の誕生日当日に誘ってくれるアンナに心を弾ませて、待ち合わせの中庭にたどり着いた。
 

「ごめんなさい、エリオット。私、スティーブ様を好きになってしまったの」
「エリオット、すまない。アンナと剣を交える内に好きになっていた。お前よりオレの方がアンナに相応しいと思うから、アンナとの婚約を破棄してほしい」

 婚約者のアンナと学園寮で同室のスティーブに突然告げられて、頬がひきつった。


「…………わかった」

 混乱する僕に構わず、二人は腕を絡ませ、頬を寄せあう。目の前の光景にショックを受けながら、僕はようやくひと言を絞り出した。

「あ~よかった! エリオットのことは妹としか思えなくて。やっぱり結婚するならスティーブみたいな男性的な魅力がある逞しい人がいいと思っていたの」
「ははっ、せめて弟って言ってやれよ。まあ、でもエリオットは女だよな。部屋の片付けから破れた騎士服の縫い物、それから疲れに効くお茶も出してくれるもんな」
「わかる~! 私なんて試合のお守りにエリオットが刺した刺繍のハンカチもらったもの」

 僕より背の高い二人が、くすくす笑いながら僕の頭上で会話を弾ませる。

「エリオットがオレを好きなら、学園最後の思い出に抱いてやろうか真剣に悩んだくらいだからな」
「もう、スティーブったら浮気者なんだから……っ!」
「冗談だって! オレには一緒に上を目指せるアンナしかいないから」

 スティーブの言葉に僕は羞恥で全身が熱くなる。僕はただ、僕のできることで婚約者と親友に役に立てたらと思っていただけなのに。

 スティーブは、騎士家系のバイガル侯爵家の三男で、騎士科に所属。学園に入学すると頭角を現し、卒業後は優秀な者しか選ばれない王立騎士団に入団が決まっている。
 アンナはノルマン子爵家の一人娘で、隣の領地に住む幼馴染。幼い頃から活発で木の枝を振り回していた。昔から優秀なアンナも王立騎士団に入る。


「…………ぼ、僕、用事を思い出したから、帰るね……」

 対して僕は、伝統ある魔術師家系のハワード伯爵家の次男に生まれたのに、魔力量が少なく魔術科にも通えない落ちこぼれ。
 繊細な金髪、ピンク色の瞳、男にしては小柄で線の細い体躯。ハーブティーや刺繍が好きで、女の子より女らしいとよく言われる。

 僕はノルマン子爵家の入婿になって、女騎士になるアンナを支えようと思っていたけど、たった今、すべて不要になった。


「わざわざ呼び出して悪かったな。お前にオレたちの気持ちをちゃんと伝えておきたくて!」
「エリオットなら分かってくれるって思ってたの。私たちの活躍を遠くから見守っててね!」

 未来が広々と開け、行手が希望に満ちている二人と、なんの取り柄のない僕。誰がどう見ても、お邪魔虫なのは僕のほう。騎士を目指すアンナが、女々しい僕より男らしいスティーブを好きになるのは仕方ないのかもしれない。それでも──。



「あ、あのさ……今日ってなんの日か覚えてる……?」

 八歳から婚約を結び、十年間も婚約者だったアンナ。ずっと一緒に過ごしてきた凛とした赤い瞳と赤毛を見つめる。燃えるような恋ではなくても、寄り添っていれば愛になると信じていた。

「どうした、エリオット。驚きすぎてボケちまったか? 今日は水曜日だぞ」
「もうスティーブったら。やだ、違うわよ。ね、エリオット?」

 スティーブをたしなめるアンナの言葉に、僕の心臓が期待で跳ねる。思わず、手のひらを握り、唾を飲み込む。

「今日はスティーブと私の真実の愛が実った日に決まってるでしょう」
「ああ……! アンナ、可愛すぎるだろう。オレたちエリオットの分まで最高に幸せになろうな」
「ええ、もちろんよ!」

 はしゃぐアンナの言葉を聞いた瞬間、世界から色が消えていく。僕の十年間ってなんだったんだろう。

「ははっ……、そうだね……」

 これ以上、二人のいる場所にいたくなくて踵を返す。後ろから声が掛けられた気もするけど、振り向かなかった。

 僕はあまりのショックに寮に戻ることも出来ず、実家に引きこもった。僕とアンナの婚約は呆気なく解消され、それからすぐにスティーブとアンナの婚約が成立。
 
 情けないけど、二人の婚約成立を聞いた僕は高熱でしばらく寝込んでしまった。

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